リアクション
「まったくぅ、美術館程度で迷子になるなんってぇ、飛んだお間抜けさんだねぇ」 アレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)が、のんびりとした口調で咲夜 由宇(さくや・ゆう)に悪態をついた。 「そんなこと言ったって、この美術館、無駄に広すぎるんですぅ」 私のせいじゃないもんと、咲夜由宇が言い返した。 ずいぶんと奧に入り込んでしまったか、あるいはいつの間にか夜になってしまったのか、天窓からは星明かりが差し込んできている。 いや、どこに天窓があるのだろうか。 空は、満天の星々。 いつの間にか、光は星々の物となり、大気は夜の湿り気を帯びている。 通路の左右にならんでいた展示室も、壁が姿を消してゴチック形式の石造りの建物になっていた。 「ここはどこ……」 思わず、咲夜由宇が足を止めた。 石畳に冷たくも澄んだ足音が谺する。 どこまでも広がる音は家々に反響し、星々の光となって弾けた。 「ねえ、アレンくん、ここは……」 パートナーに意見を求めようと振り返った咲夜由宇であったが、そこにアレン・フェリクスの姿はなかった。 「ここは、『幻想の街角』……。そうですぅ、あの時の風景にそっくりですぅ……。ねえ、アレンくん。アレンくん、どこ?」 かつて、名も知らぬ町でたまさか一緒になった絵描きさんに描いてもらった風景。 それが、目の前に鮮やかに、そして秘めやかによみがえっていた。 カツーンと、足音が響いた。 「アレンくん?」 アレン・フェリクスの姿を見た気がした咲夜由宇は、すぐに駆けだしていった。 高い家々の壁に、星明かりに映る人影が誘うようにして通りすぎていく。 咲夜由宇は、その大きな影を追いかけていった。 ★ ★ ★ 「神秘的で幻想的だなぁ」 同じ場所に迷い込んでしまったアキラ・セイルーンがつぶやいた。アリス・ドロワーズが無言でうなずく。 これも絵から生み出されたものだとしたら、元の絵はさぞかし美しいに違いない。 どこかから響いてくる靴音が、不思議な音楽のように町並みに溶け込んでいた。 二人は、しばらくその場から動かないでいた。 「これって、本物なのかなあ」 試しに、アキラ・セイルーンが家の壁をパンチで叩いてみた。 ボコッ。 「あっ……」 ★ ★ ★ 「アレンくん?」 やっとアレン・フェリクスに追いついた咲夜由宇が、ちょっと息を切らしながら呼びかけた。 だが、アレン・フェリクスは何も語らず、ただ微笑んでいるだけであった。 そして、パチンと軽く指を鳴らす。 サーッと暗幕を引き開けるかのように、夜の町に光が差した。 まぶしさに、思わず咲夜由宇が手を目の前に翳す。 「おい、何やっていたんだぁ」 咲夜由宇の顔をのぞき込むようにして、アレン・フェリクスが言った。 「アレンくんこそ、なんで逃げるんですぅ」 「はあ? オレはずっとここにいたぞ。走り回っていたのは、由宇じゃないか」 怪訝そうな顔で、アレン・フェリクスが答えた。 それでは、あの走り回っていた影は誰だったのだろう。指を鳴らして闇を追い払ったアレン・フェリクスもまた風景の一部であったのだろうか。 「誰だか分からない奴を追いかけてたなんてぇ、相変わらず間抜けだねぇ」 「そんなこと言うアレンくんはこうですぅ!」 揶揄するアレン・フェリクスのポケットに手を突っ込むと、シャーロット・スターリングが彼の財布を取り出して微笑んだ。 |
||