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静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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静香サーキュレーション(第1回/全3回)
静香サーキュレーション(第1回/全3回) 静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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【×1―2・回帰】

 その頃、静香はというと。
 亜美とすこし話した影響で、余計に憂鬱になりながら音楽室へ向かっていた。
 校長である以上は仕事をこなさねばならないとして、本日は午後の授業を見学することにした。……というのは建て前で、音楽でも聴いて気持ちを落ち着けようという思惑がわずかにあったりした。
 その途中毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)と、
「あ、こんにちは」
「……こんにちは」
 軽く会釈をしてすれ違った。
 挨拶をする気力ぐらいは残っている自分に、わずかながら安堵しつつ音楽室の前まで辿り着くと、ちょうど耳にピアノの旋律が届いてきた。
 扉の外から室内を眺めてみると、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が十人くらいの生徒達にソナタを弾いてみせており、傍らには口紅をさして女装万全の大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)の姿もあった。泰輔は付き人としてついて来たらしい。
 静香は外から様子を伺いながら、あんな先生いたかな? と考えて、そういえばアルバイトで臨時のピアノ講師を雇っていたなと思い出した。
(いけないな。なんだか記憶がごちゃごちゃしてる)
「校長! 桜井静香校長!」
「わあ!」
 思考に没頭しているところへ耳元で大声を出され、静香はその場で軽く飛び上がり同時にくるりと後ろを向くという妙なスピンを披露してしまった。
 背後には五月葉 終夏(さつきば・おりが)が立っていた。
「さっきから声をかけていたんですけど、どうかしたんですか? なんだか顔色も優れないみたいですし」
「ご、ごめん。ちょっと考え事してて。それより、僕になにか用でも?」
「そうそう。静香校長を探してたんですよ。でもまさか、私の目的の場所で会えるとは思ってませんでしたけど」
「目的? ここに?」
「はい。百合園の音楽を見学に。見て回る許可を頂きたいんですが、良いでしょうか?」
「あ、うん。どうぞ……」
「…………本当に大丈夫ですか? 疲れてるんですか? だったら疲れた時には甘いもの。はい、どーぞ?」
 おもむろに終夏からチョコレートを差し出されたので、反射的に受け取りそのまま口に入れる静香。甘かった。そして美味しかった。
「ん、ありがとうね」
「いえいえ。苦しい時は楽しかった時の事を思い出すといいよ。幸せな思い出は、きっとあなたの力になるだろうからね」
 最後はわずかに砕けた感じでしゃべり、終夏は音楽室へと入っていった。
 中のフランツは、やがてさっきの曲を準備の出来た生徒から順に弾かせていく。そのうちわずかに音をつっかえさせると、
「少し止めてください。あまり乱暴に弾くのはいけません、曲のイメージは大切ですからそこはもっと静かに。ゆっくり弾いて構わない場所ですから、慌てないで」
 しっかりと指導を行なっていく授業の様子を見ながら、泰輔と終夏は、
「やっぱ音楽やってる時は、真面目やなあ。あいつホンマにホンマモンのフランツ・シューベルトの英霊なんかもしれへん」
「え!? 歌曲の王と呼ばれたあのシューベルト? そんな人が指導してるの?」
「ん。ああ、言うてもバイトやけどな。ちなみに僕はパートナーの大久保泰子や。よろしゅうな」
「私は五月葉終夏だよ。それにしても、シューベルトの英霊に講師をさせてるなんて。百合園の音楽って想像以上に凄いね」
「はは。まあ、そこまで深いことでもないやろ。しっかり教えて音を体に叩き込ませる。単純やけど、それが一番の指導ちゃうかな。…………なあ、それはそうと。この授業ってこれで何度目やっけ?」
「? 何度目って、どういうことかな。私がここに来たのは初めてだけど」
「ああ、いや。なんでもないわ」
 なんとなくループに気づきかけている泰輔と、気づいていないらしい終夏。
 そんな彼女達をしばらく静香はぼんやりと眺めていたが。
 二時を過ぎる頃には、さすがにその場を離れて別のところへと足を運ぶことにした。

 おやつの時間というのは、一体どこの誰が定めたものであるのか。
 それについては諸説あったりなかったりするが、大抵の人間はそれを定めた人間に感謝することだろう。
「甘いものはいい! 人の心を豊かにするであろうからな。菓子が嫌いな人間はそうでないかもしれないが、私は豊かになっているので何の問題もない! はーっはっは!」
 現にセレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)は、自室で感謝してテンションを高ぶらせていた。
 そしてケーキが置かれたテーブルを挟んだ向かいに座っているのはセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)
 ふたりはイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)のパートナーなのだが、当人は男子禁制の学園に入れず外で待っている状態だったりする。
「それで、イーオンがよろしくと言っていましたよ」
「そうか。ではケーキは美味かったと伝えておいてくれ。これで後は飲み物があると言うことはないのだけれど」
 そして、ちらちらとふたりに目線を送るセレスティアーナ。
「紅茶と珈琲はどちらがいいですか?」
「紅茶で」
 セルウィーは苦笑しながら立ち上がり、用意しておいた紅茶を淹れはじめる。
 イーオンから聞いた通り、甘めにするのも忘れない。
「…………」
 着席したままのフィーネは黙ったまま、セレスティアーナが二個目のケーキを食べる様子を見つめている。
 ちょっと太ったんじゃないかと言ってしまおうかと考えるフィーネだが。それを口にすると彼女がすごく怒ることを前回のシークエンスで確認済みなので、今回はただ見るだけに留めておいた。
(それにしても、一体なんなんであろうか。この状況は)
 そう。実は彼女はループに気がついていたりするのだが。
(まあ何であっても、私は観測、認識を蓄積する知識の書。余計な干渉は似合わない、か)
 ひとりで納得し、前回のループで食べ終えた筈のケーキをまた食しているセレスティアーナのどこか滑稽な様子をぼんやり眺め続けた。

 同じ頃、百合園の敷地の外にいるイーオンだが。
「やはりひとり仲間はずれなのはつまらないな」
 柵の向こうにある学院を、わずかに残念そうに眺めていた。
 そのイーオンの目に、遠くでなにか叫んでいる様子の誰かと誰かがかすかにうつった。
(なんの騒ぎであろうか? ま……俺には無関係だが)
 ちなみにそれが誰かと言うと。
 ひとりはライナ・クラッキル(らいな・くらっきる)
「ダメだよ。かってにがくいんの中うろうろしてちゃ。ふしんしゃは、つかまっちゃうんだからね」
 もうひとりは長原 淳二(ながはら・じゅんじ)だった。
「はぁ。ごめんなさい」
 見た目は6歳、中身は7歳という、まごうことなき子供に説教をくらってなんだか微妙な気持ちの淳二だったが。勝手にうろうろしていたのは事実なので、素直に謝っておいた。
「さてと。これからは私がいっしょにいるってことで、校長せんせーのきょかはとったから。はなれちゃダメだよ?」
「……了解。どうもありがとう」
「えっと。それで、なにがどうしたんだっけ?」
「ああ、それが周囲の様子がおかしいんだ。話を聞いた限りだと、時間が繰り返されているとか、静香さんがそれに関与しているとか」
「???? なんだかよくわかんないけど、校長せんせーがたいへんってことだね?」
「おそらく。まだ確実なことはわかってないけど」
 と、ちょうどそこへミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)の叫び声が届いてきた。
「大変だよ! 静香先生がおかしくなっちゃった!」
 ライナと淳二は思わず顔を見合わせ、彼女の元へと駆け寄る。
「どうしたんですか? 静香さんになにかあったんですか」
「え、あ。それがなんだか大変なカンジなんだよ!」

 つい三十分ほど前。
 静香の様子がおかしいのが気になったミルディアは、何気なく様子を見ていたのだが。そのうち静香に気づかれ、
「何か先生がへんに見えたから……病気じゃないよね?」
 仕方なくストレートに聞いてみたのだという。
「うん。だいじょうぶ。きっと、疲れてるだけ、だから。多分」
 言葉と裏腹にどう考えても顔色悪く、大丈夫じゃなさそうなのがミルディアはわかったが。触れて欲しくなさそうな、なにかを恐れている風だったのでこれ以上の追究はやめることにした。
「あたしに何ができるかわかんないけど、できることがあったら何でも言ってね♪」
「うん、ありがとう。うん、本当に平気……あれは夢なんだから。ラズィーヤさんも、きっと……」
 そうして、本当に夢の中にでもいるような虚ろな目で。
 静香は去っていったのだという。

「……ってわけでさ。あれは絶対普通じゃなかったよ。どうしちゃったのかなあ?」
「なんにせよ、早く静香さんを見つけたほうがよさそうですね。どこに行ったかわかりますか?」
「え? さあ……どこに歩いていくかもわかんないくらい、ふらふらしてたんだもん」
「そうですか。じゃあ、しらみつぶししかないか」
 淳二はどうにも嫌な予感がしていた。
 今からなにをしても、とっくに手遅れになっているような、気持ちの悪い感覚。
 顔に焦りの色を見せながら走り出そうとした淳二に、ミルディアは一言問いかける。
「どうするつもりなの? 静香先生、あれは簡単に解決できることじゃなさそうよ?」
「俺は俺のできる事をするだけだ……どんな事であろうと」
「あ、ちょっとまってよ。私といっしょにいなきゃダメだよ!」
 淳二は簡潔に告げて走り出し、ライナも後を追いかけた。

 そうして数多くの生徒達が奔走していき、時間だけが静かに過ぎていく中で。
 校長室にある鏡台の背後に湯島 茜(ゆしま・あかね)は隠れていた。
(まだ来ないのかな……ううん、焦りは禁物だよね)
 茜はベルフラマントも纏って念入りに気配を殺している。
 なぜそのような行為に及んでいるのかは、彼女の手に握られたナイフが物語っていた。しかもそれは食堂にあったものであり、さきほどラズィーヤを睨んでいたのは彼女なのであった。
 可憐な静香を独占するラズィーヤに嫉妬し、静香を解放せんと思い立ったらしい。
(そう、これは静香様のためなんだよね)
 自分に何度と無く言い聞かせているうちに、ついに目的のラズィーヤが入ってきた。
 緊張が一気に張り詰める中。ラズィーヤはすぐに鏡台の前に向かって、鼻歌を歌いながら化粧直しをはじめた。
 茜としてはこうも早く相手が術中にはまるとは予想外だったが、この機を逃すまいとして隠れたままの状態で召喚を行なった。
 すると茜のパートナーである明けの明星 ルシファー(あけのみょうじょう・るしふぁー)が呼び出され、
「えっ!?」
 そのせいでラズィーヤが見つめる鏡、そこに映る自分の背後に何者かが現れることとなり。ラズィーヤはファンデーションを取り落としながら、振り返ろうとしたが、
「初めまして、お嬢さん。正直にいうと茜のような小娘の相手にも飽きていたところだ、たまにはあんたみたいなご婦人と話をしたいと思ってたんだよ」
 ルシファーが彼女の両肩をガシリと掴んだことで遮られる。
 ルシファーとしては、そこからゆっくり話をしていくつもりだったのだが。登場の仕方が不審すぎたがゆえ、ラズィーヤは即効腰を落として床を転がるようにして拘束を引き剥がしてしまった。
 しかし茜はその隙をついてナイフを二本投げつけ、仕留めにかかっていく。
 ラズィーヤはルシファーとは別の方向から飛んで来た攻撃に目をむきながらも、カーペットをひっつかんで強引にナイフを巻き落とすという芸当を披露した。
「ヒュー。やるねぇ、お嬢さん」
 口笛を吹きながら近寄ってこようとしたルシファーに対し、ラズィーヤは一旦外へ出ようとしたが。それは失策だった。
 防衛計画で逃げ道を予測しておいた茜が、既に正面に回りこんでおり、
サクッ
 その手に持っていたナイフが、あっさりとラズィーヤの胸元に突き刺さった。
「え…………」
 よろめきながら胸元を押さえたラズィーヤの手。その指たちの隙間から、だらだらととめどなく赤いものがあふれはじめた。がくりと両膝をついたとたん、衝撃が傷に伝わって悲鳴をあげてしまう。
「う、あ……!」
 胸だけが猛烈に熱を帯び始め、それ以外の全身の部位が急速に冷え始めていく。
 それでもなおラズィーヤは意識を懸命に保ちながら茜達を睨みつける。
「どういう、つもり……ですの……わたくしに……こんなことを……」
「あなたが、悪いんだもん。静香様に、酷いこといっぱいして」
 茜は口調こそ子供っぽい色が抜けていなかったが。
 見下ろす両の瞳は、確かな殺意や嫉妬の色が込められていた。
「そういう……こと、ですの……? わたくしは……ただ……」
 ラズィーヤは視界が歪んでいくのを感じながら、
「しず、か……さ……」
 最期に呼び、うつ伏せに倒れ、動かなくなった。
 じわじわと、校長室のカーペットに、赤色が広がっていく。
「死んだか。意外とあっけなかったな」
「い、いこう。ルシファー。ほらはやくっ!」
 茜は自分がした行為をかえりみてさすがに顔色を悪くしながら、ルシファーを連れて足早に校長室を出て行った。

 茜達が立ち去ってから、ほんの数分ほど遅れて。
 静香が夕暮れに赤く染まる校長室へと辿り着いていた。そして呆然と立ち尽くすことになった。目の前には血だまりができていて、その中心にはラズィーヤ・ヴァイシャリーの無残な姿があるのだから無理もなかったが。
「どうして……あれは正夢……」
 静香は激しく頭を振り、必死に平静を取り戻そうとして。
 そのとき、場違いな音楽が鳴り響いた。
 それは静香のケータイの呼び出し音。
 震える手を押さえつけるようにして、静香はケータイを取った。
 そのまま静香が通話ボタンを押すのとほぼ同じタイミングで、沙幸、ニーナ、エリスの三人が飛び込んでくる。
「っ! そんな、こんなことって……」
「どういうことですか、これ」
「う、嘘、だよね?」
 続いてライナと淳二もやってきて、
「? え、なにこれ……ラズィーヤさん、どうしてねてるの?」
「っ! 見るな! 見るんじゃない!」
 五人の騒がしい声に遮られ、静香は届いている筈の声がよく聞こえなかった。
 そして徐々に、静香の意識は、薄れていった。