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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」
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【激化、激動、激闘の時】



 ――同じ頃。地上では、劇的に状況が動こうとしていた。
 
「配置、完了いたしました、グラキエス様」
「こっちもみんな終わったよっ!」
 又吉が探っていた、ティアラの歌の有効範囲ギリギリ一歩外へ、留学生達の手を借りながら、古代文字を描ききったエルデネストとノーンの合図に、グラキエスが頷くと、ベルク、ジェニファ、マークが応じてそれぞれが実践を開始した。
 地の属性を持つディミトリアスへの融和性を考え、地面へと描かれた「増幅」を意味する文字を発動させたのはグラキエスだ。続けて「響く」という文字をジェニファが、「反復」の意味を持つ文字をマークがそれぞれ起動させた。それぞれが、判る限りの古代語をもって引き出される文字の力が、地面を淡く点し、指向性を持った魔力が結界の外周を囲う。そして最後に詠唱を開始するのはベルクだ。まずはいつもどおりの手順で結界を張るための初動の上から、古代語の詠唱を重ねていく。
(最悪、先生がフォローしてくれるだろ)
 そんな予防線もあって、理屈はさっぱり判らないながら、ポチの助が魔術同調用に構築したという、コード進行のようなものを詠唱に取り入れつつ、ベルクは精神波を清浄化する結界を構築する。
(ここからだ……!)
 頭の中のイメージを正確に言葉に、それを更に古代語に落とし込み、ディミトリアスの結界へと“繋”ごうとした……が、完全な古代魔術によって形成された結界と、複合式の術とは容易には同調しないようだ。言語が甘かったのか、それともどこか接続する単語を間違えたのか。そんな不安が過ぎっていく。
(ダメか……――?)
 一同の顔色が苦く変わりかけた、その時だ。
「――“地へ灯る星、連なりて天を描かん”」
 古い言葉と不思議な声色がしたかと思うと、ジェニファたちの発動させている文字から、それぞれ一筋の光がすうっと伸びたかと思うと、まるで星座のように光同士を結んでいく。やがてそれは魔法陣らしきものを地面に形成すると、一気にその輝きを増した光が一同を包み込んだ。
「これは……」
 マークが思わずといった様子で息を呑む。
 ベルクの作り出した清浄化結界を取り込んだディミトリアスの結界は、組み込まれたコードを拾い上げて音の魔力を形作ると、それを空気に響かせると共に、グラキエスの文字によって増幅されたそれはティアラの歌を巻き込んで拡大する。 それは星の巡りを辿って反復の意味を拾い上げて、魔力の流れを繰り返しすと、やがて淡く収まっていく光の中、数十メートルほどもある巨大な結界が生まれたのに「完成だ」とディミトリアスは少し笑った。
「これで、魔力の浪費も収まる。文字が発動している限りはな」
 幾らか満足そうな様子で言うディミトリアスからは、負担が弱くなったからか余裕の表情が戻ってきている。その口から、及第点が与えられる中、その生徒達は感嘆の息を吐き出していた。
 要素と要素を繋ぐ。それがどういうことか、そして古代魔法の知識的な意味以外のメリットを、漸く実体験によって垣間見ることの叶った四人は、足元を淡く照らす自らの成果に、芽生える達成感に目を細めたのだった。

 そして、結界の拡大は戦況の大きな好転機をも意味していた。
「これで遠慮の必要はないよな」
 武尊の言葉に頷いて「前進!」とディルムッドが声をあげ、同時にその手をびっと天へ向けると、応じた従騎士は盾を前へ構えて前進した。距離としては僅か一歩分だが、その一歩が押し出すことによる前線の意味合いは大きい。防御一辺倒をやめた従騎士達が、龍騎士候補生や契約者達と共に攻勢へ転じたのである。
 ディルムッドの指揮に従って、前衛の隊形が変わるのにあわせて、かつみも前へ出ると、龍騎士達を撹乱した。分散した龍騎士の上に、エドゥアルトの光の閃刃が降り注ぎ、隊列の外側から突撃を仕掛けようとする龍騎士は、刀真と陽太、そして詩穂が押し止める。
 作戦としては同じだが、前へ出れる分挟撃の意味は強くなる。一体、また一体と残るアンデッドが屠られていく中、最後の一体。
「それじゃ、トリを飾ってもらおうかね……と」
 武尊が、反応されないのを良いことに背後から削っていったところを、さり気なくナオのアブソリュート・ゼロや、従騎士たちの盾に守られながら、正面から突撃した龍騎士候補生の槍が貫いた。そのまま地面に縫い付けられるようにして、追い討ちの槍がその体に何本も突き立てられると、ついに、全ての龍騎士のアンデッドは、本来の骸へと返ったのだった。
「あとは、あのアンテナをどうにかするだけだね」
 呟いたサビクに、シリウスは祈る心地で、皆の降りていった地下遺跡への入り口を眺めた。
「――……皆、頼むぜ」












 同じ頃、地下遺跡内部でも、ついに最終局面を迎えていた。

 唯斗たちがローブの一団を抑えている間に、最地下に飛び込んだ一同を迎えたのは、巨大な動力炉とそれに連なる装置、そしてその中央。ハーティオンたちとの戦いから一度退いた十六凪とデメテール、そしてその二人に守られる形に佇む、一人の少年だ。死霊使いピュグマリオン――そう名乗るエリュシオンからの留学生は、幼い顔、幼い声で、その癖その目だけは泥のように光の無い眼差しをしていた。
「…………おやおや、皆さんでは止められませんでしたか」
 呟きながらも、半ば予想はしていたのだろう。一瞬苦笑を浮かべたピュグマリオンは、居並ぶ契約者達に慇懃に頭を下げて見せる。
「まぁいらっしゃると思いました。ようこそ、悪徳の都、ソドムの底へ」
 演技がかった仕草。笑うようであり、穏やかとも言える声が、聞く者の神経をざわざわとざわつかせる。良く見れば、動力炉の一部を引き剥がしたのか、剥き出しになった機械に片腕が突き込まれて、そこから直接機晶石にその手が触れている。その触れている場所から、石が黒く濁ったような色を宿し、一見して判る不気味なエネルギーを発しているのに、一同はそれが動力炉へ流し込まれているのだと察した。そしてその黒い淀みは、恐らくピュグマリオンと少女のものだという事もだ。
 ギリっと奥歯を噛み「止せ!」と声を上げたのは優だ。真っ直ぐ正面から少年を睨み据えて、零と共にしぐれに対峙する。
「今すぐこの兵器を停めるんだ!」
 その言葉に、くつくつとピュグマリオンは笑った。それは馬鹿にしたような響きを持っているが、同時に周りの温度を下げるような、低いそれだ。
「……嫌だと言ったら?」
「力づくでも」
 面白がるようなピュグマリオンに、優はきっぱりと言い切った。
「誰もが後悔や未練を乗り越えて、よりよい未来を作る為に今まで歩んできたんだ。それを嘲笑うような、土足で踏みにじるような事は絶対にさせない!」
 そう言って剣を構える優の隣へ、ずいと身を乗り出すのはアキラだ。その後ろで少女を抱き上げるぬりかべを振り返ると、アリスがこくりと頷いたのに、アキラは「そのエネルギーはあのゾンビっ娘のだろ」とその指を黒く淀む機晶石を指差した。
「その魂は返してもらうし、ついでに、この子を生き返らせる方法を吐いて貰うぜ!」
「最初から死んでますが」
 しれりと返されて「わかっとるわい!」とアキラは声を荒げる。
「動いてしゃべれるように戻せっつってんだよ! 出来るのか、出来ねーのか、ネクロマンサーになれってのか!?」
「不可能ではありませんよ。難しい事でもありません。私が手放せば返るでしょう、そこに」
 何でもないことのようにあっさりと言って、ピュグマリオンはその指先を少女へ伸ばした。そのまま指先を遊ばせるようにくるりと回し、ピュグマリオンは「しかし」と矢張り笑うような声を上げる。
「間に合いますかね?我々の魂が装置そのものと化すのに」
「間に合わせて見せらあ!」
 そんな、肩を怒らせるアキラの肩を不意に掴んで、後ろへ倒さんばかりに引いたのはヴァジラだ。
「どけ、一撃で終わらせる」
 口を開きかけたアキラは、その横顔に宿る怒りに、一瞬びくりと伸ばしかけた手を引っ込めた。
 怒りと苛立ち。小さな体から噴きあがっているのは、氷のように冷たく、その冷たさ故に触れたものを焼きそうな殺意だ。
「貴様のご執心のこの兵器ごと、葬り去ってやろう」
「ダメです……!」
 今にも斬りかからんと柄に手をやったヴァジラに、ティーがその上から手を被せた。その行動に、チッと苛立ち露にヴァジラは「何故止める」とティーを睨んだ。
「貴様らだとて、この兵器を破壊しに来たのだろうが」
「破壊じゃなくて、停めに来たんだよ。ただぶっ壊しただけじゃ、今兵器を動かしてるエネルギーがどうなるか……」
 美羽が言葉を添えたが、聞く気が無いのか、興味がなさそうにヴァジラは再び鼻を鳴らした。
「そんなもの、まとめて消し飛ばしてしまえばいい」
「……それで、ヴァジラさんは平気なんですか?」
 ティーは、それに答えないヴァジラに更に追求する。
「全部破壊しちゃうような力を使って、無事で済む筈が無いですよね」
 強すぎる力は、周囲だけではなく自らも傷つける。ヴァジラのような破壊の仕方は、その反動で間違いなく自身を傷つける。自身を怒りそのものに、苛立ちそのものに変えてしまうその力は、全てを壊そうとして動くからだ。
「……お姉さんの最後の言葉は、私には半分本当で、半分ウソだったように聞こえました」
 あんな終わり方に満足している筈が無い。ただ一人で終わるのが寂しい。自分だけが何にも成れずに終わってしまうのが悲しい。自分と同じ存在であるヴァジラにきっと、仲間になって欲しかったのだ。そうでなければ、一緒に終わって欲しかったのだ。そしれそれは――恐らくヴァジラも判っているのだ。
「でも、私も……私だって。一緒に生きて欲しい……と、そう思ってるんですよ」
 もし自分を粗末にするなら、私も一緒に傷つければいい。そんな覚悟でぎゅっと手に力を込めたティーに、ヴァジラは初めて、戸惑いと躊躇いを示してぐっと詰まった。それを説得の好機と、美羽も口を添える。
「だいたい、ヴァジラが手を出したら、色々一緒に壊しちゃうよ!」
「言っただろう、その怒りや苛立ちの矛先を絶対に見誤ってはいけないと、暴力に任せてはいけないと」
 優もその肩を掴んで、睨む視線にもめげずに頷く。
「彼に怒りをただぶつけるのでは、ただの暴力だ。しぐれを倒すのだけでも駄目だ。必要なのは――彼の望みを断つ事だ。そうだろう?」
 反論に詰まり、漸く柄にかけた手の力が緩み、吹き上がっていた暴力的な空気が収まったところで、垂が不敵な笑みと共に、その肩をぽんと叩いた。

「それに、あんたの出番はもうちょい後だぜ大将」