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ホワイトデーはぺったんこ

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ホワイトデーはぺったんこ
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リアクション

 
    ★    ★    ★
 
「こ、このままじゃ。とにかく、今は元に戻ることが先決です」(V)
 ちっちゃくなった六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)が、無事なブラス・ウインドリィ(ぶらす・ういんどりぃ)アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)を前にして言った。ミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)は、六本木優希とともにちっちゃくなってしまっている。
 最初は大きすぎる胸が少し軽くなってよかったという、ぺったんこたちが聞いたら八つ裂きにされそうなことを考えていた六本木優希であったが、よくよく考えてみると、全体的にちっちゃくなってしまっているのではマイナス面の方が大きい。胸が人並みになっても、お子様体型では、しょせんずんぐりむっくりだ。
「今の二人のサイズだと、だいたいボクと同じだと思うから着れると思うけど、どう?」
 あわてて自分の服を持ってきたブラス・ウインドリィに訊ねられても、六本木優希としては微妙なところだった。ミラベル・オブライエンは黙々と着替えているが、さすがに男物のパンツとかを穿くのはもの凄い抵抗がある。幸いにして、ブラス・ウインドリィが未使用の新品を持ってきてくれたからいいようなものの、そうでなかったらどうしていいか分からないことだ。
「さてと、じゃあ、あのくそメガネに天誅を下しに行くか」
 少しだけ笑いをかみ殺しながら、アレクセイ・ヴァングライドが言った。
 まるで三つ子のブラス・ウインドリィが並んでいるような状況は、さすがに苦笑を禁じ得ない。とはいえ、笑ってばかりもいられない。ユーキたちをこんな目に遭わせてくれた報いはきっちりと受けてもらうつもりだ。
「それはそうと、ボクたちがもらった赤いキャンディはどうするんだよ」
 ちょっと困ったようにブラス・ウインドリィがアレクセイ・ヴァングライドに聞いた。
 六本木優希たちは喜んですぐに口にしてしまったため縮んでしまったのだが、男からもらったキャンディなど胡散臭いと躊躇した二人は食べずにすんでいたのだ。
「そこの人たち、それは危険物だぞ。回収するから、こちらにわたしてくれ」
 赤いキャンディを持ってどうしようかと相談しているアレクセイ・ヴァングライドたちを見つけて、緋桜 ケイ(ひおう・けい)たちがすっ飛んできた。
「回収って、どうするつもりだ?」
 回収と称して、何かに悪用するつもりじゃないだろうなと、アレクセイ・ヴァングライドが緋桜ケイたちを軽く睨んだ。
「心配にはおよばぬ。回収後、わらわが粉々にして処分する。障害は取り除かねばな」(V)
 深紅の和服の上に羽織った朱華(はねず)色の和装コートの裾を軽く風に靡かせながら、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が進み出た。
「おや、あんたもキャンディをなめた口か?」
「失敬な。わらわは、永遠の少女であるゆえ、そのような物に頼ったりはせぬ」
 悠久ノカナタが、アレクセイ・ヴァングライドの言葉を跳ね返すように答えた。
 偉大な魔女を自称する者たちは、少女の姿の者が多い。それは、その年齢の時点ですでにある種の奥義に達したため、自ら老化を止めてみせたということの表れでもある。ゆえに、悠久ノカナタや大ババ様のような魔女は、自らの少女性をステイタスとして自慢している。
「ロリで美しいつるぺったん少女は、わらわ一人で充分。これ以上、似非ロリにでかい顔をさせておくわけにはいかぬ」
 一般人には、ちょっと怒りの方向が理解しがたいが、悠久ノカナタとしては本気らしい。その迫力は、充分ブラス・ウインドリィたちにも伝わったようだ。
「どうせ食べないしね。持ってても気持ち悪いからあげるよ」
 素直に、ブラス・ウインドリィが悠久ノカナタに赤いキャンディをさしだした。
「殊勝であるな」
 ニッコリと笑った悠久ノカナタが、掌の上に載った赤いキャンディを軽く睨んだ。見えない手に持ちあげられるかのように、すっと赤いキャンディが浮きあがる。次の瞬間、目映い閃光が走った。一瞬で、キャンディが灰すら残さずに消滅する。雷術かと思ったが、範囲魔法のサンダーブラストを極限定空間にのみワンポイントで発生させたらしい。周囲には、強烈なオゾン臭が漂う。余波を受けた悠久ノカナタの銀髪が絹糸の繭のように広がったが、すぐに落ち着きを取り戻して元のように背中へと零れ落ちた。
「そこまでしなくてもいいのに……」
 少し、緋桜ケイが苦笑する。
「じゃあ、俺様の分も処分してくれ」
 アレクセイ・ヴァングライドが、最後のキャンディをさしだした。
「いただきにゃん!」
 その一瞬に隙を突いて、小さな黒い影が赤いキャンディをアレクセイ・ヴァングライドの手から奪った。
「やふはひゃん。ほれてほほひゃんほひいひゃくふるひゃん」
 赤いキャンディを口にくわえたまま、シス・ブラッドフィールド(しす・ぶらっどふぃーるど)が勝ち誇った。
「おのれ、シス。悪戯は仕舞いにして、早くそれをわらわに返すのじゃ。さもないと……」
「ひやひゃん」
 悠久ノカナタの警告を無視して、シス・ブラッドフィールドが逃げていく。
「あの馬鹿。早く返せ、シス。黒猫が、黒こげ猫にされるぞ!」
 まずいと、緋桜ケイが全力でシス・ブラッドフィールドを追いかけていった。
「燃やしなどはせぬ。周囲に迷惑をかけるからな。その代わりに叩き潰す。覚悟を決めるのだな」(V)
 そう言うと、悠久ノカナタが軽く手を掲げた。白い冷気が、その腕の周りにまとわりつく。
 ズンという音ともに落下した氷の槍が、シス・ブラッドフィールドの直前の大地に深々と突き刺さった。
「ほ、ほんきにゃ」
 シス・ブラッドフィールドが青ざめる。
「だから言っただろう。早く降参してキャンディを返せ!」
 緋桜ケイが叫ぶが、パニックになったシス・ブラッドフィールドは、一目散に逃げだした。
「逃げ隠れしても無駄だぞ」(V)
 悠久ノカナタが、雨霰と氷の槍をシス・ブラッドフィールドの頭上に降らせる。
「えっと、ほっとくか」
 関わるだけやっかいだと、アレクセイ・ヴァングライドは諦めた。
「さっきから流れている放送から考えると、奴の後ろには別のロリ魔女がかんでいるようだな。なあに、飛空挺で捜せば、それらしいところで騒ぎが起こるだろうからすぐに解毒剤をもらえるさ」
 そう言うと、アレクセイ・ヴァングライドは、六本木優希をだきあげて小型飛空挺のシートの前に乗せた。
「ほんとうに、あやくもとのおーきさにもどりませんと、ふべんですわねー」
 ちょっと苦労しながらも、自力でブラス・ウインドリィの小型飛空挺のシートにまたがりながらミラベル・オブライエンが言った。
 
「みー、みー」
「まったく、よく命があったもんだ」
 仔猫の首をつまんで持った緋桜ケイが、呆れながら言った。
 逃げ回ったシス・ブラッドフィールドは、口にくわえていた赤いキャンディを誤って呑み込んでしまい、きっちりと仔猫になってしまったのだった。
「もう少しで、やっと、こ奴に引導を渡せるところであったのに。まったく、ケイはときどきよけいなことをしおる」
 顔を半分隠した袖の上から目だけのぞかせながら、悠久ノカナタがぼそりと言った。
「ははははは……」
「みー」
 本気の師匠の姿に、緋桜ケイは背筋に寒いものを感じて引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
 
    ★    ★    ★
 
「メガネ〜かけた人はいませんかあ〜」
「赤いキャンディ持った人はいませんかあ。いたら返事してよね」
「犯人の方おられましたら、どうか名乗り出てくださいませ。今なら、わたくしたち撲殺女子トリオが優しく叩いてさしあげます」
 血糊のびっしりとついた野球のバットを、ごりごりと床の上に引きずりながら、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は、蒼空学園内を巡回していた。その恐ろしさは、すでになまはげを凌駕している。
「赤いキャンディは、危険ですから〜、私たちが責任をもって粉砕しま〜す」
 いや、どう見ても、キャンディ以外の物体を粉砕してきたようにしか見えない。
「青いキャンディなら、責任もって預かりますー」
「みんな、協力してよね。さもないとがつんといっちゃうよ」
 そう言われてしまっては、みんなびびって逃げてしまうというものだ。
「どうしたのかしらあ〜。私たちは、たっゆ〜んの味方ですのにぃ〜」
 困ったように、メイベル・ポーターが言った。
「そうですわね。わたくしたちの胸を見れば、分かりそうなものですのに。それにしても、たかだか胸のためにこのような騒ぎを起こすなんて。早く、なんとかしなくてはいけませんね」
「ほんっと、貧乳だろうと巨乳だろうと、おっぱいは等しく大事なのものなのに。見た目よりも機能の方が大切なんだよ」
 セシリア・ライトが、フィリッパ・アヴェーヌに力説する。
「そうですか? 大きい胸など、肩が凝るだけですのに」
 今も凝っていると言わんばかりに、フィリッパ・アヴェーヌは自分の肩をもみもみした。
「とにかく、みんなの胸を取り戻しましょ〜」
「いざとなったら、胸を叩いてふくらませてあげようね」
「あらあらあら、それは……いい考えかもしれませんわ」
 セシリア・ライトの物騒な提案に、フィリッパ・アヴェーヌはちょっと考えてからあっさりと賛同した。
 
    ★    ★    ★
 
「うー、困りましたわ。今までで最大の危機です」
「えー、どーしてー」
 幼児化した久世 沙幸(くぜ・さゆき)を前に、藍玉 美海(あいだま・みうみ)は頭をかかえていた。だぶだぶになった蒼空学園の制服は今にも脱げ落ちそうで、かろうじて根性を見せて頑張っているショーツも丸見えだというのに、全然嬉しくない。
「だって、そんなぺったんこでは、全然楽しくないですわ。なんとしても沙幸さんの巨乳を取り戻しますわよ」
「でも、どーやって?」
「うーん」
 聞き返されて、藍玉美海は唸った。
「きっと犯人は、現場に戻ってきますわ。犯罪の基本ですもの。たぶん、今もどこかで、わたくしたちの様子を見て楽しんでいるのに違いありません」
「んーっと、学校がよく見えるところ……屋上?」
「それですわ。さすがは、わたくしの沙幸さん。さあ、さっそく行ってみましょう」
 そう言うと、藍玉美海は、久世沙幸をひょいとかかえた。
 左手が、久世沙幸の豊かなはずの胸の位置にあたる。
 つるん。
「うわあああああ……。沙幸さんのりっぱだったおっぱいが無残な姿に……。ゼッタイに元通りにしてみせますわ!」
 叫びながら、藍玉美海は怒濤の勢いで階段を上っていった。
 
    ★    ★    ★
 
「お兄さん、こんな所にいたんだ。どうしたの、疲れてるみたい?」
 周囲をうかがいつつ息も荒く歩いてくる山葉涼司を見つけて、鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)が訊ねた。
「疲れてるときは、甘い物がいいんだよ。これ食べる?」
 そう言って、鏡氷雨がさしだしたのは、赤いキャンディであった。
「そ、それは……」
 さすがに、山葉涼司が絶句する。
「ボク、お腹がいっぱいだからいいのー」
「それは危険だ、預かっておく」
 ニコニコしている鏡氷雨から奪い取るようにして赤いキャンディを受け取ると、山葉涼司は無造作にそれをポケットにしまった。
「食べないの?」
 鏡氷雨が不思議がっているところへ、山葉涼司を追う者たちが近づいてきた。
「こっちの方に逃げたはずなんだけど」
「捜せ!」
「いたかあ?」
 近づいてくる声に、山葉涼司が焦った。
「まずい。じゃあな」
 なおも何か聞きたげな鏡氷雨を残して、山葉涼司はあわててその場を逃げだした。