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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――

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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――
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リアクション



『そして、この日を迎えられた事に、感謝を』

 澄んだ青空が広がる、そんな日。イナテミスはひときわの賑わいを見せていた。

「今日、この新たに完成した『エレメント・ナイト・ガーデン』で、三組のカップルが新たな門出に立とうとしている。
 皆も知っている通り、彼らは街の発展に大変、寄与してくれた。今日この日に、私は街の代表として彼らに、祝福の言葉を送りたい。
 ……どうか、お幸せに。そしてこれからも、よろしく頼む」

 イナテミス町長、カラムの言葉が終わり、周りから盛大な拍手が送られた。
「これほど大事になるとは予想外だったが……実にこの街らしい気もする。何より皆の、祝福してくれる気持ちが、暖かい」
「はい……ケイオースさん、わたくし、今日のこと、絶対に忘れません。
 ずっと、ずっと、わたくしの中に思い出として、生き続けますわ」
 ケイオースの傍らで、ずっと着たいと思っていたドレスに身を包んで、ティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)が誓いの言葉を口にした――。

 これより少し前、式場内にて、ティティナの先導を務める沢渡 真言(さわたり・まこと)が正装であるモーニングコートの具合を確認して、よし、と頷いた。
(思えば……そうですね、一言で言うなら、長かったですね)
 おかしくなって、真言はくすっ、と笑ってしまう。ティティナもケイオースもどちらも一歩引くタイプだから、お互いの気持ちはもうしっかりと繋がり合っているのに、今日を迎えるまで遥かな時間を要した気がした。
(でも、だからこそ、こうして二人が式を挙げられる事を、嬉しく思うのですね。
 願わくばこの幸せが、ずっと、ずっと、続きますよう)
 心に強く願って、真言はティティナの元へ向かう。向かった先ではグラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)が、ティティナに手製のブーケを渡していた。
「『こども達の家』のみんなとブーケを作ったの」
「ありがとう、グラン。……暖かい、絆を感じるわ」
 受け取ったティティナが目を潤ませて、ブーケを見つめた。それは真言がグランに提案したものであり、『人と精霊の子供が一緒になって作ったものを送ってはどうか』という案から生まれたものだった。
(そして、絆は次の人に、世代に、引き継がれていく。
 絆は絶えず続いていく……それを皆さんに、伝えたい)

 真言がそう思った所で、開演を告げる鐘の音が響いた――。

(私はずっと、ずっと、この日を望んでいました。私のいた世界では叶わなかった、小さな夢)
 幸せそうなティティナを見つめ、アール・ウェルシュ(あーる・うぇるしゅ)が過去を振り返る。
(そう、本当に色んな事があって『幸せになれない』といっていたティティナお姉様。
 ……でも今、お姉様は本当の幸せを手に入れた。私はこの日の、この姿をずっと待っていた)
 アールの中で、きっとこれからの未来は、自分の知る未来と違っていく……そんな確信が生まれた。
「ね、グラン。今のこの日を、あなたは覚えていてね。
 ここからきっと、私も知らない素敵な未来が、あなたを待っているんだから」
 アールに言われて、グランは首を傾げつつ、周りに目を向け、真ん中で祝福されるティティナに目を向け、笑顔になって言った。
「うん、とっても綺麗。今日のみんなは、とっても幸せそう」

「ここで、イナンナ様からの祝福の言葉を、皆さんに送りたいと思います」
 三組のカップルの前に進み出たノアが、イナンナから受け取った筒をそっと開く。すると筒から勢い良く光が溢れ、光は彼らの上空で弾けると、光のシャワーとなって降り注いだ。

 ――新たな門出に立つ皆さんに、そしてこの場に集まった方々に、どうか豊潤な幸せの未来が訪れますように――

 そんな言葉が聞こえたような気がして、人々は感謝の念を抱き、そっと目を閉じた。
 光のシャワーが止んだその直後、今度は建物の左右から氷の礫と炎の弾がぶつかり合い、即席の虹を描き出す。

「サラ、やるじゃない!」
「ふん、私もお前と同じ精霊長、この程度造作も無い。
 レンファスも彼らを祝福して来てくれたのだ、その想いに答えねばな!」

 サラとカヤノの仕掛けに、会場は歓喜の声に溢れていった。
「おぅおぅ、派手にやってんなぁ。まったく、アイツららしいぜ」
 観客に混じって祝福に来たニーズヘッグの見上げた空には、幾層もの虹がかかっていた。
「ん?」
 そしてニーズヘッグは、自分の所にふわり、と舞い降りてくるものを見つける。よっ、と手を伸ばしてそれを掴めば、
「……これは、ブーケってやつか」
 アメイアに教えられた、花嫁が投げる、受け取った人が次に結婚できると言われているブーケ。
「オレに結婚しろって、言いたいのか、アメイア。
 ……オレがあんな風になるとは、思えねぇけどなぁ」
 呟きつつも、きっと未来を案じてくれているその気持ちは受け取ることにして、ニーズヘッグはブーケをそっとしまった。


『門出を祝う者たち』

「へー、ここがイナテミスね。話に聞いていたよりも活気のある街じゃない」
 イナテミスに降り立ったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、街の様子を一望して感想を口にした。

 二人がここを訪れたのは、言ってしまえばセレンフィリティの気まぐれだった。
「そういえば私達、結婚したのに新婚旅行に行っていないわね」
「忙しかったから、仕方ないわ。……でもようやく休みが取れたから、そうね、あなたと行きたいわ、セレン。
 ねえ、どこに行くか、決めてるの?」
 期待に満ちた視線を向けてきたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)へ、セレンフィリティはさもあっけらかんに、
「これから決めよう!」
 と言うと、壁に紙を貼ってダーツの矢を持つと、狙いを定める。その唐突なノリを、セレアナはもう慣れた様子で見つめていた。
「とりゃー!」

 ――そしてダーツの矢が刺さった先に書かれていたのが、イナテミスというわけだった。
「……そうだけど、変ね。これほど賑やかだとは聞いていないわ。……ねえ、今日は祭りか何か行われているのかしら?」
 不思議に思ったセレアナが、通りを歩く住民に尋ねれば、どうやら向こうの建物で結婚式が行われているらしかった。
「ありがと。……セレン、向こうの建物で結婚式が行われているみたい」
 聞いた話をセレンフィリティへ伝える。これほど賑わっているのは三組同時、かつ三人ともが街にとって非常に大切な者だから、という理由も付け加えて話す。
「あぁ、聞いたことあるわ。アメイアって元エリュシオンの騎士団長だった人でしょ?」
「そうね。イルミンスールとの戦いに敗れてからは、イナテミスの警備を任されてきたって聞いていたから、なるほど、この賑わいなのね」
 納得した表情で、セレアナが街の様子を眺める。幸せそうな顔を見ていると、なんだか自分たちもほわっ、とした気持ちになるような気がした。
「ねえねえ、見に行こうよ!」
「えぇ? でも私達、招待されてないわ」
「遠くからでも見えるかもしれないじゃん! こんな賑わってるんだからさ、市内をパレードとかしちゃうかもしれないし、行くだけ行ってみよう!」
「……そうね。それじゃ、行ってみましょう」
 手を取るセレンフィリティに微笑んで、セレアナも後に続く。同じ結婚した者同士、シンパシーというわけではないけれど、感じるものがあるかもしれないから。

「わ、すごい賑わってる? え、どうして? 何があったの?」
 同じ頃、イナテミスに到着した小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はその賑わいぶりに、目を丸くしていた。彼女としては『これからも人間と魔族は手を取り合っていける』事を再確認するため、魔神の皆々に声をかけて視察(まあ多分に、楽しく遊ぼう、という意図が含まれていたが)の名目で来たのだが、ここまで賑わっているとは思っていなかった。
「何か向こうの方で、催し物を行っているみたい」
 ロノウェが指差した先には、つい先日まで見かけなかった建物があった。
「美羽さん、理由が分かりました。あちらで今日、結婚式が行われているそうです」
 街の人に理由を聞きに行っていたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、判明した理由を美羽と魔神達に伝えた。この街に縁深い者たちが同時に挙式を行うとのことで、これだけの賑わいとなっていたのであった。
「それはそれは……視察、という雰囲気ではないタイミングに来てしまいましたね」
「あはは、確かに。でも、この活気、嫌いじゃないな。なんかこう、刺激される感じだね」
「うんうん、みんなとってもたのしそう!」
 パイモンもアムドゥスキアスもナベリウスも、街の雰囲気を歓迎しているようだった。何より美羽にとって嬉しかったのは、本日挙式を行うのが主に人間と精霊であるにもかかわらず、魔族も街の住民と一緒になって参加しているのがあちこちで見られる点だった。
「……これなら、問題なさそうね。移住計画は順調に推移している、と判断できるわ」
 ロノウェの言葉は、彼女が『人間と魔族は仲良くできる』事を確信している現れであった。
(よかった。私達のやってきたことは、無駄じゃなかったんだ)
 そう思うと、なんだか嬉しくなって、慌てて美羽は空を見上げた。友達の前で泣くのは、ちょっと恥ずかしい。
「……ねえロノウェ、あっちの店に行ってみよっ! ヨミにチョコレートのお土産、買ってあげよう!
 あと、ロノウェにめいっぱい可愛い服を、着せてみたいっ!」
「え、えぇ? ちょっと美羽、何を――きゃあああぁぁ!!」
 まるで貯めこんでいたエネルギーを解き放つように、美羽がロノウェの手を取ると猛然とダッシュしていった。……そうしたのには理由があったのだが、ここではあえて触れないでおく。
「さて、私達はどうしましょうか。時間を決めて、それまでは自由行動としましょうか」
「うん、それでいいよ」「さんせーい!」
「じゃあ私は、アムドゥスキアスさんとナベリウスさんと一緒に行きますね。パイモンさん、コハクさん、また後で」
 ベアトリーチェとアムドゥスキアス、ナベリウスが通りの向こうへこれまたダッシュして消え、その場にはパイモンとコハクだけが残された。
「この光景を見ているだけでも、魔族がこの街に受け入れられているのが分かりますね」
「はい、パイモンさん。皆さんとても、生き生きとしています」
 ゆっくりと街を歩いていくと、彼らの姿を認めた魔族の一人が驚きの顔で声をかけてきた。
「ぱ、パイモン様!? 今日はどうしてこちらに!?」
「契約者と共に、イナテミスの視察に来たのですよ。街でこれほど大規模な催しが開かれているとは、知りませんでしたが」
「ええ、そうなんですよ。いやーめでたい話です。
 最初は人間と精霊のイベントだって聞いて、俺達関係ないかなーって思ったんですけど、「一緒に祝おう」って言ってくれて。
 俺、この街に来て、よかったって思ってます。……あぁいや、ザナドゥが悪かったとかそんなことじゃなくて」
 あたふたと慌てる魔族の青年に、パイモンはいいんですよ、と笑ってなだめた。
「何か不自由な点などはありますか?」
「うーん……まぁ、細かいことを挙げたらそりゃあ、色々あります。でもそれは、俺達が何処に行ってもあることですし。
 何より俺は、この街で暮らすのが幸せです! それだけで今日も明日も、やってやる、って気になれるんです」
 力強く語る青年に、コハクもパイモンも、満足を得た。これならきっと、大丈夫。
 青年と別れてしばらく歩くと、手にいっぱいのお菓子やおみやげを抱えて、ナベリウスとアムドゥスキアス、ベアトリーチェが戻ってきた。
「いっぱいおかしもらった!」
「ボクたちの顔を見て、店の人が持っていきな、ってくれたんだ。魔族に対して全然、他人に思ってない感じだね」
 お菓子を分けあって食べるナベリウスたちも、アムドゥスキアスも、この街で人間と魔族が仲良くやっているというのを強く実感した様子だった。


「俺は不器用で、恋愛小説のような甘い言葉を掛けるのは苦手だ。
 だが、今は違う。俺が男として幸せにしてやりたいと思うのは、お前だけだ。
 アメイア。お前を、愛してる」
「ありがとう……私もレン、お前が、好きだ」

「今日という日を迎えることが出来て、とても嬉しく思っている。
 ティティナ……ありがとう。この幸せを二人で感じ、そして皆にも幸せになってもらおう」
「はい、ケイオース様。
 わたくしの幸せを貴方と分かち合って、そして誰かに幸せを分かち合えるようになりたい、ですわ」

「セリシアさん、いっぱい、いっぱい、幸せになるです。
 この街を幸せで埋め尽くすくらい、幸せになってやるです」
「いいですね、伊織さん、素敵です。
 これ以上の幸せがある未来……どれほど素敵なんでしょう」

 それぞれが未来を、幸せを誓い――。

 こんな風にずっとずっとみんなが、笑っていられますように。
 遠い遠い友達も、きっとみんなこんな風に笑っていますように。


 ――この幸せがずっと続くことを、願って。


「盛り上がったわねー。あれだけ祝福されたら、これからが大変かも」
 会場の様子を一通り見届けて、セレンフィリティが呟く。それに恥じないだけの二人の姿を魅せなきゃいけない、そう心に思っていた。
「だけど、今日という日は彼らにとって、忘れられない一日になるし、それがきっと明日への活力になるわ。
 彼らの幸福を、願いましょう。祈りましょう。それが巡り巡って、私達の幸福にも繋がるはずよ」
 セレアナの言葉に、セレンフィリティがそうなったらいいな、と思った。――自分たちは軍人で、もしかしたら明日には死地への移動を命じられて、セレアナとも『今生の別れ』を経験するかも知れなくて。幸せが自分たちの所に来る前に、途切れてしまうかもしれない。
「……幸せにね」
 だけど彼らの幸せを願うことに、軍人だとか、そういうのは関係ないだろう。そう、思いたかった。


(結婚式か……だからこれほど賑やかだったんだな)
 街を歩きながら、酒杜 陽一(さかもり・よういち)は賑わいの理由に行き当たって納得する。陽一も高根沢 理子(たかねざわ・りこ)と将来を誓い合った経験を持つだけに、今日この日に新たな門出を迎える彼らを祝福したい気持ちはあった。
(どうか、お幸せに。
 ……あやかるわけじゃないけど、何かお土産を買っていこうかな。理子さんにもいくつか――)
 そこまで思った所で、酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)の姿がないことに気付く。……いや、今の今まで忘れていた、というか忘れたかったのかもしれない。
(どうせろくなことをしていないはずだから)
 そう思いつつ、街の人に迷惑をかけるわけにもいかないので、陽一は美由子を探しに行く。

「さあ、今日は大盤振る舞いよ! もってけドロボー!」
 陽一が美由子を見つけた時には、美由子は手当たり次第に歩く人達を捕まえ、まるで成金オヤジの如く(失礼)、出店の品を奢ったりしていた。こういう人に迫られた人のだいたいの反応としては、微妙な顔をしつつも好意を受け取る、というのがまあよく見られる。
「……はぁ。共存都市イナテミス……この街の空気に触れて、シャンバラ人が忘れていた何かを思い出したわ――」
「何を思い出したっていうんだ。街の人が微妙な顔をしてるだろ、祝福ムードにスポイトで水を差すような真似をするなよ」
 何かを悟ったような表情を浮かべた美由子の脳天に釘を差して(チョップを打ち込んで)、頭を抱えてうずくまる美由子を見下ろしながら陽一が告げた。
(……でも、確かにこの街は、生きることの大切さを、教えてくれたかもしれないな)
 そんな事をポツリと心の中に落として、陽一は無駄な抵抗を試みる美由子を引っ張り、理子へのお土産選びに専念するのだった。