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早苗月のエメラルド

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早苗月のエメラルド
早苗月のエメラルド 早苗月のエメラルド

リアクション



Dear My Friends


 唇から歌が溢れると、ジゼルの全身が強い光に包まれ輝き出した。
 ――ジゼルお姉ちゃん!
 破壊された船首で歌うヴァーナーはある事に気づき、ジゼルの姿を探した。 
「これは……人の言葉!!」 
 ディーバ達が驚きに歌う事を忘れている間にも、ジゼルの歌は続いている。
 それは全てを受け入れる為の歌。
「ジゼルくん……これが君の新しい歌なのね」
 リカインは口の端を少しだけ上げると、ジゼルの声に合わせて歌を紡ぎ出した。
「負けてられないわね」
 ターラが競うように歌い出すと、
「私も……一緒に……!!」
 何時もは控えめな七ッ音の音も力強く響いていく。
「必ず生きて帰るわ!」
 さゆみの歌は生きる事への執着と希望だ。
「私達の歌を聴けぇ!!」
 ルカルカの声が響くと、絡み合う幾つもの音の中で、ジゼルは忘れかけていた頃を思い出していた。
 幼かった頃、何度も何度も、姉達と手を取り合い共に歌った幸せな日々を。
 一人は揺るぎなく、一人は魅惑的な、一人は清廉で、一人は強く鋭い、また一人はどこまでも優しい歌声。
 ――皆の歌声、姉様達に似ている。
 ふっと笑みが溢れると、ジゼルは一つの事に気づいた。
 ――それから……
 東雲の歌声。
 限りある時間の中で、誰かの心に届けようとしている彼の歌声にジゼルは自分を重ねていた。
 ――一緒に届けよう。私達が生きてる証を
 言葉を伝えずとも、東雲の歌がジゼルの言葉に応えていた。
 そんな中、一つの歌声がこちらに向かって走ってくる。
「お姉ちゃん!」
 ヴァーナーが遠くから伸ばした両手を握る様に、ジゼルもまた両手を広げ受け止めた。
 彼女達の声に守られる戦士達の銃声と爆発音が響いている戦場で、
 かき消されそうなジゼルの声を加夜と雫澄の歌声が支えていた。
 辛い時も、心を重ねてくれた声。
 彼女達に報いる為に、応える様にジゼルの声は力強く輝きを増して行く。
 ジゼルに与えられたセイレーンとしての名は、”パルテノペー(乙女の声)”。
 今迄何も受け入れる事の無かった澄みきった声に、幾つもの歌が、気持ちが、混じり合い一つの音を形成して行く。
 ジゼルを包んでいた光は、今や彼女だけの力ではなく、彼女と共に歌う者達の力の証でもあった。
 ――大好きな皆に……届いて!!
 彼女達の歌(こころ)が一つになった瞬間。
 吹き上げる風の様に強い閃光があったかと思うと、ディーヴァとミンストレルの歌の光は戦士達を包み始めた。

「この光……?」
「身体が軽い……力が溢れてくる!!」
 不思議な感覚だった。
 あれ程疲れきっていた身体が嘘の様に軽く、傷の痛みさえ感じなかった。
 力は湧き水のように無限に溢れ出し、枯れかけていた闘志を再び燃え上がらせる。
 青く澄み切った光に包まれて、柚はそっと手を胸に当てる。
 幸せの歌を聴いた時とは違うけれど、それでいて暖かいこの不思議な感覚を受け止める様に柚は目を瞑った。
「何だか……とっても暖かいです」
 
 その時、甲板に落ちていた槍が輝きを持って震えだした。
 それは蔵部 食人が鯨に食われる前に”取り落としていた”はずの武器だった。
 対イコン用の巨大な槍。
 突然それが青い光の尾をを引き宙を舞い、鯨の喉元に突き刺さったのだ。
「へへ、やってやったぜ!」
 恐ろしい痛みに開いた鯨の口から出てきたのは、食人だった。
 自動的に持ち主の元へ帰ってくる武器の性能を利用し、決死の覚悟で挑んだ食人は、限界を超えて鯨の口から落ちてゆく。
 永夜はツタを伸ばすが、魔鎧の身体は重く支えきれない。
 そこへ裕輝が身を呈してクッションになった。
 背中に受けた重さに、裕輝は何故か笑いだしている。
 その間に真が走り出していた。
 超感覚で動きの精度を引きあげながら、鯨を惹きつけるように動きだす。
「私達も!」
 ローザマリアと美羽がそれに続き、甲板を滑る。
 フレンディスは鯨の背に飛び移ると、身体の上を走り回った。
 鯨の手が彼等を潰そうと追いかけるが、寸でのところでひょいひょいとかわされてしまうのだ。
 彼等のその動きを可能にしていたのは、鉄心が雅羅が舵を切るのに合わせて光精の指輪の精霊を使い、合図を送っていたからだ。
 真は再び寸での所で攻撃をかわすと、ロープを掴んでそのまま飛び退さり仲間達に予め教えていた合図を伝える。
「受け取ったぜ真!!」
 カガチと縁はタイミングを合わせて鯨の肩の筋肉の撃ち抜いた。
 落ちてきた手に、エースが甲板ごと槍を突き立てる。
 片方の手が封じられた事で、当然次は左手が使われた。
 その際に見えない目を向ける訳もいかず、鯨が右目を向けたのを、陣は見逃さない。
「もう片方も貰うぜ!?」
 ライフルで右目の瞳孔を打ち抜いた。

 ルカルカは爆撃飛空艇の動力を電源にエレキギターを接続、伴奏し歌を盛り上げている。
 さゆみもそれに続いたので、甲板にコンサートのようなセッションの音が響き合っていた。
 ディーバ達を襲う手を、リカインの盾が弾く。
「絶対一緒に帰るから!!」
 柚は光の玉を弾かれた手に向かって放つ。
 貴仁もまた、同じ場所に向かって聖なる輝きの裁きを下した。
「はああああっ!」
 甲板を滑るように駆けていた美羽が勢いを上げ、その勢いを利用した蹴りを手に向かってお見舞いした。
「今だよ、皆!」
 美羽の合図に、大地と刀真が手から鯨の身体へと駆けあがって行く。
 箒で彼等を追い掛けた託もまた、鯨の背に飛び移ると、攻撃の連打を喰らわせていく。
 大地と刀真は鯨の肩から喉元まで滑り降りると、同時に剣を突き立てた。
 白い剣と黒い剣。
 相反する二つの輝きを持つ刃が、ディーバ達の歌声で透き通った海の様に青く輝きだした。
「おおおおおおおお」
 そのまま首の後ろまで、二人は駆けあがって行く。
 剣こそは小さくても、彼等の持つ力の衝撃が鯨の首の内部まで伝わっていた。
 そして二つの光が再びぶつかりあった瞬間、鯨の首がずるっと前へ滑り海の中へ落ちて行った。


 皆が歓声を上げる中、何時の間にか上がっていた雨雲は去り、海面に光が差し込んでゆく。
 全てやんでいたディーバ達の歌。
 けれど一人だけ歌い続けるものがいた。
 ――命あるものであるなら、せめてこの鎮魂の歌を……
 東雲の歌に、皆は鯨が消えて行った海を見つめていた。

 エメラルド色に輝く海を、ジゼルは見ている。
 ――母様、姉様、
 私は皆と一緒にこの世界で生きていきたい。
 だからちょっとだけ、また会えると気まで……さよなら

 消えて行く鯨へ……母と姉に向かって微笑みを送ると、ジゼルは意識を手放した。