空京にある、冒険好きの学生御用達の『ミス・スウェンソンのドーナツ屋』、通称『ミスド』の支店がツァンダにオープンしました。
店長のミセス・ジェシカ・スティングレーは、空京本店のミス・スウェンソンと違って『肝っ玉母さん』という雰囲気のおばちゃんです。
しかしながら、ログハウス風の内装や店員さんのちょっとかわいい制服、そしてもちろん、学生達がコーヒー1杯・ドーナツ1個で長時間いてもOKというお店の雰囲気は、空京のお店と変わりません。
冒険好きな学生達の、ちょっとしたサポートもしてくれます。
さて、その開店間もない『ミスド』ツァンダ支店に、一件の依頼が舞い込みました。
「毛糸の材料に使う、山羊の毛を集める手伝いをしてくださる学生さんはいらっしゃいませんか?」
依頼をしに来たのは、ツァンダ市内にある手紡ぎ毛糸の店『クロシェ』の跡継ぎ娘ファーナと、その婚約者のルツキンです。
『クロシェ』では、ツァンダの南の山岳地帯の険しい岩場に住む野生の山羊の毛を使った手紡ぎ毛糸と、その毛糸で編んだり織ったりした帽子、マフラー、ミトンなどを商品としています。
手作業で作られた毛糸は少々お高いのですが、軽くて暖かく、実用的な防寒具としてとても有用です。
また地球人がクリスマスやバレンタインデーの風習を広めてからは、大切な人・愛する人に想いを伝えるプレゼントとしても好評を博しています。
ですが。
「いつもは祖父と父が山羊の毛を採集しているのですが、先日2人とも山で怪我をしてしまいまして。クリスマスに続いてバレンタインデーを控えているこの時期に、毛糸も……材料の山羊の毛も在庫が足らなくなってしまったんです。このままでは、せっかくプレゼントを買いに来てくださるお客様に申し訳ないことになってしまいます」
「なるほどねぇ、この店のお客さん達にも、『クロシェ』の商品をプレゼントにしたい! って人がいるかも知れないしね」
真剣な表情で訴えるファーナに、ミセス・スティングレーがうなずきます。
「山羊の毛は集めて来たあと、洗ってゴミを取り除き、すいて、紡いで糸にしなければなりません。材料が足らないことで全体的に作業が遅れていますので、集めた羊毛を糸にする作業も手伝っていただければありがたいです。アルバイト料はお支払いできませんが、充分な毛を集めてくださり、作業も手伝っていただければ、代わりに帽子やミトンを編める量の毛糸か、祖母と母と私で編んだ帽子かミトンを一点差し上げます」
山羊の毛の採集には、ルツキンが同行するそうです。
「野生の山羊は、大きな角があるうえに気が荒くてな。怪我をさせないように、なおかつこっちも怪我しないように捕まえて毛を刈るのは結構大変なんだ。岩場にいるのを遠巻きにして少しずつ平地に追い込んで、一頭ずつ入る小さな柵に入れて刈ることになるから、よろしく頼むな」
学生達を見回したルツキンは、声を低めてこう付け加えました。
「……実は、俺も彼女から手編みの帽子を渡されて、告白されたんだ。だから、あのときの彼女みたいに、誰かのために一生懸命プレゼントを作りたい人や、そのプレゼントを待ってる人、渡されて幸福になれるかも知れない人を助けたいんだよ。協力してくれないかな?」
「もう、そんなこと言わなくても……! あの、よ、よろしくお願いいたしますね」
ファーナは顔を真っ赤にしてルツキンを肘で小突いたのち、店内にいる蒼空学園を始めとした学生達に向かって深くお辞儀をしました。