爽やかに晴れた春の日のこと。
ヒラニプラの街を歩いていた目賀トレルお嬢様は、ふと足を止めました。
「何かお困りですか?」
四角い箱型の機械を手にした長髪の美青年は、声をかけられてはっとします。
「ああ、別に困っているわけではないのだが……いや、待てよ。君、この機械が何だか分かるかい?」
と、守護天使と思しき青年は箱をトレルへ差し出します。
何やら蓋があって小物入れのようなサイズですが、ところどころさび付いています。よほど古いもののようです。
蓋を開けてみると、中央にボタンらしき紫色の石がはめこまれていました。その周囲には形の違う鍵穴がいくつもあります。
「分かりません。これは何ですか?」
「そうか、やはり凡人には理解が出来ないか。これはだな……性転換機なのだ」
トレルは青年の顔を無表情に見つめると、推測を口にしました。
「まさかこのボタンを押すと、性別が変わってしまうとか? そうだとしたら、あなたはボタンを押したことで性別が変わってしまった……?」
「あっはっはっはっは。ご名答!」
陽気に笑う青年は、今の状況を深刻に捉えていない様子です。それとも、元々こうした性格なのでしょうか。
トレルは今の時刻を確認すると、改めて機械を観察しました。
今日はパートナーであるマヤー・マヤーのメンテナンスのため、ヒラニプラへ来ていました。しかし、メンテナンスが終わるまで時間をつぶさなければいけません。
トレルは青年の顔をちらりとうかがうと、手にした機械のボタンを何のためらいもなく、押しました。
すると白い煙が機械から噴射され、トレルはあっという間に男性の姿になりました。髪や目の色はそのままですが、身長は二十センチほど伸びて成長期途中の男子高校生風です。
「うーん、思ったより背が伸びませんね。それで、戻るにはどうしたらいいんですか?」
と、トレルは尋ねました。
「え、戻る? あっはっはっはっは。そんな方法、私だって知らないさ」
「ふざけてるんですか?」
「私がふざけているように見えるかい?」
「どこからどう見ても、ふざけているようにしか見えませんが」
「そうか……では、本当のことを話そう」
と、青年はポケットから6つの鍵を取り出しました。
「私はリズィ、世界を放浪している旅人だったのだが……とある遺跡でこの機械を見つけてね。それと同時に鍵も見つけたのだが、どういった機械なのか分からなかった。そのため、こうして誰かに機械の謎を解いて欲しいと思っていたところ、間違えてボタンを押してしまったんだ」
そう言ってリズィは自分の失敗を誤魔化すように笑います。
「ちなみにこの鍵、すべてを同時に差すことは出来ないらしい」
「ふぅん……性転換を解くには、正しい組み合わせを見つけ出さなければいけないんですね?」
「そういうことだ。さあ、チャレンジしてみるかい?」
「いえ、援軍を呼びます」
と、トレルはリズィに機械を返すなり、友人達へ連絡を入れ始めました。
* * *
この「性転換機」、男は女になり、女は男になるという、とてもシンプルな魔法を発動させるものでした。
魔法を解除するには、ボタンの周りにある鍵穴に二つ以上の鍵を同時に差し込まないといけません。
しかし、正解の組み合わせは一つだけです。
何度も試すことは出来ますが、古い機械なので乱暴に扱うと壊れてしまいます。その場合、性転換を解くことは不可能となってしまうので注意して下さい。
<鍵と鍵穴:上から時計回りに配置されています>
1.ハート型
2.上を指す矢印型
3.丸型
4.星型
5.十字型
6.ドーナツ型
* * *
友人達に連絡を入れ終えたトレルは、ふと嫌な予感に思い当たりました。
「リズィと言いましたか、あなた。もしかして、他に被害者を出してはいませんよね?」
「あ、あはははは。さ、さあ、どうだったかな?」
と、リズィは分かりやすく視線を泳がせるのでした。