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リアクション
お化け横丁
『お化け横丁』は日本のお化け屋敷をそのまま百合園の教室に持ってきたようだった。
お嬢様学校らしい予算の潤沢さは本格的な内装──江戸時代の長屋や通りを再現させ、一歩足を踏み入れるとそこが教室だとは思えない。作り物ではあるが、本物そっくりの井戸や柳の木も用意されている。
お化けは夜。という定番の時間設定で細かいディテールが見えないこともあって、日本人でもそこが江戸時代だと錯覚しそうだった。
「──美緒さん、お待たせしました」
「きゃっ……あら、小夜子お姉様でしたのね」
バックヤードの更衣室から姿を現した冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の姿に、心の準備をしていたはずの泉 美緒(いずみ・みお)は目を丸くして驚いて、それから大きな胸を撫で降ろした。
「とても……その、本物に見えますわ。お綺麗です」
天冠(幽霊の頭に付きものの、あの白い三角の布)に死に装束の真っ白な着物を着た小夜子は、元々白い肌を化粧で肌の血色を消し、口の端に化粧で付けた血を滴らせ、本物の幽霊のようだ。
「わざわざお手伝いにいらしていただいて、ありがとうございます。嬉しいですわ。一緒にお客様を怖がらせるために頑張りましょうね」
軽く拳を握りしめて頑張るポーズを取った美緒だったが、そのせいで胸が強調されて……、
「……しかし美緒さん、その恰好は……」
そんな美緒の姿に、小夜子はちょっと絶句する。
「あっ。……ええ、何故かこのような格好に……あまり見つめないでください……」
美緒は猫又の衣装──のはずだったが、頭に被った猫耳とビキニのような毛皮という、きわどい恰好をしていた。
幽霊やお化けというよりは、ハロウィンの仮装に近い気がしないでもない。
「まあ大丈夫ですよ。怖がってる人はそういうのに気付く余裕はない筈ですし……でもまあ、恥ずかしかったら、何か代わりの衣装を着るのも一考かもしれません」
「そうでしたわね」
小夜子の助言にいま気付いたとばかりに頷く美緒だったが、運悪く。
「二人とも準備はできましたか? もうお客様がいらっしゃいます」
彼女の衣装を見立てた張本人・美緒のパートナーラナ・リゼット(らな・りぜっと)がやってきた。
彼女は胸元まではだけた、何故かおめでたい鶴の柄の着物に江戸時代の髪型に結っている。肌の露出に関してパラミタとで感性が違うのか、もしかしたら何か変な資料を呼んでお化けを誤解したのかも、と小夜子は思わないでもない。
「ラナさんは……まだ、普通ですね」
「私はろくろ首という首が伸びる妖怪の役です。障子の裏に入って、あちらを操作して……」
ラナが天井から下がっているひもを引っ張ると、長い作り物の頭が、彼女の定位置の裏からくねくねと伸びていった。
「本当は、ハロウィンが近いので魔女をしてみようかと思ったんですけれど、美緒が日本の妖怪でないと、と言いましたので。
……それでは早く持ち場に付いてくださいね」
結局美緒は咄嗟に、上に猫又らしい衣装を見付ける余裕もなく、開場してしまうのだった。
二人は一緒に組んで、お客様を待つことにした。美緒が表で惹きつけているうちに裏側から急に出たり。飛び出したり、引っ込んだり。
小夜子は怖がったお嬢様契約者の鋭いパンチから美緒を守ったり。
怖がらせるだけのはずが、次第に面白くなってきて。声が出ないように二人で目くばせをし合って、微笑みあうのだった。
──美緒は何時もこんな景色を見てるのか。
そんなことを思いながら、女子校の敷地内を歩き、目当ての教室を訪れる。
そこでは制服姿の女生徒がお化けを模ったプラカードを持って、呼び込みをしていた。
「『お化け横丁』へどうぞいらっしゃいませー、とびっきり怖いですよー」
「いや、俺は客じゃなくて……知人がここにいるんだけど、バックヤードはどっちかな」
焦って手を振る彼に、女生徒はそちらです、と教えてくれた。
「呼びますから待っていてくださいね。失礼ですが、スタッフの名前を教えていただけますか?」
「泉美緒さんなんだけど」
「わかりました──美緒さん、お客様ですよ」
女の子が引っ込んですぐ、泉美緒が後ろのドアから顔を出した。
思いがけず現れた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)に、美緒は驚いたようだ。
「そろそろ休憩時間かなって思ってさ」
──が。彼の顔を見ている美緒とは別に、正悟はといえば、美緒のセクシーな衣装──といってもちょくちょくそんな恰好をしている気はするのだが──にちょっと見とれてしまう。
「どうかなさいしましたの?」
「……ん? あ、いや、ちょっと。……思わず見とれた」
「……恥ずかしいですわ」
ついさっきまでお化け役をしていたせいで、衣装そのままの美緒は、身体を隠すように自身を抱きしめる。そんな彼女から慌てて目を逸らしつつ、正悟は、
「それで、ちょっと付き合ってもらえないかな? ずっと出ずっぱりも大変だろうし、気分転換にもなるんじゃないかな」
「……それでは、お伝えしてきますね」
一度引っ込んだ美緒は、そのままでは寒々しいし目立つからだろう、衣装の上から薄手のコートを着て戻って来た。
二人は校内を出て庭に歩いて行く。
「お化け屋敷は見ていただけました?」
「お化け屋敷? 無理無理、本物のゴーストとかはともかくこういったアトラクションのは絶対俺耐えれないからな?」
「そうなんですの? 意外ですわ」
「例えば美緒と一緒に入ったとしてもきっとどこかで抱きついて意識失うのは確実だ、情けないけど! ……本物のほうがまだ対処しやすいんだけどなぁ」
おどけて言いながらも、せっかくだし少しだけでもデートらしきものにしゃれ込むか、と、正悟は思うのだが……。
美緒はといえばにこやかながら、あまり恋愛の方は意識していないようだ。正悟の今までの、他の女性に対する態度のためだろうか。
「そういえば、ファッションショーをしたいと聞いてるけど」
「ええ」
美緒は軽く頷く。
「どういう感じにしたいのか聞いてもいいかな。……俺個人としても、ちょっと楽しみだ」
「可愛らしい服を皆さんで着るのって楽しいと思いますの。自分でデザインしても素敵ですわね」
美緒は普通の女の子なりに服装に興味があって、それでせっかくだから、女子校で楽しいことをしたい、ということのようだ。
「可愛らしい衣装も、格好良い衣装も……皆さんで着たらきっと楽しいと思いますのよ」
美緒が休憩時間は食事を兼ねていると言うので、二人はたこ焼きや焼きそばを買ってきた。庭に設けられたパラソル付きのテーブル席で、二人で食事代わりにする。
「この後、差し入れ持って行かこうと思うんだけど、何がいいかな。ちょっと小腹が満たせるようなやつ」
正悟の気遣いに美緒は少し考えた後、
「甘いものが宜しいのではないでしょうか。疲れた時には甘いものと言いますものね。丁度小さなお菓子を揃えたお店が、近くにありますのよ」
プチお菓子屋さんで、プチシュークリームとミニプリンをそれぞれ何種類かの味を選んで箱に詰めてもらい、正悟が会計する。
「ありがとうございます。後で皆さんで頂きますわね」
お礼を言うと、美緒は差し入れを中身が寄れないように抱えて、再び出し物へと戻っていった。