すべからく、音なる世界を創造せしはかの音術師なり。
――――かつて、そのように呼ばれた魔法使いがいました。
その名は、ウォーエンバウロン。
はるか古代に生きた彼の姿は、もはやこの世にはありません。
そしていま、彼が生きていたとされている遺跡の前には、一人の魔女がいたのでした。
「う、ううぅ…………」
呻くような、あるいは泣き声にも似たような声を洩らして、少女は一人、辺鄙な森の真っただ中にいました。
いや――正確には、すでに朽ち果ててその全容の一部しか計り知ることのできない遺跡の入口の前です。大地から顔を出していたであろう建物の屋根などはすでに崩れ落ちてしまっており、残っているのは、ここに住んでいたとされる魔法使いが隠していた、地下への階段のみでした。
えてして、魔法使いというものは地下を好みます。
それは研究を他人に盗まれないようにするという目的や、あるいは闇というものが魔法の根源に近しい何かを孕んでいるからなのかもしれません。見習い魔女の少女にはまだよく分からないことだらけですが、少なくとも、お師匠様に聞いた話によると地下にいれば巨大な爆発が起こったときに他人に迷惑をかけないから……という理由があるようです。
――そもそも、爆発が起こるようなことが前提なのか?
ということを疑問に思ったのはとりあえず置いといて。
少女は恐る恐る遺跡の入口を覗き込みました。
彼女の名は――モーラ・クレノア。
頭には鍔広のトンガリ帽子を被り、手には先端が渦を巻いている木製の杖をぎゅっと大切そうに握っています。典型的な魔女の出で立ちをしているものの、どこかその顔は威厳とはかけ離れ、眉は気弱そうにへなっと垂れていました。
「本当に……ここに入らなくてはいけないのでしょうか……?」
泣きそうに、誰ともなくそんなことを聞くモーラ。
もしかしたら、誰かが返事をしてくれることを期待していたのかもしれません。
しかし、そんなことはあるはずもなく、モーラは乞うように空を仰ぎました。
「ああ、お師匠様……本当にわたしにこんなところに入れとおっしゃるのですか!? それはあまりにも酷な修行というものではないのですかっ!? 音術師ウォーエンバウロンの遺跡など、わたしにはまだ早すぎます〜! しかも………………その奥にあると言われる未知のお宝『エンドレス・ブルー』を調べてこいだなんて〜!!」
数時間前のことを思い出しながら、モーラは自分の境遇を嘆きました。
とある魔女に弟子入りしていた彼女は、その曰くの『お師匠様』からの命令により、遺跡への遠征修行へ行かされてしまったのです。
……とは言っても。
モーラは自分でも自負するほどの極度の怖がりでした。
もちろん、そんな彼女がその『お師匠様』の命令を快諾するはずもありません。
すがりついて喚き散らした彼女に対してお師匠様が譲歩した結果、許されたのが――
「そういえば、お師匠様のお話ですと、もうそろそろ着くころ………………ア、アレでしょうか?」
遠方から、森の道をこちらへと歩んでくる幾つかの人影が見えてきました。
「あれが……地球人さんたち……」
自分の手伝いのために、お師匠様が頼んでくれていた地球人の契約者たち。
その顔は――モーラにはどこか、とても勇壮なものに見えたのでした。
見習い魔女モーラがやって来たのは未知のお宝の眠る遺跡でした。
彼女がお師匠様から告げられた修行をこなせるかどうかは、皆さんの協力にかかっています。
どうか、彼女を助けてやってください!