それはホワイト・ディ直後の、ある休日の事でした。
蒼空学園に通うイズールトは、いつもの様に通学路の端にそびえ立つ大木の前で歩みを止めました。
毎朝そこには、一人の青年が立っています。
ですが何度挨拶をしても、そのトリスタンという名の騎士が返答してくれる事はありません。
「おはようございます」
けれど本日も諦めずに声をかけた彼女は、それから木の根元へと視線をおろしました。
そこには沢山の白い花束が供えられております。
通常は何の変哲もない樹として風景を彩っているその幹も、
例年ホワイト・ディを過ぎた頃だけは、存在感を増すようです。
その理由は、
嘗てその木の下で待ち合わせをしていた二人にまつわる伝承が残っているからで、
当日――待ち合わせ場所に、事故で亡くなり女性が現れる事はなかったという、
パラミタ人と地球人の悲恋の逸話があるから
かもしれません。
そんな伝説を思い出しながら、補講のため休日にもかかわらず、イズールトは学園へと向かいました。
すると玄関付近で、一人の少女――イゾルデが号泣しています。
「どうかしたの?」
授業開始時間が迫ってはいましたが、イズールトは一応声をかけます。
すると聴いているのかいないのか、泣き叫んでいたイゾルデが、大声を上げました。
「待ち合わせをしていたのに、彼、来なかったの!! フラれたのかしら、そんな、っ、そんなっ……もう嫌!! 世界なんて滅べばいいのに!!」
激昂している様子のイゾルデは、実に美しい金色の髪をしていて、蒼空学園の制服を身に纏っています。
同じクラスの彼女の事が気にはなりましたが、とりあえずイズールトは、教室へと急ぐ事にしました。
室内では、臨時講師であるアインハルトが、自慢げに呟いています。
「腐るほどの本命チョコって奴を貰ったけどな、俺は一切お返しはしなかったし、呼び出しにも応じなかった。よくやるよなぁ、本当、みんな。俺なんてテスト用紙作りで、日付も覚えてなかったよ。仕事してたんだ、仕事を」
少々性格に難のある教員の声に、イズールトは溜息をつきます。
しかし、この補講を受けなければ、出席日数や単位に支障が出る事でしょう。
――その時の事です。
突如として、教室まで、轟音が響き渡ってきました。
「待ち合わせをした場所なんて無くなっちゃえば良いんだからっ!! それに、世の中の恋人同士とか、みんな、いなくなっちゃえばいいのよ、きっと、それが世のためっ!!」
同時に各所から叫び声が聞こえてきます。
アインハルトとイズールトは、どちらともなく窓辺へと歩み寄りました。
そうして階下で起きている惨劇を目にします。
そこでは校庭の木々や花壇、校舎の一部は氷漬けにされていたのでした。
なおのこと悲惨だったのは、
イゾルデが、歩いてくる恋人同士らしき生徒達を、
ことごとく凍らせている事
でした。
既に人型の、手をつないで歩いている氷像が、四・五体作り上げられています。
イズールトが嘆息しました。
「このクラスの子ですよね」
「まずいな。主要な通学箇所に連絡を入れて、近寄らないように警告してくる」
呟いて、教員のアインハルトが職員室へと向かいます。
――しかし、このクラスを受け持ってまだ数月だが、あんな生徒、見たことがあったか?
歩きながら彼は、彼女の緑色の瞳を思い出します。
まず連絡を入れた先の駅で、受話器を取ったのはマルクでした。
彼は空京大学の学生で、駅でバイトをしています。
事情を聴いた彼は、早速駅中に聞こえるよう注意を促す放送をしました。
「繰り返します、恋人同士の皆様は本日、蒼空学園へ近づかないようお願いします。繰り返します――」
蒼空学園の生徒に限らず、この情報は、近くを通りかかった人々の耳へと入りました。
また、バイトに命をかけているマルクが迅速に他の駅にも連絡を取ったので、事態は多くの人の知るところとなりました。
明日からは通常の授業があるため、なんとか休日である本日中に事件を解決しなければ。
居合わせた不幸を嘆きながら、アインハルトが溜息をついています。
このままでは、明日から恋人がいる生徒は登校できないでしょうし、思ったよりも破壊力の強いイゾルデの破壊活動を、一人では止められる気がしません。
また本日の補講も行えない為、イズールトは留年してしまうかも知れません。
「兎に角止めに行かないとな、イズールト一緒に……あれ? おい? どこに行った?」
教室へ戻ってきたアインハルトが、不意にいなくなってしまった生徒に対し、眉を顰めています。
彼女は、休校になったと思い帰ってしまったのでしょうか?
だとしても、兎角皆様にご協力いただけなければ、この騒動は収まりそうにもありません。
何卒ご助力の程、お願い申し上げます。