葦原明倫館

　今朝からどんよりとしていた曇り空からついにぽつぽつと雫がヴァイシャリーに降り始めました。
　とある屋敷の窓から、少女が寂しそうに空を見上げています。

「また今日も雨……。雨の日は外に出られないから嫌いだわ。ねぇ、フェイ……フェイ？」

　病弱な少女は毎日ほんの少しの時間、屋敷に仕えるメイドとともに散歩に出かけるのが唯一の楽しみでした。しかし雨の日は外に出ることができません。ここ最近は天気も崩れがちで少女が楽しみにしている散歩にもなかなか出かけることができませんでした。
　メイドたちが忙しそうに働いているので、幼い頃から一緒に育ってきた愛猫のフェイを話し相手にしていたのですが、先ほどまでソファの上で寝ていたはずのフェイの姿がありません。
　その後メイドたちとともに屋敷中を探し回りましたが、ついに見つけることはできませんでした。
　次の日になっても雨は止まず、フェイも戻ってきませんでした。
　そんな時、メイドたちは街でこんな話を耳にしました。

　ここ数日、雨の日は必ずどこかの家で猫がいなくなる。
　それは満月の夜に騎士の橋に現れる幽霊の仕業で、猫はその幽霊のしもべとして連れて行かれる。
　そしてもう二度と戻ってこないのだ、と――。

　噂話を耳にしてから少女は目に見えて元気がなくなっていきました。

「フェイ……もう戻ってきてはくれないの？」

　少女は悲しそうに雨粒が流れる窓ガラスから外を眺めていたその時――。

　――リン……

　かすかにフェイのリボンにつけた鈴の音が聞こえ、少女はメイドたちを振り切って夜の闇の中を走り出しました。
　小雨の中を鈴の音を頼りに追いかけて、少女は騎士の橋へと辿り着きました。
　するとそこには捜し求めていたフェイの姿があったのです。
　しかし、少女がフェイへ近付こうとしたその時、すぅっと何かが少女の前に立ちふさがったのです。
　人の形をした、しかし、半透明なそれは、巷で噂になっている幽霊というものそのものでした。
　幽霊が少女に手を伸ばしたところで、少女は気を失ってしまいました。
　少女が次に目を覚ましたのは屋敷の自分のベッドの中でした。
　しかしその日から少女の周りで次々と不思議なことが起こり始めたのです。
　本棚から何冊も本が突然飛び出したり、夜のうちに庭園の白い花が赤くなっていたり。

　しばらくしても少女はあの夜のことを忘れることができませんでした。

　――魔を……るな。
　私には……なければならな…………る。
　あの方を…………て、これを…………れば。
　それさえ終われば――。

　その声ははっきりと少女の耳に残り、そして気がかりとなっていました。
　幽霊はいったい何をしようとしているのか。
　それさえ終われば、いったい何が起こるのか。
　少女の不安は募るばかり。

　そんな時、ちょっとした旅行から戻ってきた友人のイングリット・ネルソン（いんぐりっと・ねるそん）が少女のもとを訪れました。
　少女はイングリットに、最近起こった不思議な出来事を話したのです。

「……なるほど。そんな不可解な事件が起こっていたのですね」

　イングリットはティーカップを静かにソーサーに下ろすと、少女に向かって言いました。

「わたくしも手伝いますわ。友人の悲しそうな顔をいつまでも見ていたくありませんもの」

　イングリットはさっそく女学院へと戻り、ヴァイシャリーで起こっている謎の事件を解決するために準備を始めたのです。
　事件の噂は既に女学院にも広がっているようでした。

　街のあちこちで起こる不思議な事件の数々。
　少女が出会った謎の幽霊。
　いなくなってしまったフェイ。

　そして、今日もまた一匹、静かに猫が姿を消していくのです――。

　皆さまいかがお過ごしでしょうか。宇角尚顕です。

　今回はがヴァイシャリーにイングリットが帰ってきたところからお話が始まります。

　騎士の橋に現れる幽霊の謎を解き、少女のもとにフェイを取り戻すことはできるのでしょうか？

　街では幽霊が出た後は物がなくなったり、花の色が一晩で変わっていたりと不思議な出来事が多数起こっています。
　幽霊も目撃者は多いのですがその証言はバラバラで、少女が見た幽霊ともまた違うようです。
　猫たちは雨の日に姿を消しているようですが、どうやら決まって飼い猫がいなくなっているようです。もし猫と話ができれば何か情報が聞けるかもしれませんが。


　■ツェツィーリア・オーウェン
　ヴァイシャリーに住む名家の少女。
　病弱であまり外に出ることはできません。
　もうすぐ大きな手術を控えているのですが、フェイを探しに無理をしたことと、フェイがいなくなってしまったショックで体調は悪化しているようです。

　■フェイ
　ツェツィの飼い猫。真っ白なペルシャ猫で、瞳はグリーン。
　普段は大人しい性格で家から出たりしませんでしたが、雨の日に屋敷から姿を消してしまいました。
　首もとにリボンと古い鈴が着けてあり、歩くとチリンと澄んだ音が聞こえます。

　■幽霊
　騎士の橋にいる幽霊。満月の日にしかその姿を現さないと言われていたのですが、ここ最近では雨の日にも目撃されているようです。

　■ＮＤＣ（ネルソンズ・ディテクティブ・クラブ）
　謎の事件を解決するためにイングリットが立ち上げた探偵倶楽部。
　百合園女学院の掲示板にポスターが貼られており、現在も部員募集中。


　それでは皆さまのご参加、お待ちしております。

・街の人に聞き込みをする

・幽霊を探しに行く

・猫を探しに行く

・少女を守る