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リアクション
第四章 ゆりかご襲撃
1
古森あまねからのメールを受信した早川呼雪は、パートナーのヘル・ラージャとその文面を眺めた。
「なにこれー、僕だったら友達にこんなひどいメール貰ったらヘコんじゃうな」
とは言いながらも、ヘルは維新の文章をおもしろがっている様子だ。やはり、人の不幸を眺めるのは、そうキライではないらしい。
「まぁ、書いてあることは滅茶苦茶だし、すべてを鵜呑みにすることは出来ない。
…ただひとつ、わかかるのは」
「わかるのは?」
「維新がくるとをすごく頼りにしていて、助けて欲しいのだろうということだ」
「…それってツンデレじゃないの? つまり、これはテクニックなわけ」
楽しげにヘルが笑う。
「以前、俺が会った時の印象だと、くるとは相手がどんな態度で迫ってこようと関係ない、マイペースな性格にみえたがな。
維新の方は、あの事件の時は、人が多過ぎてあまりおぼえていないんだが…」
呼雪は、冷静に記憶をたどってみた。
やはり、維新の印象は薄い。
(麻美さんを助けるのに精一杯だったからな…)
「どちらも子供なんでしょ」
「十歳以下の少年と少女だ」
「女の子の方が早熟だから、こうやってモーションをかけてるのに、お子様なくるとが気づいてないって構図でOK?」
「ヘルも会えばわかるだろうが、くるとはあまり年齢と関係ない個性を確立している人物だと思う。
それに、くるとには、このメールをくれたあまねがいつもついていて、案外、攻略は難しいのではないのか」
「あまねってくるとより十くらいは年上だよね。遠い親戚の子供をいまからもう自分好みに育つように仕込んでるんだ。
自家栽培だね。
このメールにあったけど、くるととあまねは一緒にお風呂に入るのかな。あまねが体を洗ってあげたり、洗わせたりしてさ。
そうなると、維新はその状況を知ってて、挑戦してるわけだ。
どろどろの三角関係だよ。くるとが無関心を装うのもムリないね。もし、くるとが女嫌いなら、頭がおかしくなりそう」
ヘルの妄想の披露に、呼雪が笑いをこぼした。
「けっこう鋭い推理だと思うけど、おかしいかい」
「ヘルのその妄想を聞いて、くるとがなんと言うのか、それを想像するとな」
「なんて言うのさ」
「わからん。たぶん、俺もヘルも知らぬ映画の題名だろうな」
「なにそれ」
「くるととは、そういう人物だ」
ヘルは納得できなさそうに、頬をふくらませた後、
「で、僕と呼雪が一緒にお風呂に入る話だったね。僕が呼雪の服を脱がせてあげるよ」
でてらめな理由をでっちあげ、呼雪の服を脱がせにかかった。
◇◇◇◇◇
あまねのメールに興味を持った呼雪は、翌日、シャンバラ教導団へ問い合わせの電話をかけた。
「特別移動刑務所コリィベルを管轄している貴軍の部署を教えていただきたい。
そちらの部署へ行けば、コリィベルについての詳細を知ることができるのだろうか」
どこへ調べにゆけばいいのかを知るための電話だったのだが、教導団広報課からの返事は、呼雪をとまどわせるものだった。
「我が軍では、貴殿がおっしゃった施設を管理運営しております。
その施設についてのお問い合わせは、我が軍ではなく、しかるべき団体にされるようお願いいたします」
「失礼だが、ご教示、願いたい。
現在、シャンバラの警察権は国軍たる貴軍が全権を把握しているのではないのか?
移動刑務所は、民間に運営を委託しているという意味か」
返事はなく、相手の沈黙は、あきらかに電話を切りたがっている意思表示だった。
「俺は、東シャンバラ・ロイヤルガードの早川呼雪だ。
特別移動刑務所の存在を知り、詳細を調べている。
許されるの情報をお願いする」
「……ロイヤルガードの早川呼雪殿ですね。
身元を確認させていただきました。
あくまで、開陳できる範囲の情報を提供させていただきます。
特別移動刑務所兼少年院通称コリィベルは、実在が確認されています。
しかし、正しくは刑務所ではなく、民間団体により運営されている犯罪者収容施設です。
国軍の了承を得たうえで、親族が施設側に収容者の扱いの全権を委任した人物のみ、収容する治療施設です。
我が軍では、施設に収容された時点で、その者は我が軍の規定する被告人、受刑者のワクからはずれ、以後、施設内でどのような処遇を受けようとも、一切、関知いたしません。
提供できる情報は、以上です。
早川呼雪殿。これ以上の情報を貴殿が望むのなら、直接、運営団体にお問い合わせください。
失礼します」
切れた。
(民間が運営する一切の干渉を受けない刑務所?
どれだけの財力、権力がバックにあるんだ)
「ねー、いまの話からすると、コリィベルって、ミステリーにでてくる嵐の山荘とか絶海の孤島パターンの舞台にぴったりだよね。
名探偵が謎を解くまでは、集まった人間に犯人がやりたい放題。連続殺人発生だ。
もし、コリィベルに乗り込むなら、空飛ぶ魔法で行かないとね。僕と呼雪と手をつないでね」
ヘルは、はしゃいでいるが、呼雪は考えるほどに気分が重くなってゆくのを感じた。
(ヘルが言う通りだ。これは、刑務所なんかじゃない。
厄介者を放り込むゆりかご)
電話が鳴る。
「呼雪にだよ。
名乗らなかったけど、早川呼雪様に用があるって」
ヘルから渡された受話器を耳にあてる。
「早川だが」
「早川呼雪様。
特別移動刑務所に興味がおありのようですが、パートナーのヘル・ラージャの収監をお考えなのでしょうか」
「何者だ」
「我々は、ゆりかごの揺らし手でございます」
2
愛する妻御神楽環菜のために鉄道会社を起業した御神楽陽太は、その電話もはじめは、取引先の企業からだと思った。
「ゆりかごの揺らし手さん? ですね。失礼ですが、これは俺、個人の携帯なんですよ。
仕事のお話しでしたら、会社の担当部署にかけていただきますでしょうか。
ええ。
そうです。
たしかに俺は、御神楽陽太で、ノーン・クリスタリアは俺のパートナーですが、それがなにか」
多忙な陽太は、知り合いの古森あまねの依頼に協力するために、ここ数日、パートナーのノーンを天御柱学院へ調査に行かせているのだ。
「ノーンの採用内定、ですか。
ノーンが御社の採用試験を受けたんですね。
あの、それで、御社はどのような事業をされておられるのですか」
ノーンが不思議ちゃんなのは、陽太もたいがいのことでは驚きはしないが、企業の就職試験を受けていたとは。
(九才の少女でもいいのか? 怪しいタレント事務所じゃないだろうな)
「コリィベルの管理、運営、ですか。
ノーンはそのスタッフとして内定をいただいたんですね」
さすがの陽太も、あきれてしまった。
本人に話を聞くまでは、詳細はわからないと電話を切ったが、ノーンの携帯に連絡してもつながらず、コリィベルにいるはずのあまねに電話しても、つながらなかった。
「社長って有給休暇、あったっけ?」
最愛の妻に陽太は、質問のメールを送った。
◇◇◇◇◇
非合法の秘密組織ではないですが、限りなく秘密主義の団体である。
コリィベルの運営団体について私が調査した結果がそれです。
公にされている情報は皆無に等しく、情報屋たちあたっても、収穫はなし。
探偵業を営んでいる私、レギーナ・エアハルトとしては、これほどのセキュリィティのかたさをみせられると、かえってその実態に疑惑をいだかずにはおられませんね。
同じくコリィベルについて調査をしたパートナーの三船 敬一も戦果はなかったようです。
必要とする者にだけ自分たちから接触を持つ団体。部外者には、神経質なまでにその情報を隠匿する。
私と敬一は、それでも外部で得られる情報はなにかないかと、執拗に調査を継続することにしました。
そして、天御柱学院で彼女と出合ったのです。
「“こりいべる”って知ってる?」
彼女は、宇治金時のフラッペを手に、すれ違う人たちに大声でききながら、学院内を歩きまわっていました。
二本足で歩く監獄であるコリィベルの技術的側面の情報はないかと天御柱学院を訪れていた私たちは、偶然、彼女に声をかけられたのでした。
「“こりいべる”って知ってる?」
「あなたは、それがなにか知っていますか」
私は彼女に聞き返します。
「ワタシは、まだ食べてことないよ。
違った!
なにか重要なことを誰かから聞いたような気がするんだけど…なんだっけ?」
「ここではなんですね。私たちと一緒にきますか」
彼女(ノーン・クリスタリアだそうです)を連れて、私たちは海京のカフェに入りました。テーブル席につき、彼女に好きなものを注文していいよ、と言うと、テーブルは、彼女が注文したスイーツののった皿であっという間に、いっぱいになってしまいました。
ノーン、私と敬一の三人がかりでも、こんなに食べれるのかという量です。
「いっただき、あ。重要なことを忘れてた。
海京の名物って、なんだってけ?
この店にしたのは、失敗だったのかも」
「ここにある分を全部で食べて、まだ食べたりなかったら、俺たちが次の店へ連れてってあげるよ」
「ありがとう。おにーちゃんありがとう。
では、いっただきまーす」
敬一の言葉に安心して、ノーンは食べはじめました。
彼女の豪快すぎる食べっぷりは、一見に値するものではあるのですが、私たちが彼女をここへ連れてきた目的は、スイーツ食べ放題を見学するためではなかったはず。
「気のすむまで、食べさせて、それから聞こう」
ノーンに問いかけようとした私を敬一がとめました。
お優しいですね。食べている間にノーンが、コリィベルのことを忘れてしまわなけばいいですが。
「シャンバラ教導団の三船啓一殿。レギーナ・エアハルト殿ですね。
そちらにいらっしゃるノーン・クリスタリア殿と御一緒に、コリィベルについて調べていらっしゃられる」
私たちのテーブルに二人の紳士がやって来ました。
スーツ、ネクタイ、靴と黒づくめで、ワイシャツだけが白、さらにサングラスをかけています。
メンインブラック。そのものですね。
「あなた方は」
「ゆりかごの揺らし手といえば、おわかりでしょう。お話しをうかがいたいのですが」
私がすすめると、彼らは席につきました。
「あなた方は、当団体が運営する施設に非常に興味がおありのようだ。
ですが、我々としましては、あまりそれは好ましくない。
我々は、それを必要とする方たちのために、目立つことなく、穏やかに施設を管理、運営しているのです」
「よけいなことを調べるな、と言いたいのですか」
私の言いかけた言葉を敬一が先に口にしました。
受け答えは敬一に任せるとしましょう。
「いいえ。
そんなにも当団体に興味がおありなのでしたら、当団体に所属して、施設のスタッフになられませんか」
コリィベルのスタッフへの勧誘。
図書館やネットでの検索。そして、聞き込み。ここしばらくの私たちの行動は、コリィベルのスカウトをよびだしてしまったようです。
「なるとこたえたら、なれるのですか」
「採用試験がございますので、それを受験していただきます」
「試験はいつ」
「そちらがよろしければ、今日、これからでも」
少しの沈黙の後、敬一はこたえました。
「わかりました。お受けします」
コリィベルについて正確な情報を知るには、それしか方法がない。
だから、私も。
「私もお願いします」
「おにーちゃん、おねーちゃんが行くなら、ワタシも行くよ」
私たちの話を聞いていたのか、いないのか、頬にチョコクリームをつけたノーンも、はーいと手をあげました。
3
(私はいなくなった方がいい…存在…なの)
雪汐月は、迷い、悩んでいた。
早くに両親をなくし、犯罪組織に拾われ、育てられた汐月には、人には語れない過去がる。
組織にいた頃は、このまま、犯罪の道具として扱われて、いつか死ぬのが自分の運命だと思っていた。
自分が普通の生活を送れる日がくるなんて、夢にも思わなかった。
表情も、感情も殺して、ただ、与えられた指令をマシンのようにこなし続ける。
それが汐月の人生のすべてであり、生きている意味だった。疑問をはさむ余地もない。
(私が…私みたいな犯罪者が…普通になれたのは、なれた気がしたのは、カレヴィのおかげ。それなのに・・・私は、カレヴィを)
つい数日前、ある朝、目覚めたら、汐月はコリィベルにいた。眠っている間に拉致され、囚人として収監されていたのである。
過去の汐月の所業を知るものたち、いまもその時のうらみを忘れないものたちの手によって、ゆりかごに放りこまれたらしい。
いつの間にか横縞の囚人服を着せられていて、独房の中にいて、汐月は、実は安らぎを感じてもいた。
(…ここが私にふさわしい場所だと思った。ここで償えば、過去の罪が許されるのならば、命果てるまで……ここにいようとも思った。なのに……)
かって、犯罪組織の生活から汐月を救いだしてくれた、パートナーのカレヴィ・キウルが再び汐月を救ために、コリィベルにやってきたのだ。
しかし、汐月を脱獄させようとしたカレヴィは、捕らわれの身となり、汐月はコリィベル側から、ある条件を突きつけられた。
「カレヴィ・キウルを自由にしたければ、ある人物の首をとってこい。
それができたら、カレヴィもおまえ自身も、恩赦として、出所させてやる。
できなければ、おまえらは二人とも、これから、ずっとゆりかごの住人だ。
おまえもその道のプロだった人間なら、これくらいは、簡単じゃないのか」
「引き受けるわ…」
汐月は即答していた。
(カレヴィのためなら、私はなんでもする)
「汐月。僕を置いて逃げてくれ。
僕のことは気にするな」
いつも父親のように汐月をいたわり、守ってくれるカレヴィは、こんな状況でも、汐月の身を第一に考えてくれてるらしい。
でも、汐月は、そんな彼を危機に陥れてしまった自分が、よけいに許せなかった。
(…私が死んでしまえば、カレヴィは自由になって、これからは、私のせいでひどいめに会わずにすむ……)
形としては、条件を飲んだ汐月は、武器を渡されて、所内での自由を得た。
行く場所も、しなければならないこともわかっている。なのに汐月は、動きだせない。
所内の人気のないブロックの物陰で、両手で頭を抱えて、うずくまっている。
「キミの敵は世界の敵でもある(ついでにボクの敵だ)」
声がした。幻聴だと思った。
「はじめてキミは、過酷な環境がキミに与えた力を正しく使おうとしている。(使えなければ、キミは、手に入れかけたすべてを失う)」
汐月は、立ち上がる。
自分の弱い心がこんな言葉をきかせているのだと思った。
(私…任務を果たそう……機械のように)
標的にむかって歩きだす。
4
V:教導団の一ノ瀬 月実よ。
特別移動刑務所コリィベルを爆破するわ。
これは犯行声明ではなくて、調査活動の記録映像よ。
爆破に理屈は必要ないの。
でも、動機はあるのよ。
知り合いの古森あまねからメールが届いたの、そのメールを私流に解読したら、
月実 コリィベルを爆破しろ
になったの。秘密指令ね。
それに、事件。かわい維新。とくれば爆発は常識でしょ。
私は違いのわかってる女の子よ。
あ。
でも、安心してね。
潜入のための爆破だから、必要最小限よ。
外側から装甲に穴をあけて、中に忍び込むの。その際に、
きゃー!
維新よ、維新が爆破工作をしたわー!
って叫べば、誰も私を疑わないわ。
かわい家の列車爆破。マジェの中央教会。みんな、維新が爆破したのよ。
私は、一切、無関係だわ。
コリィベル潜入後は、旅のカロリーメイト売りに扮するの。
これで完璧ね。
私の探偵の才能が素晴らしすぎてコワいわ。
月実と、パートナーのリズリット・モルゲンシュタインは雪原に爆弾を仕掛け、コリィベルが歩いてくるのを待った。
「ここまで連れてこられてようやく気づいたけど、真夏の高山地の猛吹雪ん中で、なにさせるんじゃワレぁ!
だいたい爆破なんかして大丈夫なわけないでしょ!
と思ったけど、維新のせいにしておけば大丈夫ね、絶対。
でも爆発してるのは月実の頭だと思うわ。
わざわざ、爆破地点をここにしたのはなんでよ」
「ネットのコリィベル目撃サイトでこのへんでけっこう目撃されるってでてたから、くるかなぁと考えたのよ」
「怪しげな都市伝説サイトの情報をうのみにしたんかい!
この1秒で地球を7周半するボケがぁぁーーー!!
あと、1分待ってこなかったら帰るわよ。
このままじゃ遭難確定よッ」
リズリットが月実の頭をばんばん叩いていると、なにかがこちらへやってくる足がした。
ものすごく巨大な重いものが雪を踏みしめている。
「きたわ。
ポイントに到着した爆破ボタンを押すわよ」
「音はするけど、吹雪でみえないわ。ほんとにきてるの」
「ほら、あの黒い影。みえるでしょ。小さな山が動いてくるみたい。
あんなに大きかったら、私たちの爆弾くらいなんともないわね」
「み、みえた。かなり、でかいわよ。あんなにケンカ売っていいの」
「すべては維新の責任よ。
行くわよ。
さん、にぃ、いち」
轟音と雪煙にさらに吹雪が重なって、爆発直後、あたりはホワイトアウト状態になり、視界に真っ白になった月実とリズリットは、お互いを求めて両腕をのばし、ふらふらとあたりをさまよった。
先に視界をとり戻したのは、剣の花嫁のリズリットだ。
「なに一人でゾンビダンスしとんのじゃ。このボケ!
やばいわよ。
コリィベルがさっきの爆発で壊れて動かなくなってる。
中からでてきて連中がわらわらとこっちへやってくるわ。すごくたくさんいる、銃を持ってて完全武装よ。
月実。いつまでも踊ってないで、逃げるわよ」
リズリットは月実の腕をとると、吹雪の中を駆けだした。
◇◇◇◇◇
逃げ疲れた二人は、いつの間にかまた最初の場所に戻ってきていた。
「コリィベル。消えてるわね」
「どっかへ行ったのよ。さあ、ウチへ帰りましょ。雪の中でマラソンするとは、思わなかったわ。
こんなに運動したのに、またご飯がカロリーメイトじゃさみしいわね」
リズリットがしみじみと言う。月実の好みもあって、二人の主食はいつも、カロリーメイトかグロックだ。副食もだいたいそれである。
「足跡も消えてるわ。あんな大きなもの足跡がなくなってるなんて、ヘンじゃない。
ほら、あのへんまではくっきり残ってるのよ。ゴジラ並みの足跡だもの。吹雪の中でも簡単には消えないわ。
でも、爆発のあったあたりで消えてる。
私の爆弾で吹っ飛んじゃったの」
「んなわけーねぇだろっ。
あれは、ほとんど山よ。飛ぶわけないわ。
そっから先は爆破で舞い上がった雪が後で落ちてきて、足跡を消しちゃったのよ。
それしかないわ。
だから、もうここにいてもムダよ」
「また、きたわよ」
去りかけたリズリットの肩に手をあてて、月実は迫りくる巨大な影を指さした。
さっきと同じようなコースで、コリィベルがこちらへむかってくる。
「俺様たちを探してたとか」
「どうでもいいわ。もう、中に入れてもらいましょ。疲れたし」
怯えるリズリットと正反対に月実は元気をふりしぼって声をあげた。
「おーい。教導団の一ノ瀬 月実よ。
カロリーメイトの行商にきたの。
新製品のオペラ座の怪人味ねも用意してきたわ。
エキセントリックでサイケデリック。おすすめよ」
足を止めたコリィベルに二人は、あっさりと行商人として入所を許された。
「作戦成功よ」
「ありえないわ。これは、夢よ」
なんにせよ月実もリズリットも疲れきっていたので、ひとまず、休憩をとるつもりだ。
「へぇ。自由に使えるゲストルームがあるのね。サービスいいじゃない。
ねぇ。そこのお兄さん。
そう、あなたと、私たちここに知り合いがきてるはずなんだけど、その子がどこにいるかわからないかしら。
あら。今日、外部からきてる人間は全員、名前がわかるわけ。
じゃ。教えてちょうだい。その子は、かわい維新」
月実にきかれたスタッフは、端末を操作し、名簿をチェックした。そして。
「そいつは、ここにはいないな。
なにかの間違いだろ。
ウソは言ってない。そいつの名前は登録されてない」
スタッフが去った後、月実は維新を探す計画を考えはじめた。
5
「凄腕のメカニックがまとめて入所したって聞いたから、どんな人たちかと思ってきてみれば」
コリィベル内では、整備の神様と呼ばれている、天ヶ原明は、設備班のスタッフルームで新人スタッフたちを眺め、顔をしかめ、おどけた仕草をみせた。
天ヶ原は、年齢性別不詳の正体不明な人物で、青年にも、妙齢の女子にもみえる中性的な顔立ちと、姿をしている。
長い髪を一本にまとめて後にたらし、スタッフ用のツナギを着ているその外見は、整った涼しげなルックスのせいもあって、たしかに男にも女にもみえた。
声も男女のちょうど中間くらいのソプラノだ。
「みんな僕の知り合いばかりだなぁ。
きみたち、こんなところへ揃ってなにしにきたの」
薔薇の学舎の柚木瀬伊。天御柱学院の長谷川真琴と月美あゆみ。
天ヶ原は、三人に尋ねた。
「おほん。旧友の悪い噂を耳にしたので、真偽をたしかめにきてやったのだ」
瀬伊はメガネをずらし、レンズの上から、天ヶ原を見つめ返す。
「知り合いと言われるほどの知り合いじゃない気がしますが、自分の校外研修のついでに、同じ学校の有名人さんが、なにをしてるのかみにきました」
真琴がまじめにこたえた。
「あゆみは、天ヶ原先輩とは初対面だと思います。
ですよね」
とまどっている様子のあゆみの手を天ヶ原はつかみあげ、彼女が左手の甲につけている手製のレンズ型アクセサリを指先でさわった。
「いや知ってるよ。
銀河パトロール隊のレンズマンだろ。
正義の味方だよね。
すごく昔に、小説を読んだよ」
「レンズマンをご存知とは。
光栄です! クリア・エーテル☆」
自称ピンクレンズマンのあゆみは、ビシッと敬礼した。
「こいつの口からでるのは、でまかせとでたらめだけだ。
メカの話以外はこいつの言葉は、信じないほうが身のためだぞ」
「まあね」
苦々しげな瀬伊の忠告に、天ヶ原自身が素直に同意した。
◇◇◇◇◇
V:空京にある19世紀末のロンドンを再現したテーマパーク、マジェスティック内にある巨大アパートメント、ストーンガーデン。あゆみはそこで、石工の修行をしてるんだけど、たまたまコリィベルの運営団体から、ウチのダイヤモンド師匠のところへ技術者派遣の依頼がきてね。あゆみはそれに名乗りをあげて、コリィベルにやってきたの。
パラミタでの石工は地球のそれよりも、もっと石が持つ力を引きだしたり、それをうまく利用する術を身につけていないといけないの。
だって、信じられない力を秘めた色石や魔石がそこらじゅうに、ごろごろしてるんだもん。
動く監獄コリィベルには、どんな技術が使われているのか、あゆみはそれをみるのを楽しみにここへきたんだ。
あゆみは、まず職場になれるためにコリィベルの動力源を見学に行った。
コリィベルは複数の動力源を内部に持っている。
あゆみがきたのは、そのうちの一つ、魔法蒸気機関だ。
V:魔力を持つ石をいくつも炉に放り込んで、それらを溶かしたり、つぶしたりして生まれた複合エネルギーで、コリィベルの足を動かしているのね。
どうりで大きな炉だよね。
放り込む石は、パラミタのどこにでもある普通の石でかまわないんだって。
これは、ガーデンにはない超技術ね。
でも、四六時中、石を入れていないといけない気がするんだけど、炉のフタは閉じてて、付近には誰もいないわ。
これでいいの。
壁一面を潰して、はめこまれている巨大炉の前であゆみがきょろきょろしていると、天ヶ原が通りかかった。
「ひょっとして、炉にくべる石を探してるの」
「はい。いいんですか、石も人もみあたらないけど」
「いいんですよ。
この機関は、ある程度の量の石を入れておけば、後は、内部で石の破片同士が再合成したり、気体になった石と石が混じりあったりして、どんどん新しい石が生まれるんで、半永久的に補給しなくても大丈夫さ。
機構自体のメンテは必要だけど」
「えー。これは、永久機関なんですか」
「こいつは、ボクが設計した。かなり前にね。
でも、永久機関は、パラミタではめずらしくもないよね」
「あゆみは、これ以外に知りません」
くわしい構造はわからないが、とにかく、とんでもない技術力だというのはわかる。
「ストーンガーデンでは、古代につくられた大仕掛けがいまも正確に作動して、すべてを支配してるって聞いたけど、時を自在に操るらしいそれにくらべたら、ボクのこれはおもちゃさ」
「全然おもちゃじゃないですよ。永久機関なんて、すごいじゃないですか」
「だめだめ。僕の騎士のためには、これだけじゃ」
天ヶ原はつぶやくと、あゆみを残し、どこかへ行ってしまった。
あゆみは、魔法蒸気機関についてもっとくわしく知りたくて、ルーペで観察してみたり、メジャで尺を測ったりしている。
「ぱっと見は普通の鉄だけど、この機械の材質自体が不明ね。
ステンレススチール? 違うわね。魔法耐性、熱耐性をじゅうぶんに備え、なおかつ柔軟性もあるこれは、なにかしら。
謎すぎる。楽しすぎるな。
ヒルデ。これ、なにで出来てるんだろう」
少し離れたところで静かにただずんでいるパートナーのヒルデガルト・フォンビンゲンにあゆみは意見を求めた。
西欧最大の幻視者、聖女の英霊であるヒルデガルトは、フードつきの僧衣の形に変化した霊糸の長衣を身にまとい、あらゆるこだわりを感じさせない透明な視線を周囲にむけ、あたりの様子をうかがっている。
「あゆみさん。
気をつけてください。
ここは良い空間ではありません。
違います。
魔法蒸気で空気が汚れているとか、機械の外装の処理があまいとかの問題ではありません。
世界に知られていない法則を駆使して、ここは、独立した場所になるべく作られています。
移動できるのも、通常の世界の理にからめとられないようにする為でしょう。
しかし、たくさんの魂をのせて、どこへ移動しているのでしょうか。
独立した街。
いえ国のようなものへの流れを私は感じます。
この世の外への旅かもしれません。」
まだ、判断の材料が少ないためか、ヒルダの預言は、あいまいなものだった。
「ここはそんなに不気味な場所かな。
あゆみは単純に天ヶ原先輩の技術力に感動してるんだけど。
あ、そういえば、ミディは、どこへ行ったの。
さっきまでここらへんにいたのに、姿がみえないね」
ネコ獣人のミディア・ミルもあゆみのパートナーである。
どうやら、ミディーはコリィベル内で迷子になってしまっているようだ。
「ミディーさんなら、心配ないと思います。
彼女の魂が安らいでいるのを感じます。心を許せるお友達と一緒にいるのでしょう。
天ヶ原明。
あれには注意が必要です。
あゆみさん。
あれの背後の影はまだ分かりませんが、まだ巨大になりましょう」
「ヒルデのヴィジョンがすごいのはよく知ってるけど、天ヶ原先輩は、そんなに危険な人かな。
あゆみには、そう思えないよ。
まるで、モノみたいに、あれ呼ばわりして」
「あれは、人ではありません。
人間だと思ってしまっている時点ですでにあれにもてあそばれているのですよ」
「それ、どういう意味? 整備の神様は人じゃないってこと」
ヒルデガルト自身がまだ、それ以上のものは幻視できていないのか、あゆみの問いにこたえは返ってこなかった。
◇◇◇◇◇
V:にしても天ヶ原明ってすごいやつだよね。
あたいのパートナーの長谷川 真琴は、天御柱学院の整備科代表に選ばれるくらいのたいしたやつなんだけど、その真琴がやつの技術者としての腕には、舌を巻いてるんだから、驚いちまうよ。
あたいは、クリスチーナ・アーヴィン。真琴の護衛として、ここへついてきたんだ。
でも、真琴は天ヶ原にくっついてて、しばらく離れそうもないし、どこか散歩にでも行ってこようかな。
顔に退屈の二文字が浮かびあがっているクリスチーナの目の前で、真琴と天ヶ原は、激しい口論をくりひろげていた。
いや、熱いのは真琴だけで、天ヶ原の怒りに、油を注ぐ発言をぽつぽつとたまに口にする感じだ。
「失礼かもしれませんが、あなた、本当に天ヶ原明さんですか?」
優しい人柄で日頃は、温和な真琴が激昂しているには、それなりの理由がある。
「数ヶ月前、天御柱学院にいた頃は、あなたと私の整備の技術力は、ほとんど同等だったと思います。
なのに。
この数ヶ月であなたになにがあったのかは知りません。
でも、いくら腕が立つといっても、ここ、コリィベルの設備は、私たち、学生の知識、力だけでは太刀打ちのできない高レベルのものです、それくらいは私もみれば、わかります。
これをあなたが一人、整備、管理して、しかも設計までしたなんて。
ありえません」
「事実だよ。
ごめん。ボク、真琴には隠してた引き出しがたくさんあるんだ」
「ありえません!
引き出しがどうのの、次元じゃないですもの。
私は、ごまかされません。
天御柱学院でも実験段階もしくは、構想が練られているだけの最新技術がなんでここの設備に組み込まれて、実際に作動してるんですか。
あなた、どこから情報を入手したんです。
はい。はい。はい。そうでないのもわかりますよ。
これは、学院のものよりも数歩先をいっていますね。
だからこそ、よけいに信じられないんです。
私に、わかるように説明してください」
「必要なものはつくったんだ。
まだまだ、ボクの目指してるものには、まるで足りない」
「ボクの目指してるものって。
反重力装置。性能維持のためのナノタイプによるゾーン限定タイムマシン。インプラントで技術者の力量の高度、均一化。
目立つところだけでも、これだけ実現しておいて、さらになにをするつもり。
パラミタをまるごと買い占めるほどの資産? それとも世界征服が目的なの? 戦争でもはじめる気?
私たちは、天御柱学院の整備科の学生よね。
あなた、いつから世紀のマッド・サイエンティストになったの」
「かなり前からだと思う」
「まあまあまあ。
ケンカはそろそろやめにしようぜ。
真琴はあんたを心配してここまできたのに、きてみたら、あんたがあんまりすごくなってたんで、びっくりした。
ようするに、それだけの話だろ。
お互いに悪気があるわけじゃねぇだろ。
だったら、技術屋同士、もっと冷静になって話をしたらどうだい。
あたいは、その方が時間がムダにならなくていいと思うな」
二人のやりとりをみかねたクリスチーナが、間に入る。
「ですよね」
「………はい」
天ヶ原はすんなり、真琴はかなり迷ってから返事をした。
そして、それでも、まだおさまりきらないらしく、
「でも、もう一度だけ、言わせてちょうだい。
あなた、本当に天ヶ原さんなの。
見た目も、しゃべり方も、たしかにそうだけど。
性格も変わってない気がする。
だけど。
私の知ってる天ヶ原さんとは違う。
それに、ここの設備は、残念ながら、私の技術ではお手伝いできることは、あまりないわ。
なんとなくは把握できるけど、細かいところはさっぱり、が正直なところよ。ヘタにいじったら、壊してしまいそう」
「えーっと、ここの設備は、ボクが調子にのっていじりすぎたんで、ボク以外には、わかりにくいのは当然だと思うんだ。
真琴。ボクはね、龍騎士やイコンや以上の力を持つ、神や悪魔も滅ぼせるようなすごいやつをつくってみたいんだ。
世界に裁きをあたえられるような。
そのために、きみの経験や知識やアイディアを貸して欲しい」
「それをつくる目的はなに」
天ヶ原のいきなり告白に、真琴は驚きや反感よりも、興味をおぼえたらしい。
「目的なんてない。
つくれるかどうかためしてみたいんだ。
そんなものがない方が世界のためにいいのなら、つくってすぐに壊してしまってもかまわない」
V:真琴は天ヶ原の話に興味を感じてるみたいだな。
あたいは、かなり危なかっしいと思うぜ。
この話も天ヶ原自身も。
技術者の本能ってやつで真琴は、天ヶ原にひかれちまうんだろうな。
あんまり、やばくなったら、あたいが力づくでもとめてやるしかなさそうだ。それまでは、昼寝でもしてるとするか。
世界を滅ぼす超科学なんざ、あたいにわかるわけねぇーじゃん。
◇◇◇◇◇
柚木瀬伊が問いつめ、同時に柚木 貴瀬が誘惑している状況で、柚木 郁は子犬のように天ヶ原にじゃれついていた。
「おまえが新エネルギーの情報を盗んで薔薇の学舎から姿をくらましたというのは、すでにジェイダス理事の耳にも届いている。
俺は理事からじきじきに紹介状をいただいて、ここへきてるんだ。おまえのためにな。
ムダな手間をかけさせず、話してくれ。
学舎の後、短期間だが天御柱学院にいたのも、なにか目的があってのことなんだろ」
「きみは…なにか面白い遊びを知っているんだって。
よければ、俺も混ぜて欲しいな。
こういうのは仲間が多いほど盛り上がるものだろう?」
厳しい表情の瀬伊ににらまれ、必要以上に親しげな貴瀬によりそわれ、アメとムチの同時攻撃に天ヶ原は困ったような笑みを浮かべながら、腰に抱きついた郁の髪を撫でている。
「明おにい…おねえ? ちゃん。…よびかた、むずかしいから、かみさまってよんでもいいかなぁ。
せいびのかみさまだもんね。
いくはね、おうたがうたえるんだよ。
あとねあとね。ちゅってしてげんきをおすそわけできるのー。かみさまもほっぺにちゅーしてあげる」
郁にツナギの袖を引っ張られ、天ヶ原は顔をさげた。迷わず郁は天ヶ原の首に抱きつき、唇に軽くキスをした。
「貴瀬も郁も、おまえら、いい加減にしろ」
苦々しげに言い捨てると、瀬伊はいったん、その場を離れた。
V:状況を整理しておくか。
俺は、薔薇の学舎の柚木瀬伊だ。
パートナーの柚木 貴瀬、柚木郁と元薔薇の学舎の生徒の天ヶ原明の調査にやってきたのだが、貴瀬と郁を連れてきたのは、間違いだったな。
やつら、天ヶ原と遊びたくてしかたないらしい。
連れてきたというよりも、厳密には、勝手についてきやがっただが。
もっとも、天ヶ原が薔薇の学舎から盗んだ新エネルギーの情報をどうしたか。そのこたえはすでにわかっているがな。
俺のみたところ、コリィベルでは、動力源のひとつとして新エネルギーが活用されている、そう判断していいだろう。
この短期間で情報を実用段階にまで昇華させ、目にみえる形で活用している天ヶ原の能力は賞賛に値する。
やつに任せておけば、そのうちコリィベルは宇宙にでも飛び出せるようになる気がする。
まったく…この手の天才は、なんとかと紙一重…とはよく言ったものだ。
さて、天ヶ原が言葉で説明してくれなければ、理事に応援を要請して、ゆりかご自体をやつの犯罪の証拠としてタシガンへ移送しなければならなくなるかもしれん。
そんな面倒は、かんべんしてもらいたいところだ。
「ボクと一緒に遊びたいって、貴瀬はなにができるの?」
「うーん。俺には、監督のキミと一緒に眺めて楽しむくらいの能力しかないさ。でも、隣で笑ってるやつがいたほうが絶対、楽しいよ。
まぁ、細かい実務は瀬伊が手伝えるんじゃない?
あいつ、技術屋でもあるし。
俺と郁は応援専門、いつでも楽しむのがお仕事なんだ」
「かみさま。
いくもなかまはずれにしないで貴瀬おにいちゃんと一緒にあそんでね」
「ははは。きみたち、瀬伊からボクの話を聞かなかった」
天ヶ原の質問に、貴瀬と郁は揃って首を傾げる。
「ボクは悪いやつなんだよ」
「俺だってそうさ」
「じゃ、いくもおんなじだよ」
三人は顔を見合わせ、笑った。
「ゆりかごの三悪人か。俺には、リアルすぎてまったく笑えんな。まったりしていられる場合じゃないだろ。天ヶ原。
ここにある数々の装置が証拠だ。おまえは、もう言い逃れはできないぞ。
まず、俺に事情を説明してもらおう」
どんなに空気が和んでも、瀬伊だけは、自分の目的、役割を忘れていない。
しかし、パートナーの二人は違う。
「俺から提案でーす。
もっと友好的やろうよ。
天ヶ原も信用できない相手には、胸のうちを打ち明けたくないよね。
俺たちでできることを手伝いながら、天ヶ原とお互いに理解を深めたいな。
俺、ここもツナギ着てみたいし。天ヶ原に頼んで用意してもらおうよ」
「いくもツナギきるよ。いくもふかめちゃうんだから。ずぶっ。ずぶっ。ずぶっ」
「ツナギはあげられるけど、郁は子供だから、あうサイズは」
天ヶ原が不自然に口を閉じた。
襲撃者たちが、きたのだ。
◇◇◇◇◇
百合園女学院推理研究会の数少ない男性メンバーの一人、カリギュラ・ネベンテスは、パートナーの霧島春美にコリィベルを外側を調査する役割を与えられて、単独でコリィベルの外側にいた。
つまり、移動する監獄の屋根の上や壁面を飛ばされたり、落ちたりしないように注意して、調べてまわっているのだ。
V:でかすぎるんや。
しかも、大中小サイズごちゃまぜで家の上に家をのせまくったこんな建物、崩れんのが不思議なくらいや。
このてっぺんは、地上百メートルを楽勝でこえとるんちゃうんか。
落ちたら、ケガではすまんやろな。
しゃれんならんで。
新しいとことえらく古いとこがあるしな。でこぼこすぎてどこにおっても、全体像がつかみきれん。
安請け合いしたボクがあまかった。
ほなかて、かわいい妹たちや推理研メンバーのお嬢さんたちに、こないなとこのぼらせれんしな。
かわい歩不とやらが、蜘蛛男よろしく、こんなとこにぺったんぺったんはりついて、みんなの目をくらましとったとしたら、ボクは尊敬してしまうで。
まあ、ボクもかなり偉いけどな。
春美に言われた通りに、こいつの外側についてた土や虫、草の葉っぱなんかを目につくかぎり、採取したんや。
ヤゴやろ。
この白い花びらはな、驚くなかれ、あの百年に一度だけ咲く高山植物、プヤライモンディのもんやと思う。
ボクもテレビでみただけで、本物をみんのははじめてですけど、これ、正解やったらうれしいな。
標高五千メートルの高地の花がはりついとるって、こいつ、二本足でどこまでのぼっとんのや。
コリィベルはんは、登山家かでっか? んなわけあるかい!
思わず一人ボケツッコミしてしまったわ。
「ほんま、かんべんせーよ」
ぼやきながら、突風に耐えているカリギュラの視界の隅に、彼がみえた次の瞬間。
カリギュラは全身を極細の超鋼ワイヤーで縛りあげられ、身動きがとれなくなってしまっていた。
「しゃべらないほうがいい。少しでも動くと切れるよ(きみは巻き込まれただけさ)」
ワイヤーの操者、黒帽子、黒マントのかわい歩不がカリギュラの背後に立っている。
歩不を追っているのだろう、天ヶ原明がカリギュラと歩不のところにゆっくりと近づいてきた。
(なんや。あいつ、きゃしゃな体しとんのに片手に剣、片手に女の子を抱えて、この風んなか、悠然と歩いとる。
人間技やない)
天ヶ原が抱えているのは、雪汐月だ。
歩不と同時に天ヶ原を襲撃した汐月は、反撃され、負傷し、意識を失っている。
形勢不利になり、逃走した歩不を天ヶ原は汐月を抱え、追いかけてきたのだ。
歩不と天ヶ原の動きは、ムダがなく、あまりに早かったために、天ヶ原の側にいた貴瀬たちも二人を追うことができなかった。
「天ヶ原明。都合のいいお願いだけど雪汐月を開放してやって欲しいんだ。キミは捕虜に殺すよりもひどいことができるやつだからね(彼女はキミの敵ではないだろ)」
「この子のことなら、いいよ。どうでも。
ボクを脅迫してるつもりかい。なら、意味ないな。
その男の人を歩不がどうしようが、ボクは関係ない」
歩不と天ヶ原は、カリギュラを挟んで穏やかに会話して、なんの予備動作もなく歩不は、汐月を地上へ投げ捨てた。
(なにするんや。こいつ)
カリギュラを束縛していたワイヤーが解ける。
歩不は汐月の方へ動こうとしたが、一気に間合いを詰めた天ヶ原が、歩不を斬った。
「死神か。
本物の神ではなくて人なんでがっかりしたよ。
歩不に、ボクを殺すのはムリなんじゃないかな」
肩口を斬られた歩不は、それでも落下を続ける汐月めざして、屋根から飛び降りた。
天ヶ原は、カリギュラの存在をまるで無視し、背をむけてその場を去る。
(おい。なんや。いまのは。それよりまず)
カリギュラは屋根のはしぎりぎりまでゆき、うつぶせになって身をのりだし、叫んだ。
「歩不。
おるんか。返事をせい。
歩不!
どこや」
目をこらしても、地上約百メートルの高さからは、歩不と汐月の姿は、どこにも見当たらなかった。
6
なにごともなかったような飄々とした表情で、内部に戻ってきた天ヶ原は、少し疲れたので休ませて、と言って一人で私室へ。
「天ヶ原明さんよう。
さっきは助かったぜ。てめぇはなんのかんの言っても俺たちのことをちゃんとみてくれてるようだな。
あの合図に気づいて、操作してもらわねぇと、ちっとヤバかったからな。
てめぇがどっかのモニターでみてたように、レンを斬って、その目撃者どもと一悶着あった。
こっからどうすりゃいいんだ。雇い主さんよ」
部屋で待っていたのは、清掃スタッフの制服を着た大石 鍬次郎、斎藤 ハツネと、コリィベルで天ヶ原の助手をしている斎藤 時尾だ。
大石とハツネは、天ヶ原に教えられた隠し通路を使って、誰の目にもつかずに、この部屋に入るすべを持っている。
通路での一戦からなんとか帰還した斎藤とハツネは、依頼主の天ヶ原に今後の指示を仰ぎにきたのだ。
二人の所属する悪人商会に天ヶ原がした依頼は護衛だった。
コリィベルでの天ヶ原の活動を邪魔するものから、護衛して欲しいといものだった。
「それにしてもまだ納得できねぇんだが、どうして、俺たち悪人商会に依頼したんだ。護衛なら普通のガードマンでもいいんじゃねぇか」
「正義とか悪とか、そういうことを考えずに働いてくれる人がいいんだ。
こいつはいい人だから、オレには斬れないとか言われても困るよ。大石もハツネもそんなの関係ないだろ」
「たしかにな」
大石と天ヶ原が話している横で、時尾は自分に妙に懐いてくるハツネに困惑していた。
時尾はこれまで、大石やハツネとは一度の面識もなく、最近は、運よく採用されたこのコリィベルで、天ヶ原の助手として適当に手を抜きながら仕事をし、生活してきた。
天ヶ原個人に雇われ、どこからやってきたみるからに危険そうなこの二人とも、深くかかわる気などみじんもないのだが。
「あんた、少しは落ち着きなさいよ。知らないおねぇさんに抱きついて、あんた警戒心ってないの。
それに、あんたの服汚れてるわよ〜。
血なまぐさい清掃スタッフなんておかしいんじゃない。
料理人ならともかくさ。
ちょっと、これ、あたしが洗濯してやるから脱ぎな」
「…ありがとうなの……」
「あ〜だる。明さん、洗濯機まわしますけど、洗うもんありますかぁ。はぁ? 今日はめずらしくよく動くって。
そうっすね。
小さい子供のいる家にお母さんは、こんな感じじゃないんすかね」
ハツネの服を脱がしてやり、それを洗濯機に放りこむと、時尾は、下着姿の彼女をまじまじと眺め。
「やだね。
隙間からはいった汚れが体にもついてるじゃない。
おいでフロ場で体、洗ってやるよ」
殺人鬼の少女と、過去の記憶がない整備士の女が、手をつないで、シャワールームへ入ってゆく。
天ヶ原の私室は、囚人の独房とは違い、バストイレ付きの、マンションの一室のようなつくりで、天ヶ原と時尾、それぞれの寝室もあった。
「組織」に育てられ、人も物も壊すことにしか興味のないハツネが、初対面の時尾を壊そうとせず、おとなしく言うことをきいてシャワーを浴び、スポンジで体を洗ってもらっている。
時尾にしても、普段はものぐさな彼女がなぜか、ハツネには自然に世話を焼いている。
「あたしは、自分で気づいてなかっただけで、子供好きな優しいお姉さんだったんですかねぇ。
ねぇ。明さーん。返事がきこえませんよ〜」
嬉々としてハツネの体を洗っていた時尾は、彼女が首からぶらさげている銀のロケットに気づいた。
「これは外さないのかい」
「…これは、お母さんの形見なの。なかにはハツネのお母さんが入ってるの」
「ほう。写真かなにかかい。髪の毛や服の切れ端なら、フロの時は外した方がいい気がするけど」
「……外してもいいの?」
「あたしに聞かれても、困るんだけどねぇ。
中、みさせてもらっていいかな。濡れて困るもんかどうかたしかめてやるよ。
写真でも、ラミネ加工とかした方がいいだろうし」
時尾は、ロケットを開き、底に自分の写真をみつけた。
いまの時尾はそんな表情をすることはないが、幸せそうにほほ笑んでいるケースの中の女性は、どうみても時尾だ。
(花妖精のあたしの、素体になった人が、この子のお母さん、だって)
「できすぎだよ」
「どうしたの…」
「いや、あの、こんな偶然は」
ハツネが写真と時尾本人をみくらべ、裸のまま、時尾に抱きつく。
「お母さんなの」
「やっぱり、そうなのかねぇ」
そのまま、時尾はハツネをきつく抱きしめ、
「明さーん。あたし、この子のお母さんらしいんだけど、そっちの男は、誘拐犯なのかもしれなよ。
明さん。大丈夫かい」
いろいろな感情がごちゃまぜになった頭で、叫んでいた。
7
ほんの数分前まで迷子だった自分が、助けてもらったのも棚に上げて、ネコ獣人の女の子ミディア・ミルは、猟犬型機晶姫のロウ・ブラックハウンドの背中にまたがり、ふんぞりかえっていた。
「ミディにこんな危険な場所で一人になるな、とか、えらそうなこと言って、わんこも迷ってるんじゃないかにゃ。
機械わんこはだめだにゃー。
警察犬は、道に迷った人を導いたりするのも仕事なんだにゃ。
機械わんこについてったら、みんな遭難しちゃうにゃ」
「わうわうわわわわん。わう。わうーん。わうううわん。
(それは、いろいろな役割の犬を混同した間違ったイメージだ。私は犯罪捜査を主たる任務とするスコットランド・ヤードの警察犬だ)」
「ミディをちゃんと連れててってくれないと、誘拐罪でおまわりさんに捕まえてもらうにゃ」
「わううううん。わうん。わううう。
(言い返すに気にもならないくらい、間違っている)」
「で、とにかくどこへつれてくきにゃ。
わうわう、しか言わないから、ミディーはなんにもわからないにゃ」
会話機能に難があり、犬の鳴き声しかだせないロウは、口を閉じた。
ミディとロウは、ストーン・ガーデンでの犯罪捜査で協力しあったこともあり、当人たちは否定するだろうが、実は、息の合うコンビだったりする。
「さみしくなるから、黙るんじゃないにゃ」
「わんわんわん。
(はい。はい。はい)」
「気の抜けた適当なしゃべりもダメにゃ。
はるみーん。
だいひょー。
まいなたーん。
けいぶー。
機械わんこの仲間の推理研のみんなのところへ、早くミディを連れて行くにゃ」
ロウは足をとめると、前足で器用に携帯をとりだし、それを床において、文字を入力してミディにみせた。
ロウは正確に意思を伝えたい時は、こうして文章で表現することにしている。
「私たちはもう間もなくマイトと合流する。だが、その前に私はこの血のにおいの原因をたしかめておきたい。
ミディは感じないか。通路にただよう濃い血のにおいを」
「にゃにゃ。
そ、そんなの。とっくに気づいてたにゃ。早く調べにいくにゃ。でも、ミディを危ないめにあわせたら許さないにゃ」
「了解した」
再び動きだしたロウは、足をはやめた。
「わううん。わう。
(この部屋だ。おりていてくれ)」
目線と仕草でミディを床におろすと、ロウはドアを開ける
。
ドアにリネン室のプレートがはられたその部屋には、二人の負傷者がいた。
◇◇◇◇◇
優秀すぎるが故に問題人物扱いされる、マイト・レイストレイドはそんな人物には、たくさん心当たりがある。
古くはガリレオ・ガリレイもそうだろうし、その能力を認めたくはないが彼の一族と縁の深いシャーロック・ホームズ、ホームズの宿敵のジェームズ・モリアーティ教授。
レストレイドの家族たちが勤務している地球のスコットランドヤードの歴史に必ず登場するエルキュール・ポワロ。
ロンドン警視庁のマーチ大佐。
デンヴァー公爵家のピーター・デス・ブリードン・ウィムジイ卿。
テムズ・バレイのモース警部。
デントンのフロスト警部。
モリアーティ教授以外は、世間から名探偵として賞賛をあびている人物ばかりだが、マイトは噂や家族、親族たちの話から、彼らの実像が付き合うのにかなり努力のいる人物だったのを知っている。
実際、いまのマイト自身がパラミタで名探偵と呼ばれる? 少女たちと友人、協力者として付き合っているのだが、その大変さときたら。
そんなわけもあって、コリィベルに収監されている叔父のクロード・レストレイドと会う前に、マイトの中では、それなりに彼のイメージが出来上がっていた。
(しかし、この人は。
親族一同にいやがられるのも納得できる、自由さだ)
「マイトくん。
死体はまだかい」
「叔父さん。なぜ、あなたは今日ここで殺人事件が起きると予想できたのです」
「解剖学はもちろん、心理学等、数々の学問に造詣が深く、名門レストレイド家一の秀才と呼ばれた僕の、ヤードの監察医としての経験に基づく直感だよ」
数年間の監獄生活を感じさせないほど、礼儀正しく、知的な印象のするクロードだが、マイトは彼が、レストレイド家一族の汚点、ヤードの恥部と言われる連続猟奇殺人犯なのを知っている。
ヤードの優秀な監察医としてその名をはしていたクロードは、勤務に励むかたわら、気分のおもむくままに趣味的に犯行を重ね、最終的にあきらかになっただけでも、四十名以上の人命を奪い、それらの死体を料理して知り合い、友人にふるまったり、釣りのエサに使ったり、ペットの犬たちや警察犬たちのエサにも使っていたという。もちろん、本人も食する時があり、本人曰く、
「アルコールで壊れかけた肝臓のソテーが退廃的な血の味がして、うまかった」
そうである。
クロードは退職目前に、
「ロンドンの暮らしにも飽きた」
という理由で、自首し、過去の犯行を自供して、その日のために整理してあった証拠品をすべて提出した。
犯行の詳細はすべて克明に日記に記されていたが、本人によると、書かなかった犯行もあり、それについては生涯、話す気はないという。
「あえて説明するなら、僕は今日、はじめて会う甥っ子が、レストレイド姓の慣例にしたがって、学生の身にしてすでに、探偵ごっこにうつつをぬかす少女たちの尻にしかれているのを知っていた。
ネットで目にした読物でね。
そして、アポもとらずに僕に会いにきた彼は、ここは探偵ごっこの一環としてやってきた、と明かしてくれた。
その時、僕はすべてを悟ったよ。
名探偵とおともの警部が歩く監獄にやってきて、ミステリの幕があがるってね。
だって、きみの日常は、そういうものだろ。
きみらに殺しはつきものだ」
(つまり、俺が推理研の連中と一緒にきたから、自分が殺人を犯しても、かまわないという意味だろうか)
「俺はあなたに捜査への協力を依頼したのは、間違いのような気がしてきましたよ」
「終わってみんとわからんね。
僕も、成果のあらんことを祈るよ」
一度は、クロードと数分間会話をしただけで、彼のもとを去ったマイトだが、推理研代表ブリジット・パウエルに捜査依頼を受けて、それなら、クロードの能力が役に立つのではと、再び戻ってきて、クロードに協力を求めたのだ。
もともと監察医などいないコリィベル側は、クロードが事件の被害者の解剖を行うのをあっさり承諾し、設備を貸してくれた。
マイトとクロードは、コリィベルのスタッフに警護されながら、かっては食肉の解体に使っていたという部屋で、死体の到着を待っている。
最近は、解体ずみの肉を業者から仕入れているので、この部屋の設備は使っていないらしい。
(死体も、誰か俺に以外に解剖に立ち会える推理研メンバーを探しにいったロウも、遅いな)
先に到着したのは、ロウとミディと、ロウの背中にうつぶせにのっている、雪汐月だった。
「けいぶー。事件だにゃ。ミディと機械わんこが、リネン室でこの子を発見したにゃ。ケガしてるにゃ、助けるにゃー」
「わうわうわうわうううんわうわうわう。わううわうわうわうわう。わうわうん。わん。わん。
(リネン室には、彼女と歩不がいた二人とも負傷していたが、私たちが行くと、歩不は、彼女を任せると言って、窓から逃走した。
やつは、自前の糸やリネン室の洗浄ずみのタオルで、自分と汐月の応急処置をしていたらしい)」
犬の鳴き声でもパートナーのロウの意思は、マイトはだいたいわかる。
(どうする。叔父さんか、それとも、ここに他に医者はいるのか)
「まだ生きてるじゃないか。
トドメは僕が刺していいのか」
クロードは、ジェスチャーでマイトに汐月を処置台に運ぶように指示した。
マイトは迷ったが、
「わう。わうううん。
(マイト。一刻を争うぞ)」
ロウに従って、彼女を運んだのだった。
(こうなったら、叔父がおかしなマネをしないように、見張るしかあるまい)
◇◇◇◇◇
クロードはてきぱきと汐月の傷を消毒、縫合し、迅速に手術を終えた。
「早めに止血してあったので、出血は傷のわりに思いのほか少ない。あとは、安静にして彼女の回復を待つんだね」
「助かりました。叔父さん。あなたは、やはり、素晴らしい技術を持っている」
「技と心は別なのさ」
クロードが軽口を叩いていると、今度は、死体がきた。
それも、続けざまに、三体。
切断されたメメント・森の首と胴体。
シャワー室で刺殺された全裸のロバート。
クリストファー・モーガンのバラバラ死体。
「ひゅー。
今日は景気がいいね。
甥っ子からの僕へのプレゼントだ」
クロードは上機嫌だ。
「誤解を招く言い方はやめてくれ。それは違う」
「マイト。
今夜は新鮮なレバーをごちそうしてあげるよ」
酸鼻を極める死体に顔をしかめるマイトの前で、クロードは鼻歌まじりで作業を開始した。
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