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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~

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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~
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       〜長いエピローグの終わり(夜)〜

 空京のホテル。時刻はもう、午前0時をまわっていた。
 ミニス・ウインドリィ(みにす・ういんどりぃ)は、ベッドの上に1人ぺたんと座っていた。一緒に部屋を借りた神野 永太(じんの・えいた)燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)は、彼女が寝ている内に何処かに行ってしまったらしい。
「なによあたしを置いて2人で夜の街に出て行くなんて……こんな時にデートしてんじゃないわよ。ちょっとだけ、寂しいじゃないの……」
 少し俯いてひとさし指をあごに当てて。また独り言。
「……といっても、あたしが疲れて爆睡してたから置いていかれたんだけど……。ま、起きてても二人の邪魔は出来ないから付いていかないけどさ」
 きょろきょろと室内を見回す。綺麗過ぎるくらい綺麗な部屋。すばらしく、何にもない。あるのはテレビだけだけど――
「……暇ね」
 ミニスはベッドの上の携帯電話をちらりと見る。
「ファーシーはもう蒼学に向かってるのかな? 夜だから、もう寝ちゃってるかな?」
 もう1度、ちらり。
「ちょっと、電話してみようかな……」
 小さな筐体を手にして、ぱかりと開く。登録したての番号を出して、通話ボタンを押した。
 ぷるるるる……ぷるるるる……
 5回くらいだろうか。呼び出し音を聴き続けたところで、電話が繋がった。
『ミニスさん?』
 声が聴こえる。
『どうしたの? 何かあった?』
 そう言われ、ミニスは咄嗟にこう返していた。
「べべべべつに用なんて無いけどっ! ほら、ファーシーってその、昨日、色々あって、夜はやっぱり悩んでそうじゃないっ、気を紛らわせるために話し相手になってあげても良いわよっ」
『…………』
 電話の向こうが、何やら沈黙する。何を考えているのか――
『ミニスさんって、つんで……』
「違うからっ、そういうんじゃないからねっ!」
 皆を言う前に咄嗟に否定すると、ファーシーは、ふふっ、と小さく笑った。
『……うん、ありがとう……そうね、少し、眠れなかったんだ。あのバズーカも、まだ持ってるし……明日送るまでは、落ち着かないかも……。ねえ、いろいろ話そうか』
「しょ、しょうがないわね、付き合ってあげるわよっ」
 そう答えると、またふふっ、と笑われた。だから、違うって言ってるのに……。
 ……まあ、笑ってくれるなら、いいか。

                            ◇◇

 綺麗に花が飾られた花瓶を持って、皐月が病室に入ってくる。そこには夜空と、最初にチェリーと接触した菫達とヴァル達が残っていた。キリカは、そっと彼女の手を取っている。それを受け入れ、チェリーは静かに息をしていた。夜空が振り返る。
「帰る?」
「……いや、念のために残ろうと思う。何かあった時の護衛、だな」
 花を置いて掃除を済ませ、近くにあった椅子を引き寄せて、座る。そうして禁猟区とオートガード、オートバリアをチェリーにかける。室内には、どこか暖かい空気が流れている。それでも、彼女はどこか沈んでいるように見えた。無理もない。今日は、いろんなことが在り過ぎたから。
 やがて、彼女の目から一筋の涙が流れた。それは、何を思っての涙なのか――
「……私は……物心つく頃には寺院にいて、世話役兼契約者として山田太郎と引き合わされた……。とにかく変なやつだった……」
 太郎との過去をぽつぽつと話し出す彼女。話さなければ、口に出さなければいられないのだろう。キリカは、彼女に優しい瞳を向けていた。自分もあのときのように、思い出話を聞いて、受け止めてあげたい。
「うん……」
 皐月も、彼女に相槌を打つ。何も言えなくても、それならば出来るから。それで、少しは救われるって……
(……それだけでも、力になれる。その位、自惚れても構わないよな……?)
 そう思いながら。

「とにかく、変な親父だった……ひたすらに変な親父だった。しゃべり方が変で妙に几帳面で、しかし大雑把で詰めが甘い……。甘えたがりでもあり、用も無いのにどうでもいいことをだらだらと話した。うっとうしいと思ったことは、数知れないな……。だけど、私はあいつが殺されたと知った時、許せないと思った……。どうやら、私にとってあいつは……必要な存在だったらしい……」
 言葉を切って、彼女は続ける。
「山田太郎は、ずっと剣の花嫁の研究を行っていた。何てことはない。それが、仕事だったからだ。自分は、剣の花嫁に囲まれて生きてきた。だけど……彼女達を友と感じたことはなかった……彼女達も必要以上に私に接触しようとはしてこなかった……。でも、今思うと、それも無理の無いことなのかもしれないな……。自分達をモルモットのように扱う男のパートナーだ……。だから、私は1人だった……。そのうち、花嫁達の匂いや気配を身体で感じるようになった。だが、ずっと……」
「んじゃ、あたしとダチになろーぜ!」
 そこで突然、夜空が明るい口調で言った。
「あたしが剣の花嫁のダチ第1号だ!」
「…………? 私は昼、お前に……」
「過ぎた事は気にしない! あたしがいいって言ってんだから、別に問題無いだろ?」
「…………」
「辛い事を忘れろとは言わない。でも、楽しく生きようぜ? な、皐月」
「まあ、そーするのが難しい世ではあるが……細かいことは気にしないでゆるく生きられればいーよな」
 皐月は、光条兵器を取り出した。この場で兵器? いや違う。
「それは……武器か?」
 その形状に、チェリーはびっくりした。どう見ても武器じゃない。
 ギターだ。リバースフライングVである。
「“武器にもなる”光条兵器だな」
「ただの鈍器じゃん……」
 夜空のツッコみを受けつつ、皆の前で演奏を始める。
 彼女はパートナーを失った。その喪失感は大きいだろう。
 慰めにはならないかもしれない。
 でも、せめて安らげるよう、幸せの歌を。
 チェリーは目を閉じる。その中で、キリカが言った。
「……この言葉を、覚えていて欲しい。
 いなくなったんじゃなくて、一緒にいてくれてたんだって。
 今は分かり合えなかった事も、遠くない未来にきっと分かる日が来るって。……だから、忘れるんじゃなくて、全て心の内に飲み込んでいて」
 病室の中に響く歌を妨げるものはない。彼女が眠るまで――いや、看護師が注意しに来るまで歌は続いた。

 We’re always feeling bounds

 しかし、それは――

 ザイエンデは、事件のあった空京デパートの屋上に、そっと花びらをまいた。コンクリートの地面の一部が、沢山の、白とピンクの花弁で敷き詰められる。
 デパートには、案外スムーズに入ることが出来た。報道がはけるのを待ち、入口に立っている制服警官に話をしたら、責任者の警部に話を通してくれたのだ。向こうでも何かあったらしく、警部はあっさりと弔いを許可してくれたのである。
 ザイエンデが、風の鎧の力で花びらを空に舞い上げる。花びらは、夜空を背景にしてひらひらと舞う。
 それはとても、美しい光景だった。
 幸せの歌を、彼女は歌う。
 彼がどこかで、幸せになれるように。
 歌いながら、彼女は思う。そのメッセージが、彼に届くように。
“太郎さん……私が、今回の騒動に少なからず関わったことも何かの縁なのでしょう。
 だから私は、悼み、弔い――
 そして、その存在をずっと記憶しておきましょう。
 機晶姫として永遠と言える命を持つ私ならば、世界が終わるその時まで記憶しておいてあげられます”
 そして、思う。

 永太は、ザイエンデの歌を聴いていた。それは哀しく、暖かく……街を包むように風に乗って消えていく。
 歌を聴きながら思うことは――

 2人の思いが、交錯する。

 ……いつか、永太も……
 ……私が亡くなった後も、ザインは一人で歌ってくれるのだろうか……

 歌にはきっと、力がある。全てを許し、全てを取り払える、力が。