昔々、この海岸から少し離れた場所に、小さな島がありました。
そしてそこには小さな、石造りの祠がありました。
地形と潮の満ち引きにより、真夜中の僅かな時間、海岸から島に渡る道が現れたといいます。
そして夜の星々の下、祠の前で誓いを交わした恋人たちは幸せになれる、と言い伝えられていました。
けれどある時、祠を祀る巫女が恋に落ちた時、悲劇が起こりました。
初めて他人の為でなく、自らの為に待った、約束の夜。
祠に現れない男、時が経ち閉ざされる道、取り残された巫女は愛する男の心変わり……裏切りに、嘆き悲しみました。
そうして、起こった突然の嵐により、島は海に沈んだと言われています。
それでも今も、巫女の嘆きは消える事無く。
毎年、その悲劇の起こった日から数日、海は荒れるのだといいます。
違える事無く毎年毎年、決まって起こる嵐は巫女の怒りとも嘆きとも言われていて。
そしていつしか、その嵐の日、海の中に島影を……古の祠を見たという話が、まことしやかに囁かれるようになったのです。
「………………なんで?」
茫然と呟く市倉 奈夏にパートナーである機晶姫エンジュは首を傾げました。
「去年は不甲斐なくも余裕がなくて海に行けなかった! 今年こそエンジュを海に連れていくわ!」
という奈夏の主張の元、やってきました海。
しかし今、奈夏の眼前に広がるは、どんよりとした空。
それから、目に見えて荒くなっていく波なのでした。
しかも何か、海の家とか畳まれていたり海岸に人気がほとんどなかったりするのです。
「今ってシーズンだよね?」
呟きを聞き咎めたのか、地元の人と思しき男性が声を掛けてきました。
その目には同情と憐れみ、そして諦めの色が浮かんでいるようでした。
「あんた達、運が悪かったな。今日から数日、海は荒れて海水浴どころじゃなくなる」
そうして男性が話してくれたのは、この辺りに伝わる昔話と……毎年正に本日、決まって来る嵐の事でした。
「年々、嵐が酷くなってるし、悪い事は言わない、早く帰った方がいいぞ」
言って男性は溜め息をつきました。
逃げるわけにはいかない彼はこれから訪れる嵐と、その後の後始末に今から頭を悩ませているのでしょう。
肩を落として去っていく背中を見送り。
「………………」
「別に嵐の中でも……その『海水浴』とやらを楽しめば……」
「却下!」
エンジュの意見を奈夏は即、却下しました。
確かに猛者ならば嵐の中でも楽しめるかもしれませんが、ハッキリ言って奈夏には無理ですハードル高すぎです。
エンジュを半ば強引に海水浴に引っ張ってきてアレですが、奈夏は泳げません。
ただエンジュが喜ぶかなと連れて来たのですが、これでは喜ばせるどころではありません。
真面目に命の危険です。
「なんでこうなっちゃうのかなぁ……?」
『……っ、……の……』
「……?」
ガックリとした奈夏はふと、辺りを見回しました。
何か声が聞こえたような気がしたのです。
耳を澄ませた途端。
『……おっ、やった! よくやく見つけた』
声は直ぐ側……耳元でハッキリと聞こえました。
『悪い! これも人助けと思って、ちょ〜っとの間、身体貸してくれよ!』
そうしてそんな軽い声と共に、奈夏の意識は闇に落ちたのでした。
『こんな波長が合う相手がいるとはなぁ。ん〜、女の子かぁ……発育はイマイチ、と』
突然自分の身体を見下ろし、確認するようにペタペタとあちこちを触る『奈夏』に、エンジュはスッと目を細め。
「……何者ですか?」
迷うことなく、武器を突きつけました。
『うわぁ、美人さんだなぁ。この嬢ちゃんよりあんたの方が好み……いやいやいや、冗談だって』
奈夏が浮かべないような笑みを浮かべ顔を引きつらせた『奈夏』はそして、自分を「元凶」だと告げたのでした。
『昔さ、待ち合わせの祠に行く時ついうっかり死んじまってさ。あぁ、足を滑らせて海に落ちて溺死ってやつ?』
へらりと笑ってから、『奈夏』……いや、奈夏に取り憑いた男は、どんどんと荒れていく海を見つめ告げました。
『協力してくれ。あの島に、祠に行きたい……彼女を助けたいんだ』
奈夏を人質に取られたエンジュに、男に「否」と言う事は出来なかったのでした。