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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回
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リアクション

 元気に動き回る学生達を、かわいい孫を見るような目で見ているパラ実校長の石原肥満は、戦の準備の邪魔にならないところでスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が用意したお茶をのんびりと楽しんでいた。テーブルや椅子は王宮にあったものを拝借してきた。
 校長の向かいでは泉 椿(いずみ・つばき)緋月・西園(ひづき・にしぞの)が座り、スレヴィが淹れた紅茶に口をつけている。
 ティーカップを手の中に収めたまま、椿は遠くを見ている校長に問いかけた。
「あたしのこと覚えてるか? あの時はボケたフリしてたのか?」
 目の前の人物が本物の石原校長であることは、携帯用小型結界装置を所持していたことから確認できた。
 そして、椿が言った『あの時』というのは、まだ行方不明だった校長を探して、とあるオアシスを訪れ、見つけた時のことだ。
 校長は椿に視線を移すと、ホッホッと笑った。
「あの時はまだお前さんらが何者かわからなかったからの。身を守るためにやむなくああしたのじゃ。……結局は誘拐されてしまったがのぅ」
「笑い事じゃねぇだろ……。そうだ、そのさらわれた後はどうなったんだ?」
「牢屋に閉じ込められておったよ。まったく、あやつらは年寄りを労わるということを知らんのかの。えらい冷えたわ」
 その時のことを思い出したのか、校長は身震いするように両腕を抱きしめた。
 校長の分も憤りを見せる椿に対し、緋月はどこか冷めた目でじっと観察するように二人のやり取りを見ていた。
 と、そこにふわりと最近お馴染みになってきた食欲をそそる匂いが香った。
「張角……? ああ、フロンティーガーか。もしかして新作か?」
「椿様、何故張角様と……まあ、いいです。校長先生、これは『乙カレー』と申しまして、僕が開発したカレーライスです。よろしかったらご試食などいかがですかな?」
 銀盆に乗せたカレーライスを校長に見える位置に差し出す楽園探索機 フロンティーガー(らくえんたんさくき・ふろんてぃーがー)
「おお、うまそうじゃ。初めてイギリス料理として紹介された日のことを思い出すのぅ」
 校長は目を輝かせた。
 もっとも、いくら校長が高齢であってもそこまで昔は生まれていないはずだから、これはちょっとした冗談のつもりだったのかもしれない。
 それはともかく、スレヴィは素早くテーブルの上を片付け、乙カレーを置くスペースをあけた。
「これを召し上がって、判断していただきたいのです。僕をパラ実の学食で雇っていただけるかを。和希様にも、と思ったのですがいらっしゃらないようですね」
「呼んでくるよ」
 スレヴィが請け負い、その場を離れた。
 その間にフロンティーガーは椿と緋月の前にも乙カレーを並べた。
 しばらくしてスレヴィが和希を伴って戻ってくると、戦の前の腹ごしらえならぬフロンティーガーの将来を賭けた試食会が始まった。
 一口食べた和希が「おっ」と目を丸くする。
「毎回進化してるな。でも、何でパラ実の学食なんだ?」
「皇位までも捨てようとしたミツエ嬢の意思を汲み、乙国ではなくパラ実の一等地に店を構えようと思ったのですよ。つまり、学校食堂ですな。……答えはこの戦いが終わってからでいいですよ」
 急ぎませんから、とフロンティーガーはこれから攻めてくる旧生徒会軍のことで頭がいっぱいだろう和希を気遣った。
 和希は口いっぱいに乙カレーを頬張りながら、俺はかまわないとか何とか言っていた。
 そういえば、と時折みんなのグラスに水を注ぎ足すだけで、黙って話しを聞いていたスレヴィがふと口を開いた。
「迫ってきてるっていうドージェのクローン、弱点なんてあるのか?」
 どうなんだろう、とみんなが首を傾げているとおもむろに校長が言った。
「ニマのコントロールがないと、暴走するじゃろうな」
 それはニマ・カイラスを何とかして対話に持ち込めば、ドージェとの戦いは避けられるということだが、そうできる可能性は果てしなく低いだろう。ニマから戦いを挑んできているのだから。
 そして、下手にクローンが暴走したら何が起こるかわからない。
「何て危険なものを作らせるんだよ……」
 スレヴィが校長に呆れの目を向けるも、彼は「わしのせいではないぞ」と、ぼやくように返した。
 スレヴィは、ちょっと大げさに驚いてみせた。
「へぇ。俺はてっきり校長が巨大な生徒や強化された生徒を率いて、世界の君臨者を目指してるのかと思ったよ」
「おもしろいことを言うのぅ。この老体にそんな野望などありゃせんわい。そうじゃの……このシャンバラに集う若者達が作り出す新たな世界を見る。それがわしの望みじゃよ」
 この言葉に、やはりずっと沈黙していた緋月が顔をあげ、食事の手を止めた。
「新たな世界を見る……ねぇ。校長はパラ実を、そしてシャンバラをどうしようとお考えなのかしら?」
「人材じゃ」
 校長は宣言するように言った。
「わしの立場でできることと言えば、人材の育成じゃよ。そのためには多少ガラの悪い連中の更生も引き受けよう。彼らとて磨けば光る原石じゃよ」
 そのためのパラ実じゃ、と校長は朗らかに笑った。
 食事が終わると、和希は呼ばれて慌しく行ってしまった。
 フロンティーガーも皿を片付け、一万人の配下を残してきた王宮の厨房へ戻っていった。彼もこれから忙しくなる。
 椿、緋月、スレヴィの三人は校長の守りのために残っていた。理紗からの伝言もあったので離れるわけにはいかなかった。
「パラ実は日本の裏社会の援助も受けて創られたそうだな。校長は、行方不明と言われていた時も彼らと連絡を?」
「実は、その時のことはよく覚えておらんのじゃ。気が付いたら荒野にいたんじゃよ」
「それは災難だったな」
 スレヴィは同情するように眉を下げた。
「次に困ったことがあったら姫宮に相談したらどうだろう? まあ、校長が生徒に……って抵抗もあるかもしれないけど」
 とりあえず、これから起こるだろう困った事態への対処が最優先である。


 頼まれた地図を持ってハルトビートがカーシュ・レイノグロス(かーしゅ・れいのぐろす)のもとへ戻ると、彼は地図を受け取るなり不敵な笑みを浮かべて凝視した。
「クックッ……ふざけんなよ、あんなのがドージェ様だなんて認めねぇ……!」
 カーシュの目は怒りに燃えていた。
 ドージェ信奉者の彼にとって、クローンの存在は本物のドージェの威光を傷つけるものに他ならなかったのだ。
 そのクローンと、それについてくる旧生徒会軍勢を潰すため、カーシュは持てる技術を余すところなく使って挑むつもりでいた。
 地図と睨めっこをしながら計画を練っているカーシュへ、ハルトビートは疑問に思っていたことを尋ねた。
「この前、何故金剛へ乗り込んだのですか?」
「ミツエの目指すものの礎になるのもありかと……それと、お前が……」
「……私が?」
 答えかけて、カーシュはハッと我に返ったように口を閉ざした。
「──何でもねぇ。おい、お前にも手伝ってもらうから、ボケッとしてんなよ」
「はい」
 どこかごまかすように早口になったカーシュに、ハルトビートはそれ以上尋ねることもせず素直に頷いた。

卍卍卍


 妖刀”陵山三十人殺し”を携えた鷹山剛次バズラ・キマクと共に金剛を降りると、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)──いや、黒鉄亜矢が待っていた。
 剛次は意外そうな目で亜矢を見ると、何しに来た、と冷たい、だがどこか自嘲するような笑みを見せた。
 パラ実生徒会は石原校長の宣言により、姫宮和希の手に移されたのだ。剛次よりもずっと性情がまっすぐな和希なら、神楽崎分校に手を出すことはないだろう。もう本当に”亜矢”が剛次の傍にいる理由はなくなったのだ。
 しかし亜矢は、そんなことはわかっている、と艶やかに微笑んだ。
「分校長としての役目はもう終わり。今は、個人的な理由で貴方についていくの。……それじゃダメかしら?」
「ふん、好きにしろ。だが、お前にかまってる暇はないぞ」
「けっこうよ。自分の身くらい、自分で守れますわ。それと、私があなたを守って校長のところまで行くのよ。そこのとこ、勘違いしないでくださいね」
「余計なお世話だ」
 突き放す言葉を吐きながら、剛次の目に拒絶はなかった。
 もっとも、拒絶されても亜璃珠は勝手についていく気でいたが。
「余計なお世話ついでにもう一つ。和希はあなたとは争わず、共に新しい生徒会を作りたいと言っていましたわ」
 剛次はスッと目を細めると、何も答えることなく背を向けた。
 亜璃珠は、それを答えとした。
 配下が牽いてきた馬の手綱を受け取った剛次の前に増岡 つばさ(ますおか・ )が駆け寄り、その手を止めた。
 つばさの青い目がまっすぐに剛次を見上げる。
「石原校長を倒しに行って、それでどうなるの? 何も変わらないじゃない」
 亜璃珠は自分で言った通り、個人的な理由で剛次についていくことを決めたが、つばさは彼を思いとどまらせたいようだった。
「反乱勢力にされた恨み? それとも、日本人同士何かあるの? パラ実のくせに、何をそんな細かいこと気にしてるのよ。それより今は命を賭けて戦おうとしてる女の子がいるのよ。ニマもまりあもそう。それを助けるのが男じゃないの?」
「あのお方には、あのお方の戦いがあり、俺には俺の戦いがある。……日本を支配するあの男、俺の父親を倒さずして、この荒野に理想国家を築くことなどできん」
 この返答に、つばさは驚きを隠せなかった。亜璃珠も目を見開いている。
「父親? 石原校長が?」
「そうだ。俺は、奴の跡継ぎとなるべく他の大勢の兄弟と骨肉の死闘の日々を送ってきた。奴を倒し、頂点に立たない限り安息はない。だが……」
 常に追い詰められていた剛次の前に現れたニマは、記憶を失っていても取り戻しても慈愛の心を剛次に向けた。
 初めて受けた愛情は、いつしか石原肥満を越えるものとなっていき、剛次の中で絶対のものへと変化していったのだ。
 剛次の言う理想国家は、ニマへ捧げるものだった。
「だったらなおさらよ。敬愛している人ひとり救えなくて、何が理想国家よ」
「ニマ様は救いなど求めてはおらんよ。誰かを救うことはあってもな。最後に俺を自由にしてくれた。──あの方が今もっとも救いたいのは、このシャンバラだ。どうして俺が邪魔できる? むしろ邪魔なのはあの男だ」
 つばさの心はもどかしさでいっぱいだったが、剛次の気持ちは変わらないことがわかってしまい、言葉が出てこなかった。
 その頃、バズラも桐生 円(きりゅう・まどか)達にニマのところへ行こうと誘われていた。
「石原校長を倒したってさ、状況は好転しないわけだし。かっこいいことやるとしたら、石原みたいなどうでもいいのを葬るよりもさ、ニマくんを助けに行ったほうがいいと思うなぁ」
「そういう部分もあるんだけどな、剛次にとって石原は特別な奴だからさ。それに、あたしにも野望がある。そのためにも、ここで剛次にくたばられちゃ困るのさ」
「野望って?」
 円の問いにバズラはニヤリとした。
「日本を支配した後にBL規制はしないって約束したんだ。ちゃんと果たしてもらわないとな」
 非常に個人的なものだが、バズラらしいと言えばらしい。
 円はオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)を見やった。
 オリヴィアは苦笑気味に頷き、ミネルバは不敵に笑いながら腕まくりしてみせた。
「手伝うよ。ここまで一緒にきたしね」
「無理しなくていいんだよ。これは個人の問題だからさ」
「あらぁ、無理なんてしてないよ〜」
 オリヴィアは言って、バズラに身を寄せる。
「オリヴィアと交換条件、どうかなー?」
「交換条件?」
「そ。この戦いが終わったら、キマク家の法律教えてほしいなー」
 あんた、まだ気にかけてたの、とバズラはオリヴィアの熱心さに感心と呆れの顔を見せた。
「何となくは感じてるんじゃないのかい? いろいろあるけど、結局のところは力さ。力のある者が勝つ。そいつが支配する。この荒野の掟なんてそんなもんだよ」
 そこに男女はあまり関係がない、とも付け足した。
 シャンバラ自体が女王が統治していたので、女性が家督を継ぐことも珍しくないのだ。
 弱ければ、強い者に従うしかない。キマク家だって、いつその地位から引きずりおろされるかわからない。
 ふぅん、と頷くオリヴィアに対し、法律に興味などないミネルバは手を上げて二人の間に割り込んできた。
「ねぇバズラちゃん、今度その漫画見せて」
「いいよ。小説もあるから、あたしのお勧めを抜き出しておくよ」
 バズラが持っているBL本は、精神的なものから肉体的なもの、純愛から狂愛までと幅がある。
 ミネルバに未知の世界が開かれようとしていた。