■ご注意■
このシナリオはPCやNPCだと思い込んでいる一般人でプレイするシナリオです。
マスターコメントをご覧の上、ご参加ください。
ここは地球、日本。神奈川県川崎市・新百合ヶ丘──百合園女学院本校周辺。
とある小さな町にある、どこにでもありそうな普通の商店街。
あちらこちらに、学校帰りの生徒達の姿が見えます。
「それより聞いた? 聡子さん、この前のお休みに空京まで遊びに行ったんだって」
「羨ましいわ。私が海京に行くのだってお父様がお許しにならないわ」
店先に張られた海京やパラミタの風景のポスター。
羨望の眼差しでしばし眺めていた少女たちは、ため息をついてからまた歩き、別の話題に移ります。
ですがそのうちの一人、最後までポスターを眺めていた少女は不満を解消できないようです。
彼女もまた、百合園女学院パラミタ校の契約者達に強く憧れる一人です。
「あーあ、早く誰か迎えに来ないかなぁ。契約者になってパラミタに行きたいなぁ……」
少女が呟いて俯くと、どうでしょう、目の前のアスファルトの上に、脈絡なく一冊の本が落ちていました。
黒い皮表紙の分厚い本には、タイトルも書いてありません。少女は興味を引かれ、本を手に取って開いてみました。
「……ねぇ、どうしたの?」
友人が振り返った時、少女の手には既に本がありませんでしたが……。
「──私に関わらない方がいいわ。不幸になるわよ……」
少女は目を伏せると、ふぁさっと髪をかきあげ、
「舞踏会へ行かなきゃ。ふふ、私に招待状だなんていい度胸してるわね」
突然ダッシュで走って行ってしまいました。その手には見えない招待状を握りしめているかのようです。
彼女が走った先には、何故だか既に大勢の生徒達が集まっていました。
「ようこそ、運命の仔らよ。呪われた城へ、そして“死の舞踏会(ダンス・マカブル)”へ──」
生徒たちの目の前にいるのは、黒い仮面で素顔を隠し、黒いマントをひらめかせる一人の男。
「我ら『深淵の暁闇』はあなたたち契約者を歓迎しよう」
「やっぱり、月極は仮の姿だったのね……!」
集まったうちの生徒の一人が声を上げます。
月極(つきぎめ)といえば、全国各地の駐車場で良く見る文字です。
一般には、月単位での契約の駐車場という意味ですが──実はこれは全て、月極(つききわみ)グループという大企業の事業のひとつに過ぎない、というのは、一部ではよく知られた話です。
月極グループ──この正体不明の巨大組織こそ、現在日本のみならず世界全土を裏から支配している組織なのです(既に生徒の脳内では、そういうことになっていました)。
「良く突き止めたな。そうだ、我ら月極グループとは単なるカモフラージュであり資金調達の方法に過ぎない──」
男はばさっとマントをひらめかせると、手にした杖を高く掲げました。
「──勝者には、深淵なる力が与えられる。さあ、狂宴を始めようじゃないか……!」
彼の後ろには大きな門と扉が待ち構えています。
生徒たちはごくりと喉を鳴らし、門の奥へと入っていきました。
そんな彼らの背を、通りかかった小さな女の子が指差します。
「おかーさん、あれなーに?」
「しっ、見ちゃいけません!」
母親は女の子の手を引いて、避けるように門の中へと入っていきます。
ドアの上に掲げられているのはテーマパークパラミタランドのきらびやかな看板でした。
そしてもう一人、親子の後からふらふらと門に入っていく少女の姿があります。年のころなら小学生くらいでしょうか。十歳には見えません。
「カンジる……ココに、タクサンの……オモイが……」
伸び放題のまま腰まできてしまった漆黒の髪に、真黒の瞳。着ているものも典型的な「黒い魔法使いのローブ」だけです。
夜に出会っていたらお化けとでも思われていたでしょう。昼間だって、特に意識しなければ、黒い塊が動いているようにしか見えません。
「アア……ハヤく……タべたい……」
*
──ところ変わってこちらはパラミタ、ヴァイシャリー。百合園女学院生徒会室にて。
本校からの報告書に目を通していた生徒会長・
伊藤 春佳(いとう・はるか)は、生徒への依頼書を書くべく机の上の羽ペンを取り……その机に手がそっと乗せられました。
「会長、ぜひ私も地球に行く許可を……」
「村上さん、心当たりがあるの?」
百合園生の
村上 琴理(むらかみ・ことり)はええ、と頷きます。
「この症状は、パートナーの
フェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)から聞いたことがあります」
「パラミタで流行ったことがあるの?」
「はい、契約者でない人間に流行するそうです。その名は
黒史病」
黒史病とは、ありていに言って、ある一つの妄想を共有し、現実と思い込んでしまう病気です。
特に
自分を「契約者」だと思い込んでしまうという症状が顕著です。
これだけなら特別実害がなさそうですが、その活動にのめりこんで学業がおろそかになったり、喧嘩を始めたり、意味不明なことを言い出したり、突然叫びだしたり……と、地味に迷惑です。
そのうえ、何故か高所から飛び降りても平気だと勘違いしてしまうので、骨折してしまう患者も多く出ています。
それにかかりやすいのがお嬢様お坊ちゃま、ということもあり、大事なお見合いや商談や、社交が台無しになる恐れがあります。特に主人の体面を守らなければならない上に妄想に付き合わされるメイドや執事達は、この病気に戦々恐々としています。
しばらくすれば自然治癒すると言われていますが、その“しばらく”は個々人の回復力によって違い、明日明後日には全快するのか、それとも一週間、一か月、はたまた一年かかるのかさっぱり分かっていません。
そして
──実は、あなたもそんな黒史病にかかった人間の一人です。