空京

校長室

選択の絆 第三回

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選択の絆 第三回
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リアクション


【3】生命の流れ

「はああぁぁぁっ!」
 グランツ教最高幹部――エレクトロンボルトと戦いを繰り広げているのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だった。
 彼女は星辰を利用した武器『青のリターニングダガー』を用い、二刀流でエレクトロンボルトと交戦する。
 青い軌跡を描く刃は、疾風迅雷のごときスピードで幾度となく宙に線を描く。その度にエレクトロンボルトの雷撃を纏う手がぶつかり合い、激しい稲光を起こしていた。
「くっ……強い……!」
 セレンフィリティは思わず距離を取った。
 と、そこをエレクトロンボルトは狙ってくる。
「――甘い」
「……!?」
 どうっと地を蹴ったエレクトロンボルトが接近したことで、セレンフィリティは瞠目した。
 そのとき――
「どいて! セレン!」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が飛び込み、エレクトロンボルトの攻撃を受けとめた。
 セレンフィリティと同じく装備している『青のリターニングダガー』が、エレクトロンボルトを弾き返す。
「ぐおっ!」
 ずごんっ――と、けたたましい音を立てて、エレクトロンボルトは氷の壁にめり込んだ。
「やった……?」
 セレンフィリティはつぶやく。
「――いえ、まだよ」
 セレアナが言ったその直後、どうっと爆発を起こしたように、エレクトロンボルトは壁から身を起こしていた。
 ぱらぱらと、身体についた氷の粉塵を払う。僅かに濡れた肉体が、ばちばちと電気を帯電していた。
「まったく……どこまでも厄介なやつね」
 セレンフィリティが言う。セレアナはうなずいた。
「そうね。でも結構……追いつめてると思うわよ。向こうも余裕はなくなってるみたいだし」
「…………」
 エレクトロンボルトは無言のまま、二人を見返していた。
 その目には静かな闘志しか映らない。セレンフィリティはそんな彼に話しかけていた。
「エレクトロンボルト……あなたはいったい、なんのためにクイーンに従おうっていうの?」
「――お前たちにそれを話す理由はない。私は私の信じるもののために、アルティメットクイーン様のご意思を尊重しているのです」
 冷然さと丁重さが入り混じる言葉。
 事情はわからない。セレンフィリティには。しかし彼女は、だからといって手を休めるつもりはなかった。
「エレクトロンボルト――あんたはあたし達の前にはいてはならない存在よ。悪いけど……消えてもらうわ!」
 セレンフィリティとセレアナの二人は、エレクトロンボルトと激突した。



 セレンフィリティとセレアナがエレクトロンボルトを足止めし、源 鉄心(みなもと・てっしん)たちがグランツ教徒を引きつけている間――。
 中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)はアルティメットクイーンと対峙していた。
「以前から考えておりましたの……。あなた方、光条世界の方々はパラミタの脅威となると、契約者をソウルアベレイターと戦わせておりますが……。本当にソウルアベレイターの事を脅威に思っているのは、あなた方光条世界の住民ではないのですか?」
 微笑を浮かべ、挑むような視線でアルティメットクイーンを見ている綾瀬。
 魔王 ベリアル(まおう・べりある)もそれに続いた。
「お前らさー……ソウルアベレイターがパラミタとニルヴァーナを沈めるとか言ってたくせに……。逆にいま、ニルヴァーナを落とそうとしてるのはお前らじゃないか」
 不満げというより、気に食わない顔をしているベリアル。
「そういうのってどうかと思うよ」
 彼女はむっとした表情でアルティメットクイーンを責めたてた。
「たしかに……」
 アルティメットクイーンは淡々と答えた。
「あなた方の言う通り、私たちはソウルアベレイターを脅威に思っております。だからこそのニルヴァーナによる敵の消滅なのです。滅びか再生か、どちらかを選ばなければならないのであれば――私たちは犠牲を払ってでも再生を選びます」
「犠牲……」
 考えこむように言ったのは、ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)だった。
 隣の垂にもちらと目をやりながら、ライゼはアルティメットクイーンに言った。
「一つ、訊いてもいいかな?」
「なんでしょうか……?」
「僕たちは光条世界に行ってきたよ。あなたたちの世界を見てきたつもりだよ……。でも、そこにあったのは、なにもない雪の野原だった。……あんな寂しい世界に、未来はあるの?」
「…………」
 アルティメットクイーンは黙りこんだ。
 光条世界は彼女たちにとって故郷とも言うべき場所ではないのか? その未来を守ろうというのだろうか?
(うー……よーわからん)
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が考えこんで頭を悩ませる。
 と――
「慣れない脳みそのフル稼働は止めた方がいいと思うぞ、アキラ」
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が容赦のないツッコミを入れた。
「だぁぁっ! うるせぇ! 少しはシリアスさせろ!」
 アキラは茶々を入れるパートナーに怒鳴り散らす。
 そんな二人を無視し――
「……そうですね。いずれ、あなた方には説明しておかなければならない時がくると思っていました」
 アルティメットクイーンは話の続きをそう切り出した。
「……良い機会です。選択するためにも、お話しておきましょう。私の存在を――」
 そうして彼女は静かに語り始めた。
 自らの存在と、過去と未来のことを……。
「勘づかれている方もいらっしゃるかと思いますが、まず私たちは、この世界の時間軸とはまったく異なる時間軸からやって来ました。私はこの世界においては……そう――あの黒い月の原動力となって自らの命と結晶を捧げた、ファーストクイーンの姉なのです」
「ファーストクイーンの……!?」
 アキラは驚いた。
「――もっとも、いまや私の存在は、この時間軸における私とは別物だと言えるでしょうが」
「それって……」
 垂が口を開く。それに続くように、アルティメットクイーンはうなずいた。
「辿ってきた運命も違えば、存在もまた違ってくるということです。私の世界の時間軸で私はニルヴァーナに残らず、パラミタへと逃れました。ファーストクイーンのために、命を捨てることを選択しなかった」
「…………」
 契約者たちは信じられなかった。
 まさか目の前にいるのがあのファーストクイーンの姉だとは。
 呆然とする彼らに、アルティメットクイーンはなおも淡々と告げた。
「生きながらえた私はグランツ教を興し、パラミタの国家神たちの力を得て救世を進めました――」
「国家神たちの力を吸収したというの……!?」
 シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)が驚きを隠せず言った。
 その言葉にアルティメットクイーンの口元が綺麗に笑んだ。
 もちろん、それはアルティメットクイーンの時間軸におけることだろう。しかし国家神の力を知っている契約者たちは、それだけに、アルティメットクイーンの秘めたる力も容易に想像が出来た。
「パラミタを救ったのです。――あなた方とは、方法は違えど」
「…………」
 シルフィアたちは黙りこんでいた。
「……しかし……」
 再び口を開いたアルティメットクイーンの目は、遠い何処かを見るような光を帯びていた。
「その後に起こったのは、『完全な終焉』でした。歪んだまま歩みを進めた世界は、形を保てず、その全てが終焉を迎えます。二度と、同じ過ちは繰り返さない――。私は真の救世を行うため、この世界へと来たのです」
「それが……ワタシたちの世界へとやって来た目的……?」
 シルフィアは戸惑いながらつぶやいた。
「……そうなりますね……」
 パートナーの言葉に、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)はうなずいた。
 いわば、自らが為し得なかったことを今一度やり直そうというのが、アルティメットクイーンの成そうとすることだった。
(しかし……そうなると彼女の目的とする救世とは――)
 アルクラントが考えたところで、アルティメットクイーンが契約者たちに告げた。
「パラミタとニルヴァーナがいまなお存在し続けることによって、世界には様々な歪みが存在しています。あなた方もその一端はいくつも見てきていることでしょう……。様々な現象が、パラミタという大陸を、ニルヴァーナという大陸を、そして、地球をも襲ってきている。これほどまでに幾度となく、この世界が崩壊の危機にさらされているのは、もはや偶然の一言では済ませられません。そのことに気付き始めている筈です。……パラミタ大陸もニルヴァーナ大陸も、既に存在してはならないのです。この先にあるのは、『完全な終焉』のみなのですから」
 アルティメットクイーンの言葉が冷然と終わる。
 契約者たちは立ちつくし、どうすればいいのかわからなかった。
 だが――それでも、アルクラントは口を開いた。
「その為の計画の一つが、ニルヴァーナを落とすことですか……。そして、いずれはパラミタも……」
 アルティメットクイーンはうなずいた。
「ええ。そして、理を外れた者たち、ソウルアベレイターも始末せねばなりません。ニルヴァーナを落とせばこちらも片が付きます。あとはパラミタに正しき終わりを迎えさせ、この世界を正常な状態に戻さなければ……」
 と、アルティメットクイーンが言ったその瞬間だった。
「ふん……」
 どうっ――と、銃弾がアルティメットクイーンの顔の横をかすめた。
 弾は玉座にぶち当たり、めり込んでいる。厳しい表情を見せるアルティメットクイーンが見ていたのは、『ライジング・トリガー』と呼ばれる両手銃を構えるアルクラントだった。
「……たとえ私たちが、あなたのいう“歪み”の一端に関わっていたとしても、すでに生きているのには変わりない。それとも、あなたは自らの過去や未来を壊してまで、“正常”な世界にこだわるべきだと言うのですか?」
「――理から外れたままの世界では、悲哀はなおも増え続けるだけですよ」
 アルティメットクイーンは険しい顔つきで言った。
「平和な世界など二度とおとずれることがない。ならば、滅びの後の創世――次の世界に未来を託してもいいのではないでしょうか」
「そんなもんなぁ……!」
 アキラがアルティメットクイーンを睨みつけた。
 そして、びしっと中指をおっ立てる。
「俺たちは望んでねぇんだよ! お前たちのエゴを、勝手に俺たちに押しつけるんじゃねぇ!」
 憤然たる言葉。アルティメットクイーンは一瞬だが眉を寄せる。
 が、すぐに――その表情は元に戻った。
「……いずれにせよもう、遅いことです」
「なんじゃと……?」
 ルシェイメアは目を見開いた。
「すでに未来は動きだしています。後は時間さえ来れば――」
 と、アルティメットクイーンが言ったその時だった。
 がくんっ――と遺跡が――いや、大地そのものが揺れた感覚がした。
「これは……まさかっ……」
 アルクラントが瞠目する。続けて、垂が言った。
「ニルヴァーナが落ち始めてる……!」
 すでに大陸を支える力はゆっくりと失われ始めていた。
 ということはつまりそれは……。
イアペトスの亡骸から、力を奪っているというのか!?」
 驚く契約者たち。アルティメットクイーンは静かに彼らを見返した。
「その通りです。もはや一刻の猶予もありません。このニルヴァーナともども、ソウルアベレイターたちを消滅させ――」
「そうはいかないな」
 と、アルティメットクイーンの言葉を遮ったのは、源 鉄心(みなもと・てっしん)だった。
 ぴくりと眉をひそめるアルティメットクイーン。
 『エンド・オブ・ウォーズ』――目を合わせた者の戦意を失わせる特殊な技を用いて、グランツ教徒たちの動きをストップさせている鉄心は、アルティメットクイーンを見て微笑していた。
「俺たちだって馬鹿じゃない。キミがやろうとしていたことは、予想はしていたさ」
 と、言って鉄心が見たのは――
「はあああぁぁぁぁ!」
 両手を胸の前にやり、『リンク・オブ・フォーチュン』を抱きしめる董 蓮華(ただす・れんげ)だった。
 その手にスティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)空京 たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん)も自らの手を重ねている。三人の協力し合った祈りとエネルギーが、『リンク・オブ・フォーチュン』のパワーを引き出していた。
 そのおかげで、一時的にニルヴァーナの崩落が止まる。
 瞬間――
「今なら、出来る――!」
 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)がイアペトスの亡骸へ向けて、『カタストロフィ』の力を注ぎ込んだ。
 アルティメットクイーンの力は、イアペトスの亡骸の中に居るファーストクイーンのコピー体へと注がれていた。コピー体の身体を奪い、ニルヴァーナを意のままに操るつもりだったのだ。
 だが――ソウルアベレイターが操るものと同じ秘儀である『カタストロフィ』は、生命の流れを逆転させる。つまり、アルティメットクイーンによって生命を奪われようとしていたコピー体は、逆にその力を逆転させ、増幅させた。
 もちろん、それだけではアルティメットクイーンのはね除けることは出来なかっただろう。
 しかし、そこに『リンク・オブ・フォーチュン』が加わることで……繋がっていたパラミタの力が貴仁を補助したからこそ、出来た事だった。
 がこんっ――わずかに揺らいだニルヴァーナ大陸は、そこで完全に落下をストップさせた。
 アルティメットクイーンの力は、ファーストクイーンのコピー体から遮断される。いま一度、精神の接続を試みても、『カタストロフィ』によって増幅されたコピー体の意思には勝てなかった。
「…………落下は……止められましたか……」
 呆然としたように、アルティメットクイーンはつぶやく。
 が、その姿はわずかな落胆が見えるものの、冷然とした調子を残していた。
「クイーン!」
 アルティメットクイーンに言葉をかけたのは裏椿 理王(うらつばき・りおう)だった。
「あんたは一度……自分の世界で全てを失ったんだろ? だったら、いまこの世界で新しい未来を創ることは出来ないのか……!? 崩壊の後の未来なんかじゃなく、運命に立ちむかう未来を……」
「…………」
 アルティメットクイーンはしばらく黙りこむ。
 だがやがて――彼女は淡々と答えた。
「『箱船計画』はすでに動きだしています……。いまさら、引き返すことなど不可能なのですよ」
「――アルティメットクイーン様」
 そのとき、エレクトロンボルトがアルティメットクイーンの傍に戻ってくる。
 二人はそのまま、グランツ教徒たちを連れて瞬間移動しようとしていた。
「クイーン! ……人は、生きていたデータを完全に無くすなんて難しいんだ! だから、きっとあんたも――」
「…………」
 その言葉に答えが返されることなく、理王の前からアルティメットクイーンは姿を消した。
「あっ! てめこらっ! 逃げんな!」
「ををっ!? アキラ! 勝手にわしの使い魔を――!」
 アキラがルシェイメアの『影に潜むもの』――黒狼の背中に勝手に乗って、アルティメットクイーンを追いかけようとする。
 が、すでにその姿はなく、べしいぃぃんっと壁に激突した。
「あががが……」
 ばたんっと倒れるアキラ。
 ルシェイメアはぽりぽりと呆れたように頬をかいた。
「阿保じゃな、あいつ……」
 そんな二人を余所に、桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)は――
「…………」
 思い詰めたような表情になっている自らの契約者を傍で見守っていた。
(理王はきっと……クイーンを悪い人じゃないと思っているんだろうな……)
 それが、アルティメットクイーンの人となりを傍で見てきた理王の見出したものだ。
 もちろんそこには、いくつもの異論もあるだろう。だが、理王は自分が見てきたものと答えを信じるつもりだった。
 そして、貴仁は――
「どうじゃ? 貴仁。少しはファーストクイーンから返答はあったかの?」
「……さあね。どうだか」
 にやりと笑う医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)の問いかけに、貴仁は苦笑するだけだった。
 房内は貴仁がイアペトスの亡骸へ『カタストロフィ』をかけたとき、かすかにファーストクイーンの意思のようなものを感じられた気がした。それはまるで、全てを包みこむ温かな光のようなものだった。
(……アルティメットクイーンを止めてくれと願っておるように感じたのは、わしの気のせいかのぉ……)
 考えこむ房内の後ろで、ティー・ティー(てぃー・てぃー)がイアペトスの亡骸になにか呪文をかけている。
「お? ティー、どうしたんだ?」
「いえ、実は……」
 鉄心が声をかけたとき、ちょうどティーの『クリエイト・ザ・ワールド』が発動したところだった。
 ティーのイメージ通り、周りが色鮮やかな花の数々に囲まれる。そうして従者と共に作った花の冠を、ティーはそっとイアペトスに乗せた。
「……あなたが守った大地を……私たち、きっとこれからも守ってみせますから」
 その言葉は、亡骸の中に眠る娘に向けたものだ。
 ティーは静かに、そして力強く、伝えた。
「この大地でこれから起こるたくさんの小さな幸せ……その、かけがえのない幸せを、どうか見届けてください」
 時間軸が違えど、そして亡骸に残されているのはコピー体と言えど、ファーストクイーンにとってアルティメットクイーンはかけがえのない血を分けた姉妹だった。
 ニルヴァーナが落ちなかったのは――
 貴仁や蓮華の力だけでなく、ファーストクイーンがそう願ったからではないかと、そのようにも思えた。