空京の片隅にある「桜の森公園」は、クリスマス一色に染まっています。
というのも、とある団体が企画した、クリスマスイベントが開催されているのです。
公園内はクリスマスカラーで彩られ、公園中央に立つ一際巨大な桜の木にも、イルミネーションでモミの木のような飾り付けがなされています。
もちろんそれだけではなく、公園の東では、クリスマス市を模した出店も並んでいます。――本場のそれには敵いませんが、プレゼントやクリスマス用品、食べ物、飲み物などが並ぶ市は、クリスマスムードたっぷりで、デートにはうってつけ。
そんなイベントの目玉は、何と言ってもこの人工降雪広場。
公園中央の広場には、魔術と機晶技術を応用した、人工降雪機が設置されています。
しかも、この人工降雪機にはある秘密があるのです。
――クリスマスの妖精が、あなたの背中をそっと押してくれます
イベントのチラシには、そんな謳い文句。
そう、この降雪機が降らす雪には、ちょっとした魔法が掛けられているのです。
それは恋のおまじない。日頃は秘めている思いを、なかなか素直に言えない言葉を、特別な相手に伝えるための――
ちょっとした魔法、の、はずでした。
***
「ねえシェスティン、ちょっとだけ見ていこうよー!」
そう言って、パートナーの女性の袖を引いているのは相沢かしこ。
ヴァイシャリーに菓子店を構える、若きパティシエールです。
今日は、クリスマス市に出店している臨時店舗の様子を見に来ています。
「構いませんけれど、少しだけ、ですわよ」
かしこに裾を引かれるがままついていくのは、彼女のパートナーであるシェスティン・ユーハンソン。かしこのスポンサーでもあります。
今日は二人とも、これからヴァイシャリーに戻って明日の仕込みやら何やら、仕事を片付けねばなりません。ゆっくりしている時間はないのですが、東京育ちで雪になじみのないかしこは、「雪が見られる」という貴重な機会を逃す気はないようです。
「ありがと、シェスティン!」
かしこはにっこり笑うと、一人中央広場へ向かって駆けていきます。
時刻は夕刻。イルミネーションにも火が灯りました。
巨大なイルミネーションツリーが現れた中央広場には、しんしんと粉雪が降っています。残念ながら、積もるほどではありませんが。
「うわぁー! 綺麗!」
「そうですわね」
かしこは子供のように瞳を輝かせて、雪の中へと飛び出していきます。
周囲にはちらほらと肩を寄せ合うカップルの姿もありますが、雪にはしゃぐかしこはお構いなしです。
ここへ来ることには渋る様子を見せていたシェスティンも、しかし綺麗な風景に心を和ませている様子です。
「そろそろ帰りますわよ」
しばらく雪景色を楽しんでから、シェスティンはかしこに声を掛けました。
はーい、といつもならば明るい声が返ってくるはずなのですが。
「シェスティン……」
なんだかかしこの様子がいつもと違います。
どうしましたの、とシェスティンがかしこに歩み寄ると。
突然、かしこがシェスティンの体をぎゅぅ、と抱きしめました!
「ちょ、ちょっと、どうしましたの?」
「わかんない……なんか、すっごくこうしたくて……ごめん、しばらくこうさせて……」
甘いような、切ないような、いつものかしこからは想像もつかないような細い声でささやかれ、シェスティンは目を白黒させます。
かしこはハグ魔という訳ではありません。
そりゃぁ女の子同士ですから、感極まった時には抱き合って喜んだりもしますが、かしこと契約してから数えるほどしかありません。
「ち、ちょっとかしこ、重たいですわ!」
「ごめんね、でもなんか変なの……!」
かしこの瞳がうるんでいます。
どうなってますのー、とシェスティンの悲鳴が響きます。
……かしこが正気に戻ったのは、それからだいぶ経ってからのことでした。
***
それから数日後、桜の森公園のクリスマスイベントは、一部でひそかな人気を博していました。
チラシに追加された一言が、特定の志向を持つ人々の心をつかんだようです。
――クリスマスの妖精は、同性カップルを応援しています――