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あの頃の君の物語

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あの頃の君の物語
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男子制服に袖を通す時〜大岡 永谷〜

「それでね、林間学校の時に告白されちゃって」
「えーっ、うそー!」
 クラスメイトたちが賑やかに話をする中、大岡 永谷(おおおか・とと)は静かにカバンに荷物を詰めていた。
 すると、そんな永谷に気付いたクラスメイトが永谷を手招きした。
「ね、大岡さん、ちょっと聞いてよ。この子ってばね〜」
「ま、待ってよ。そんなみんなに言われたら恥ずかしいじゃない!」
 きゃあきゃあと賑やかなクラスメイトに微笑を向けながら、永谷は会話に入る。
 永谷自身は騒ぐ方ではなかったが、そういう賑やかさを嫌うほうでもなかった。
「それで、その時ね……」
 女の子の恋愛話に花が咲く。
 永谷は小さく微笑みながら女の子たちの話を聞いていたが、急に永谷に話が振られた。
「大岡さんは何かそういう事ないの?」
「私は……」
 そこまで言って永谷は黙ってしまった。
 すると、気を利かせたのか他の子が口を挟んできた。
「大岡さんの家は神社だから、恋愛とか厳しそうだもんね」
「やっぱり決められた相手とか家同士の……とかそういうのあるの?」
「そうでもないよ。うちの両親は恋愛結婚だったし」
「えっ!? そうなの?」
「お母さんが神社のお家に嫁いできたとか? お母さんも神社とかそういうお家?」
 珍しい世界の話ということで興味があるのかクラスメイトが食いついてきた。
 特に隠すような話でもないので、永谷は求めに応じて答えた。
「うちはお母さんがあの神社の娘で、お父さんがお婿さんなの。お父さんは金沢にある神社の次男坊だったから、恋愛結婚でも、それほど問題なく結ばれたみたい」
「お互い好きになった人が、条件にぴったり合ってたんだ」
「へ〜、まさに運命の出会いだね」
「大岡さんもやっぱりお婿さん取るの?」
 クラスメイトの質問に、永谷は少し考えながら答えた。
「多分……そうなるのかな?」
 永谷には兄弟がいない。
 母・舞は永谷を一人っ子にするつもりはなく、他にも子供を……と思っていたようだが、残念ながら授かることはなかった。
 父の実時も母も永谷を愛してくれていたが、神社を継いでくれるだろうと暗黙の内に思っているようで、中学生になった永谷にはそれが気になり始めていた。
「そっかー大変だね。私は美容学校行こうと思っててさー」
「へー、私は小さい頃はパティシエになりたいとか考えてて」
「私は広告系かな。やっぱりどの時代になっても花形だし〜」
 いつの間にか話が恋愛の話から、職業や将来の話に移っていた。
(……みんな将来は何になりたいとかあるんだな)
 クラスメイトの話を聞きながら、永谷は自分の将来を考えていた。
 小さい頃からしていた巫女の修行も嫌いではなかったし、神社の仕事も好きだ。
 母が期待しているように自分でも小さい頃は神社を継ぐのだろうと思っていたし、神社を継ぐのがどうしてもイヤだというほどでもないのだけど……永谷にはクラスメイトたちが話すようなたくさんの未来は用意されていなかった。
 彼女たちと比べると、一つしかない未来への道の先が、袋小路に見える気がした。


 最近、パラミタと日本の間に新幹線が開通した。
 パラミタの人が多く日本を訪れるようになり、逆に空京を訪れる者も増えた。
 そして、パラミタに蒼空学園が設立され、それを機会に、イルミンスール魔法学校、シャンバラ教導団など各学校が創立し……。
 永谷の転機が訪れる。


「パラミタの学校に進学したい?」
 娘の言葉に、母・舞は目を見開いた。
「……うん」
 怒られたわけでもないのに、永谷は神妙な顔をして、小さな声で答えた。
 父・実時も難しい顔をしている。
(これ以上、話したらまずいかな……)
 永谷はそう思ったが、ここで話を止めるわけにはいかない。
「うちの学校にパラミタの各学校の入学案内が来ていて、その中からこれを……」
 両親の前に永谷が差し出した封筒には『シャンバラ教導団』と書いてあった。
「教導……団?」
「永谷、ここは軍事学校じゃないか!」
 さすがの父も驚いて、その封筒を手に取った。
 民間軍事会社・紅生軍事公司が出資した軍人育成の学校。
 学科の代わりに兵科があり、階級もあって、実戦に出ることも……。
 学校の案内を見て、母はクラクラとめまいがした。
「永谷、あなた何を考えているの! あなたは神社の娘なのよ。それが、こんな……」
 動揺する母に永谷は何も言えなかった。
 日本の普通の中学に通っていた娘が、いきなり身も知らぬ土地の軍事学校に行くというのだから、動揺しない方がおかしい。
「わざわざ、自分の身を危険に去らすなんて……女の子なのよ……どうしてこんなことを……あなたに何が……」
 うわごとのように色々と並べる母を、永谷はじっと見ているしかなかった。
 母はハッと何かに気付いたように永谷に尋ねた。
「でも、パラミタ自体、普通の人が住めるところではないでしょう? どうやって……」
「この間、うちの神社のイベントに来てくれた人に……話してみようと思う」
 白黒逆転したパンダのゆる族を思い出し、母は溜息をついた。
 パートナーがいなければパラミタに行けないという説得は無理だと悟ったらしい。
 やがて、黙って学校案内を見ていた父が顔を上げて、永谷に尋ねた。
「どうして、シャンバラ教導団なんだ。戦いがしたいのか?」
「違うよ。争いは苦手だし、戦うことに興味があるわけじゃないし……」
「それなら百合園女学院でも蒼空学園でもいいだろう? 両方とも日本と関わりの深い学校だ。どうせ行くならそちらの方が……」
「そういう学校だと……日本で高校に進学しても変わらないと思うんだ」
 蒼空学園は日本の学校制度を踏まえたものになっているし、百合園女学院の桜井静香校長は神奈川県の新百合ヶ丘出身と聞いている。
 どちらも日本の中学生である永谷が進学するには馴染みやすいところだろう。
 だけど……。
「蒼空学園や百合園だと……私が変わらないと思うんだ。変わってみたいの、大きく。今とはまったく違う環境で」
「……そうか」
 父親はしばらく時間を置いた後、そうとだけ呟き、妻の肩を叩いた。
「母さんと二人で少し考えてみる。その間に、永谷も本当に行きたいか、考えてみなさい」
「はい……」
 永谷は父の言葉にうなずいた。


 それから2週間後。
 父も母も教導団行きを認めてくれた。
「ただし、条件がある」
 条件という言葉に、永谷はビクッとしたが、父は意外なものを出してきた。
「それ……教導団の制服?」
 学校案内資料にあった教導団の制服が、父の手にあった。
 しかし、その制服は……。
「そう、教導団の男子制服だ。着てみなさい」
 着てみろと言われて、永谷は部屋に一度その制服を持ち帰り、袖を通してみた。
 教導団の男子制服を身につけて戻ってきた永谷を見て、父は納得したように頷き、永谷にこう言った。
「その制服を着て、俺と言ってみなさい」
「お、俺?」
「そう、それから女らしい振る舞いはやめて。今までのような口調もやめて男の口調で通すんだ」
「男の口調?」
「女性の軍人が増えてきているとは言え、軍隊は男の世界だ。しかも荒くれ者の集まりだ。どのような場所か分からないパラミタへ行くとなれば、それこそ気の荒い無法者もいるかも知れない」
「…………」
 想像していないわけではなかったが、父の口からハッキリ言われると永谷も緊張した。
「その中で普通の女の子であるお前が生きていくというなら、まず形からだ。私と言うな、俺と言え。口調も直せ」
「分かりました。……ううん、分かったよ。そうするぜ」
 不自然な男しゃべりをする永谷を見て、父は苦笑を浮かべ、母は心配そうに言った。
「……怖くなったら帰ってくるのよ。いつでも待ってるから」
 母親はパラミタ行きに賛成では無さそうだったが、初めて自分で自分の道を選んだ永谷を止めるのは良くないと思ったのか、反対はしなかった。
「よく似合ってるわよ」
 母の褒め言葉を複雑な心境で受け取りながら、永谷は父を見た。
「パラミタに行くまでの間に、男口調や仕草を教え込まないとな」
 父も全面賛成ではないようだったが、永谷の気持ちを尊重してくれたようだ。
 永谷は両親の気持ちを背負って、パラミタへと向かった。