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咆哮する黒船

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咆哮する黒船
咆哮する黒船 咆哮する黒船

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 蝉時雨と遠雷が劈くザンスカールの青々と茂った木立の奧で。
 イルミンスール魔法学校の生徒である瓜生 コウ(うりゅう・こう)は、肌触りの良いシーツの水面に体躯を預けていた。彼女のセミロングの黒い髪が、艶やかに白い寝台の上で乱れている。
 端整な顔立ちをしたコウは、その豊満な胸を抱えるように身を捩った。
 体をくの字に折り曲げ、右耳を枕に預けた彼女は、麗しいその表情を険しく歪める。
 それは夏の暑さがもたらした不快感からでは無い。
 彼女の脳裏には、その時、嘗て慣れ親しんだ米国――マサチューセッツ州アーカムの光景が過ぎっていた。これは、過去の悪夢だ。
 彼女自身、それを自覚していた。
 過去を映した明晰夢が、暫し彼女を苛む。
 しかしその後、コウは、煙る桃色と緑色、そして名伏がたき色合いの、幾何学的な文様に彩られた宮殿を媒介にした、異質な未来を夢見る事となった。
 彼女は元々、幼少時より、差し迫る未来を予見する能力を持っていた。コウの冷静な性格を伺わせる叡智に満ちた黒い瞳が、真摯に『大人』を見つめて放った過去の様々な言葉――それは、あるいは危機に瀕するからこそ放たれた聡い預言であったのかもしれないし、彼女の力故の予言であったのかもしれない。しかし彼女の弟が、コウの言葉通り亡くなった時分、周囲は、アーカムへとコウを放り込んだ。
 ――コウの予言はいつも不吉な事象を表しているのだ。
「ううっ……黒い、黒い船が……」
 寝台に横たわった彼女が、呻く。
「……浦賀の地で咆哮し、開国が……んっ!」
 コウの体がビクンッと跳ね、豊かな胸が揺れた。
 その時、遠雷が何処かへ落ち、激しい轟音が辺りに響き渡る。
 窓の外の稲光と、パートナーの不穏な寝言に、ベイバロン・バビロニア(べいばろん・ばびろにあ)が、赤い瞳を静かに向けた。
「いかがいたしました?」
 ベイバロンが呟いたその時、コウが飛び起きた。
 彼女の美しいこめかみから頬まで、汗が伝っていく。荒い息づかいでコウは、ベイバロンを見据えた。
「黒……黒い船が……浦賀で咆哮する……!」
 肩で息をしているコウを見据えながら、ベイバロンは腕を組む。
 冷静なコウにしては珍しい程の、同様のそぶりに、彼女は艶めかしく唇で弧を描いた。
「ここはイルミンスールですわ。大丈夫でございます」
「何が大丈夫なんだ」
「ただちに貴女が襲われるわけではございませんわ。――いつですの? 浦賀とやらが咆哮されるのは」
 ベイバロンは、マルセイユ版やウェイト版では『力』、クロウリー版のトート・タロットの中では、欲望として扱われ獅子と女性が描かれている、分析心理学上でも殊更強調される事の多い、特徴的な女性である。曰く、『ヨハネの黙示録』第十七章に登場する『バビロンの大淫婦』である。なお、トートの書では他に、十三章と十八章に言及する記述も見て取れる。彼女が手に持つ金杯は姦淫による汚れに穢されているという。なお、セレマ思想においては、魔術的女性パートナーの象徴的存在――関係としては、配偶者はこの表現とされたる闇の聖母であるそうだ。ワラタの花にも関連が深い。ワラタの花とは、オーストラリアに分布する植物である。
「八月二十五日だ」
 コウの応えに、ベイバロンは腕を組む。そして艶やかに笑って見せた。
「まだ七の月。そういえば七夕 笹飾りくん(たなばた・ささかざりくん)に、願い事を飾れるとか」
「! 阻止する機会があるのか」
 七夕 笹飾りくん(たなばた・ささかざりくん)の願いは、少数しか叶わないようであったが、この事実を広める事が出来たならば――コウはそう考えて、短冊を飾る事にした。
 コウの予言は、いつも不吉なものである。
 よって『黒船が咆哮し、開国する』という予言も、おそらくは不穏な結末をもたらすはずだ。
 彼女とベイバロンは、『不吉な出来事の阻止』を喚起するために、短冊を書いた。

「黒船が咆哮する(シナリオ)」

 それが、『咆哮する黒船』の契機となる。