※前回のあらすじ
乗っていたボロ船が爆散したナオシ達を通りすがりの漁師モリ・ヤ達が助けます。
しかしモリ・ヤ達は実は密漁者であり、巡回していた参ノ島の傭兵達にナオシ達は関係者と思われ囚われてしまいます。
この状況は非情に拙い、とナオシ達は脱獄を図りますが結果は失敗。モリ・ヤ達を含め数名が脱獄が成功しましたが、ナオシを含めた大半が再度囚われてしまいます。
更にこの際の行為が悪質と見られ、その上ナオシが天津罪の印をその身に刻んでいた為参ノ島の傭兵の副官、メ・イとリ・クスの判断により監獄島へと身柄を送られてしまいます。
一方、脱出できた者達はナオシの部下の乗組員の『ナオシの妹がいる』という言葉を頼りに、弐ノ島へと向かうのでした――
* * *
――弐ノ島。
脱出したコントラクターとモリ・ヤ達はナオシの部下の乗組員に先導され、とある集落へと案内されます。
その集落は屈強な男達や屈強な女達――正直堅気に見えない住民達ばかりが揃いも揃った場所でした。
その集落に足を踏み入れたモリ・ヤ達に、住民達は敵意しか籠っていない視線を向けていました。
「……何やら、我々は歓迎されていないようだな」
威圧されガタガタ震えるウヅ・キを庇いながら小さくモリ・ヤが呟きます。
「そうだ、我々は余所者を歓迎しない」
モリ・ヤの呟きが聞こえたのか、敵意しか無い視線を向けた一人の男が行く手を遮ります。
「迷い込んだならば見逃してやる。早々に立ち去れ」
立ちふさがる男はそう言います。
「ま、待ってくれ! 俺達は用が……オミ・ナに用があって来たんだ!」
慌てて乗組員がそう言った瞬間、
「貴様ら……何者だ!?」
その場に居た住民全員の敵意が殺意へと変わります。凶器としか言いようのない物を手にするというおまけつきで。
「……なあ、手を貸してくれるのではなかったのか?」
殺意を全身に受け、冷や汗を流しながらモリ・ヤが乗組員に問います。
「はいはい、お前らそこまで」
パンパン、と手を叩きつつ、一人の女性が現れます。
「オ、オミ・ナ様……」
不意に現れた女性――オミ・ナの声に、住人が振り返るなり手の凶器を下ろします。
「お前ら殺る気満々すぎだろ。このあたしに用があるってわざわざ来たんだ。話くらい聞いてやろうぜ、な?」
その言葉に、住人達は一歩下がって応えます。
「で、だ。客人さんよ、こんなとこまであたしを頼るたぁ一体どんな用よ?」
その住人の態度に満足したように頷くオミ・ナは、今度はモリ・ヤ達に向き直ります。
「そ、そうだ! アンタの兄さん――ナオシの兄貴がヤバいんだ! このままだと殺されるかもしれない!」
「……ナオシ?」
乗組員の言葉に、オミ・ナは眉を顰めます。
「んな名前の兄貴、あたしにゃいねぇんだけど」
「ええええええええええ!?」
『やっぱりてめぇら嘘つきやがったな!?』
住人が再度凶器を構えなおすのを、オミ・ナが「どーどー」と諌めます。
「んー……ピンとこねぇ名前だけど、大方偽名使ってんだろ。で、『殺される』とか穏やかじゃないねぇ……詳しい話、聞かせてもらおうか」
「――成程、大体把握した」
モリ・ヤ達をある建物へ案内し、話を聞いたオミ・ナが頷く。
「ピンとこねぇ名前だが、お宅らの話聞いたところ兄貴にゃ間違いなさそうだ……おい、情報は入ってるか?」
オミ・ナに問われた側近が頷きます。
「はい、少し前に監獄島に天津罪が刻まれた者と、こちらの人間ではない者達が送られたと聞いてます」
「多分それだ……監獄島か。こりゃいよいよもってやべぇな」
「あそこの『知り合い』を通じてその囚人と話ができるよう頼んでおきましたが、どうします?」
「船の準備、早急に頼んだ。あたしらもすぐ監獄島に向かうよ」
オミ・ナの言葉に側近が頷きました。
* * *
――監獄島。
この島は島とは名ばかりでその実態は五つの浮遊島の間を漂う巨大な一つの船であり、天津罪を刻まれた者を始め凶悪犯罪者を収容する施設となっています。
ナオシ達はここでも更に凶悪犯罪者が送られる奥深くの隔離区域に皆、収容されていました。
収容されて既に数日が経過。これからどうなるのか、と困惑するコントラクターとは対照的に、ナオシは一人考えていました。
(まさか隔離区域に入れられるとはな……この状況で脱獄はまず不可能だが、じっとしているわけにもいかねぇ。さて、どう逃げたものか……)
この状況をどう打破すべきか。しかしいくら考えても良策は浮かびません。ナオシは苛立ちを隠せぬように頭を掻きむしります。
『――まさか本当にきさまだったとはな』
地底から響いてくるかのような声でした。
その声に振り返ると、あったのは黒い巨大なヤタガラスでした。
「……てめぇコノヤロウ」
その姿を見たナオシは怒りを隠そうともせず、巨大なヤタガラス――ミサキガラスを睨みつけます。
『ここの看守からきさまを確保したとの通知が来たときはまさかと疑ったが。せっかく逃れたというのに、わざわざ殺されに戻ってくるとは愚かな奴よ』
ミサキガラスの頭部にぽっかり空いた空洞から、ナオシを嘲笑うかのような言葉が紡がれます。
「ウッセー、死ぬのはてめぇだ引きこもりの大バカヤロウ」
ナオシとミサキガラスがお互い睨み合う様に膠着します。
『ふむ。なかなか威勢がよいな、人間』
突如、頭中に響くような声が聞こえます。
気が付くとミサキガラスの後ろに、全身に白い何かを巻いた、棒切れのような――まるでミイラのような細身の少年が微笑を浮かべ立っていました。
その背後では、ヤタガラスを白くしたような人影がゆらゆら揺れています。ヤタガラスと違い、顔を持つその白い影は、ケタケタと嗤っているようでした。
『しかし往々にしてこの手の者は礼儀を知らぬ。
何をしておる? ひざをつけ! 拝跪せよ! 余を見下ろすとは無礼であろう』
少年が言うと同時にナオシは自分を両側から押さえ込む力を感じました。
見えない力はすさまじい圧力で腕と背中を下に押してきます。その圧倒的な力にナオシは抵抗することもできず、ひざをつかされました。
「――何モンだてめぇ」
両腕をとられ、ひざをつかされた状態では満足に動くこともできずに、ナオシの頬に冷たい物が伝います。
少年はナオシのようにひざをついたミサキガラスの方を向いていました。
『これがうぬの瑕となりうる者というわけか』
『――左様にございます』
『それほどの者にはとんと見えぬが』
「おいてめぇ! ひとんこと無視ってんじゃねーぞ!!」
瞬間。
ナオシは吹き飛ばされ、壁に激突していました。
『威勢がよいのは買うが、口の効き方には気をつけよ。いつ余が借問を許したか』
少年の声が響きます。微笑を浮かべた表情とは違い、見下すような高圧的な言葉でした。
『余の不興を買えばどうなるか、その身をもって教えてやってもよいのだぞ?』
「……なに、モンだ、ってんだ……てめぇ……」
切れて血のにじんだ口端をぬぐい、奥歯を噛み締めながら、ナオシはつぶやきます。
その姿に、フッと少年は嗤ったようでした。
『よほどの死にたがりとみえる。
まあ、よい。今の余は少々機嫌がいい。うぬの無礼を不問とし、特別にこの姿の余をタタリと呼ぶことを許してやろう』
「……タタリだぁ?」
『控えよ。余は直答を許してはおらぬ』
再び見えない力がナオシを縛り、壁に磔とします。
『このままここでその頭をつぶしてやってもよいが、しかしそれではさすがにつまらぬ。
せっかくこの余が直々に出向いてやったのだ、もう少し楽しませよ』
言葉とともにそれまでナオシを壁に押しつぶそうとしていた力が消え、ナオシは床に転がりました。
次にタタリは牢の扉を壊します。
『さあ、扉を壊してやった。出るがよい』
けたたましくなる警報。しかしここに放り込まれるまでに見た、大勢の所員のだれ1人として駆けつけてくる気配はありませんでした。
そこでナオシやコントラクター達は気づきます。それだけでなく、今自分達が居る牢以外、やけに静かだという事に。
ナオシが壁にたたきつけられたり、扉が破壊されたりといった音が聞こえていないはずはないのに、1人として騒ぐ者がいません。
「……てめぇ、一体何をしやがった」
そう口にしながらも、ナオシは完璧に理解していました。
声に含まれた恐怖を鋭く嗅ぎ取って、ますます白い影たちがケタケタ嗤います。
そのノコギリ歯の生えた口元が真っ赤に染まっていることに、ナオシたちはこのときようやく気づきました。
『100を数えたのち、こやつらを放つ。
どうした? 出て行かぬのか? それともここでこやつらに喰われるのがうぬの望みか。もしそうであるというのなら、かなえてやってもよいが』
くつくつと笑いながらタタリが言います。
その楽しげな姿に、本当に捕まえる様子が見られないと判断したナオシ達は、タタリ達に背を見せないようにしながら牢から出ると、駆け出しました。
八つ裂きにされた囚人たちで赤く染まった部屋が左右に連なる廊下を、ナオシたちは走り抜けます。元は看守であったに違いない遺体から流れる血だまりで足をすべらせ、転ばないようにしながら。
『そうだ逃げろ! 逃げて逃げて恐怖するがいい! その恐怖は極上の甘露にも勝るというものよ!』
廊下に、タタリの嗤う声が響きました。
* * *
タタリ、ミサキガラスが現れた牢から離れ、ナオシ達は一息つきます。
「……ひでぇことしやがる」
ナオシが吐き捨てる様に言います。逃げる途中、食い散らかしたような死体が散らばっていない所はなく、生存者とは一度も遭遇しませんでした。
「さて……牢から逃げ出せたはいいが、最悪な事態には変わりねぇ」
コントラクター達にナオシが語ります。
現在自分達が居るのはこの監獄島の最深部、隔離区画です。ここの出入り口は本部区域から操作するエレベーターしかなく、脱出は不可能に近い状況です。
仮に出入り口から外に出た所で、船から脱出できる手立てがありません。窓はあるものの、外は雲海です。
「一か八かいっそこっから飛び出してやろうか……ん?」
窓を眺めていると、ナオシの目に一隻の船が映ります。
「あの船、どっかで見た様な……」
記憶を探っていると、ナオシのズボンのポケットに何やら震える感触に気付きます。
「何だこりゃ……通信機?」
それは小さな通信機でした。勿論記憶にありません。
『はぁーいお兄様ー!? てか本当にお兄様ー!?』
通信機のスピーカーを通した声が、響き渡ります。
『まあいいや、お兄様がいると仮定しておいてー、この可愛い可愛い妹様が助けに来てやったぞー! 涙流してその生涯通して忠誠誓うくらい感謝しろー!』
「妹……この声……まさかオミ・ナ!? 何でおま――」
『ああ本当に兄貴だったか。状況教えて』
「……今隔離区域でイカレた奴らに殺されそうになってる」
『把握。出口はこっちで何とかする。その間何とか生きてて』
そう言うと通信機が切れます。
「……よし、アシは出来た! 逃げる可能性が出来たぞてめぇら!」
ナオシがコントラクター達にそう言いました。
『ふん。思わぬところで邪魔が入ろうとしておるようだな』
白い影を猟犬のように操って進むタタリも、窓に映る船に気付いた様です。
『あのような者どもは不要。余の楽しみを妨げる者など、雲海の藻屑へと変えてやろうぞ』
なんらかの意図を含んだ視線が横の窓から雲海へと流れました。
* * *
「さて、あたし達も動くぞ……ん?」
オミ・ナがマイクのスイッチを切ると、後方から漁船で同行していたモリ・ヤから通信が入ります。
『いくら通信が必要だからって近づきすぎだ!』
オミ・ナが通信機を取るや否や、モリ・ヤの怒鳴り声が響きます。
「あー大丈夫大丈夫」
『大丈夫なわけがあるか! 監獄島の人間にバレたら――』
「バレてるならとっくに撃ち落とされてるよ。デッキを見てみ」
『デッキ? ……なッ!?』
通信機の向こうで、モリ・ヤが言葉を失います。
監獄島のデッキには、数多もの黒い影――ヤタガラスが彷徨っていました。
「気付いたみたいだね。監獄島、とっくにやられてる」
そう言ってからオミ・ナが側近に合図を出すと、デッキにライトを向けます。すると光に当たったヤタガラス達は霧散しました。
「奴らは光が苦手みたいでね、こうやってる隙に中に入る。まぁ、中にもいるだろうけどね……さて、あたし達も行くよ! 準備しな!」
オミ・ナがそう言うと、部下が慌てたようにかけてきました。
「た、大変です! 魔物が! 巨大な魔物がこの船へと向かっています!」
その言葉に外を見ると、言う通り巨大な蛇の様な外見に所々翼が生えた魔物が一体向かって来ています。
「……攻撃に耐えられると思うか?」
オミ・ナが側近に問うと、首を横に振って応えます。
「精々が数発でしょう」
その言葉にオミ・ナが舌打ちします。オミ・ナの船はモリ・ヤの漁船とは違い、小さいながらも武装してある船です。しかし巨大な魔物の攻撃を受け続ければひとたまりもないでしょう。
しかし攻撃を避ける為船から離れるとなると、ライトが当たらなくなる為デッキのヤタガラスが再度現れるようになるでしょう。
「さてどうするか……」
『どうかしたのか?』
「いや、ちょっと厄介な状況になった」
オミ・ナがモリ・ヤに現状を説明します。
『ふむ……その魔物、任せて貰おうか』
「魔物だぞ? 相手出来るのかよ?」
『ああ、できるさ。密漁者だからな』
そう言って、モリ・ヤが通信を切ります。
――とある雲海で、一波乱起きようとしていました。