空京大学

　蒼空学園の新入生雅羅・サンダース三世（まさら・さんだーすざさーど）は、新入生用の特別生活訓練として用意されていた課外活動『社会人実地訓練コース』の一環である、地元企業でのアルバイトに精を出していました。
　雅羅が選んだアルバイト先と勤務内容は、空京に本社を置く人材派遣会社『ディスカバリーワークス』ツァンダ支店での派遣登録データベースの入力及びメンテナンス業務でした。
　最初はなかなか業務内容が覚えられず、その端整な面に苛々した表情が四六時中浮かんでいたのですが、ここ最近はすっかり慣れてきた様子で、淡々とキーボードを打ち続ける姿が定着してきました。
　そんな雅羅がこのオフィスで最も頼りにしているのが、オフィスディレクターのネオ・ウィステリアです。
　ネオは白髪混じりの七三分けに黒ブチの瓶底眼鏡という、ある意味、非常にインパクトのある容貌の５１歳ですが、ひょろっとした細身の体躯と、微妙に甲高い声音からは想像も出来ない程に、オフィスの誰からも頼りにされている優秀なオフィスディレクターだったのです。
　ちなみにオフィスディレクターとは、要するに店長のことなのですが、ディスカバリーワークスの社長チェスト・ナッツフィールドが妙な理論を持ち出し、店長たるものディレクターでなければならないという理屈で、このような呼称を各店長に強制している次第です。
　さて、この日もいつものようにタイムカードに出勤日時を記録してから、手際よくデータ入力作業に取り掛かった雅羅ですが、ほとんど日課と化している店長ネオによる社員達へのお茶の配布が始まっていました。
　勿論、雅羅にも店長ネオが手ずから入れた熱い昆布茶が供されます。
「あ……いつもありがとうございます、店長」
「いやいやぁ、雅羅君の頑張りのお陰で、今週のデータ入力作業が相当前倒し出来て、わしらも助かっておりますよぉ。今日も宜しくお願いしますねぇ」
　どこか飄々とした仕草でにょほほほと笑う店長ネオ。
　この、若干オネエ系といえなくもない微妙な空気に、雅羅はただ苦笑に近い愛想笑いを返すだけで、もう精一杯でした。
　ところが、この日はある事件が朝から勃発しました。
　空京にある本社からやってきたという、ひとりの総務課社員が、店長ネオに過酷な運命をもたらそうとしていたのです。

　　　　　＊　＊　＊

　ディスカバリーワークス空京本社の総務課社員ラインキルド・フォン・リニエトゥトェンシィが、ナッツフィールド社長が発した辞令を持って、オフィスに現れました。
　出迎えた店長ネオから見れば、ひとまわり以上も年下の若造に過ぎないのですが、しかしラインキルドはどこか冷め切った様子で、その辞令の内容を、他の社員達が見守る前で淡々と読み上げました。
　その内容とは――。
「ツァンダ支店オフィスディレクターのネオ・ウィステリア殿。貴殿に、バキア支店への転勤を申し渡す」
　この死刑宣告にも似た社長直々の命令に、店長ネオは愕然と凍りついてしまいました。
　バキアとは、シャンバラ大荒野のほぼど真ん中に位置する過疎集落で、その生活環境は核戦争後の世紀末に等しいとさえいわれている、非常に恐ろしいところです。
　ナッツフィールド社長は店長ネオに、そこへ行け、といっているのでした。
　この突然の過酷な命令に、店長ネオはわなわなと戦慄に身を震わせながら、ラインキルドにすがりつくような仕草で問いかけます。
「あ、あのさぁ……わし、何か社長の気に障るようなこと、したかなぁ……？」
「ネオさん……あなた、先日のディレクター会議の最中、会議資料の端っこに、社長の似顔絵で四コマ漫画を描いていらっしゃいましたよね？」
「えっ……えぇーーーっ！？　なんでキミがそれ知ってんのよ！？」
　素っ頓狂な声を上げて大きくのけぞる店長ネオ。
　そのあまりの異様さに、普段はこの手の他人事には決して首を突っ込まない雅羅が、思わず人垣を押し退けて前のめりの姿勢になるという有様でした。
　店長ネオの驚愕に満ちた反応や、雅羅の訝しげな色が浮かぶ美貌などにはまるで目もくれず、ラインキルドは更に言葉を続けます。
「実はですね、あの落書き入り資料が会議の正式な議事録として出回ってしまいましてね……当然、あの四コマ漫画も社長の目に留まってしまったという次第です」
　要するに店長ネオは、暇潰しに描いた落書きの為に、自らの人生を狂わせてしまったのでした。
　あんまりといえばあんまりですが、会社組織の内実というのは、得てしてこういうもののようです。
「あ、そうそう、ひとついい忘れましたが……例の妙な自称格闘家、えぇと、何といいましたっけ……あぁ思い出した、確か、ガチハンティー・ボツとかいう男が、ネオさんの眼鏡を取ると随分息巻いているそうです。どうぞお気をつけください」
　ガチハンティー・ボツとは、何故か勝手に店長ネオを目の仇にしているという、妙な中年格闘家です。
　どうやら今回の転勤話を聞きつけて、今度こそ決着をつけてやると、地元の商店街で吹聴して回っているようでした。
　それにしても、首を取る、というのなら分かるのですが、眼鏡を取る、というのは……余程、店長ネオの瓶底眼鏡に強烈なインパクトを覚えていたのでしょう。

　　　　　＊　＊　＊

　ところで、店長ネオにとっては全く未踏の地であるバキアに転勤を命ずるに際して、ナッツフィールド社長はご丁寧にも、三つの物件情報を提供してくれていました。
　流石にいきなり地獄へ落ちろ、と突き放すのは良心が咎めたのでしょうか。ナッツフィールド社長はシャンバラ大荒野に事務所を構えるオアシス不動産に、店長ネオにオススメの物件を探しておくようにと、依頼を出していたのでした。
　ラインキルドがツァンダ支部オフィスを辞去する際に、その物件リストが店長ネオに手渡されたのです。
　そこには、次のような情報が記されていました。
『物件Ｎｏ．１：風通しの良い家』
『物件Ｎｏ．２：エコな家』
『物件Ｎｏ．３：サニーさんの家』
　しかしこれらの内容をよくよく読んでみると、どれも一癖も二癖もあるような、微妙な物件ばかりでした。
　店長ネオは今にも泣き出しそうな顔をしながら、この物件情報を食い入るように見詰めています。
　するとそこへ、何を思ったのか、雅羅がはちきれそうな胸を大きく揺らしながら上体をそり返し、右手の親指で自分自身を指す仕草を見せて、大声で宣言しました。
「店長、安心して。私が居るからには、きっと無事に、引越しを完了させてみせますよ！」
「……いや、あのぅ、そういう問題じゃぁないんだけど……」
　店長ネオがぼそっと応じたものの、雅羅の耳には届いていない様子でした。
　かくして、雅羅と店長ネオの二人三脚による、過酷な大荒野での物件調査が始まろうとしていたのでした。

　本シナリオガイドをお読みくださり、ありがとうございます。

　シナリオガイドの内容としましては、三つの物件候補の中からひとつ、居住に最適なものを選ぶ為に調査、そして必要なら家屋の改修作業をしてくださいという、実に単純なミッションなのですが、しかしそう簡単には事は運ばないようです。
　三つの物件概要は、以下の通りです。

■風通しの良い家
　この家には風の邪精霊が住み着いておりまして、家屋内のどこに居ても、常に突風に晒されてしまうというとんでもない欠点がありますが、それ以外は普通に生活可能な物件です。ただそれこそ、食事中であろうが用足し中であろうがお構い無しに突風が飛んできます。この物件を店長ネオに勧めるのであれば、如何にして突風対策を講じるかが鍵となるでしょう。

■エコな家
　地熱発電装置と最先端の技術を駆使した肥溜めシステムが完備されているのですが、あまりにも地熱温度が高過ぎる為、肥溜めシステムから漏れ出る異臭が家屋内に充満してしまっているという状況です。酷暑と悪臭対策のふたつが必要となる物件です。

■サニーさんの家
　サニーさんと呼ばれる謎の大家が管理する物件です。一見したところではごくごく普通の一般的な家屋なのですが、大家のサニーさんが、実はかなり鬱陶しい人物です。常時、このサニーさんの機嫌を取り続けられる画期的な方法が求められると考えてください。
　サニーさんは意味も無くクイズを出してきたり、変なところでボケを要求してきたりと、相当に鬱陶しい性格です。しかも、ちゃんと対応しないとすぐに機嫌を損ね、いきなりテンション下がってどこかへ行ってしまいますので要注意です。

　アクションとしての物件調査や家屋改修は、いずれかの物件ひとつに限られますので、ご注意ください。ふたつ以上の物件には携われません。
　また、以下のＮＰＣ達には、くれぐれもご注意ください。

■ガチハンティー・ボツ（４３歳、男）
　自称格闘家。
　本人もよく分かっていないのですが、何故か本能的に店長ネオに殺意を抱き、事あるごとに付け狙うという毎日を送っています。今回、店長ネオ転勤の噂を聞きつけ、ネオが新居に引っ越す前に決着をつけようと画策しています。
　尚、彼と下手に絡んでしまうと、シナリオの傾向がコメディであろうがギャグであろうがお構いなしにガチ判定が実施され、その結果、ボツを喰らう可能性が極端に高まります。絡むか絡まないかは運次第なので、覚悟を決めてご参加願います。

■ラインキルド・フォン・リニエトゥトェンシィ（３１歳、男）
　人材派遣会社ディスカバリーワークス本社総務課社員です。
　人物像はシナリオガイド中に描いた通りです。
　尚、彼と下手に絡んでしまうと、そのシーンでは半端無い程の強烈な行殺を喰らってしまいます。絡むか絡まないかは運次第なので、覚悟を決めてご参加願います。

　それでは、皆様からのボツも行殺も恐れぬ勇気に満ち溢れたアクションをお待ちしております。

・『風通しの良い家』を物件調査する。

・『エコな家』を物件調査する。

・『サニーさんの家』を物件調査する。

・ガチハンティー・ボツと戦う。