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リアクション
重なる想い
長期休暇の時期になると、シャンバラ教導団員の間でも里帰りが話題に出るようになってくる。
「ねーたん、『しゃとがえり』って、なーに?」
聞き慣れない言葉に、林田 コタロー(はやしだ・こたろう)は林田 樹(はやしだ・いつき)に尋ねた。
「家族に会いに地球に帰ることだよ、コタロー。……私には帰る『お里』がないから、必要ないことなんだ」
樹は物心ついた時から旅芸人の一座で『銃使い』の芸をしていた。どうやら拾われた子らしく、『イツキ』という名前だけが付いていた。今名乗っている林田の姓は、日系人だと言うことで後からつけられたものだ。
その旅芸人の一座も惨殺されてしまって今はいない。だから樹には『お里』と呼べるものはどこにも無い。
「……こたちゃん、覚えてます? 前に、樹様が話して下さった旅芸人のお仲間のこと……」
ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)がそっと教えると、コタローはうと唸った。
「こた、めーなこと、きーたった? ねーたん、ごめんなさいお」
「ん? コタローは何も悪くないぞ」
一生懸命謝るコタローの頭に樹は手を置く。そんな様子を見ていた緒方 章(おがた・あきら)は、じゃあと提案した。
「僕たちも『里帰り』してみる? 日本なら案内できるよ」
章の提案を聞いても、コタローは不安そうな顔で樹を見たままだ。そんなコタローに気にしないで良いと言う代わりに、樹は頷いた。
「そうだな。私の名前が日本名だし、ルーツをたどるのも良いだろう」
「う! こたも、いくー。きょーのなんのりょこーれ、いけにゃかったとこ、いくー!」
「む! 餅にしてはいい提案しやがりますわね。じゃ、この間の修学旅行で結局は行けなかった日光方面の名所巡りでもいたしましょうか?」
悔しいけれど名案だとジーナも言い、コタローはもちろん大乗り気だ。
「アキラ、案内してくれるか?」
「OK、任せて頂戴」
その言葉通り、章は皆が日本に滞在する為の手配を整えた。
あったも見たい、こっちも行きたいと興味の赴くまま、樹たちは章をガイドにして里帰り旅行を楽しんだ。
すっかり歩き疲れて旅館に戻ってくると、温泉、懐石料理、といかにもな日本旅館のもてなしを堪能する。
「樹様ぁ〜、ここの旅館のお料理とお酒〜。おいし〜ですねぇ〜」
美味しい地酒をぐいぐいいって、ジーナはすっかり酔っぱらい。絡んでくるジーナに、コタローは旅館特製お子様懐石を食べながら、おろおろし通しだ。
「ねーたん、じにゃがまたこあいおー!」
「こらジーナ、飲み過ぎるなよ」
「飲み過ぎてなんかいませんよ〜。これはほろよひ〜楽しいですねぇ〜きゃははぁ!」
さんざん酔っぱらって騒ぎまくった上、ジーナはコタローを抱き枕にして眠ってしまった。
「こたも、ねむくなったお……」
道中、ジーナもコタローも大はしゃぎしていたからかなり疲れたのだろう。抱き合うようにしてすぅすぅ眠り出した。
そんな2人を撫でながら、寿はお猪口をくいっと煽る。
「この一年、本当にいろんな事があったな……」
昔のことで皆に迷惑をかけたし、と言うと、
「今迷惑かけてるのはバカラクリ娘じゃないかな」
これでは布団が敷けないと、章は眠っている2人に布団をかけてやりながら笑い。
「樹ちゃん、僕が泊まる予定だった部屋を使いなよ。今鍵を取ってくるか……」
立ち上がりかけた章の腕に、樹の手がかかった。
「樹ちゃん?」
「……頼む、一人に、しないでくれ……」
樹の頼りなげな視線を受けて、章は大きく息をつく。
「樹ちゃん、今そう言われたら、僕は間違いなく君を抱くよ。それでも良いの?」
そう尋ねると、樹は章から顔を背けながら答えた。
「……どう、捉えてもかまわん……好きにしろ」
数秒、無音の時間が続いた後、章はがりがりと頭を掻いた。
「……じゃ、部屋へ行こうか」
樹たちのものより幾分狭い章の部屋は、息をする音さえ響きそうに静かだった。
「さて、ここで確認。今なら僕だけさっきの部屋に戻ることも出来るけど」
「……ここまで来て世迷い言を言うほどの歳ではない。覚悟は……出来ている」
「分かった。ありがと、樹ちゃん」
真面目な顔でそう受けると、章はふっと笑った。
「実を言うと、僕も我慢の限界なんだよね。がっついちゃったら、ごめんね」
つられて笑った樹の額に、章の唇が落ちる。
その感触に照れた後、樹は自分からも章に口づけた……。
朝の光が障子越しに差し込んできて樹は目覚めた。
夢うつつに、章の声を聞いたような気がする。
『樹という文字の意味は、木を手で立てて安定させる、ってこと。自分でパラミタの大地に立つ樹ちゃんそのもの、だね」
あれは夢だったのか、それとも情事の最中か……。
そんなことを思いながら、自分の今の状態を確認する。ああ……昨日起こったことは夢ではなかった。
後悔はひとかけらもない。……のだけれど。
「樹ちゃん、おはよ。喉渇いてない? お茶入れたけど飲む?」
章はすっかり日常モードに戻ったようなことを話しかけてくるけれど、樹はどうしても照れが先に立って、いつものようには答えられない。答えない樹を心配してだろう。少し不安を見せながら尋ねてくる。
「……っと、もしかして昨日のことは……」
途端に樹の顔にかっと血が上った。
「おおおおお、覚えている、覚えているから私の方へ近づくなああああああ!」
恥ずかしさに耐えかねて樹は絶叫した。
と、ドアが蹴破らんばかりに……というか、実際ばきっと蹴破られてジーナが猛然と飛び込んでくる。
「樹様! 何か……」
「ねーたん! らいじょーむれすかー?!」
また樹の身に何かあったのではないかと、コタローも心配して飛んでくる。
ジーナは、樹に叫ばれて呆然としている章を見つけると、びしっと指を突きつけた。
「やいこら餅ぃ、貴様の罪をその身に刻みやがれなのでぃす!」
「このバカラクリ娘、事情も知らずに旅館を壊すのはやめてくれ」
「事情があるなら言ってみやがれです!」
「それは……」
言えるはずがない。
「ほら見なさい、あんころ餅の分際で言い逃れしようなんて万年早いのですよ! こたちゃん、成敗でぃす!」
「ねーたん、いじめたら、せーばいれす!」
「うわああっ、誤解だってー!」
「じ、ジーナ、コタローも落ち着け、落ち着いてくれっ! 旅館を大破したら弁償どころじゃ済まなくなるぞ!」
章は成敗されまいと部屋を走り回り、樹は必死に両腕を広げて2人を止めにかかるのだった。