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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
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「それではここで、今日のパーティーに合わせて用意してきた歌を披露したいと思います。
 千雨さん、ティティナさん、どうぞ」
 大地の紹介で、千雨とティティナが一行の前に進み出る。千雨が青、ティティナが赤のオーバーオールを纏い、軍手に長靴、二人には大きめの麦藁帽子という、農民に扮しつつも可愛らしい姿に、子供たちもそしてコルトたち農民からも拍手がもたらされる。
(ケイオース様……わたくしの歌、どうかお聞きになってください)
 レストランでカヤノとセリシアが合流し、名実ともに五精霊になった中、真っ直ぐな視線を向けるケイオースへ、ティティナが心に呟いて、今日の日のために練習した歌を披露する――。
 
 ぽかぽかお日様 キラキラまぶしくて
 静かな夜 優しくつつむ
 さやさやそよ風 ほほに触れて
 ゆらゆら炎 暖かくて
 ふわふわ雪 静かに降り注ぐ
 
 お祝いしましょう
 豊かな恵みを
 生まれてくる命を
 新しい歴史の1ページを
 
 手をつなぎましょう
 あなたとわたし 手を取りあって
 生きていきましょう
 この蒼い空のしたで
 
 もしも青い鳥がいるのなら
 きっと目にみえないだけなの
 だってここには 幸せがあふれているから

 
 そう、確かにここには、幸せが溢れている。
 美味しい物を作れる幸せ。美味しい物を食べられる幸せ。
 そして、それをみんなで分かち合える幸せ。
 
(……しばらくはこうして、ゆっくり過ごすことが出来なくなるかもしれない。
 ロイヤルガードとしての責務……それに、EMUでも動きがあると聞いているし……)
 
 たくさんの拍手と、シャッターを切るシーラのフラッシュを受けて、恥ずかしがりながらも応えるティティナを見、真言が心に思う。
 いつまでもこうして平和な時間が続けばいいが、そうでないとすれば、自分やここに集まった生徒たちが、それぞれの場所に赴かねばならない。
 
(私は、この場所を守りたい。
 この、かけがえの無い幸せを生み出してくれる、この場所を。この街を、ここに住まう人たちを)
 
 真言の視線が、ニーズヘッグへと向く。
「「「「ごちそうさまでした」」」」「ごちそうさまでした」
 再び揃ってごちそうさまを言う四人、そして最後にニーズヘッグが、まだ言っていなかったごちそうさまを口にする。
「はい、よくできました」
 微笑む未憂に、ニーズヘッグがまんざらでもない表情を浮かべたところで、子供たちが大挙して押し寄せてくる。
「ねーねー、またでっかくならないのー?」
「ボク、もっとさわりたーい」
「お、おいテメェら、オレの身体は遊び道具じゃねーぞ。……って、聞きやしねぇ」
「付き合ってあげたら、蛇の王様ー」
「……(こくこく)」
「んだよ、テメェらも賛成かよ。……ったく、しゃあねーな、ほら行くぞテメェら」
「わーい!」
 子供たちを引き連れて、ニーズヘッグがレストランを後にする。口では嫌々言いながらも面倒を見てしまうのは、案外ニーズヘッグは面倒見がいい性格なのかもしれない。本人にそれを言ったら確実に『んなわけねー!』と反論されそうだが。
 
 ひとしきり遊んだところで、会場の片付けを皆で行う。
「ちょっと、重いわよこれ! ……そうだ、床を氷で滑らせて――」
「カヤノ様、カヤノ様になら出来るかもしれませんけど、流石に危ないと思います……」
 そんなやり取りを交わしながら、会場の片付けを済ませ、今日の予定は全て終了となった。
「帰りのことは私とホルン君、キィ君に任せてくれたまえ。今日は楽しませてもらった、後は君たちで楽しんでくれ」
「そんな、そう言って頂けるのはありがたいのですが……」
 イナテミス内部とはいえ、非契約者(キィとホルンは契約者同士だが、有事の際に戦えるだけの力は持っていない)ばかり移動させるには不安があった。
「……あぁ、じゃあオレが付いてくか。もしものことがあったら面倒だしな。いいぜ、テメェらも残りたきゃ残れよ」
「いや、それこそ君だけを行かせるわけには……」
 四名の間で話がもたれ、そして結局、ニーズヘッグが子供たちを送っていくことが決定した。
「いいの? ニーズヘッグも疲れてるのでは――」
「テメェらよりは頑丈に出来てんだよ。それにオレならひょいと戻ってこれんだ。
 ま、なんかウメェもんでも用意しとけよな」
 未憂の言葉にそう答えて、ニーズヘッグもバスに乗り込む。
「ばいばーい!」
 窓から手を振る子供たちに、コルトや農民たち、プラやアシェットが手を振り返して応える。
 そして、真言や未憂、大地、雲雀たちも手を振って見送るのであった――。
 
 しばらくの後、ニーズヘッグがイナテミスから飛んで帰って来、いわゆる“二次会”が開催される。
 歳的に(別に、パラミタに未成年が酒を飲んじゃダメという法律はないが)飲める人は飲み、そうでなくても語り合い、日々思うことを話題にしていく。
「それにしても、まさかニーズヘッグが同性だったのには、驚いたというか、ショックでした……。
 弟が出来たと思っていたのに……」
「おい! 同性のところは分かるが、弟ってなんだよ!」
「あははー、ほら、蛇の王様も空気読んだんだよね? だってあの場に居たの、ほとんど女の子だったし!
 ……っていうかもし男の人の姿で現れたら明日香ちゃんに粉微塵にされると思います」
 妙に真面目な顔をして言うリン、果たして事実は、闇の中である。
「……私は、ニーズヘッグとお友達になりたいと思っていました。
 今はこうして、ニーズヘッグの契約者の一人です。でも私は、エリザベート校長とニーズヘッグの契約関係が基本にあると思っています」
 一方の未憂も、表情を引き締めて言葉を口にする。
「だから、ニーズヘッグには、ニーズヘッグがいちばん望むように行動してほしいと思っています。
 ……でも、もし万が一の時になっても、出来れば戦闘には、積極的に参加してもらいたくはないと思っています」
「どっちだよ……って、ま、どっちもミユウが思ってることか。難しいこと言いやがるぜ……」
 難色を示しつつも、ニーズヘッグは完全に否定はしなかった。
「それに……これは私の思い違いかもしれないですけど、私と契約をすることで、ニーズヘッグの弱点が増えたのでは、と思うのです。
 私はニーズヘッグのように強くはないですし……それに、いつかは……」
 そう口にする未憂の胸中には、自分がこれから先、寿命を迎えた時に果たしてニーズヘッグやリン、プリムがどうなるのかといった思いが蟠っていた。
「……ミユウ、テメェの分かんねぇことは、オレにだって分かんねぇ。
 ミユウや、他にオレと契約したヤツのうち誰かが死んで、オレがどうなるかなんて分かんねぇよ。
 
 今のオレにできそうなことっていやあ、テメェらを死なせないよう必死こいて守ることくらいだぜ。
 人間はいつか死ぬ、そいつは絶対だ。でもよぉ、それ以外で死ぬのは、絶対じゃねぇだろ。
 
 オレはこうなった以上、その絶対じゃねぇことにはさせねぇ。
 だからテメェらも、死ぬまでは必死こいて生きろよ。そうするしかねぇんだろ、人間ってのはよ」
 
 ニーズヘッグの言葉を、彼女たちはどう受け止めただろうか――。
 
 
「聞いたぜ、ここを守るために無理して、ぶっ倒れたって話」
「……ああ」
 
 火照った身体を冷やすために外に出たサラへ、サラマンディアがやって来て話しかける。
 
「別に貶してるとかじゃねぇ。あんたのそういう真面目なとこは、嫌いじゃねえよ。
 俺も、同じ状況なら同じようにしてただろうしな。……契約前ならな」
「……というと?」
 
 話の続きを促すように視線を向けるサラの前で、サラマンディアが部屋の中でニーズヘッグと話をしている雲雀に視線を向ける。
 ニーズヘッグにからかわれたのか、腕をブンブンと振り回している雲雀に笑って、そして口を開く。
 
「良くも悪くも、もう一人じゃ無くなっちまったんだよなあ。
 無理すっと心配する奴がいる。……あの元気なチビには、そんなツラさせたくねえんだわ。
 あんただって、倒れた時にはいろんな奴に心配されただろ?」
「……ああ」
 
 サラマンディアの言葉に、サラは頷く他ない。実際その通りだからだ。
 
「サラにしかできねえこともあるし、無理すんなとは言わねえ。
 でもよ、倒れる前に肩借りるくらいはいいんじゃねえの。
 その為の『友』ってやつじゃねえのかい?」
「友……か……」
 
 当初と比べて、五精霊の下にも随分と馴染みの顔が増えた。
 サラの下にも、多くの顔見知りが生まれ、何人かは友と呼んで接してもいる。
 でも……ある意味ではそうだからこそ、簡単に助けを求められない時もある。自分がやるだけのことをやらないまま、助けを求めてしまっていいのか、とサラは思っていた。

「……慣れねえ説教垂れちまった、悪かったな」
「……いや、いい。あなたが私に言ってくれる、その気持ちは十分伝わったよ」
 
 もちろん、助けを求めるような状況が起きない方がいい。
 だけど、どうしても助けが必要な時は……ほんの少しでもいい、自分から声に出してみよう、そう思うサラであった。
 
「サラマンディア! ニーズヘッグにあたしたちのコンビネーションってのを見せてやろうぜ!」
 そこに、雲雀がニーズヘッグを引き連れてやって来る。
「んだよ、何があったよ」
 サラマンディアが事情を聞くと、どうやら雲雀とサラマンディアの仲を疑ってかかっているらしいとのことであった。
「へっ、そういうことかよ。……うし、そろそろお開きの時間だ、締めに花火の一発でも打ち上げてやっか!
 おいチビ、酔っ払ってんじゃねぇのか? ヘマしてここ、火の海にすんじゃねーぞ」
「んなことすっかよ! テメーこそ調子こいて暴発させんじゃねーぞ!」
「んだよ、やっぱり仲悪そうじゃねーかよ……」
 呆れるニーズヘッグを横目に、雲雀が両手に火弾を、サラマンディアが燃え盛る炎を生み出す。
「そら、そのタマを寄越しな!」
 十分に熱量を込めた、いわば花火の“タマ”を、雲雀がサラマンディアの生んだ炎へ寄越す。すると、炎を駆け登って弾が上空へ飛び、ある程度の高さでパーン、と破裂する。
「……どうよ?」
「ま、たまたまってヤツだな」
「テメーこのやろー! おいサラマンディア、次だ次! こいつに分からせてやるまで続けるぞ!」
「ふん、いきがって先に倒れんじゃねーぞ?」
 
 続けざまに打ち上げられる、夜空を彩る花火。
「あの、ケイオース様……綺麗、ですわね」
「ああ、綺麗だ。
 今日はいい一日だった。ティティナ、君も楽しんでくれただろうか」
「あ、は、はい……!
 その、わたくしは……ケイオース様と一緒でしたから……
「そうか、それはよかった」
 
(今日はよかったですね、ティティナ)
 多分耳まで真っ赤になっているであろうティティナを微笑ましく見守る真言。
 
「わ、私は着物だから、あまり無い様に見えるだけよ! 本当はもっと――」
「ふーん、どうかなー? 証明出来なかったら、ボクがやっぱりいちばんってことだよねー」
「……悔しいけど、これが現実なのね。でも……他じゃ負けない」
 
 背後向こうでは、千雨とプラ、アシェットがなにやら胸を触り合ったりしながら、勝ち誇った笑みを浮かべたり泣きそうな顔をしたりしていた。
「おやおや、皆さん、仲良くしてくださいね」
 ニコニコと微笑む大地は、果たして自分がこの事態を作り出しているということに気付いているのだろうか。いや、気付いていないだろう。
「ねえ……もしかして大地さんって、いぢわるで、ふらちな人?」
「わたしにはぜんぜんわからないわ!」
 一部始終を目の当たりにしていたファーシーは、大地の隠された素性の一端を垣間見たらしく首をかしげ、クロエは事態の深刻さを分かっていない様子で、賑やかな空間を満喫していた――。