とある日のこと。パラミタ中の全学校に『洞窟調査』と『空賊退治』の依頼が出されました。
依頼人は、キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)。
キロスは、空賊やドラゴンライダーの間で噂になっていた伝説の1つ“琥珀の眠り姫(アンバー・コフィン)”を五千年の眠りから覚ますため、三つの聖杯を探していました。
一つ目の聖杯は無事に手に入れられましたが、二つ目の聖杯はキロスを付け狙っていた空賊に奪われてしまったのです。
彼は現在、彼の隠れ家にこもって体勢を整えています。
「最後の聖杯……か」
キロスは思案顔で、琥珀の棺の前に膝をついて座り込んでいました。
棺の蓋は半透明で、中に眠る幼さの残る少女の顔も、その胸に抱えられた陶製の瓶もうっすらと見えます。
この少女こそが“琥珀の眠り姫”こと、ヴァレリア・ヴァルトラウテ。
キロスは、タシガン空峡にある気流コントロールセンター跡から、この棺を、彼女を運び出したのです。
「こうしてお会いするまでは俄かに信じられませんでしたが、本当に彼女は五千年の間眠り続けているんですね……」
ユーフォリアは、棺の中をそっと覗き込みながら言いました。
ヴァレリアは、ユーフォリアの恋人であったロレンス・ヴァルトラウテの妹です。
「不老不死の秘薬とやらを抱えてな。これさえなければ、もう少し空賊に狙われる理由も減っただろうに」
キロスは蓋越しに、瓶を眺めながら呟きました。
彼の手の中と棺の蓋の上には、よく似た形の聖杯が置かれています。
けれど、キロスの持っているものは聖杯のレプリカーー空賊の首領が持っていた偽物です。
「聖杯を奪われたのは俺の責任だ。何がなんでも取り返すぜ」
「では私は、本邸のある場所をもう一度探って、呪いを解く方法を調べてみます」
「呪いを解く方法、か」
キロスたちは、言い伝えられているという解呪方法を朧げには知っていました。
しかし、呪いを解く方法は『三つの杯を聖なる血で満たした時、呪いの楔は解け、その者は目覚める』というものだったのです。
「そんな禁呪を、ロレンスが使うはずありません。少なくとも、私は信じたくないのです。彼は、そんな方ではなかったのですから……」
ユーフォリアの言葉は、願いのようにも聞こえました。
「本邸は古王国の崩壊と共に消えてしまいました。けれど、どこかの洞窟から地中で繋がっていれば良いのですが……」
「もし本邸跡を見つけたら連絡してくれ。そこに、三つ目の聖杯があるかもしれない」
「分かりました。できるかぎりのことを、していきましょう」
キロスは、ロレンスの残した二枚のプレートを取り出しました。
『我が妹を守るため、王国の崩壊の余波にも耐えられる禁断の封印を使用した。
3つの聖杯を集めることで封印が解かれる。
もし、あの人が生きて帰ったなら、きっとこの地を訪れるだろう。
その時は、我が妹を君の妹として育てて欲しい』
『我が妹を守るため、王国の崩壊の余波にも耐えられる禁断の封印を使用した。
もし君が帰ってきたなら、どうか私の妹にかけた禁呪を解いて欲しい。
3つの聖杯が満ちる時、永遠の眠りは解けるだろう』
この二つのプレートは、かつてロレンスがヴァレリアをユーフォリアに託そうとして残したメッセージでした。
キロスは、ヴァレリアを目覚めさせる決意を再度します。
こうして【琥珀の眠り姫】に関する調査部隊と、空賊退治部隊が招集されることとなったのです。
◆
「……驚いた、としか言えんな。込められた魔力の量からして本物の聖杯だ」
薄暗く埃っぽい店の中で、ローブを纏った初老の男が聖杯をランプに掲げています。ここはどうやら魔術の道具が揃った店らしく、男はここの店主のようです。
「まさか、あんたが本当に聖杯を手にするとはね。半信半疑だった奴らも、これを見れば宝を目当てに協力してくれるだろうよ」
「来るものも去るものも好きにすればいい。だが、不老不死の秘薬が手に入るかもしれねえとなると、今までよりも協力的な奴らは増えるだろうな」
ローブの男とカウンターを挟んで向かい合うのは、キロスから聖杯を奪った空賊の女首領でした。
「わたしも、多少は助太刀をさせてもらおうかね」
「そりゃあ心強いぜ」
首領はにやりと笑い、聖杯を男から受け取ります。
「決戦といこうか。聖杯を集め、杯を奴らの血で満たし、伝説の至宝とご対面、だ」
戦いの火蓋は、まさに今、切って落とされようとしていました。