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人形師と、写真売りの男。

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人形師と、写真売りの男。
人形師と、写真売りの男。 人形師と、写真売りの男。

リアクション



8


 デジカメがないことに気付いて、シーラ・カンス(しーら・かんす)は血の気がさーっと引いて行くのを感じた。
 ――ああ、目の前って本当に白くなるのですね……。
 なんて、一瞬冷静に思ったけれど、次の瞬間には恐慌状態に陥った。
「――――!!」
 声にならない叫びを上げてしメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)――人型名、氷月千雨――にしがみつく。その様子を見て、志位 大地(しい・だいち)もきょとんとした顔をした。
「な、え? どうしたのよ?」
「シーラさん?」
「デジ、デジ、」
 言葉が上手く出てこない。
 ああ、どうして失くしてしまったのだろう。
 そうだ、千雨が大地とちっぱいについて舌戦を繰り広げていて、その内容が面白すぎてこれはカメラじゃなくてビデオに収めるべきだと撮影していて、夢中になって……それから?
「あぁぁああぁぁぁぁ……!!」
 頭を抱えて蹲った。思い出せない。
「シーラさん、どうしたんですか」
「何があったのか教えてくれなきゃ協力のしようがないわよ?」
 大地と千雨に慰められて、洟をすすってシーラはゆっくりと言葉を発する。
「ぐす……、う、カ、カメラが〜……!」
「カメラ?」
「ないのです……秘蔵画像満載の、私のカメラ……!」


 一方その頃ヴァイシャリーの街。
「……何でカメラがこんなところに?」
 シーラが失くしたと大騒ぎしているカメラを、紺侍は手にしていた。


 あまりの必死さに、思わず二つ返事で探すのを了承してしまったけれど。
「どこに落いてきたか、心当たりは?」
「…………
 幾分か落ち着いてきたシーラは首を横に振るばかりだし。
 千雨はやる気なさそうに辺りを見回すだけだし。
 ――いつになれば見つかりますかね……。
 大地は二人に気付かれない程度の小さなため息を吐いた。
「中身はどんなものが?」
 ただ黙々と探しているのも辛くなったので、話しかけてみると、
「データには、狼大地×羊ロレッタや兎ミレイユ……それからリンスさん双子説な写真や、水着姿の千雨ちゃんといったお宝画像がぎっしりで……他にも、」
「ちょっ、なっ!?」
 棚から牡丹餅とはこのことか。自分の水着姿の写真があると聞かされ、千雨が一転して積極的に探し始めた。
 二人が必死な様を見て、もう少し頑張ってみるかと伸びをしたところ、
「あ! 大地さーん!」
 ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)の嬉しそうな声が聞こえた。


 特に目的もなく、ふらふらーっと訪れた工房で聞かされた盗撮騒ぎ。
 それに真っ先に反応したのは、ティエリーティアではなくスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)だった。
 ガタンッと椅子を蹴倒し立ち上がり、
「悪い視線を感じていましたが、これが原因ですか……」
 静かに静かに、呟いた。口元には笑みが浮かんでいるが、殺気はガンガン放出している。隠すつもりはない。
「写真屋、死んだかな……」
 ぽそりとリンスが呟いたのが聞こえた。
「はは。だって、私のティティを汚させるわけにはいきませんからね」
 あくまで紳士的な笑みのまま、スヴェンは言う。
「シーラさんの撮影は黙認していますが……見も知らぬ輩を相手に目を瞑ることはありません」
 ――むしろ公開処刑と称し、今後ティティに近付く者を減らせたら良いのですが。
 ――ついでに志位大地あたりも巻き込んでしまえば一気に楽に……いえ、こちらはティティが泣きますね。できませんね。残念です。
 そんな黒い考えを浮かべつつ、ティエリーティアに向き直り。
「ティティ、少し私のマントに隠れていてくださいますか?」
「うん」
 マントの中に小柄な彼を隠し、工房を出て街へ向かい。
 ――どこに居る……。
 ポケットのデジカメに触りつつ、同類の気配を捜すのであった。


 そして見付けたのは、どういう因果かシーラ含めた大地一行。
 大地の姿を見付け、ティエリーティアがマントの中から飛び出して行った。
「えへ、時計とってもお役に立ってますよ!」
 クリスマスにプレゼントされた懐中時計をポケットから出して、持ってますよとアピールをしているティエリーティアが可愛らしい。……その笑みを向けている相手が大地じゃなく、また大地も嬉しそうにしていなければもっと良かったのに。
「俺もティエルさんからもらったプレゼント、着けてますよ」
 にこにこと満面の笑みで、大地が言う。
 ――ティティから指輪のプレゼント……くっ、いつの間にそんな仲に……!
「あ! わぁ、嬉しいな……。チェーンの長さの意味とかもあるんですよー」
「意味、ですか?」
「はい! えっと、左手の薬指は、心臓と結びついているっていうギリシャ神話を逆になぞって――」
 それ以上聞いていると、嫉妬の鬼と化しそうだったのでシーラの許へと近付いて。
「シーラさん、協力し」
 てくれませんか、と言い切る前に、ガシッと服を掴まれて。
「スヴェンさん……! 協力してください!」
 先に言われてしまった。
 は? と事態を把握できずにいると、
「シーラがカメラを失くしたのよ」
 同じく必死に捜す千雨からフォローが入った。
 シーラが? カメラを? 失くした?
「……待ってください、あの中には」
 ――私の愛しのティティの写真が、それこそ沢山入ってますよね?
 こくり、シーラが首を縦に振ったのを見て。
 スヴェンもまた、カメラ探しの鬼になる。


 一方、シーラのデジカメを拾った紺侍はと言うと。
「はー……すげー写真ばっか」
 失礼だとは思いつつも好奇心に勝てず、データを再生していた。
「つーか壮太さんまで居る。世界って狭いっスねェー」
 しかも見たことない、照れたような顔で怒る壮太だ。次会った時このネタでからかってやろうとか思いつつ、次へ、次へとボタンを押していく。
 楽しそうなハロウィン風景や、花見での宴会風景。胸絶壁少女の水着姿や、大地とリンス、ティエリーティアとリンス、大地とティエリーティア、スヴェンとフリードリヒ、ティエリーティアとスヴェン、大地とスヴェン……などなど。
「なんか後半アレな絡みばっかスけど、」
 見ていて楽しい写真だな、と思った。

 『えがおえがお、はかわいいのですよ。こまったかおだと、かなしいですー……』

 ヴァーナーの言っていた言葉を思い出して、なんだか息苦しくなった。
 紺侍には、写真を上手に、綺麗に撮れている自信はある。被写体の持ち味を生かしている自信もある。
 けれど、こんな風に、撮っている人の楽しさが伝わってくるようなものは、きっと撮れていない。
 もっと楽しく撮る方法なんて、わかりきってはいるけれど。
「…………」
 黙ってカメラを見つめていると、
「私のカメラ〜!」
 遠くから、声が聞こえた。
 その集団は、カメラに写っていた五人。うち、ティエリーティアには見覚えがあった。最近撮ったからだ。
「ティティを盗撮した不届き者は貴方ですね……!」
 それから彼、ティエリーティアの傍に常に居るスヴェンも撮った。
「地の果てまでも追いかけて、メディアごと八つ裂きにしてやります!」
 物騒なことを言って、殺気を隠さず駆けてくる。けれど幸いにも距離があった。デジカメを座っていたベンチに置いて、さっさと逃げることにした。
「こら、待ちなさい!」
 声に対して振り返ることなく走り、デジカメの写真を思い出す。
 楽しそうな一枚一枚。
 ――いつか、…………。
 そう思ったけれど、後に続く言葉は敢えて浮かべなかった。
 だって、仕事は仕事。


「私のカメラ〜……良かったですわ……」
 心底ほっとした声で言って、シーラがカメラを抱き締める。
 データは全部あったし、悪用された形跡もぱっと見た感じでは無かった。
 なので、本当に良かったと思いつつも。
「……あら? これは、あの方の……?」
 ベンチ付近に落ちていた一枚の写真を拾い上げると、
「…………」
 悲しい気持ちになった。
 綺麗な写真だけど。
 上手な写真だけど。
 だけどなんだか、
「あまり楽しそうじゃ、ないですね……」


*...***...*


 ヴァイシャリーの街を歩いていて影月 銀(かげつき・しろがね)が思ったことは、妙に視線を感じるということだった。
 その視線の向かう先がミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)だということがまたいただけない。ミシェルは銀にとって大切な存在だ。
 ――悪い虫でも付いたらどうしてくれる。
 ムカムカしながら、「写真の子だ」と指差した輩を路地裏に連れ込んで、『穏便なお話』をさせてもらった。その結果手に入れたのは、
「あ、私……」
 ミシェルの盗撮写真と、その写真を取った人物の特徴その他。
 金髪で背の高い男、名前は紡界紺侍。
 ――放置はしておけんな。
 早急に写真販売を止めさせないと。
 ミシェルを護るように手を繋いで、周囲を睨むようにしながら歩く。これで興味半分の連中は近付かなくなるだろう。
「ねえ、銀……恥ずかしいよ?」
「そんなことを言っている場合ではないだろう。盗撮写真を買うような男がお前に言い寄ってきたらどうするんだ」
「そうかもしれないけど、でも……」
「でも?」
「私の心配ばかりじゃなくて、銀の心配もしてほしいな……」
 どういう意味だ、と首を傾げた。
「だって、私の写真があるってことは、私といつも一緒に居る銀の写真も撮られているかもしれないじゃない……?」
 ……言われてみれば。
 視線が若干、増えている気が、する。
「……気持ち悪い」
 吐き捨てるように言って、紺侍を捜す。と、
「写真ーいかぁっスかー?」
 声が聞こえた。ミシェルに無理をさせない程度の早足で声の方角に向かうと、居た。言われた通り、金髪で背の高い男だ。
「おい」
 仁王立ちして、目の前に。
「ハイ?」
 すっとぼけた声にうっかり手が出そうになったが、ミシェルが服を引っ張って「暴力はダメ」と訴えてくるので手や足は出さないことにした。
「紡界、貴様が撮った写真のせいで俺とミシェルが困っている」
 口出しは止められていないからさせてもらうが。
「あ。すんません」
「データ。消せ、今すぐに」
 言うと、存外あっさりと消された。しっかりと自身の目でそれを確認してからミシェルを見、「何か言っておくことはあるか?」問うてみた。
 おずおずとミシェルは前に出て、紺侍を見上げ。
「盗撮された人は嫌な気持ちになるし、何より人に恨まれるようなことはしちゃダメだよ」
 ね? と微笑んでみせるミシェルは本当に優しいと思う。一発くらい殴ってもいいだろうに。
「ミシェルがこう言っている以上、俺も今日はなにもしない。
 ……だがな、今後何かまたしでかした場合――月の無い夜だけ気を付けていれば安全だと思うなよ」
 しっかりと釘は刺して。
 また、ミシェルの手を握ってこの場を離れる。
 視線に晒されたままでいるなんてまっぴらだ。さっさと家に戻って落ち着いた空間で過ごしたい。
「あの人……盗撮、やめてくれるかな?」
「仮にやめなくたって、俺がミシェルを守るがな」
 寂しそうに言っていたから、単にそういう理由だけではないのだろうけれど。
 でも、銀としてはミシェル以外に興味はないし、ミシェルのように優しくもないから。
 ――ミシェルを守れれば、それで。


*...***...*


 次々と抗議を受けて、紺侍ははぁっと息を吐く。
 ――いろンな意味でしんどいっスね、これ。
 逃げ続けるのも大変だし、抗議の言葉もそれなりに痛い。
「マジで引き受けんじゃなかったかもなァ……」
 一人ぼやくように空に呟き、場所を変えようと立ち上がった。