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リアクション
パンが置かれたテーブルから、パンを全種類貰ってきて、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は自分のテーブルに並べていた。
「お腹空いたよーーーーー」
少し前からお腹がぐうぐうと音を立てている。
「飲み物、貰ってきたわ」
「ありがとう、セレアナ!」
パートナーで恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)から飲み物を受け取り、彼女が席についた途端、セレンフィリティは目の前のパンをぱくぱくと食べ始める。
「ふふ……」
小さな笑い声を上げながら、セレアナも飲み物に口を付けて、それからパンを食べ始める。
「すっごく柔らかくて美味しかった。こっちのはもちもちでしっとりしてるわ」
「ジャムやトッピングも沢山種類あるわね。どれを食べようか、どんな組み合わせにしようか迷ってしまうわ」
「そうね……。パン…は全種類食べるけど、全種類のパンに全部のジャムを試してみるのはさすがに無理かな。時間的に」
「時間的に?」
食べながらのセレンフィリティのその言葉に、セレアナはまた笑ってしまう。
言葉通り、セレンフィリティは全種類食べつくす勢いで、パンを食べている。
だけれど、周りのパラ実生のようながつがつとした食べ方ではなく、きちんと味わい感想を述べながら食べているので、決して不快感を与える汚い食べ方ではなかった。
セレンフィリティは見た目からは想像が出来ないほどの食欲魔人だ。
(こんなに食べて、どうして太らないのかしら)
セレアナはふと、彼女の身体に目を向けた。
セレンフィリティは痩身だが、出るところは出ており、魅力的にウエストは細く、とてもスタイルが良かった。
教導団の過酷な歩兵科の出身で、日頃から厳しい訓練を積んでいるとは言っても、これだけのカロリーを消費できるのだろうか。
「これはちょっと見かけと中身がマッチしてないなー! 見かけが可愛いパンダちゃんなら、甘い味を期待するもの」
美味しいだけではなく、ひとつひとつ、味や見かけについてもセレンフィリティは意見を述べていた。
(私が1個食べる間に、10数個……ほんとにもう)
セレアナは心の中で苦笑しながら、セレンフィリティを見つめる。
セレアナのペースがゆっくりなのは、元々セレンフィリティのような大食漢ではないということもあるけれど……パンを美味しそうに食べている、最愛の人。セレンフィリティに見とれてしまっているからでも、あった。
こういった部分を含めて、目の前の天真爛漫な彼女が好きなのだ。
(いつまでも、見つめていたい……)
長い間、2人はすれ違っていた。
その間は、こんな彼女の姿を――無防備な、笑みを見つめ続けることは出来なかった。
辛い日々だった。だけれどその日々があったからこそ、彼女への想いを再確認することができた。痛切なまでに。
「……」
自分を見つめ続けているセレアナに気付いて、セレンフィリティは何か言葉を発しかけたけれど。
ただ、見つめ返して微笑み返す。
セレアナの微笑がより強くなり、セレンフィリティの微笑が満面の笑顔に変わっていく。
(自分のことを、こうして見つめてくれる人が、近くにいること……どれほど大切なことか……気づくのが、ホント遅すぎて……ごめん、ね)
謝罪の言葉は口には出さない。
自分の鈍感さ加減に嫌気が差しもするけれど、それも考えないようにする。
「こういった賑やかな場所で食べる食事も、美味しわね」
「ええ。……あ、新たなパンが焼きあがったみたい。それも食べる?」
「うんっ!」
焼きたてのパンも貰ってきて。
2人は他愛もない話をしながら、春のパン…まつりを楽しんでいく。
「あのね」
話しが途切れた瞬間。唐突に。
「こんなのもらったの」
セレンフィリティは一本の糸を取り出した。
「糸?」
不思議そうな顔をしているセレアナの手をとって、セレンフィリティは彼女の小指に糸を結びつけた。
「ねえ、セレアナ……あたしの指にこの糸を結んで」
「ええ」
セレアナは緊張で少し震えながら、セレンフィリティの手をとって、小指に糸を結んだ。
その糸は『誓いの糸』。
互いの小指に巻き付けて誓いを交わすと、誓いを破らずにいられると言われている糸だ。
そのまま2人は糸を巻いた手を重ね合わせ、指をからませる。
(これからもずっと、セレンのことを……)
セレアナは心に決めていた。
「セレアナ……私は……」
指から互いの想いは伝わってくる。
言葉にするのはもどかしいと感じながらも、セレンフィリティは口を開く。
「ずっと、セレアナが好き。大好き――」
2人の小指に結ばれた糸は、鮮やかに赤く染まっていた。
歌や踊りで盛り上がっているホールからそっと離れて、木陰や川原でパン…を楽しむ若者もいた。
美味しそうなパンを一通り貰った後、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は恋人の泉 美緒(いずみ・みお)と共に、川原へと訪れていた。
ホールの雰囲気も嫌いではないのだけれど、美緒と一緒にいると……パラ実生の男子が何故か物欲しそうな目で見てくるのだ。目の前に美味しそうなパン…が沢山あるというのに。
女同士のカップルだと知ると、よりじろじろ体を見てきたり、もったいないだとか、男の良さを教えてやるとか言いだす男子もいて。
小夜子は軽くあしらえるけれど、美緒は真剣に捉えて、気にしてしまいそうだから。
小夜子は美緒を気遣って、この場所へ連れてきたのだ。
「ここに座りましょうか」
川原には、上部が削られた丸太が置かれていた。若葉分校生がベンチとして使っているもののようだ。
「ええ」
小夜子と美緒は丸太の上に並んで腰かけた。
川から吹いてくる風も、水の匂いもとても心地良かった。
小夜子は水筒の蓋を開けて、入れてきたティセラブレンドティーをカップに注ぎ、美緒に一つ手渡した。
「ありがとうございます」
「では、いただきましょうか」
2人はお茶で口を潤してから、貰ってきたパンを食べ始める。
「クロワッサンも、こちらのチョコを挟んだデニッシュも美味しそうですわ」
少し指を迷わせて。小夜子はクロワッサンを選んだ。
「この小さな緑色のパン、どのような味がするのでしょう」
美緒はまんまるの小さなよもぎパンを選んで、口に運んだ。
「うん、美味しいですわ。サクサクしていて、ふんわりとしたバターの味がとても。美緒はどうだったかしら?」
「こちらも美味しいですわ。ふわふわしていて、香りもとても良いですわ」
「良かったですわ。優子さん、料理が上手ですわね」
「ええ……。優子お姉さまも、本当に素晴らしい方です。他にいっぱい特技がありますのに、料理まで完璧に出来るなんて」
優子の料理の腕は普通であり、特別に出来るわけではないけれど。
料理を含め、お嬢様であるが故に苦手なことが沢山ある美緒にとっては、パーフェクトに何でもこなす存在に見えてならなかった。
「優子さんにも苦手なことは沢山ありますし。美緒には美緒の魅力がありますわよ」
小夜子が微笑みかけると、美緒はこくりと首を縦に振った。
「小夜子に選んでいただいた、わたくしの良さを大切にしていきたいですわ」
ふふっと2人は微笑み合って、肩を寄せ合った。
「そういえば、若葉分校のユニフォーム。一緒に試着しても良かったかもしれませんわね」
「え、でもあれパン…あっ」
突然、美緒が小さな声を上げて、赤くなる。
小夜子の指が美緒のウエストに触れて、すっと、体をなぞり、太腿に滑り落ちたのだ。
「ふふっ、冗談ですわ。でも美緒は素敵なスタイルをしてるから、見られるとパンツよりスタイルの方に目が行ってしまうかもしれませんわね……」
「もう……っ」
美緒が自分の太腿の上にある小夜子の手に手を重ね、咎めるような目で小夜子を見た。
小夜子はもう片方の手で、美緒の頭を優しく撫でる。
「小夜子、こんなところで……」
気持ちよさそうに、だけれど恥ずかしげに美緒は頬を染める。
そんな彼女がとても可愛らしくて、愛しくて。
「誰も見ていませんわ。見ていたとしても……ごめんなさいね」
我慢が出来ないほどに、美緒に惹かれて。
小夜子は両手で美緒を包み込んで、抱きしめた。
「美緒」
愛おしげに彼女の名を呼んで。
「小夜子」
彼女が自分の名前を呼び終え終わると同時に、優しく唇を重ねる。
小夜子の腕が、美緒の背に回った。
こうして、ずっと2人で。
幸せな時間をいつまでも過ごしたいとお互いに思いながら、甘く優しく愛し合っていく。
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