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蒼空学園へ

それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)
それを弱さと名付けた(第1回/全3回) それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

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chapter.5 蒼空学園(1)・積み荷 


 話題となっているもう一方の学校、蒼空学園。
 失踪事件に関する依頼書を出し終えた校長の山葉 涼司(やまは・りょうじ)は、校長室の書棚とパソコンデスクの間を行ったり来たりと忙しそうにしている。
「涼司くん、無理はしすぎないでね……」
 部屋の真ん中に置かれたテーブルの横に立ち、火村 加夜(ひむら・かや)は心配そうに涼司を見つめていた。
「何か、手伝えることはないかな?」
 どうやら彼女は涼司の慌しさを聞きつけ、自分が負担を軽く出来ないかと校長室にやってきたようである。
「いや、俺のことより失踪事件の方に協力してやってくれ。冒険屋とかいうヤツもわざわざさっき俺のとこに捜査許可を得に来たくらいだからな。思ってる以上に規模が大きいってこともある」
 涼司がここを訪ねてきた者のことを口にしたことで、加夜は自分より前に来客があったことを知る。
「俺の方は大丈……」
 言いかけた涼司の体勢が、一瞬ふらつく。
「ほら、やっぱり負担かけすぎだよ! ちゃんと体を休めないと……!」
 慌てて加夜が駆け寄る。体を支えようとする彼女を手で制すと、涼司はひとつ息を吐いて言った。
「ゆっくり休んでる暇なんてねぇ……けど、さすがにちょっとだけメシを抜きすぎたかもな。メシ休憩だけ取らせてもらうぜ」
「うん、そうした方がいいよ! あっ、私ちょうどお弁当つくってきたの。はい、どうぞっ!」
 涼司の言葉を聞いた加夜はぱあっと顔を明るくし、待ってましたといわんばかりのスピードでバッグから弁当箱を取り出した。加夜がフタを開けると、中から匂いが飛び出し美味しそうな香りが部屋に広がった。
「うまそうだな……食っていいのか?」
「もちろん、涼司くんのためにつくってきたんだよ」
 加夜の手から弁当箱を受け取り、礼をして早速食べ始める涼司。目の前で弁当をたいらげていく彼を、加夜は目を細めて見つめていた。
 ひとりで頑張りすぎな涼司くんの負担を減らしてあげたい。
 涼司を見据えながら、加夜は思う。しかし、自分に出来ることは限られている。加夜は自分のつくった弁当を目の前で食べてくれていることを喜びつつも、同時にそれくらいしか出来ないことにもどかしさも感じていた。
「ふう、うまかったぜ、サンキューな」
 あっという間に弁当箱を空にした涼司が、それを加夜に返しながら言う。そしてすぐさま立ち上がり仕事に戻ろうとする彼を、加夜はとっさに止めた。
「涼司くん、そんなに急がなくても……もう少し休んだら?」
「悪いな、そんなにのんびりしているわけには……」
 と、その時だった。
 校長室のドアが開き、複数の生徒が校長室へと足を踏み入れた。
「なんだ? 随分ぞろぞろと来たな」
 涼司がドアの方を向く。そこにいたのは、東條 カガチ(とうじょう・かがち)とパートナーの東條 葵(とうじょう・あおい)緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)、そしてコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)にパートナーのルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)の5名だった。
「よぉ、こーちょーせんせー。ちょおっと失踪事件の依頼について詳しく聞きたくてさぁ」
 その中で、最初に口を開いたのはカガチだった。
「どうも手がかりが少なすぎる気がするんだけど、もっとなんかこう、役に立ちそうなもんはないのかねぇ」
「悪いな、俺もその事件はまだ聞いたばかりで、詳しいことは分からないんだ」
 残念そうに告げる涼司。がしかし、カガチはそちらが本題ではない、とでも言わんばかりに平然と話題を変えた。
「なら仕方ねえか。そうそう、話変わるけど、大学のインド人学長がここ貰うとか言ってるって本当?」
 ピタ、と涼司の動きが止まった。
 そのまま視線をぶつけられたカガチは、軽く手を振りながら言葉を足す。
「いやあ、別に深い意図はねえけど、ただ、それが本当だってえんなら、ある程度は任せてもいいんじゃないのかなあ」
「……ここは、環菜に任せられた場所なんだ。そんなこと出来るわけがねぇ」
「いくらカンナに信頼されてるとはいえ、一生徒が全部背負うってのは少し負担が過ぎるんじゃ……」
「環菜が背負ってきた荷物なんだ! 俺だってこのくらい背負わなきゃ、環菜に顔向け出来ねえ!」
 カガチの言葉を大声で遮る涼司。カガチはそれでもまだ、冷静に返す。
「まあなんつうかさぁ、正直に言ってしまえば俺も、あんたひとりに任せとくのはすっごく不安だよ。もう夜しか眠れないくらい不安」
「カガチさん、それが普通です」
 友人として遙遠が律儀につっこみを入れた。カガチは目線だけで礼をすると、涼司へと話し続けた。
「カンナでさえあまり安心はしてられなかったけど、あの人はどう見てもでかいバックがあったし、それにパートナーもしっかりした大人だったしなあ。あんたにもそういう後ろ盾みたいなもんがあれば、学校もまとめやすくなるし対外的にも格好つくんじゃないかなあと思うんだ」
「もし」
 カガチの言葉を聞いていた涼司が、そこで口を開いた。
「もし環菜が戻ってきた時、あいつのいた景色と違ってたらあいつが悲しむだろ。だから俺は、環菜がいた頃のままの蒼空学園を守っていきたいんだ」
 その瞳は、環菜が蘇ることを信じて疑わないといった雰囲気を帯びていた。真っ直ぐその瞳でカガチを見る涼司。しかし今度は、これまで冷静に話していたカガチが声を荒げる番だった。
「カンナカンナってうるせえよ! あんたは大工か何かか!? いいかい、カンナは死んだんだよ! 首ぃ掻っ切られて血ぃ吹き上げて! いつまでも縋ってぴーぴー泣いてんじゃねえ!」
 突然響いた怒号に、涼司だけでなく部屋にいた他の生徒たちも一瞬肩をびくっとさせた。カガチは構わず続ける。
「あんた、この学校任されてんだろ? 『俺が蒼空学園』なんだろ? だったらよ、きっちりこの学校のこと考えて、きっちり切り盛りしてけよ」
 カガチが涼司を一喝したところで、ずい、とふたりの前に葵が進み出る。
「少年は、どうやら少しばかり頑固な所が在る様だね。若さゆえか、または性分か」
 契約者であるカガチが、涼司に感情むき出しで怒鳴っているところを見て思わず口を挟みたくなったらしい。葵は穏やかな物腰のまま、ゆったりと涼司に告げる。
「死にゆくものにかかずらってはいけない。私たちは生きてゆくのだから……はて、何処で聞いた言葉だったろうね。まあそれはそれとして……。そのカンナ、という女人については良く存ぜぬが……故人はお前が、この学校をきっと好い方角へ導かんとたのんだから、お前に任せたのだろうね」
「だから、俺はその意志を継いで……!」
「遺志を継ぐのは結構、しかし其れに固執するは如何なものだろう? それが故人の望んだ事だろうか?」
 妖艶な表情で、葵は涼司の返事を待たずに言った。
「たまには大人の言うことも聞いてみることだ、少年」
「しかし、やっぱりアクリトにこの学園は渡せねぇ!」
 葵に逆らうように、涼司が声をぶつける。そんな彼に、今度は遙遠が話しかけた。
「そのアクリト学長ですが、どうやら大学の方で生徒たちに論文を募っているようですよ」
「論文……?」
「ええ。この蒼空学園の現状と理想について、というテーマで」
「アクリトめ、何を企んでるんだ?」
 空京大学の生徒である遙遠から初めてそのことを聞かされ、涼司は不信感を露にする。それをいさめるように、遙遠が言った。
「企む……ですか、山葉校長はアクリト学長によほど悪い印象を持たれてるんですね。確かに、遙遠も先日の学長は強引すぎだと思います。しかし蒼学のためを思う気持ちは本物だと思いますよ。今はどうあるべきかというのを模索していらっしゃるんだと思います。今回の論文募集も、そのための意識調査といったところでしょう」
「それを大学の生徒に聞くってやり方が、俺は我慢できない」
「我慢できない、ですか」
 遙遠は、その言葉を聞くと少しだけ顔を緩ませた。
「では、山葉校長としては『蒼空学園の現状と理想について』どう思われます?」
「どう、って……」
 あえて論文のテーマを涼司にも提示した遙遠。さらに彼は、涼司を導こうとする。
「遙遠は、本当に尊重すべき意見は今この蒼学で生活している生徒、そして山葉校長……あなたの意見だと思っています。しかしそれに不備があるのであれば、そこは補うべきです」
「補うって、論文でも書けってことか?」
「平行線のまま終わったのは、互いに相手を論破できなかったからでしょう。再戦と思い、これでアクリト学長を論破してはいかがでしょうか?」
 葵が、遙遠が、アクリトに悪印象をあまり持たぬよう進言する。その上で、涼司がどう動くべきかも。それをさらに後押ししたのは、先ほど涼司を一喝したカガチだった。
「……まあ、我らが蒼空学園のこーちょーせんせーにそんな辛気臭ぇ顔されてても困るんだよ。あのインド人だって何も学園のっとりにきたんじゃねえ、多分カンナに受けた恩返しにきたんだろう。やるやらねえじゃなく、使えるもんは使っちまったらいいんだよ。でもちっと楽しようぜ、なあ」
「そうですよ。皆さん自分ひとりで抱え込もうとしすぎなんです。個人的には、山葉校長もアクリト学長も互いに協力すべきだと思いますけどね。お互い学園のことを思い、そして互いが互いに足りないものを持っているのですから。遙遠も、蒼学卒業生として協力できることがあればしたいと思ってます」
「俺ももちろん、何か手伝うことがある時は協力もやぶさかじゃねえし」
遙遠が協力を申し出、カガチもそれに続いた。彼らがそこに込めた気持ちがどれほど純粋なものかは彼らしか分からないが、その言葉が涼司を元気付けたのは確かだった。
「お前たち……」
 涼司の眉が少し下がった。が、そんなしんみりとした空気はすぐに切り替わった。
 バタン、と勢いよく音を立てて開いたドアから、五月葉 終夏(さつきば・おりが)が校長室に突然入ってきて声を上げたのだ。
「メ……メガネは?」
「……?」
 いきなりの来訪、かついきなりの質問に固まる一同。しかし終夏は構わず涼司のところへとズカズカ近付いていく。
「メガネはどこ?」
 ずい、と涼司に詰め寄る終夏。涼司は目を丸くさせ、「どこって……?」と困惑気味だ。
「いつもしてたメガネをしてないじゃないか。あのメガネはどこに行ったのさ?」
「どこも何も、矯正していらなくなったから使ってないだけ……」
「……」
「な、なんだよ」
 むすっ、とした表情で涼司のことを見る終夏。
「もう、メガネはしないってことかい?」
「そりゃ、視力が回復した今となっては邪魔なだけだしな……第一、アレをつけてると弱っちく見えちまうんだよ」
 涼司がそう言うと、終夏は何を思ったか、突然笑い始めた。が、その様子は依然怒りが含まれたままであり、冷ややかな笑みにも見えた。
「ははは、弱っちく……か。私は、メガネを弱さの象徴だなんて思わないけどね。アレは弱さの象徴なんかじゃなくて、思い出なんだと思うよ」
「思い出……?」
 その意味を理解できなかったのか、言葉を繰り返す涼司。終夏はそのまま話を続けた。
「視力が良くなったことなんて、どうでもいいよ。それよりあのメガネに詰まっていた思い出をなくしてほしくなかった。思い出ってのは、辛くても立ち上がる力をくれるんだから」
 それに、と終夏は付け加える。
「メガネがあった頃のが間違いだったみたいに聞こえるとさ……淋しいわけですよ、何かね」
「そんな風には思ってないけど、俺は強くならなきゃいけないんだ。環菜みたいに……いや、環菜以上に!」
 拳を握り、固い決意を秘めた眼差しで終夏の言葉に答える涼司。そんな彼の、意地と強情さで塗り固められたような言葉に、終夏の我慢は限界にきてしまった。
 ぷるぷると手を震わせたかと思うと、次の瞬間、終夏は涼司に詰めより右腕を掲げていた。
「アホタレ! 君が出す答えは、一体誰のためにあるのさ!!」
 終夏の体の周辺に、風が巻き起こる。スキル「風の鎧」の効果だった。彼女は同時に荒ぶる力と光術も発動させ、右手に光を集めた。その掌に、光と共に力がこもる。
 光の後、その場にいた者たちの五感に届いたのはドオン、という音だった。
「……!」
 涼司は自分の顔のすぐ横を見る。そこには、拳大の小さな穴が開いていた。
 終夏が、その手で涼司のすぐそばの壁を破壊したのだ。
「メガネは……君に必要なんだ!」
 涼司の顔のすぐ脇からすっと腕を引くと、終夏は懐からごそごそと何かを取りだす。そしてそれを勢いに任せて彼に投げつけると、
そのまま部屋から出て行った。涼司が、投げ渡されたその物体に目を落とす。
 そこには、なぜかちりめん袋があった。
「なんでこれを……?」
 不思議がる涼司。が、彼がその袋を開けると、中から厄除開運、学業成就、合格祈願、安産、疫病鎮圧、家内安全など様々な種類のお守りが出てきた。
「……半分以上関係ねえ」
 とはいえ、おそらく自分にくれたものなのだろうと思った涼司はとりあえず制服のポケットへとそれを入れたのだった。もしかしたらこれは、終夏なりの励まし方だったのかもしれない。顔面のすぐそばに破壊力のある一撃を叩き込まれた彼にそれが伝わっているかどうかはまた別の話だが。

 校長室から出てきた終夏は、そのまま廊下を走り去っていく。それを見ていたのは、彼女のパートナーコウ オウロ(こう・おうろ)だった。
「愉快やな。余裕かましてへらへら笑うて、自分の価値観押し付けて自己満足の独善ばっかしとったアホが、子供っぽい理由で普通に怒っとる」
 どうやらオウロは部屋の外で、開いたままだった出入口から騒ぎの一部始終を聞いていたようだ。
「……まぁ、子供は子供らしいのが一番や」
 そう呟くオウロの声は、もう走り去ってしまっている終夏には届かない。しかしオウロは、別にそれで良いと思った。
「強さも弱さも、自分でしか納得させられへんねん」
 誰に向けて言ったわけでもないその言葉は、静かに廊下の奥へ消えた。

 一方の校長室では、終夏の光の鉄拳騒動の余韻も収まり、静けさを取り戻していた。
「そろそろ、私に話をさせてもらってもいいですか?」
 部屋に入るなりカガチや遙遠が涼司と絡み、その後終夏が乱入しタイミングを失っていたコトノハが口を開く。
「今度はなんだ?」
 肩のほこりを払いながら、涼司がコトノハの方を向く。しかし、最初に涼司へと話しかけたのはコトノハではなく、パートナーのルオシンだった。
「とりあえず、シャツくらい着ろ。冬に向かって衣替えするはずのこの季節に、なぜ逆に脱ぐ?」
 これには、その場にいた全員が思わず頷いた。なんならこの場にいない者たちもきっと頷いた。なんで素肌の上から制服なんだよ、と。その疑問をストレートにぶつけたルオシンに、全員が心の中で拍手を送ったという。
「これはお前、アレだ、気合いが入ってることを示すためだ」
 若干言い訳くさい感じでお茶を濁す涼司。ルオシンはそれを見て、「もういい」とでもいわんばかりの態度で話題を変えた。変えた、というより本来するはずだった話題に戻した。
「どうやらアクリトと揉めているようだが……シャンバラが東西に分けられた現状があるにも関わらず、今度は同じ西シャンバラ内で分裂する気か? これなら女王復活前の方が何だかんだで統一されていたんじゃないか?」
「俺に分裂したとかいう意識はない。あっちが勝手に話を持ち出してきて、俺はそれに対して自分の主張をしただけだ」
「主張、か。それは校長としてか? それとも個人としてか?」
「……どういう意味だ」
「見ようによっては、校長という役職を手放したくないだけにも思えるぞ。学園を守りたいのなら、今は空京大学と手を取り合うべきなんじゃないか?」
 校長という役職。それは、イコール涼司の意地だとも取れるようなルオシンの言葉だった。
「俺はそんなのじゃない! どんな時だって、この学園のことを考えて……!」
「本当に、学園のことを考えていますか?」
 涼司の言葉を遮り、今度こそコトノハが彼に言葉をぶつけた。
「蒼空学園は学校であって、教導団のような場所ではありません。学生を山葉さん個人の私兵にするような今の状況は、おかしいと思います! 学生の本業は何だと思っているのですか?」
「私兵になんかしてない! それに、学生の本業はどうだとか子を持つ親みたいなことを言われても、依頼書をつくる仕事をやめたりは出来ないだろ!」
「みたいな、じゃなくて親ですから! 私、主婦ですから!」
 確かにコトノハは自分が母となり、ルオシンを父として自分のパートナーを育てていた。が、多少話がずれてきたのを感じたのか、涼司はそこには触れず、食いつきもしなかった。
「俺らには特別な力があるんだから、それがないヤツらに代わって問題を解決することはそんなにおかしいことじゃないだろ」
「かといって、戦地に学生を赴かせるのが正しいことだと私は思いません。戦いはクイーン・ヴァンガード特別隊員とかロイヤルガードといった方たちに任せれば良いじゃないですか」
 どうやらコトノハは、蒼空学園の生徒が度々戦地に出向いている現状に不満を抱えているようだった。今回の依頼の件も含め、「環菜を殺したヤツを探し出して殺す」と涼司が言っているその状況を変えたいと思っているのだろう。彼女はさらに続ける。
「環菜さんは、自分が死ぬことを予知していたようにも思えました。そしてきっと、死を避けることも出来たはずなのに避けなかった。むしろ、殺されることを選んだ……何故それを選んだのか、そのことを考えたことはなかったのですか?」
「環菜が死を、あえて避けなかった……?」
「環菜さんはこう思ったに違いありません。自分が殺されれば、残された者は殺した相手に憎しみを抱き、復讐を誓うようになる……そう、今のあなたのように。だから、環菜さんは自分を復活させるべくあなたがそう動くようにしたんです。そうすれば復讐ではなく復活を誓ってくれると信じて。全て、環菜さんの筋書き通りなんです。それでもあなたは、学生たちを巻き込んで復讐をするのですか?」
 それはもちろん、コトノハの推測でしかない。が、今の涼司には確証のない言葉でも胸に刺さる。
「……環菜を殺したヤツは許さないが、みんなを悪戯に巻き込むつもりだってない」
「では、自分の都合だけで生徒を動かしたりはしないと約束しますか?」
「ああ。元から俺はそのつもりで行動してる」
 涼司のその答えを聞くと、コトノハはようやく、顔を綻ばせた。
「……それなら、私はパトロンとして協力しましょう。お金だってある程度ならありますし」
「いや、校長の俺が生徒からお金を用立ててもらうわけにはいかない。ただ、そういう金銭的な援助は断るが仕事を手伝ってくれるのは正直助かるぜ」
 涼司はコトノハに手を差し出し、握手を交わした。少しピリピリしていたムードが和らぐ。しかし、ルオシンの発言で部屋には再び緊張が走ることとなる。
「そういえばコトノハ……夜魅の姿が見えないが」
「えっ……!?」
 ばっ、と慌てて辺りを見回すコトノハ。さっきまで自分たちの近くにいたはずの、パートナーであり子供でもある蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)の姿がどこにも見えない。
「どこ? 一体どこに!?」
「もしかしたら、失踪事件に巻き込まれているのでは……」
 どうやらコトノハとルオシンがちょっと目を離した隙に、夜魅はどこかへいなくなってしまったらしい。
「まさか……そんな……」
 コトノハの体が、小刻みに震える。
 失踪事件。
 否が応でも、その場にいた全員の頭にその言葉が浮かんでくる。
「涼司くん! お願い、パソコンのデータベースを見せてもらえないかな?」
「あ、ああ」
咄嗟に動いたのは加夜だった。涼司の信頼をある程度得ていた彼女は、許可を得るとすぐさまパソコンを操作しだした。
 加夜はデータベースから生徒の情報を掻き集めようとする。が、さすがにすべての履歴やアクセスページを追うことは一生徒には不可能だった。
「加夜、もうおそらく他の生徒たちが聞き込みに行ってるはずだ! そこで範囲を絞ってからじゃないと、データが膨大すぎる!」
「確かに聞き込みをしたりしてる人はもういるかもしれないけど、やれることはやっておきたくて……!」
「……」
 加夜の言葉を聞き、涼司は一瞬の沈黙をつくる。が、すぐにそれは破られた。
「俺がやる」
「えっ? でも涼司くん、アクリト学長さんのこととかもあって大変なんじゃ……」
「俺は蒼空学園の校長だ。学園の生徒が目の前で困ってて、放っておけるか!!」
 半ば強引に加夜を席からどかし、涼司は慣れた手つきでキーボードを打ち始めた。