桜の開花まであと少し。
蕾が膨らむ様を眺めるのもまた、花見の楽しさ。
あとどのくらいで咲くだろうと指折り数えながら。
空京神社の境内には、花換えまつりの告知がされていました。
足を止めてそれを読み、白鞘 琴子(しらさや・ことこ)は少し首を傾げます。
花換えまつりは例年、空京神社の摂末社である福神社で行われている行事なのですが、今年はどうやら本社の方でも催される様子。
随分と規模を広げることにしたものだと思いながら、琴子は福神社へと足を向けました。
ささやかな社があるだけの福神社では、今日も福の神 布紅(ふくのかみ・ふく)が自ら竹箒を握って境内の掃除をしていました。
「こんにちは布紅さま、ご精が出ますわね」
「あ、こんにちは……」
琴子に気付いた布紅は挨拶を返しましたが、どことなく元気がありません。
それに、本社付近にはあれほどあった花換えまつりの告知が、福神社に全くないのもおかしなものです。
「もうすぐ花換えまつりの時期ですわね」
世間話のように琴子が切り出すと、布紅はちょっと顔を曇らせました。
「そうですね。でも……今年はここではやらなくて良いと言われたんです……」
けれどすぐに布紅は気を取り直し、今年はきっといつもよりもずっと賑やかになるでしょうねと微笑みました。
しばらく布紅とお喋りをして福神社を後にすると、琴子は空京神社の本殿に向かいました。
何故、今年の花換えまつりは福神社で行われないのかと尋ねると、ああそれはと禰宜は何でもないことのように答えます。
「祭りに参加される方も多くなりましたから、福神社にお任せしておくのはご負担も大きかろうということになりまして、今年からはこちらで催すことに致しました」
「本社で行われるのに異を唱えるつもりはありません。花換えまつりはもともと、こちらから福神社に託されたものですし。けれど、急に祭りから外されては、布紅さまも落胆なさいますわ」
せめて合同でと琴子は頼んでみましたが、禰宜は今頃そう言われても、と困惑の表情になりました。
「本社で催す心づもりで準備を進めてきたものですから……」
福神社に裂く人手も花換えの枝も無い、と禰宜は首を振ります。
「申し訳ないですが、今年は本社のみで催させて戴いて、来年はまた福神社を数に入れることを考慮する、ということでお願いします」
「ですが……」
琴子の脳裏には寂しそうな布紅の顔が蘇ります。
なんとか福神社も花換えまつりに加えて欲しいと、琴子は禰宜に頼み込みました。
やがて禰宜は根負けしたように、福神社でも花換えまつりをすることを承諾してくれましたが、
「ですが、こちらも手がいっぱいでして……福神社の方にまで手をお貸しする余裕は御座いません。必要なものはそちらですべて調達してくださるよう願います」
福神社の準備は福神社だけでやって欲しいというのが、禰宜からの頼みであり条件でもありました。
「ええ。それで構いませんわ。認めて下さってありがとうございます」
後のことはこちらで考えますからと、琴子は礼を言ってその場を辞したのでした。
その日のうちに、蒼空学園にこんな募集の紙が貼り出されました。
――――福神社のお手伝いをして下さる方募集――――
空京神社の福神社で催される花換まつりを手伝ってくれる方を募集しています。
必要な準備としては、
・花換えまつりで使用する『桜の小枝』の材料の調達
……針金、布、紙、木ぎれ、等々
・『桜の小枝』の作成
……紙と針金で桜の小枝を作り、それに小さなお守り袋と絵馬をぶらさげる……というのが基本のお仕事です。
・福神社境内への、案内看板の設置、飾り付け等の設営
・当日、訪れる参拝客の整理やもてなしをする『巫女』
・当日、桜の小枝を参拝客と交換する『福娘』
……巫女と福娘は、女性に見える方限定、とさせていただきます。
巫女をされる方は巫女装束。福娘をされる方はその上に千早を着て金の烏帽子を被っていただきます(衣装貸し出し有)。
となります。
協力いただける方は是非申し出て下さいませ。
お手伝いには参加できないという方も、当日は是非花換まつりにお越し下さいませ。
今年は空京神社本社でも催されていますので、例年に増して華やかなお祭りになることと思います。
賑やかなお祭りになるように、皆様のお力をお貸し下さると嬉しいですわ。
――――蒼空学園 白鞘 琴子(しらさや・ことこ)――――
参考――花換えまつりについて
その昔、若い男女が互いに「花換えましょう」と声を掛け合って、想いを伝えたのがこの祭りの始まりです。
今は、お参りをして授かった桜の小枝に願いをこめて、それを福娘と交換。その後は誰かと交換すればするほど、福が宿るとされています。
満開の桜の下で花を愛でつつ交換をした小枝が、こめた願いのお守りに。
そんな春らしい神事です。