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取り憑かれしモノを救え―調査の章―

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●追走録2

「和輝、焦る気持ちは分かるわ、でも落ち着きなさい!」
 佐野和輝(さの・かずき)の羽織る黒地の襟の長いロングコート型の魔鎧――スノー・クライム(すのー・くらいむ)から注意の声があがる。
 明らかに和輝は焦っていた。
 珍しく、本当に珍しく人見知りなアニス・パラス(あにす・ぱらす)がミルファと仲良くしていた。
 心を開いていたからこそ、間近にいたアニスはミルファの魅了の術式にまともにかかってしまった。
『ねぇねぇ、ミルファ。儀式、頑張ろうね! アニス、頑張ってサポートするよ♪』
 なんて言って仲良くしていた。だから安心して遠巻きに見守っていたんだ。
 それが裏目に出た。後悔だけが先走る。
「和輝!」
 スノーの強い声音に和輝はようやっと闇雲に走る足を止めた。[寄生虫:侵食蟲]の陽炎蟲への命令も解除した。
「はあ……はあ……ごめん……」
「気にしなくていいわ。改めて探しましょう? あら、怪我してるわね」
 闇雲に走っている間に枝葉で頬を切ったのだろうか、血が流れていた。
 スノーは【メジャーヒール】を使うが、癒しの力は全く持って発動せず、和輝の頬をつうっと鮮血が流れるだけだった。
「回復……できない……!?」
 驚きの声を上げるスノーに、和輝は冷静になった頭でこれが結界の効力かと一人納得した。
「回復出来ないならアニスを助けるまで倒れないように行動するだけだ」
「そ、そうね……でも、これだけはやらせてもらうわ」
 スノーはそう言って、続けざまに【ファランクス】【オートバリア】【オートガード】【フォーティテュード】【エンデュア】を発動させた。
 スノーの知るあらゆる防御の術を動員して、和輝を護る魔鎧の役目を果たす。
 落ち着いた和輝は、もう一度[寄生虫:侵食蟲]の陽炎蟲に命令をだし、脚力を強化する。淡く仄かに光を放つ脚部が、しっかりと陽炎蟲が働いていることを示していた。
 【ホークアイ】を使い視界で得ることの出来る情報を最大限まで増やし、白を基調として、裾を赤い布でメリハリをつけているフード付きのローブを着ているアニスを探す。
 探すこと、数十分。
 遂に見つけた。
 白と赤で色合いのメリハリをつけたローブを羽織ったアニス。表情は伺えない。
「アニス!」
 声を張り上げ、アニスの名を呼ぶ。
 そんな和輝の声に振り返るアニス。
 魅了の術式に囚われている風には見えない、いつもの緩んだ笑みを浮かべて、
「あ〜和輝だ〜! 探したんだよ〜♪」
 なんて言って駆け寄ってくる。
 でも、その応対自体が違うと、和輝の本能が告げていた。
 アニスが魅了の術式を受ける直前の恐怖に歪んだ表情が脳裏に浮かぶ。
 そんな顔していて、時間が少し経ったくらいですぐにいつものような笑みを浮かべることが出来るわけが無い。
 家族だから、ずっと一緒にいるから分かることだ。
 だから、駆け寄り様にアニスから放たれた【氷術】で編まれた氷柱にも気づいた。
 サイドステップでそれを避け、アニスを見据える。
 笑顔で次の魔法を練っている。
「アニス! 正気に戻りなさい!」
 スノーが声を張り上げるが、アニスの耳にはその声が届かない。
「スノー、大丈夫だ」
 和輝は悲痛にゆがむ表情を隠そうともしない。
 対照的にアニスは満面の笑み。いつもの表情と言っても差し支えない。
 だからこそ、痛々しい。見ていられない。早く呪縛を断ち切り楽にさせてあげたかった。
「和輝、そんな悲しい顔しないで?」
 言って、アニスは練り上げた【ヴォルテックファイア】を放つ。
 辺りの草木ごと焼き尽くす業火の渦が、炎の壁となり和輝を襲う。
 対象の範囲が広い。無駄ともいえる広範囲が功を奏している。
 何も恐れることはない。ただ意を決してその炎の壁に飛び込む。
「くぅ……!」
 熱に顔を顰めるが、体を襲うダメージ自体は大したことは無かった。
 これも事前にスノーのかけてくれていた防御の術式の数々のお陰だ。
 体のあちこちから燻る煙を上げながら、炎の壁を突破した和輝を襲うのは、アニスの周囲に展開された4つの【火術】で作られた火炎の球。
 一つ一つは拳大の大きさしかないが、アニスの号令とともに一斉に放たれる。
 連続で飛来するそれを右に避け、あるいはコートで払う。
(くそっ……!)
 心中で悪態を吐く。
 止まってしまった足はどうしようもない。目の前まで迫っていた、飛来する残りの2つの火炎の球を1つは地面を転がるように避けることはできた。体を地面で打ち付けるが、きっとあの炎はスノーが付けてくれた防御すらも打ち破ってダメージを与えてくるだろうと予測してのことだった。
 間髪入れずに和輝を襲う最後の1つ。球状からいつの間にか細長い槍状に変化していた炎が、和輝の反応速度を上回り、右大腿を貫く。
「あ……」
 貫かれた事実よりも後から痛みが襲ってくる。
「ガ、アアアアアア!!!」
「和輝!?」
「だ、大丈夫だ……」
 息も絶え絶えに和輝はスノーに言う。
 貫かれた腿は傷口自体は大きくないが、熱傷と溢れる血と拍動する痛みで意識が持っていかれそうになる。
 痛みを引き摺りながら、和輝はのっそりと起き上がる。
 アニスは和輝にトドメを刺そうと、自身のありったけの魔力を込めた大火球を作り上げる。
「どうして……どうして、回復できないのよ……!」
 魔鎧から漏れる嗚咽交じりの声。スノーが【メジャーヒール】を使うが、癒しの力はやはり発動しない。
「アニス、やめなさい……、貴方は和輝を……和輝を悲しませているのよ!!」
 朦朧とした意識の中で、スノーがアニスに声をかけているのをぼんやりと和輝は聞いていた。
 行かないといけない。這いつくばってでも、アニスの元に。
 正気に戻って欲しいから。そんなことよりも、アニスが泣いているから。
 この距離になってから気づいた。いつものような楽しそうな笑みなはずなのに、瞳からは涙が零れ落ちている。
「アニス……怖かったな……」
 【精神感応】と併せて語りかける。
 肩で大きく息をしているアニス。アニスの頭上にある大火球を解き放てば、きっと倒れてしまうだろう。
「正気に戻ってくれ……アニス。俺たちを……思い出して……」
 吐息すらも感じ取れる距離、囁くように、力尽きるように和輝はアニスを抱きとめる。
 ――…………いよ……き……
「大丈夫、だいじょうぶ……だから……」
 和輝にはしっかりと届いたアニスの声に、優しく語り掛ける。
 髪を梳くように撫で、それはまるで聖母の慈悲のように、アニスを優しく包み込む。
 そうして、アニスの暴走は止まった。