――6月。この時期になるとジューンブライドという単語が目立ち出す。
ジューンブライド――【6月の花嫁】と呼ばれるこの時期に結婚式を挙げると、幸せになれると言われている。
その言葉を信じ、世間のカップル達はこの時期に結婚式を挙げようと、神社や教会といった場所へ集うのであった。
――空京のとある教会。この教会も例に漏れず、数多くのカップルたちが集う姿が見られていた。
「凄い人だね」
「……随分と盛況」
その様を見て、天野翼と和泉空が呟く。
「これみんな結婚式挙げる人たちなのかな? けど、なんでうちにリング借りる依頼なんて来たんだろうね?」
「……わからない」
今日彼女達は所属するプロレスリングHCが教会から依頼を受けたのであった。ただ今回は興行、ではなくリング設営の依頼である。
「それにしても……なんでみんな殺気立ってるんだろ?」
ちらりと翼が集う人々に目を向けると、誰も彼もが殺る気満々といった具合で結婚式を挙げる雰囲気ではなかった。
「おや、貴女達は【ジューンプライド】を知らないのですか?」
翼の呟きが聞こえたのか、この時期だというのにトレンチコートを身に纏った金髪の女性が声をかける。
「へ? あの、どちら様で……」
「おっと失礼。私は自称愛の伝道師エルと申します」
「……自称?」
深々と頭を下げるエルに、泉空が首を傾げる。
「いやいやそっちよりも……【ジューンプライド】ですか? その……【ジューンブライド】ではなく?」
翼が問うと、エルがふむ、と顎に手を当てる。
「ならば御説明いたしましょう。この教会、ちょっとした噂といいますか、ジンクスがあるんですよ」
そう言ってエルが語りだす。
――この教会にはそれは美しい音を鳴らす鐘があるという。
結婚式にその鐘の音で祝福されたカップルは幸せになれる――という設定がある。
その為これから結婚するカップルを始め、既婚者や結婚にまでは至っていないカップル等も式だけを挙げようと集う様になった。
しかし教会もそんなに何度も結婚式を挙げる事は出来ない。その為結婚式を挙げる権利を巡り、カップル同士の争いまで起きるようになる。
これを目にした教会の牧師はこう思った。
「よし、これは客が来rごふんげふん何とかしなくては!」
牧師はイベントを催した。
それは教会に設置されたリング――エンゲージリングの上で希望者達を戦わせ、勝者に結婚式を挙げる権利を与える事にしたのであった。
「……と、いう話です。そして今に受け継がれてきたのがこの教会主催の争奪戦イベント、通称【ジューンプライド】なのです」
「所々怪しい所があったんですが……ああでもリングの意味がわかったよ……」
エルが語り終えると、翼が眉間に皺を寄せる。
「はっはっは、詳しいですな……おっと失礼、私はこの教会の牧師です。本日はお越しいただきありがとうございます」
その時、牧師が愉快そうに笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「は、はあ……随分と盛況なイベントみたいですね?」
翼がそう言うと、満足そうに牧師は頷いた。
「ええ、今回はカップルだけでなく独り身の方も多いのでね」
「……言われてみると」
泉空が参加者を見回すと、カップル以外にもちらほらと抱き枕を抱えた者や、「リア充共にいい目見させてたまるか」と目を血走らせた殺る気満々な者、「強い奴いっぱい居てオラワクワクしてきたぞ!」と明らかに来る場所を間違えた腕試し目的の者なんかが目につく。
「あまりに多かったので今回一人の方の参加も許可したんですよ。何でも『嫁が恥ずかしがり屋で画面から出て来ない』という方もいたのでね、はっはっは」
「なん……だ……と……! 相手がいないというので参加を諦めて観客にと思っていたのですが、私も参加していいという事ならば!」
その言葉を聞いたエルが受付へと向かって走り出した。
「あー、あの人参加するんだ……」
「良ければ貴女方もどうですか? 参加は自由ですよ。はっはっは」
そう言って牧師はチラシを翼と泉空に渡す。
「いえ、私達リングの設営に……」
困ったように翼がチラシを返そうとする。が、
「ちょっと受付行ってくる」
泉空はやる気満々であった。
「っていっちゃん!?」
「……勝者特典に釣られた」
そう言って泉空がチラシを見せる。そこには『勝者特典として、式にかかる衣装等は全て負担します』という記述があった。
「ゴメン……でも私……翼の花嫁姿が見たい……!」
そう言って泉空が受付へと駆けて行った。
「……くっくっく、これ、これですよ……この盛り上がりですよ! 私はこの盛り上がりをこのイベントが始まってから2年間、ずっと待っていたんですよ!」
「って受け継がれてきたとか言う割には随分と歴史浅いですねこのイベント!?」
――こうして、式を挙げる権利争奪戦は開かれたのであった。