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湖中に消えた百合達

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湖中に消えた百合達

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第1章 ヴァイシャリー湖を調査せよっ!


 梨穂子と先輩の姿がヴァイシャリーの湖へと消えてしまった後、慌てふためきながらも高原 瀬蓮(たかはら・せれん)のとった行動は早かった。
 乙女に「内緒ね」が通じないということは、万人の知るところではあるが、実際、女子高生の横のネットワークほど迅速に広がる情報はない。それは就寝時間を過ぎたこんな時間であっても変わりなかった。

 窓から差し込む月明かりだけのほの暗い部屋で、すでに身を横たえていたジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)もその夜、携帯電話のメール着信音で目を覚ました一人だった。
 メールの内容を読んだジュリエットは、隣で眠っているジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)を起こさぬように密かに、百合園女学院は言うに及ばず、その他の学園の知り合いにも声をかけ早々に【情報収集班】を結成したのであった。

 そして、こんな時ばかりは学校の寮住まいというのは便利なものである。
 玖瀬 まや(くぜ・まや)はメールを受け取って、さっそく葉月 可憐(はづき・かれん)の部屋へと足音を忍ばせて向かっていった。エリアス・テスタロッサ(えりあす・てすたろっさ)が「もう就寝時間過ぎてますし、明日にしませんか」と言っても、当然聞く耳を持たない。
 可憐の部屋では目立たぬように間接照明を付けた中で、アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が紅茶を入れていた。甘い、良い香りが部屋中に広がっている。
「まやちゃん…!オケアニデスって、パラミタのオケアニデス?それとももしかしたら、地球から来たんです?!」
 可憐はガーゼ素材の柔らかいパジャマの裾をちょっと気にしながらも、ベッドの上で飛び跳ねるようにきゃいきゃいとまやに話しかける。
「ヴァイシャリーと縁が深くって、もし地球から来たんだったら…静香校長が、危ないんじゃないですか?!」
 メールを受け取ってから、可憐はすでにあれこれ、想像を膨らませていたので、その説をまやに聞いて欲しい様子で、百合園女学院校長の桜井 静香(さくらい・しずか)の名を挙げた。
「うぅ〜ん、わからないけど『あの娘』がわかれば、梨穂子さんと先輩を救うヒントになるのかも?」
 カラフルな大きめドット柄のコットンパジャマを着たまやは、ベッドにころりと横になった態勢で、器用に小首を傾げた。
「ふふ…なんだか、可憐とまやちゃん、二人で盛り上がってますね?」
 ティーコゼをはずしたティーポッドから、アリスはエリアスの前に置かれたカップに並々と紅茶を注ぐ。
「本当に、二人ともとても楽しそうです」
 エリアスは、紅茶に目の前にあった白い粉をスプーンいっぱい入れると、ティーカップに口をつける。
「あぁっ!エリアス、紅茶にそんなものいれちゃいけませんっ」
「ん…?アリスの淹れてくれたお茶、とても美味しいですよ」
 アリスはいつも通り“調味料セット”を載せた小盆を丸ごと持って来たことを後悔した。にっこりとほほ笑んだエリアスの前にあった小びんの中には、それはしょっぱい、パラミタ内海特産!海のあら塩が入っていたのだった…。

 高原 瀬蓮(たかはら・せれん)の携帯電話には、事件の詳細を問い合わせるメールだけでなく、瀬蓮を励ますメールや慰めるメールも多数届いていた。瀬蓮は目の前で梨穂子と先輩を攫われたショックと何も出来なかった自分に悔しさを感じているのだった。
 アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)は、瀬蓮の肩をそっと抱くと、眠りにつくようにと、誘った。
 オケアニデスという存在、あの娘とは誰なのか、そして梨穂子と先輩は今どうしているのか、どうしたら二人を返してもらうことが出来るのか、事件を知った人たちのさまざまな想いが重なる中、夜は刻々と更けていくのであった。


  *  *  *


 不自然にならない程度の時間を見計らいつつ、百合園女学院の制服に身を包んだ遊雲・クリスタ(ゆう・くりすた)は、それでも早々に寮を出て、そのまま真っ直ぐにヴァイシャリー湖へと向かった。どうしたらいいのかはわからないけれど、ともかく梨穂子と先輩を返してもらうために、アケアニデスと話しをしたいと思ったからだ。
 ヴァイシャリー湖は、昨夜あったという事件が嘘のように静かで、朝の日差しを受けた湖水は美しく光を反射していた。
 澄んだ水と、時々楽しそうに跳ねる小魚たち、そしてその小魚たちに向かって、釣り糸を垂らす人影…?
「あの…ここで、何してるの?」
「もちろん、オケアニデスを誘き寄せてるんですー」
 レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)は、釣り竿に結び付けた梨を自慢げに手のひらに乗せて差し出して見せた。
「梨穂子さんを連れ去った妖精さんなら、梨を餌にすればけっこう簡単に釣れちゃうんじゃないですかねー。あなたも一緒に釣るですか?」
 レロシャンの自信満々な口ぶりに、なんとなく圧倒された遊雲は、差し出された釣り竿と梨を素直に受け取った。
「これ、日本の山梨県ってところの梨なので、きっと効果も倍増ですよー」
 遊雲は小首を傾げながらも、レロシャンの笑顔に納得して、隣に腰を下して静かに釣り糸を垂らした。
 レロシャンがオケアニデス梨大好物説を熱く語っていると、その釣り糸の先にユラリ、と人影のようなものが湖底から上がってくるのが見えた。
「ひゃあぁっ!!!来たーーっ!!!!」
 オケアニデスが現れるのを待っていたとは言え、やはり乙女二人を攫った妖精の出現に悲鳴を上げる。しかし…、
「これ、何?」
 梨をつまむようにして、湖底から上がってきたのは、坊主頭の男性。
「な、、、梨、です…」
 サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)は、その梨にがぶりと一口齧りつくと「うまいよ」と二人を見上げて言った。
 その横からぷくぷくとあぶくが上がってきたかと思うと、精悍な顔立ちの女性が現れ、三人を見まわした。
「…何してるでありますか?」
「これ、うまいよ」
 比島 真紀(ひしま・まき)は手渡された食べかけの梨を見ても、意味がわからなかった。
 真紀は、とりあえず梨をサイモンに返し、岸へ上がった。百合園女学院の制服を着ている二人に、昨夜の事件について聞いてみようと思ったからだ。
「お二人は昨夜の事件について何か知ってるでありますか?」
「うん!瀬蓮さんから聞いて、オケアニデスを誘き出すためにここに来たんですー」
「…梨で釣り、でありますか?」
「梨穂子さんを攫ったくらいですから、オケアニデスはきっと梨が大好物なんじゃないですかねー」
「…なるほど」
 真紀はあえて突っ込まなかった…。
「俺たちは、まずは湖底から調べてみるつもりなんだよね」
「じゃあ、あの人たち、仲間ですか?」
 遊雲が指を指した先には、シャンバラ教導団指定の迷彩スクール水着を着た長身の女性が、ゴムボートにホースやら荷物を積み込んでいた。
「いや、一緒に来たわけじゃないけど…、湖に潜るつもりみたいだし、協力するかね」
 サイモンは、スイっと、準備をしている二人組のほうに泳ぎ出した。
「じゃあ、あの、何かあったらすぐに逃げるでありますよっ!」
 真紀も、湖底調査の協力をするべく、二人のほうへと駆けて行った。
「はぁー。オケアニデスじゃなかったですねー。西洋の妖精だし、洋梨のほうが好きなんですかねー」
 レロシャンは、レイモンの食べかけの梨を見つめて、新しい梨へと付け変えた。

 シャンバラ教導団指定の迷彩スクール水着を着た宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、同じくシャンバラ教導団指定の迷彩スクール水着を着込んだセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)と共に、ゴムボートに潜水用のゴーグルや長いホースを積み込んでいた。
「さぁ、セリエ。がんばって探すわよ」
 準備万端、ボートを湖に浮かべようと移動したその時、ザバッと音を立ててサイモンが湖面から顔を出した。
「シャンバラの人だよね。俺たちも湖底調査をするつもりで来てるんだ。協力させてもらっていいかな?」
 俺たち、という言葉に振り向くと、真紀が礼儀正しくお辞儀をした。
「一緒に梨穂子さんたちを探すでありますっ!」
 突然の二人の登場に、祥子とセリエは顔を見合わせたが、ホースやボートを管理する必要もあり、二人では少々きついと思っていたので、快く申し出を受けることにした。
「情報によれば、百合園女学院の二人、あの辺りで攫われたそうですから…」
 祥子は昨夜、梨穂子と先輩のいた湖畔を指さして、ボートの進む位置を決めていく。
「やはり、この辺りですわね」
 祥子が指差した、ボートの下には“人攫い”などという物騒なものとは無縁そうな、澄んだ湖水が静かに揺れている。祥子はゴーグルとホースを身につけ、セリエがホースとボートの管理を引き受けた。
 真紀とサイモンは、さっきと同じ素潜りで、湖底を探索してみることにした。
「お姉さまをお願いいたしますね。無理はダメですよ?」
 セリエは最後の部分は祥子へと向けて言った。
「大丈夫よ。くれぐれもホースのことお願いね」
 3人が湖底へ向けて潜っていくと、朝の光が反射してきらめく水中は大変美しく幻想的で、だからこそ、いつ妖精のような存在が現れてもおかしくないと思われた。
 ホースのある祥子がぐいぐいと潜っていく後を、真紀は身軽な動作で追っていく。真紀よりも素潜りでは深部まで行く事の出来ないサイモンは、時折、合図をして湖面へと酸素補給へ行き、入れ替わりに真紀が湖面に顔を出すこともあった。祥子のホースが良い目印となり、3人はボートを中心に円を描くように、だんだんとその探索範囲を広げて行った。
 祥子が湖底に付き、ライトで周りを照らし出すためにスイッチを入れた瞬間、祥子に向かって勢いよく突進してきた影があった。祥子が取り落としたライトで浮かび上がった姿は、ロングウェーブの髪を湛えた、女性の姿…。
(オケアニデスッ…!)
 追いついてきた真紀も異変に気が付いた。しかし、ライトの光に浮かび上がっている女性の姿は…同じ顔が5人?!
 真紀はナイフを構え、素早い動きで祥子を取り囲もうとしている妖精たちの真ん中に飛び込んだ。二人に襲いかかっているのは、オケアニデスの放った海藻の精霊ショーニー。ショーニーの素早い動きに絡みとられないように、祥子は機敏な動きでショーニーを避けるものの、水中での動きは当然ながらショーニーのほうが上、まして、ショーニーの氷術を受けてはひとたまりもない。真紀がナイフで上手く裁きつつ、ともかく水上を目指す。
 セリエは、ホースの不自然な動きを感じ、お姉さまの身に何かあったのでは…、と心配になったが、湖に飛び込みたい衝動を抑え、上がってきた祥子のフォローのためにいつでも対応出来るよう、じっと湖面を見つめた。不自然に上がってくる泡が、水中での異常事態を物語っている。
 祥子と真紀がショーニーを振り切ろうと、ナイフで応戦しつつ、湖面へと向かっている途中で、サイモンが二人に追いついた。サイモンはショーニーに驚きながらも取り乱すことはせず、二人を先に逃がすために、自分もナイフを取り出した。祥子は身軽になるためホースを捨て、ドラゴンアーツを応用してスピードを上げて湖面を目指す真紀に掴まった。二人がある程度距離を稼いだのを見て、サイモンもドラゴンアーツを使用して、湖面目指してスピードを上げた。
 ショーニーは、湖上までは追ってくることは出来ないようだった。真紀に抱えられるように湖面に上がってきた祥子に向かって、セリエは、ボートを寄せた。
「お姉さまっ!!」
「大丈夫よ」
 セリエが二人をボートに引き上げようとしていると、サイモンが湖面に現れた。
「アレは、なんだ?!」
「わからないでありますが…、あそこにアレがいる以上、攫われた乙女たちかオケアニデスか…、近くにいることは間違いないでありますっ!」
「だな。でも、アレは俺らの手には負えないぜ。オケアニデスはアレよりも強いんだろうし、どうするか…」
「ともかく、他の人たちにも伝えて、どうしたらいいのか、考えましょう」
 4人が一先ず岸に戻ろうとしたその先には、2人の釣り人の姿があり、レロシャンは梨から洋梨へと付け変えているとことだった。