数ヶ月前まで、ヴァイシャリーにはエリュシオン帝国が設けた魔法院が存在していました。
その建物は、現在は表向きは魔法資料館として存在しています。
「魔法資料館のホールで、晩餐会が行われます」
百合園女学院、生徒会執行部通称『白百合団』の団長、桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)が、集まった白百合団員に説明をしています。
「晩餐会には、シャンバラ各地の要人や契約者達が訪れます。詳しい説明はまだ私も受けていないのですが、何らかの開発品のお披露目会を兼ねているようです」
「おそらくイコンだろう。資料館の地下は現在イコンの格納庫として使われているという噂もあるしな」
白百合団副団長、そして東シャンバラのロイヤルガードの隊長でもある神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)がそう続けました。
地下には広くて深い、魔法訓練ルームがありました。現在は封鎖されており、一般人は立ち入ることが出来なくなっています。
「この会の開催に関しては、公にはされていませんが、帝国の耳に入ってしまう可能性が考えられます。そして、襲撃を受ける可能性も、否定できません。ですので、皆さんにはスタッフとして会の進行を手伝っていただき、有事の際には避難誘導と救護を行っていただくことになります」
「何人かは元から警備員として私と警備についてほしい。非常時には応戦してもらうことになる」
スタッフは百合園生が中心となり鈴子の指揮の下、警備はヴァイシャリー軍や有志の他校生の協力も得て、優子の指揮下で行われることになります。
同日。
ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)に呼ばれたゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)は、魔術師による転送術で、とある場所に連れてこられました。
ラズィーヤは暗証番号を入力し、扉を開きました。
中には非常に広い空間があります。
「イコンのプラントか……? 地下のようだな」
ゼスタは造られているイコン、そして部屋の中を見回した後ラズィーヤに目を向けました。
「ここは、どこなんだ?」
「ゴーストイコンの研究の件については、ご存知?」
ラズィーヤはモニターの方に歩いていきます。
「ナラカ化したヤツだろ。あのプラントは完全に破壊されたと聞いたが」
「ええ、完全に破壊されましたわ。どなたがお調べになっても、瓦礫以外、何も出てはきません。……ですが、データのバックアップをとっていないとでも思いまして?」
ラズィーヤはくすりと微笑みながら、説明を続けていきます。
「もとより、プラントは2つあったのです。破壊された施設は、危険な研究が行われていた方。安全が確かめられた後、もうひとつの――こちらのプラントでも、同様の研究が行われるようなシステムになっておりましたの」
ラズィーヤはモニターの画面に、別の部屋を映し出します。
映し出された人物の姿を見て、ゼスタの眉がピクリと反応を示しました。
「こちらは、エリュシオン帝国でイコンの製造に携わっていた技術者の方々ですわ。そしてこの男性は、あなたもよくご存知ですわよね」
研究員から報告を受けていると思われる男性――それは、教導団の団長、金 鋭峰(じん・るいふぉん)だったのです。
目つきを鋭くしたゼスタに、ラズィーヤは微笑みかけます。
「東西分裂時。東シャンバラが西シャンバラと本気で断絶するとでも思っていました? 当時、こちらのプラントは帝国には秘密で設けたものですわ。シャンバラの未来の為に」
このプラントでは、買収をしたエリュシオンの技術者、地球の技術者、そして古代の産物であるゴーストイコンのデータも用い、イコンの開発が行われていたということです。
「全ての技術を集結させたイコンは、既に完成をしています。本日、パイロットを招いてテストを行いたいところなのですが……」
「ここがシャンバラ大荒野なら……地上はエリュシオンの占領下にある。だからハッチを開けられないと?」
「ええ、一度開けたら戻ってくることは不可能。全てのデータを抹消し、ここは破壊。イコンはそのまま実戦に突入することになるでしょう。あなたにお願いをしたいのは……」
ラズィーヤは瞳をきらめかせて、言います。
「パイロットの裏切り阻止ですわ。より優れたパイロットに、乗っていただきたいと思っています。ですが、このイコンを帝国に渡すわけにはいきませんの」
パイロットとして選ばれた人物はユリアナ・シャバノフという女性です。
彼女は天御柱学院を卒業後、教導団での訓練を経て、現在は蒼空学園の大学部に所属しています。
「ユリアナさんのことは、あなたの方がよくご存知ですわね。……彼女は、帝国と繋がっている可能性があると、わたくしは思っております」
ユリアナは盗まれた魔道書を取り戻すためにと、賊に加担していたことがある女性です。
エリュシオンの龍騎士のことも、恩人と慕っていたようでした。
ただ、西シャンバラに帰還後は心を改めて、シャンバラの為に誠心誠意尽くしていたとのことです。
「もし彼女が……もしくは、他の誰かであっても、裏切るようでしたら、より確実で完全な方法で止めてくださいませ」
「つまり、殺せということだな」
ラズィーヤは答えずに、モニターに新型イコンの設計図を映し出します」
赤をベースとした地球風のその機体は、人型からドラゴン形に変形が出来るようです。
「コックピットはここですわ。やむを得ず最終手段に踏み切る場合も、出来るだけ機体は傷つけないでくださいませ」
ラズィーヤはリモコンをひとつ、ゼスタに渡しました。
それはイコンをコントロールするリモコンではありません。……コックピットに毒ガスを送り込むためのスイッチです。
「で、なんでそんな大事なことを俺なんかに話すわけ? ヴァイシャリー家のオジョウサンに使われるような男に見えるか?」
リモコンを受け取ったゼスタは、目を鋭く光らせながら、口元に微笑みを浮かべてラズィーヤを見ました。
「神楽崎優子さんに、あなたとの契約を勧めたのはわたくしですのよ? あなたはこの仕事の適任者の中で、一番安全な方ですわ。万が一、あなたが裏切った場合は……優子さんは、最もあなたに影響を及ぼす方法で、自害なさるでしょうから」
「食えない女だ、小娘の癖に」
ラズィーヤをにらみつけ、吐き出すようにゼスタは言いました。
「あら、あなたも実年齢、わたくしとあまり変わりませんでしょ」
ラズィーヤは変わらず微笑みを浮かべています。
ゼスタはため息をつきました。
「ヴァイシャリーで何らかの説明会を行うって話、神楽崎から聞いてるんだが?」
「新型イコンのお披露目を行いますのよ。あそこには張りぼてのイコンしかありませんけれどね」
ヴァイシャリーで行う説明会は、帝国の目をひきつけるための囮なのだとラズィーヤはゼスタに説明をしました。
「何の説明もせず、囮をさせるってわけか。敵を欺くにはまず味方からってわけだな。お前イイ性格してるよな」
「お互い様ですわ」
ラズィーヤは嬉しげにも見える笑みを。ゼスタは苦笑のような笑みを浮かべました。
○ ○ ○
エリュシオンの占領下にある大荒野とヴァイシャリーの国境に、短期間で要塞が設けられました。
「飛竜およそ500、イコンおよそ100機、接近中」
守備隊が配置につくや否や、龍騎士団の接近の報告が指揮官の
都築少佐に届きます。
その直後、竜巻のような風が要塞を襲い、要塞が激しく揺れ、外壁の一部が崩れてしまいました。
風と一緒に、敵指揮官の声が響きます。
「我はエリュシオン帝国、第七龍騎士団隊長、レスト・フレグアム。我がエリュシオン軍に、ただちに降伏せよ」
「第七龍騎士団……もう立て直したのかよ。まあうん、やっぱりこうなると思ったぜ」
都築少佐は軽く天を仰いだ後、歩兵隊、イコン隊の一部に出撃命令、砲兵隊には敵飛竜を狙うように指示を出しました。
要塞を襲った魔法と降伏勧告は、
レスト・フレグアムが数キロ先から放ったものでした。
新たな団長の力に、エリュシオンに残った騎士団員の士気が上がっていきます。しかし……。
「まだまだ、旧第七龍騎士団副団長のカサンドロス殿にも劣る」
僅かな嘲りの音を含む声が響きました。
「地球人と契約したという理由だけで、こうあっさり団長に就かれるようじゃ、実績を積んできた者達の立場がないんじゃないですかねぇ」
声の主――現第七龍騎士団の副団長
ルヴィル・グリーズをちらりと見たレストですが、何も言い返しませんでした。
「それは『ヴェント』の力のようだが、私も『ティラ』の魔道書使いであることを、お忘れなきよう」
そんなルヴィルの言葉を無視して、レストは団員達に指示を出します。
「犠牲は少ない方がいい、指揮官と厄介な力を持った者を、連携して全力で叩き潰せ。契約者を侮るな。力を過信せず隊で挑め。……敵もまた、同じ戦法を選ぶだろうがな」
ユリアナ・シャバノフは、会議室で数ヶ月前のことを思い起こしていました。
(あの時、彼は私が必要だと言ってくれた。力を得て、早く彼の元に行きたい……)
ユリアナが想うのは、恩人であるレストのこと。
ユリアナは、レストと再会をした数ヶ月前――彼とパートナー契約を結んでいました。
ただ、自分は彼の傍で、彼を支えるだけの能力はまだ持てていないと考えた彼女は、抵抗をせずにシャンバラに戻ってきました。
彼に情報を流すために、真に役に立つために。力を得るために。シャンバラで優等生になろうと密かに決意をしたのです。
「お久しぶりです、ユリアナ・シャバノフ先輩……あ、今は同学年でしたね」
皮肉気な声に、ユリアナは軽く眉をひそめつつ声の主に目を向けました。
「しかし、一年間も無駄にしたのに、んで、これといった後ろ盾があるわけでもないのに、凄いですね。どんな手を使ったんですか? 枕営業ですかぁ? いやいや、先輩可愛げなくて、そういう魅力ないから、あり得ませんねぇ。あ、褒め言葉ですよ。イコン乗りに愛想なんて不要だからね」
(……くだらない人)
ユリアナは声の主――天学で1学年後輩だった
ニコライ・グリンカの声を雑音として脳内で処理することにしました。
「まだ2人か。あと数名来るはずだ」
会議室に、吸血鬼の男性が入ってきました。
薔薇の学舎の生徒でありながら、パラ実では講師を務め、ロイヤルガードでもあるタシガンの貴族――ゼスタ・レイランです。
「パイロット候補のユリアナ・シャバノフ、テストパイロットが数人、その他にキミらの護衛として数名の契約者に同行してもらう予定だ。仲間とは仲良くしろよ」
ユリアナ達は、新型イコンのテストを行う為に集められました。
そのまま国境の戦いに加勢することになる可能性も、ゼスタは説明しておきます。
「あと、ユリアナ。キミのパートナーの魔道書だが、釈放されて先にプラントへ行っている。対の魔道書は俺が預かっている。彼に渡していいそうだ。……全てキミの功績が認められた結果だ。おめでとう」
「ありがとうございます。これからも、シャンバラの平和の為に、頑張ります」
ゼスタとユリアナは綺麗に微笑み合いました。
互いに、真意は表さずに。