天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

雨音炉辺談話。

リアクション公開中!

雨音炉辺談話。
雨音炉辺談話。 雨音炉辺談話。

リアクション



3


 長雨の候、と本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)は言った。
 こんな日は、家でのんびり過ごすのも一興だと。
 姫宮 みこと(ひめみや・みこと)は外を見た。雨がしとしと、降っている。
 今日はこれといった用事もないし、たまには揚羽と一緒にお茶をするのもいいかもしれない。外では紫陽花が綺麗に咲いていることだし、あれを見ながら、のんびりと。
 きっとそれはとても風情のある行為で、だったら相応の茶葉を用意したいと、用意したのは百グラムで二千円近くするお高いもの。やかんの湯が沸くのを待ち、沸騰後も三〜四分沸かし続けてたっぷり空気を含ませて。
 それを少し落ち着かせてから、湯冷ましの片口に勢いよく注ぐ。お湯は急須と湯呑みにも入れて、しっかり器を温めて。
 二人分、ティースプーンで四杯ほどのお茶っ葉をケチらずに投入したら、冷ましたお湯を注ぐ。細く、長く、急須に三分の一程度。ここでもお湯に空気を含ませて。
 きちんと入ったら、急須から湯呑みへ。二つの湯呑みに、交互に、最後の一滴まで注ぐ。
「どうぞ」
 す、っと揚羽の前に出した。揚羽が頷き、口をつける。
「ふむ……」
「いかがです?」
「茶畑の中にいるかのような、深慮億の香りがする。とろけるような、深く、甘みのある上品な
コクと舌を飽きさせないかすかな渋みと苦味……絶妙じゃの。これなら茶菓子の類は却って邪魔というものよ」
 問うと、彼女は流暢に答えた。饒舌具合から、満足してもらえたことがよくわかる。
 一煎目を飲み終えたことを確認してから、二煎目を注いだ。
 二煎目は、やかんからお湯を片口に注ぎ、今度は冷まさずすぐに急須へ。そしてこれもまたすぐに、湯呑みへ注ぐ。注いだら、香りが飛ばないよう湯呑みに蓋をして、落ち着かせること二分程度。
「どうぞ。先ほどとは違いますよ」
「ふむ……おお。一煎目が嘘のような喉ごしの清涼感じゃな……」
「気に入っていただけました?」
「うむ。香りやコクで一煎目には引けを取るが、ここで茶菓子を補うのがよい」
 言って、添えた菓子をぱくり。こちらもまた、満足そうで安堵する。
 したらば締めと、三煎目。湯冷ましを使わず、やかんから急須に直、湯を注ぐ。即、湯呑みに注いで、
「即、召し上がれ」
 渋みはあるだろう。あるだろうけれど、
「この渋みが清冽じゃの……まさに締めにふさわしい」
 願った通りの感想をもらえた。
「茶ひとつとってもそれぞれの変化があって流れがある。腕を上げたの、さるよ」
「よござんした」
 にこりと微笑み平らげて、窓に目を向ける。降り続く雨は、気温を下げているばかり。
「それにしても、今年はなかなか暑くなりませんねえ」
 去年までの猛暑が嘘のようである。
「七月八月はまた違かろ」
「ええ。予報では暑くなると」
「じゃろ?」
「でも、はたして当たるのでしょうか」
 少し肌寒いくらいの気温に身体を抱きながら、続く雨をじっと見ていた。


*...***...*


 今日は、雑貨『いさり火』の定休日。
 そして、ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)曰く、本日は晴天なり。
 だったらデートに行くしかないと、竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)はソランと共に家を出た……のだが。
「うーわー……」
 突然の雨に、思わず唸った。
 適当な店の軒先。一時的に雨を凌いで、ハイコドは苦笑いする。
「ソラ、今日は雨降らないって言ったよね?」
「うん。テレビは見てないけど」
 ああ、と脱力。そうか。ソランお得意の、『湿度と匂いと勘で当てる天気予報』か。
「あううー……おかしいな、外れるなんて」
「ま、そういう時もあるでしょ」
「ここの所百発百中だったんだよ? 本当だよ?」
「仕方ないよ、今日は」
 しょぼん、とうなだれるソランの頭を軽く撫で、弱まる気配のない雨脚に決意を固めた。
「走れる?」
「ほえ」
「止みそうにないからさ。おうちデートに変更といきましょう」
 微笑みかけると、彼女も笑った。
 手を取り合って、雨の街を逆走。


 へくち、と小さなくしゃみが出た。
 鼻をすすって、ソランは身体を震わせる。雨に濡れて、身体がだいぶ冷えてしまった。お風呂に入ろう、と顔を上げる。
「ソラ、お風呂?」
「うん。入ってくる」
「僕も入る」
「ハコも?」
「だめかな。髪洗ってあげる」
「いいけど。なんでそんなににやにやしてるの」
「え? なんでかな」
 にこにこ、というには含みを持った笑み。……まあ、嬉しそうだし楽しそうだからいいけれど。
「全部洗ってあげるね。髪も方も耳も尻尾もすべて」
「むう」
 そう、明言されるのはなんとなく恥ずかしい。
「いつ見ても綺麗だな」
 と、しみじみ呟かれるのもだ。
 風呂から上がり、頭を振って髪の毛についた水滴を飛ばす。うさぎの世話をしていた白銀 風花(しろがね・ふうか)が「きゃー」と悲鳴を上げた。
「あ、ごめん」
「ごめんじゃないです、もうー! そもそもお二人とも、天気予報を見ないでデートに出るなんて無謀すぎますわ!」
 頬を膨らませて風花が叱るので、あーあー聞こえない、とタオルを頭からかぶって寝転がる。隣に、同じような格好をしたハイコドが寝転んだところまでは見えた。そして塞がる視界。直後、聴覚に飛び込んできたのは、「きゃー」……また、風花の悲鳴。嫌な予感に身体を捻ると、先ほどまでソランがいた場所にうさぎが飛び込んできた。
 危ないところだった、と胸を撫で下ろし、再び飛びつかれる前にとハイコドへ投げて渡す。ごろごろころころと自堕落を堪能するハイコドは、じゃれつくうさぎを気にしない。気にしているのは風花だけだ。ソランも気にしないことにした。ころころ、ごろん。
「外をさ。手を繋いでデートするのもいいけれど、こうやって家でごろごろしてるのもいいね」
「久しぶりだよね。こういうの」
「そうだね。普段はお店のことで忙しいから……なんだかんだ、蒼空学園卒業以来かも」
 と考えると、実に数ヶ月ぶりなわけで。
 たまにはいいねー、とハイコドが伸びをしつつ、言う。
「あぁ。こんな綺麗なお嫁さんとこうして過ごせるのがどれほどすばらしいことかー」
 まったりと、幸せそうに。
 その空気に混ざるよう、うさぎたちがじゃれついてくる。わさわさ。わふわふ。柔らかくて、眠くなる。
「……ハコ」
「うんー?」
「私はいつまでも君の味方でお嫁さんだ」
「うん」
「君のことしか考えられない女なんだ」
「照れるなあ」
「だから、手放したりしちゃ嫌だからね」
 転がって、ハイコドに近づいて。
 君たちが独占するな、とハイコドの腕に乗っていたうさぎをどかして、自分の頭を乗せる。
「……私だけのハコ」
 ぎゅっ、と抱きつき、目を閉じた。
 すぐに、ふわふわ、眠くなる。
「おやすみソラ……愛しい人」
 意識が途切れる寸前、大事な人の優しい声が聞こえた。


 眠ってしまった二人を見て、風花ははあ、と息を吐く。
 濡れた身体のままごろごろするハイコドとソラン。
 そんな二人にじゃれつくうさぎたち。
「ブラッシングする私の身にもなっていただきたいものですわ」
 毛玉が、毛玉が。考えるに恐ろしい。
 ……ので、眠ってしまおうと思った。
 洗濯をはじめ、家事はあらかた終わったし。
 気持ちよさそうに眠っているのが、二人+数匹。
 ――これで、私だけ起きていろ、なんて。酷ですわよね?
 自分への免罪符を心の中で呟いて、二人の傍に、ころり。
 うさぎの姿に変化して、重い瞼をぱちりと閉じた。


*...***...*


 湿気を帯びた、重苦しい空気。
 どんよりと暗い雲に覆われた空。
 テレビから流れる天気予報曰く、今日は雨という見通し。
 そんな天気のせいか、秋月 桃花(あきづき・とうか)は起き上がる気になれなかった。布団の中で、とろとろとまどろむ。瞼が重くなってきて、ああ、寝そう……そう思った時だった。
 ばぁん、と部屋の扉が勢いよく開かれた。一気に睡魔は吹き飛んで、布団から身体を起こした。目を開く。
 開いた先、視界を占領するのは芦原 郁乃(あはら・いくの)その人で。
 郁乃は笑顔で言い放つ。
「桃花、デートしよっ!」
 彼女がちらつかせたのは、この部屋の合鍵。そうか、あれで入ってきたのか。心中頷きつつ、「急にどうされたんですか?」と問いかけた。
「今日は雨が降るって言ってましたよ?」
「確かにそうだけど……今日は二人っきりでいたい気分なの!」
「……もぅ」
 郁乃にそうまで言われたら、断れるはずがないじゃないか。とはいえ最初から拒む気もなかったのだけれど。
 伝えられた言葉に嬉しくなりつつ、支度を済ませて家を出た。


 何かが頬に触れた。
 ――あ、これは。
 郁乃が警戒するより早く、次々と空から雨粒が落ちる。
「……あ」
「雨、ですね」
「早すぎない!?」
 桃花をデートに連れ出すことができたというのに!
 これからどこへ行こうかとか、何をしようかとか。
 楽しい想像に胸をときめかせていただけにがっかりだ。
 だけど、今はとにかく濡れないことを考えなければ。桃花に風邪を引かせてしまう。それに、桃花の着ている服が雨に濡れて透けてしまっていた。こんな格好をさせておくわけにもいかない。
 幸いにして、桃花の家からまださほど離れていない。
「桃花、戻ろう!」
 郁乃は桃花の手を引いて、今まで来た道を逆走した。雨は時間が経つにつれて激しくなり、雷の音も聞こえるようになっていた。
「大事なくてよかった……かな?」
 濡れちゃったけど、と笑ってみせると桃花も笑った。が、直後、
「くしゅん」
 と小さなくしゃみ。ああやっぱり、冷えてしまったか。
「大丈夫?」
 タオルで彼女の頭を拭こうとすると、やんわり拒絶された。
「大丈夫です。それより郁乃様、風邪を引いたらいけませんからお風呂にお入りください」
 その上気遣われた。
 ああ、うん。その通りだ。
「冷えたまんまじゃ風邪が心配だよね」
「えぇ……そうですけど……」
「じゃ、一緒に入ろう!」
「え……えええ!?」
 真っ赤になる桃花を、有無を言わせぬ強引さで脱衣所まで連れて行き、あれよあれよと脱がせて浴室に押し込む。
 桃花の肌は、白く、きめ細かですべすべしていた。
 ――いつ見ても、すごく綺麗……。
 どきどきしてしまって、頬が熱くなる。
「身体洗ってあげるよ」
 赤くなった顔を見られないように背後に周り、そっとタオルを当てると「ひゃん」と可愛らしい声が聞こえた。その声に、郁乃の心臓が跳ねる。
「桃花……ごめん」
 我慢が、できなかった。
 え、と呟く桃花の唇を塞ぎ、啄ばむようなキスを落とした。
「んぅ……ふぁぅ……」
 彼女の、甘い喘ぎと潤んだ瞳。聴覚と視覚が犯される。
「……イヤだったらいってね?」
「……イヤじゃ……ないです」
「ふふ、ありがと」
 ………………。
 …………。
 ……。
 そのあとなにがあったかは、二人だけの秘密。