――貴方の願いを、叶えたいと思いませんか?
甘い言葉を囁く、黒い男には要注意。
決して頷いてはいけないよ。
彼らは願いを叶えてくれる。
……大きな『代償』と引き替えに、ね。
■■■
――そう、あいつさえ居なければ。
――あいつさえ居なければ、
――あの人は。
「貴方の願いを――叶えたいと思いませんか?」
黒ずくめの男はそう言うと、ニヤリと笑った――
■■■
ヴァイシャリーの一角に立つその屋敷は、どんよりとした空気に包まれていました。
一人娘であるジェシカが、重たい病で伏せっているのです。
ジェシカは美しい娘でした。聡明で優しく、誰からも愛される素敵な笑顔の持ち主でした。
けれど、その深く澄んだ青い瞳は、今は堅く閉じられています。
唇は青白く、眼窩は落ちくぼんで、死相が色濃く表れています。
ジェシカの恋人であるアルフレドが毎日の様にお見舞いに来ていますが、彼女が目を覚ます気配はありません。
「ああ、ジェシカ……目を覚ましてくれ……」
そっとアルフレドがジェシカの手を取ります。
けれど触れた手は冷たく、ぴくりとも動きません。
様々な医師が彼女を診察しました。けれど、どうやら肉体的な病気ではなく、何か魔術的な作用――いわば『呪い』が彼女をむしばんでいることは、間違いないようだ――ということしか分かりませんでした。
呪いを解くには、その術を実行している相手を特定しなければなりません。
けれど、ジェシカの体力はもう限界です。
ジェシカの家族と、アルフレドだけの捜索では、とてもではありませんが術者を見つけることなどできません。
そんなときです。
アルフレドの前に、一人の男が現れて、こう告げました。
「お困りのようですね。力を、お貸ししましょうか?」
アルフレドは一も二も無く頷きました。
すると男は、北の方角を指差します。
「どんな重病人だろうとたちどころに回復するという薬草が、あちらの谷の奥深く、自生しているという話です。少々やっかいな魔物も棲んでいるようですが」
そして、薬草に関するいくつかの情報を伝え、クスクスと笑ったかと思うと、男の姿はかき消えました。
「僕は、薬を取りに行く。ジェシカ、もう少しだけ耐えてくれ……!」
アルフレドは瞳に決意を燃やします。
しかし。
「やめて、アルフレド! そんな危険なところに一人で行くなんて、私は大切な友人を一度に、ふたりも失うことになるわ!」
アルフレドを止める女性が居ました。
彼女の名はアマンダ。
ジェシカの友人であり、アルフレドの幼なじみでもあります。
「止めないでくれアマンダ。ぼくが行く以外、もう方法はないんだ!」
アマンダの悲痛な声はアルフレドには届きません。
彼は、魔物の巣くう谷へと一人、向かっていきました。
「アルフレドを、放っておけないわ……」
アマンダはすぐに、百合園女学院を介して、契約者達へ向けたアルフレド救出の依頼を出しました。
その一方で、ジェシカの家族は呪いの源を突き止めることを、諦めては居ませんでした。
自分たちの足では限界があると判断した父親は、ヴァイシャリーの町中に情報を求める張り紙をし、母親は知り合いという知り合いに、調査に協力してくれる契約者の紹介を頼みます。
しかし、そうしている間にもジェシカはどんどん衰弱していくのです――