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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に

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シナリオガイド

去りゆく季節を惜しむべく、夏の終わりのこの一夜。対抗戦も良し、美しい思い出を残すも、良し。
シナリオ名:切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に / 担当マスター: 桂木京介

 室内の空気はまるで磨り硝子、ざらざらした冷気が肌をなでます。
 冷気? そう、真冬以上の寒さなのです。睫毛の先に霜がのり、重く垂れさがってくるような気がします。

「寒くありませんかぁ……?」
 イルミンスール魔法学校校長エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は思わず問いかけました。自分でもおかしなことを言っているという自覚はありましたが、そう言わざるを得ません。
 だってそうでしょう。まだ八月、窓の外は雲ひとつない青い空、溶鉱炉みたいな太陽が、ギラギラしたエネルギー波のごとき光と熱を放っているというのにこの部屋――蒼空学園理事長室だけは、外の光景を丸きり無視した極寒の世界なのですから!
「寒いかしら? この程度で寒いなんて、天下のエリザベート・ワルプルギスも案外か弱いのね」
 部屋の主、蒼空学園理事長兼校長兼生徒会長御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は遮光グラスの奥から紅玉のような瞳をのぞかせ、口元に薄笑みを浮かべました。
「ルミーナ、仕方がないから冷房の温度を上げてあげなさい」
 環菜は軽く振り向き、ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)を呼びつけて命じます。
「あの、さしでがましいようですが……こんな嫌がらせしなくてもよいのでは……? 冷房設定がマイナス30℃というのはいくらなんでも異常です」
 恐る恐る、といった様子でルミーナが小声で告げます。同じく小声で環菜は応えました。
「私は暑いのが嫌いだから寒いくらいでいいの! それに、いつもいつもあの子はうちに対抗心丸出しで絡んでくるんだから、これくらいのお返しはしてあげないとね」
 現在この部屋は『冷房』という表現が生ぬるく聞こえるほどの超激冷凍設定であり、悠然としている環菜は別として、ルミーナは腕にびっしりと鳥肌を浮かべ、エリザベートも唇を紫色にしています。エリザベートに従うミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)にしたって、ずっと歯の根が合っていない様子でした。おまけにそんな一行の前には、アイスクリームとシャーベットをたっぷり使ったクールすぎるデザートが出されているのです。
 けれど『仕方がないから』という環菜の挑発的な言葉に、エリザベートはライバル心を刺激されたのか、
「さ、寒くなんかないのですぅ! さっきの問いかけは、『私は平気ですけど御神楽校長は寒いでしょう?』という質問だったのですよぅ! むしろもっと温度を下げてほしいくらいですぅ!
 と吠えるように告げて自身の前に置かれたアイスを、ざくざくと食べはじめたではありませんか。
「お母さん無茶です! そんなことしたらここにいる全員凍死ですよう!」
 泡を食ってミーミルがエリザベートの腕を取りますが、エリザベートのほうは騎虎の勢い、発言を撤回する気はないようです。売り言葉に買い言葉、実は歯を食いしばって寒さに耐えていた環菜も、負けるわけにはいかないと眉を吊り上げます。
「ならばお望み通りに。ルミーナ、冷房設定マックス! マイナス40℃よ!」
「ダメです会長、そんな無謀は……!」
 ルミーナが声を上げようとした瞬間、ぶつり、と音がして部屋のブレーカーが落ちました。
 みるみる部屋の温度が上昇していきます。
「……」
「……」
 環菜とエリザベートはにらみあうような姿勢のまま――そして内心ホッとしながら――革張りの椅子に腰を下ろしました。
「……それで、今日はなんの話をしにやってきたのだったかしら?」
「夏祭の相談ですぅ」
 二人の真横では、安堵のあまりルミーナとミーミルが抱き合っています。

 この時期に夏祭、というといささか奇妙な気がしないでもありません。
 なぜってもう、夏は終わりなのですから。今から準備するとなると、どう見ても九月の開催になります。
 とはいえ今年は記録的な猛暑、残暑は当分続くでしょうから、気候的には問題はなさそうです。
 それに、この夏祭には一つのテーマがあるのでした。

「去りゆく夏を惜しむ、という風情を楽しむお祭なのですね」
 合点がいったようにルミーナ・レバレッジが述べました。
 夕暮れ時より開催、会場は蒼空学園の敷地となります。蒼空学園に話を持ちかけたのは、イルミンスールで開催するより地理的に人を集めやすいからとのことです。共同開催にすれば人も沢山集めることができるでしょう。
 メインは縁日となると思われます。両校生徒がそれぞれ屋台や出店を担当し、学校経営の資金に加えることを目的とします。といっても縁日ばかりがお祭ではありません。盆踊りやカラオケ大会といったトラディショナルな催しに加えて、最後は花火大会も行われることになったのでした。
 盛り上がって騒ぐだけがお祭ではありません。去りゆく夏を惜しむ、というコンセプトにふわわしく、校舎裏の丘にて星を眺めるイベントもそっと行われます。祭の音を遠くにうっすらと聞きながら、涼しくなってきた夜を恋人と、あるいは、気になる人と、一緒に過ごすロマンチックなひとときも送ることができるかもしれません。

「秋の気配を感じながらの夏送り、といったところかしら。まあ、生徒も喜ぶでしょうしやること自体は賛成だけど……」
 顎に手を当てながら、環菜は首をやや右に傾けて、
「イルミンスール側が素直に共同開催を申し込んでくるなんて珍しい、とだけは言っておくわ」
 するとエリザベートはくすくすと笑いました。
「別にぃ、私たちだって、いつも蒼空学園と対決しようなんて思ってないですよぉ。友好的にいきましょう〜。ま、両校の屋台の売り上げを最後に比べるくらいはしますけど〜」
 それか、と言いたげな表情が一瞬、環菜の口元に現れました。
「あら、売り上げの話だったら勝負にならないんじゃない? 前近代的な魔法学校が商売上手とはとても思えないもの。あなたたち、ポップコーン製造器なんか使ったことないでしょ? あと、風船って水素を詰めるのよ、口で息吹き込んでも浮かばないのよ、知ってた?」
 この平然とした環菜の侮辱に、ルミーナとミーミルは再びハラハラしはじめ、やはりというかなんというか、エリザベートも対抗心をあらわにするのです。
「なにいってるんですかぁ、商売はハート、心と心のおつきあいですよぉ〜。年がら年中テクノロジーとかに頼って、おもいやりの心やおもてなしの精神を忘れた人たちに、優秀なイルミンスールが負けるはずないんですぅ! 屋台の売り上げは、絶対に私たちのほうが上に決まってるんですぅ〜!!」
「なによその根拠のない自信は」
「部屋の温度マイナス30℃だかにして客人を待ち構えている校長がなによりの証拠ですぅ〜!」
 ちょっとこれは痛いところをつかれたようです、環菜はすっくと立ち上がって告げました。
「なら、きっちり白黒つけようじゃない! 夕方5時半開場、10時ジャストに店じまいよ。原価も申告して純利益だけで優劣を競いましょう。他校の屋台はカウント外、相手校の営業妨害をしたら反則負け、その他不正行為は禁止! これでよくって!?」
「受けて立ちますぅ! で、負けた側には罰ゲームをさせますよぉ!」
「罰ゲーム、いいわよ。蒼空学園が負けたら……うちのルミーナのヌード写真集を発行するということで!」
「なら魔法学校が負けたらミーミルが……
「なに言ってるんですか!」
 さすがにこれは、ルミーナとミーミルの全力の反対で却下されました。

 ――結局、敗れた側の校長が一日生徒として相手校に留学、もちろんその制服を着て学生生活を過ごす、という条件が定められたのでした。
 (これだって、プライドの高い両校長にはかなりの屈辱です)

「どうしてお二人は、普通に夏の終わりを楽しむことができないのでしょうか……」
「まあ、ケンカするほど仲がいい、という言葉もありますし、結果として楽しく過ごせればいいんじゃないですか」
「そうですね、今夏最後の思い出を作るといたしましょう……学校に関係なく、皆様で」
 ルミーナとミーミルは顔を見合わせて微笑みあうのでした。

 夏の終わりは、少し胸が切ない。けれど麗しく送りたいもの。
 去りゆく夏の最後の夜、閉じゆく季節を見送る祭を、あなたはどのようにして過ごすのでしょうか?



 ****************


 数日後、慌ただしげに設営が進む祭の会場をじっと見守る目がありました。
 茂みに潜むその目は、少女の目のようでありました。
 けれど普通の少女のそれには思えないのです。
 なぜって、物陰に潜むその目は瞬き一つしないのですから。

 注意深く観察する人がいれば、茂みの合間からのぞく少女の掌に開閉口があり、そこからかすかに、鞭のようなものが現れているのが見えたかもしれません。


担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
 マスターの桂木京介です。よろしくお願いします。

 夏が終わりますね……。残暑と秋の気配が同居する夜を、楽しく、あるいは切なく送りましょう。
 祭で楽しく過ごすことで、今夏の思い出作りの締めくくりとするのはいかがでしょう。あるいは屋台合戦に精を出し、忙しく働くのもきっと楽しいことでしょう。愛する人と肩寄せ合って星を眺めるのも、素敵な記憶となるはずです。楽しみ方は自由です。多忙な夏でイベント的なものに参加できなかった方にとっては、この夏のラストイベント的なものになるかもしれませんね。
 祭の夜をどう過ごすか、皆さんの行動を教えて下さい。

 蒼空学園内特設会場が舞台です。なお、このお祭は蒼空学園とイルミンスール魔法学校の共同開催ですが、他校の生徒も自由に参加できますし、一般客も多数来場が見込まれております。
 形の上では蒼空学園とイルミンスール魔法学校の対抗戦の色彩もありますが、屋台経営に参加する人も、決していがみあったりせず正々堂々と競いあいましょう。

 このシナリオでは戦闘の発生を予定していません。
 オープニング末尾で軽く触れていますが、祭の会場には過去のシナリオ『ラビリンス・オブ・スティール〜鋼魔宮』で登場した塵殺寺院の機晶姫『クランジΦ(ファイ)』が紛れ込んでいます。ただし、Φは『ラビリンス〜』の大敗で行動目的を喪失しており、今回は純粋な興味だけで祭を見学に来ているものと思われます。攻撃すれば逃げていきます。

 無論、お祭りには御神楽環菜やエリザベート・ワルプルギスも参加します。二人とも慣れぬ屋台(環菜はクレープ屋、エリザベートはヨーヨー釣り)を運営していたりして忙しいようですので、手伝ってあげてもいいかもしれません。

 皆様のご参加、楽しみにお待ち申し上げております。
 次はリアクションでお会いしましょう。桂木京介でした。

▼サンプルアクション

・縁日を巡回し食べ歩きや遊びを楽しむ。

・夜店をオープンして商売繁盛を目指す。

・星を眺めるには最適の季節。忍び寄る秋の気配を感じながら語り合いたい。

▼予約受付締切日 (既に締切を迎えました)

2010年08月31日10:30まで

▼参加者募集締切日(既に締切を迎えました)

2010年09月01日10:30まで

▼アクション締切日(既に締切を迎えました)

2010年09月05日10:30まで

▼リアクション公開予定日(現在公開中です)

2010年10月01日


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