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第31章 表彰式――勝者と敗者と

「表彰状」
 表彰台に立った影野陽太は、正面の選手を見た。
 マイト・オーバーウェルムと芦原郁乃が並んでいる。
(このふたりが、最初の選手だったんだよなぁ)
 胸に湧き起こる感慨をひとまず飲み込み、影野陽太は手元の表彰状を読み上げる。
「表彰状 第一回蒼空杯サッカー大会 優勝 紅チーム
 右の者は第一回蒼空杯サッカー大会において頭書の成績を収めましたのでここにこれを賞します。
 第一回蒼空杯サッカー大会 実行委員会。
 ……おめでとうございます」
 マイトは会釈してから、両手で症状を受け取った。
 言動はパラ実だけど、実際細かい所で色々気をつけているのだ。
(だからこそ、チームひとつ率いる事が出来たんだろうけどね)
 もう一枚の賞状を取り上げた。
「表彰状 第一回蒼空杯サッカー大会 優勝 白チーム」
 以下同文、で済ませようかと思ったが、きちんと読み上げる事にした。
「右の者は第一回蒼空杯サッカー大会において頭書の成績を収めましたのでここにこれを賞します。
 第一回蒼空杯サッカー大会 実行委員会。
 ……おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 芦原郁乃も一礼して、両手で賞状を受け取った。
 ふたりは振り返った。
 目前、表彰台の下では、選手達が並び、拍手をしている。
 選手達だけではない。巨大なフィールドを囲んでいる選手達も。
(ありがとう。本当にありがとう)
 万感の思いを込めて、影野陽太はふたりの背中に心の中で呼びかけた。

「芦原郁乃さん」
 隣から名前を呼ばれ、彼女はマイトの方を見た。
「何?」
「すげぇな、あんたは。こんなメンバー集めて、チーム作ってくるなんてよ」
「……私は何もしてないよ。みんなが勝手に集まってきてくれただけ」
「でも、集まるきっかけをつくったのはあんただ。おまけにこっちから点数までとりやがって。しかも、あんなやり方で……」
 言いながらマイトは、肩を震わせた。必死に笑いを噛み殺している。
「……仕方ないでしょ、あれしか方法思いつかなかったんだもん」
「そうだろうな……悪かったよ」
「分かればいいの」
「そうじゃねぇよ。最初に、チビだ小さいだなんて言って悪かった」
 右手が差し出された。
 芦原郁乃は笑いながら首を振り、差し出された手をつかまえた。
「いいよ、もう。どうでも良くなっちゃった」
「さすがは白のキャプテンだぜ。大した度量だ」
 もう一度、選手の方に向き直る。
 紅のプレイヤーのひとりと、芦原郁乃の目が合った。
 思い出した。試合場を見学しに来た時に、会った人。
(鬼院尋人さん)
 芦原郁乃は、鬼院尋人に向けて手を振った。
(少し分かったよ、鬼院さん。強くなるって、こういう事なんだね)
 鬼院尋人も手を振り返した。
 気持ちはきっと伝わっただろう。
 そう思うと、妙に嬉しかった。

《本部テント浅葱翡翠より、会場設営担当へ。応答せよ》
《こちら会場設営担当、神和綺人》
《これより打ち上げ態勢に移行します。準備をお願いします》
《準備既に完了してます。打ち上げ態勢移行開始》
《了解。よろしくどうぞ》

 試合終了で盛り上がる中、ひとりの気配が、観客席を下りていく。
 試合場の外に出た気配は、その身にかけていた「光学迷彩」を解除すると、「ふん」と鼻を鳴らした。
「……くっだらねぇ」
 南鮪は吐き捨てた。
 あれだけ派手に大暴れして、もらえたのは「賞状」なんていう紙切れ一枚。それはフィールドの中にいたヤツらも予想できた事のはずだ。
(なのにどうして、あいつらはあんなに喜んでいやがるんだ?)
「あんな紙切れが、一体何の役に立つ? 何の役にも立ちゃしない! 引き分けだったら、結局は参加賞みたいなもんじゃねえか! そんなのもらって嬉しいのか!? バカか!? そこまでバカなのかてめえら!?」
(それだけじゃない! ひとつ間違えりゃガチの殺し合いになりかねないくらいにスキルのぶっ放し合いやった後で、何で顔見合わせて笑えるんだ!? 貴様等そこまで戦いが好きなのか!? バーサーカーか!? タイムアップがなかったら、死ぬまで戦い続けるってのか!?)
 知らず、南鮪は笑い出していた。
(分からねぇ! 全然理解できない! 勝っても負けても無意味なバトル! そんなのやって何が楽しい!? ついていけねぇ! さすがの俺もついていけねぇよ!)
 ――ひとしきり笑い続けた後、手の感触を思い出した。
 密かに持ち込んだ強化型レーザーポインター。結局前半の最初にしか使わなかった。
「……フン」
 こいつを使って色々引っかき回してやろうと思っていたが、結局できなかった。
「仕方ねぇよなぁ」
 南鮪はひとりごちた。
「何せ、訳の分からねえバカが、訳の分からねえバカやってるんだもんなぁ。まともにつきあってなんか、られねぇよなぁ」
 レーザーポインターの外殻は、指の形に凹み、じっとりと湿り気を帯びていた。
 長時間、力一杯握りしめていなければ、そんな風にはならない。
「……バカ野郎」
 何に向けたのか自分でもよく分からない捨て台詞を吐いて、南鮪は手元のレーザーポインターを投げ捨てた。
 そして、自分のバイクにまたがると、キーを捻り、試合場から走り去っていった。
 ――物陰から姿を現した神崎優は、遠ざかるバイクを見送りながら、転がっているレーザーポインターを拾い上げた。
「放っといていいのか?」
 神代聖夜の台詞に、神崎優は「いいんだよ」と頷いた。
「レーザーポインターを使っていた悪人は、もういなくなった」
「確かに会場からはいなくなった。だが、見逃しただけだろう?」
「後半から、俺はずっとあいつを見つけて監視していたんだ」
 神崎優は、監視中の南鮪の事を思い出した。
 ――彼は知っているだろうか。
 「光学迷彩」で姿を隠す事も忘れ、観客席の最前列で両手を振り上げ叫んでいた事を。
 嘲おうとしていた相手に心奪われ、チームの区別無く応援し、我を忘れて讃えていた自分自身を。
「もっとも、またこれでイタズラしようとしても、できなかっただろうけどな」
 神崎優は、レンズを自分の掌に向けて、レーザーポインターの電源を入れた。
 レンズからは光が出て来ない。高出力であれば、その分だけ電池の消耗も激しい。当然の事だ。
「彼は、迷惑な愉快犯を封じ込めたんだよ。彼自身の内面でね」
「……俺には納得がいかん」
「それも仕方がないな。さあ、仕事に戻ろう」
 神崎優は、試合場の入り口に向かって歩き出した。
「これから打ち上げだ。色々とハメを外すヤツが出てくるだろう。試合は終わったが、まだまだ俺達は忙しいぞ」

 ――一条アリーセが立会人を務めた騎沙良詩穂vsリカイン・フェルマータの対決は、リカインの勝利に終わった。
 零距離から相手に向けての、パンダボールを介した打撃戦――時には「轟雷閃シュート」「ヒロイックアサルトシュート」が飛び交うものであったが、先に地に伏したのは騎沙良詩穂だった。
 敗因は、飛び入り後の大暴れでSPを消耗していた事が大きい。