First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
Next Last
リアクション
第8章
その頃、火事現場では。
「あちちちちち!」
シュバルツパンツァーこと、月谷 要がアパートの2階を走っている。よく考えたら、彼は『痛みを知らぬ我が躯』の特性として火に弱いのだった。いや、よく考えなくてもそうなのだが。
「ええい、少し位は無茶しても大丈夫!!」
氷術で自分の通路を確保しながら、火事現場を進む。見ると、他に子供の救助に来た人物だろうか、炎の中をキョロキョロしている女性がいた。エルザ・クェルプだ。その足元には、子供が一人。
「君も救助者の一人か!? そろそろこの辺りも崩れ落ちる。早くその子を連れて逃げるんだ!」
「……いやあ、そうしたいのはやまやまなんだけどよ……」
と、苦笑いするエルザ。
「何の策もなしに突っ込んで来たのか? ……正義感が強いのは結構だが、あまり無茶するんじゃないぞ!」
シュバルツパンツァーである間は普段とは人がまるで違う要、まるで正義の味方のようにエルザを諭す。
そこに、アパートの柱が一本倒れてきた。
「危ない!!」
その柱を止めたのが、エッツェル・アザトースだ。
「大丈夫ですか!?」
よく見ると、エッツェルは素手だ。
「あ、ああ。サンキュー……ってそっちこそ大丈夫か? つか燃えてる! 服!」
「え? ああ、これくらい大したことはありませんよ」
衣服に炎が燃え移り、皮膚がこげる匂いがするが、エッツェルは平然としている。いくら痛覚のない体とはいえ、燃えすぎると危険なことに変わりはない。
「とぅっ!!」
要が横から柱を蹴り倒すと、そのまま窓を蹴り破る。
「よし、ここから脱出する!」
「う、うん。あたしは飛び降りるけれど、この子はどうしよう!?」
ひしっと、エルザにしがみつく子供。だが、その様子を見ても要とエッツェルは余裕の表情だ。
「――任せろ」
「大丈夫ですよ」
ばさり、と。
二人が同時に地獄の天使の翼を広げ、要はエルザを、エッツェルは子供を抱えて窓から飛び出した。
四人は窓から外に出ると、群集の中に着地する。子供が母親の元に駆け出し、ひしっと抱き合った。
「あ、ありがとうございます……あの、よろしければお名前を」
名乗ろうとする要だが、それをエッツェルが制した。
「名乗るほどのものではありません。愛の伝道師……とでも名乗っておきますよ」
と、ビシっと決めて一人立ち去るエッツェルだが、その後姿にエルザが一言呟いた。
「燃えてる燃えてる。まだ燃えてるから、服」
「……おや、どうりで熱いと」
「主……何をお考えなのです」
火事現場のアパートを外から見上げるのは、蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)と芦原 郁乃(あはら・いくの)。
まだ子供が取り残されているらしいという話を聞いた郁乃。もうすでに体は動き始めていた。その服の裾を掴んで止めたマビノギオン。
「何って……子供が取り残されてるんだよ? まさか止めないよね?」
「はい、もちろん主を止めるつもりはありません。でも、何も備えずに行かせるわけにもいきません。」
ああ、やっぱり行くのか。とマビノギオンはこっそりため息をついた。郁乃と共にアパートに近づき、水の入ったバケツを拾って中の水を郁乃にかける。
「……ひゃっ!」
一瞬だけ冷たがる郁乃だが、マビノギオンはそれをさらに氷術で凍らせた。少しでも長く炎に対抗しようという措置だ。
「これでしばらくの間は大丈夫でしょう。さあ、行ってらっしゃいませ」
「うん、行って来る!!」
振り返りもせずに、猛然とアパートへと駆け込んで行く郁乃。それを見送ったマビノギオンは、アパートの上を見上げた。
「――さて、こちらも準備しておきますか」
「あは」
クリムリッテ・フォン・ミストリカはアパートの3階、ちょっと広い部屋にいた。
「あははははは! れーっつ、ぱーてぃー! きゃっほー!」
一人でパーティ気分の彼女であるが、ここで言うパーティとは放火活動のことである。
サイコキネシスで破られる窓! そして部屋に入る新鮮な空気! さらに燃え盛る炎!!
「ああ……なんて素敵」
そして彼女自身の火術により更に炎は勢いを増す!!
「花火だって大きい方が楽しいものね……火事だって派手な方がいいのよ! そう、放火は美学!!」
さらにいつの間にか後ろにやって来ていた駿河 北斗により殴り倒されるクリッムッテ! 一瞬で昏倒!!
「おら、灰被り姫。魔法が解ける時間だぜ……って聞こえてねえな」
北斗は小脇に子供を一人抱えていた。さらにもう片方でクリムリッテを抱える。
「さて……どうやって脱出すっかな」
と、脱出経路を探そうとした時、廊下側から郁乃が飛び込んできた。こちらも気を失った子供を一人連れている。
「あれ、まだ人がいたんだ。」
「……お互い様だ。そろそろ脱出しないとヤバいぞ」
「そうだね……」
見ると、クリムリッテがサイコキネシスで開けた窓とは別に、大きな窓がある。
「よし、行こう!!」
「え、おいちょっと押すなって!!」
郁乃は、確認もせずに北斗とクリムリッテを押すと、大きな窓を破ってそのまま空中に躍り出た。
「うわぁっ!?」
「――大丈夫!!」
だが、郁乃は確信に満ちていた。必ずマビノギオンは来ていると。
果たしてその通りだった。ちょうどアパートの外、郁乃たちが飛び出した窓の下で空飛ぶ箒に乗ってマビノギオンは待ち構えていたのだ。
「おかえりなさい。きちんと人命救助できたようですね――でも」
とはいえ、空飛ぶ箒に郁乃と北斗、クリムリッテと子供二人は重すぎる。
「さすがに重量オーバーですよ……」
なんとか墜落は避けたものの、飛び降りる子供たちのために用意されたクッションに突っ込んでしまった一行。
「いてててて……ありがと、マビノギオン。ただいま」
それでも、小さな命を助けられたことに満足な郁乃だった。
☆
「――良かった。まだ息はある」
月光蝶仮面こと、鬼崎 朔はアパートの3階で倒れていた子供を介抱している。煙を吸い込んでしまったのだろう、辛うじて息はしているが意識はない。
こうなると無限 大吾とはぐれてしまったことが痛い。彼がいれば、この子供を任せて自分は子供救助に向かえるものを。
その大吾は、火勢が強まったことと子供の数を確認するために、もう脱出していた。
「仕方がない、一度脱出するしかありませんね」
本来は火事にトラウマがある朔だが、今は正義マスクのおかげでかなり冷静でいられる。
しかしその時、異変が起こった。
「――!?」
何が起こったのだろう、途端に体の力が抜けていく。
「な、何ですか……これは……」
実は同時刻、ヒーロー達の前に姿を現したクライム仮面が正義マスクの力を支配し、その全てを奪い取ってしまったのだが、今の朔にそれを知る由はない。
つまり、今の正義マスクには何の力も残っていないのだ。本能的にそれを察する朔。
「なるほど……マスクの力はここまでですか……」
とはいえ、マスクの力がないということは朔のトラウマを制御することができない、ということである。
立つ事もできずに膝をつく朔。
炎の熱さを今さらながらに感じる。汗が噴き出る。体が勝手に震えていく。よみがえる記憶、それは彼女にとって最悪の――
「う、ああ、あああぁぁぁ……!!!」
ここで意識を失うわけにはいかない、片隅に残った理性が彼女に無意味な悲鳴を上げさせた。
ダメだ。炎は怖い。助けて。みんな死んでしまう。助けて。助けて。助けて。誰か――
両手を地面に突き、呼吸を整えようと思ったその時、自分が救助しようとしていた子供が目に入った。
――せめてこの子だけでも。
震える体をどうにか動かして子供を庇うように覆い被さると、子供が手に握っていた手作りのペンダントが落ちた。
「なに……?」
それはいかにも子供の手作りで、紙製のペンダントヘッドに紐を通しただけの簡単な作りだった。この火事の中、燃えないように大事に持っていたのだろう。
そして、そのペンダントにはこう書かれていた。
『3さいの おたんじょうび おめでとう』
「……違う!! 違う違う違う!!!」
朔は、最後の力を振り絞って立ち上がった。
炎は怖い。火事は忌まわしい。腕には力が入らない。足は震えて立てない。だが――それでも。
「助けてもらうんじゃない! 私がこの子を助けるんだ!! 誰かじゃない、私だけがこの子を助けられる!!」
朔は力を取り戻していた。マスクの力などではない、誰でもない彼女自身の力で立ち上がった。
「私は――愛と情熱のダークヒーロー、月光蝶仮面だ!!!」
火事に怯え、震えていた朔はもういない。ここにいるのは、可愛い子への愛と情熱にあふれた、一人のヒーローだった。
朔は、子供を抱えたまま3階の窓から飛び降りた。子供を胸に抱き、自分を下にして落下していく。
――ドスン。
気付くと、朔は地域の住民が用意してくれていたのだろう、布団やマットを幾重にも重ねたクッションの上にいた。
「……どうやら、助かったようですよ……」
クッションの上から降りた朔は、胸の子供を降ろす。
そして、愕然とした。
――息を、していない。
「――!!!」
煙を吸い込みすぎたのか、先ほどまでは辛うじて息をしていた筈なのに、その子供の呼吸がいつの間にか止まっている。子供の顔色は蒼白く、生気が感じられない。見渡すが、まだ消防隊は到着していないようだ。
「まだだ! まだ諦めるものか!!」
朔は、自分のマントを広げ、そこに子供を寝かせた。気道を確保し、口をつけ息を吹き込む。
「死なせはしない!! こんなところで死なせるために助けたんじゃない!!」
ぐいっ、ぐいっ、と一定のリズムで強く胸を押していく。
「あなたは! こんなところで死ぬために! 産まれてきたんじゃない!」
まだ呼吸は戻らない。月光蝶の仮面と一体化していた正義マスクがはらりと落ち、子供の上に落ちた。
朔は、そんなことには構わずに人工呼吸を続けていく。
「生きろ! 生きろ!! 生きろーーーっ!!!」
知らずにこぼれていた涙が、正義マスクの上に落ちる。一瞬だけ、正義マスクが光った気がした。
「っげほっ! げほげほっ!!」
子供が朔の手の下で激しく咳き込み、息を吹き返した。呼吸が正常化するにつれ、顔に生気が戻っていく。
「……助かった、のか……」
子供を住民に手渡すと、かくっと足の力が抜ける。そのままぺたんと尻餅をつくと、マントの上に乗ったままの正義マスクを見つけた。
本当に全ての力を使いきったのだろう、そのマスクは粉々に砕けて、辛うじてその姿を留めていた。
「あ……」
手に取ろうとすると、風に巻かれたその残骸はさらさらと消え去ってしまった。
「ありがとう……」
姿のない誰かの代わりに、マントをぎゅっと抱き締める朔。
――大きな試練を乗り越え、彼女はトラウマを克服することができたのだろうか。
☆
「ほーら、痛いの痛いの飛んでいけー」
霧島 春美(きりしま・はるみ)は魔法少女、今日も今日とて人々の役に立とうと奔走中。
そんな彼女がこの火事現場に現れないわけがなかった。
「おっと、こっちは危ないですね」
呟きながら、ブリザードで子供たちの周りを消火していく。空飛ぶ箒で一度子供たちを外に出し、超感覚のうさぎ耳で子供の声や気配を補足する彼女は、効率よく子供たちを救出していた。
「……だいぶ助けられたから、そろそろ全員のはずですけど……」
ふんふん、とうさ耳を傾けるとまだ話し声がするのを感じる。
「よおっし! がんばっちゃいますよー!」
再びアパートに突入していく春美だった。
「……健勇、その子を連れて先に脱出するんだ」
その頃のアイン・ブラウは、養子の黄 健勇と共に火事現場の中にいた。携帯電話で外にいる蓮見 朱里と連絡を取り合うと、どうやらほぼ全ての子供たちが救出されたようだ。そして今、健勇が連れている子供が一人。
そろそろ炎の勢いが増し、建物が倒壊しかかっている。さすがにこれ以上は危険だった。
「先にって……父ちゃんはどうすんだよ」
「万が一、残った子供がいてはいけない。僕は残って、子供たちを探す」
「やだよ、俺も残る!!」
「――健勇」
「俺も残る!! 俺も父ちゃんみたいにカッコいいヒーローになって活躍するんだ!!」
――ぱん。
「……?」
それは健勇にとってとても意外なことだった。いつも厳しいが優しいアインが、軽くとはいえ自分の頬を叩いたのだ。
「……叩いてすまない。だが聞くんだ」
「……父ちゃん」
「ヒーローとは、カッコいいだけのものじゃない。いくら力があっても、いくら人から称賛されても、大事なものを守り抜けないならば何の意味もないんだ」
「……大事な、もの?」
「そうだ。例え自分が傷ついても、蔑まれても、自分にとって大事なものを守りぬく心こそが――」
す、とアインは健勇の手を取る子供を指差した。今、健勇がすべきことは何なのか、守るべきものは何なのか。
「――それこそが、ヒーローの証なんだ」
「……うん、分かったよ。俺分かったよ父ちゃん!!」
ぎゅっ、と握った子供の手を強く握る健勇。
「俺、この子を連れてすぐに脱出する! 俺が連れてってやんないと、この子も死んじゃうもんな! だから……」
一瞬だけ、うつむいた顔をアインに戻した。
「だから、父ちゃんも絶対に帰って来てくれよ! 約束だからな!!」
「――ああ。男と男の、約束だ」
絶対だぞ! と言い残して素早い動きで子供を抱えて脱出する健勇。あの分なら心配ないだろう。
自分は機晶姫である利点を活かして、他に逃げ遅れている子供がいないか確認するアイン。少しすると、朱里からの連絡が入った。
「アイン! あと一人、あと一人だけ逃げ遅れているみたいなの! たぶんいるのは1階! 赤ん坊だから助けを呼ぶこともできないのよ!」
この炎の中では赤子の鳴き声などかき消されてしまうだろう。
「分かった、そちらに向かってみる。朱里、その子の部屋への誘導を頼む!!」
「分かったわ!」
母親から部屋の場所を聞いて誘導する朱里。すると、確かに崩れかかった部屋の中で、ベビーベッドに横たわる赤ん坊が確かにいた。
「見つけた! すぐに保護する……うわっ!?」
アインがそちらに向うと、いよいよ崩落を始めた天井が落ちてくる。このままでは赤ん坊を直撃してしまうと思ったアインは、自分の体を盾にして赤ん坊を守る!
「ぬうぅぅぅっ!!!」
機晶姫のボディは確かに頑丈だが、限界というものがある。大きな天井と柱を支えるアインには、もうそれを持ち上げるだけの力は残されていなかった。
「朱里……健勇……ピュ……リ……」
そのまま、炎に包まれていくアイン。
「アイン!? アイン!?」
朱里は電話に何度も叫ぶが、応答はない。赤ん坊を見つけたらしいアインに何かあったのは、明らかだった。
だが、今それを確認する手段はない。
「母ちゃん! 父ちゃんどうなったんだ! なあ!?」
朱里の足を掴んで揺する健勇だが、朱里にも何が起こったのかは分からない。
だが。
朱里の瞳は曇ることなく、真っ直ぐ燃え盛るアパートを見つめていた。
「大丈夫よ」
「……でも!!」
「……大丈夫。アインはね、傷つき、泣く人のために一生懸命頑張ることができる、本当のヒーローよ。それに……あの人は」
心細いのは朱里とて同じである筈なのに、彼女は健勇の頭をそっと撫でて、言った。
「あの人は、約束を破ったことはただの一度だってないの。……だから信じましょう、あなたの父さんを」
「……うん! 俺信じるよ、母ちゃん!!」
ぎゅっと、朱里の手を握る健勇。
それは、自分を励ますためでもあり、朱里を励ますためでもあった。
轟音を立てて崩れ落ちていくアパート。
心配そうにそれを眺める地域の住人。そして朱里と健勇が見守る中、まるで流星のような一筋の光がアパートに突入していくのが見えた。
それは箒に乗った霧島 春美の姿だった。
そして一瞬の沈黙の後、
「マジカル☆ブリザード!!!」
1階中央、朱里がアインを誘導した辺りの炎が一気に消火されていくのが見える。そして。
「マジカル☆サンダー!!!」
サンダーブラストで崩落しつつあるアパートの残骸を吹き飛ばす春美。その中をアインが赤ん坊を抱え、加速ブースターで脱出してきた。
春美はアインが脱出したのを見ると箒に乗ったまま上空に飛び、上空からブリザードを降らせて火事を消し止めていく。
ようやく脱出したアインは、母親に赤ん坊を引き渡し、人混みの中を一歩ずつ歩いていた。全身は火事による熱でダメージを負い、天井を支えた衝撃で片腕はもう動かない。
それでも彼は立っていた。父として、男として。そしてヒーローとして。
そんな彼を出迎える朱里と健勇。瞳に涙を溜めつつも、口元には笑みがこぼれている。
「おかえり……お疲れさま」
「おかえり、父ちゃん」
アインは、愛する家族のもとへと帰った。
「――ただいま。遅くなってしまって、すまない」
春美のブリザードの効果もあってか、火事も収束に向っていた。住民たちは救出された子供たちの無事を喜び、そのために尽力した人々の行為を称えるのだった。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
Next Last