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リアクション
【2・戦う騎士(?)たち】
灰色狼達がいなくなり、黒衣の男も身を隠したことで、一時的な小休止が訪れていた。
それでも神野 永太(じんの・えいた)は、男の妨害工作に備えた対策として『トラッパー』スキルを駆使し、パートナーである機晶姫の燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)を守るために、周囲に大量の罠を施していた。
罠は危害を加えない生け捕り用のもので、落とし穴やトラバサミ、果ては地面すれすれにピンと張ったロープ等もあった。更には極め付きの罠として、非致死性の粘着地雷までも設置していたりした。
それらの罠を植物でカモフラージュし終え、自身も隠れ身で息をひそめる永太。そしてパートナーが歌い始めるのを待っていた。が、当のザイエンデはなかなか歌おうとはしていなかった。
実際ザイエンデの心情としては、戦闘兵器として製造された自分に歌などは無用なデータだとして削除したいと望んでいたのだが。永太のたっての願いで、今回だけでも聞かせて欲しいと頼まれたからしぶしぶここに立っているのであった。
そんな心境のまましばらくただ佇むだけだったが。もうはやく終わらせてしまおうと考えを変え、そして。彼女は歌いはじめた。無心に、真摯に、初めての歌を。
『――――――』
紡がれ始めるその歌。それはパラミタの古代語での発音らしく、パラミタ出身者以外の人物には歌詞がわからなかった。
だが、しかし。例え外国の歌を日本人が聞いたとしても、その良さや雰囲気は不思議と伝わるものだ。特に音楽に通じた生徒は、その旋律がショパンの幻想ポロネーズに近いものと感じとっていた。
そして。永太は驚いていた。彼も地球の人間ゆえ、古代語の歌詞などわからない筈だった。でも、ザイエンデとパートナーの絆を結んでいる彼には、それが理解できていた。
『――――――』
(ソこに 選バれた ニんげんのイし ただただたえル そのヒとつの おトヲ)
永太には、ステレオの感覚でふたつの歌が同時に聞こえていた。
『――――――』
(タだ そこにイる喜びを セかいに そこにある ツながりを みんなニ)
機晶姫のその歌は、どこか人とは違う声量と声質で。しかし、それが逆に美しい中に悲しみを混じらせ、歌の中に深さを持たせているようだった。
永太はしばらく旋律に聞き惚れていたが。視線の先にあるものを見つけて戦慄した。
それは木の上で動く影。黒衣の男かとも思ったが、それはモンスターらしき生物。
実はモンスターのことを知らなかった永太は慌てるも、罠を仕掛けるのにかなりの体力を消費していたためモンスターを排除するのは辛いだろうと判断し、そちらには他の生徒が戦ってくれる事を祈ることにするのだった。
そんな永太の苦悩をよそに、やがてザイエンデの歌が終わった。大樹の周囲は杏のような気分をリラックスさせる香りが待っていた。
そこで、パチパチと拍手が響く。ザイエンデがそちらを向くとアズミラ・フォースター(あずみら・ふぉーすたー)がいた。張られたロープをちゃんとまたぎつつ、。声をかける。
「綺麗な歌ね。歌詞はわからなかったけど、いい歌だって思ったわ」
「そう、でしょうか……」
アズミラに対し、自身の中に沸き立つ感覚がなにか図りかねるザイエンデ。
「私もあなたみたいに歌えるようになれるといいんだけど。そうしたら……」
「そうしたら? どなたかに聞かせたいのでしょうか」
「え? あ、まぁ、そんなとこかな。じゃあ今度は私が歌わせて貰うわね。あー、あー、こほん」
なにやら言葉を濁しながら、アズミラは歌い始める。
誰かを思い なぜ歌うの
それはきっと 大切だから
響いていくその歌。アズミラの声がいいようで、しっかりとした旋律で辺りに響いていく。聞き手となったザイエンデは、罠に気をつけつつ少し離れ清聴する。
素直になれない だから歌うの
そうすれば必ず 届くから
流れる歌に、大樹からはバニラにも似た甘く心地よい香りが出始めた。そのとき。
「「キー! キー!」」
猿のような鳴き声がした。アズミラは歌いつつ、ふっとそちらに目をやると、
そこにいたのは永太が危惧していたモンスター。灰色の毛並みの猿に似た連中がそこら中の木々にぶら下がっており、そして気付かれたのを悟るや、逃げられる前にと尖った枝を無数に放りなげてきた。
「きゃああっ!」
突然のことに身動きできず硬直してしまうアズミラ。だがその時。
「あぶない――っ!」
仮面×イダーっぽい仮面をかぶった男が現れ、枝に自身の体を刻まれるのも構わぬままアズミラを抱えて跳躍し、彼女を庇うのだった。
なんともよいタイミングで現れたその仮面の男。
実はそれもそのはず、彼はアズミラのパートナー弥涼 総司(いすず・そうじ)なのだった。
ここに来るすこし前。
アズミラがチラシを眺めながら『行ってみようかな?』と言ってたのを見て、どこへ行くのかと訊ねてみた総司だったのだが。
総司にはこのことは秘密にしたいアズミラは慌ててチラシを後ろに隠し『なっ、何でもないわよっ』と上ずった声で返していたので、結果総司は気になり尾行してみる事にした。
ということがあったのである。
アズミラが今回の件を秘密にしたいと思っていることを考慮し、自分は正体を隠してマスクド・ゲイザーに変身しているのだった。
「あ、ありがとう……あなたは、一体……」
「オレの名は、マスクド・ゲイザー! モンスターはオレに任せろ。だから安心して歌の続きを歌ってくれ!」
そう言ってお姫様抱っこをしていたアズミラを静かにおろし、木の上の猿に向き直った。
そして。そんな彼をうっとりした目で見つめるアズミラ。そう、アズミラは今の格好よさに一目惚れしてしまった……のとはちょっと異なる。
(はぁ、あの人の血のにおい……総司のとちょっと似てるかも……)
そう。吸血鬼である彼女は、流れる血液に惹かれていたのだった。
「キキキ、キー!」
邪魔をされたことに怒った灰色猿達は、今度は自分達が枝から落下し飛び掛っていく。
マスクド・ゲイザーはそれに応戦すべく剣を振るうも、猿達はひょいひょいと身軽にかわし、隙をついて殴りかかり、更にまた逃げる戦法をとってきていた。そんな奴らに汗がにじむのを感じるマスクド・ゲイザー。だがその時、
「苦戦してるみたいだな、それじゃあヒーロー失格だぜっ!」
突如そんな叫び声が響いた。場の一同が反応しそちらを向くと、そこには特撮ヒーローみたいな衣装を着込んだ武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が(ちょっと低めの)木の上に立っていた。
「とうっ!」
そんな掛け声とともに勢いよく着地する牙竜。
「なんだ、お前は!」
そう問うのは総司……もといマスクド・ゲイザー。
「俺か? ケンリュウガー。ただの正義の味方だ!」
こたえるのは牙竜……もといケンリュウガー。
傍から見ると確実に子供向けヒーローショーという状況であった。
「俺が来たからにはもう安心だ! さあモンスターども、どっからでもかかって――」
「キー!」
言い終わる前に、既にかかってきていた。先程と同様のヒットアンドアウェイ攻撃を繰り返す灰色猿達に、思うように攻撃できず早くも押され始めるケンリュウガー。
「ぐっ、痛て……くそっ、こうなったら……ケンリュウガー・ランサーフォームだ!」
そう叫んで衣装の一部を変えるケンリュウガー。更に、傍で待機していたパートナーのリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)に合図を送る。
すると仮面乙女マジカル・リリィの衣装着用済みの彼女は、持ってきたCDを再生プレイヤーへとセットし、マイクを手にした。
流れはじめる音楽。曲は平成仮面×イダー系で戦闘で流れるようなタイプのそれだった。光精の指輪と氷術を使い、辺りをライトアップさせ自身を演出するリリィ。そして、
【アンリミテッド・バトル】
無限の星 バトルの渦が ゆらめいて
聖者さえも 拳で語れば 始まる Legend
身体がざわめく 限界越えて 飛び込め アアアア争いへ
リリィの歌を背後に感じながら、意気込むケンリュウガー。
「さあ、ここからが本番だ!」
若干呆気にとられていた猿達だったが、我に返りまた攻撃を仕掛けてくる。
攻めては引き、引いては攻める。状況は変わっていないように思われた。だがしかし、ケンリュウガーは焦ることなく攻撃をいなしていく。そのせいで今度はなぜか逆に猿の方が焦らされていた。
「いくぞっ……!」
そして勢い込んで背後から襲い掛かってきた一匹を、振り向きざまにケンリュウガーは、
「ライトニング・ブレイド――――――ッ!」
と叫びと共に放たれた轟雷閃は猿へと直撃し、爆炎と共に葬り去られた。そしてそれをバックに、ケンリュウガーは猿達へと向け誇らしげに決めポーズを取るのだった。
歌いながら拍手を送るリリィ。もっとも実際一匹しか倒していないのだが、その奇妙な迫力に猿達はなぜか気圧され後ずさり始める。
しかしその先には、運悪く永太が仕掛けたトラップが満載で。猿達はあわれ落とし穴に落ち、トラバサミに挟まれ、地雷で爆発したりする結果となっていた。
そして誰かが言った。あれが、ヒーローパワーのなせる業かと。
そんな喧騒とは離れた、大樹をはさんでちょうど反対側の場所。
そこにはウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)がいた。彼は勿論ヒーローもののコスプレはしていなかったが。普段とは違う身なりをしているのは同様だった。
(ふっふっふ、狙うならとーぜん黒幕だろぉ? だとしたらここに一人囮の歌姫を置いて、おびき寄せるのみッ!)
という考えの元、女装していた。メイド服を着て、若干の化粧もかかさずに。ちなみに童顔で器量よしなので、けっこう見栄えはしていた。
「ふんふん、ふんふんふん〜♪」
鼻歌交じりで、いかにもこれから歌を歌いますといった素振りで、
「さぁ、そろそろ本格的に歌っちゃおうかなぁ〜」
挑発っぽく声に出してもみていた。だが、黒衣の男はまだ現れる気配は無い。
やはり実際に歌わないとダメなんだと思い、すぅっ、と息を吸い、そして。
Oh! Let‘s Heart Giant〜♪
ボエ〜、という効果音がつきそうな美声を、辺りに広げていく。
天下〜無双の 音を出せ〜♪
大樹はそれを聞き、香りを放つ。ラフレシアのようなちょっと匂いが濃く、鼻を刺激してくれそうなものを。近くの生徒達が何事かとざわめき始める中。
カーン
という音が響いてきた。
思わずウィルネストは歌を止めてそっちを見る。そこにいたのは椿 薫(つばき・かおる)。彼はなぜか持っていたグラスを並べ、鐘代わりに鳴らしているのだった。
「今のはなんだ……なんですか?」
女装しているので、一応言い直しながら抗議するウィルネスト。
「え? ああ。大樹の根元で素人のど自慢大会があるってきいたのでござるが。歌はすれども審査員は見えず……ならば拙者がその代役として鐘を鳴らそうと考えたのでござるよ」
薫はなにやら勘違いをしているらしく、そんなことを言っていた。
それにムッとしたウィルネストだが、
「いやしかし。さすがに鐘ひとつというのは、可愛らしいお嬢さんに失礼だったでござるな。すまんでござる」
可愛いと言われてちょっと機嫌が直った。
それならもう一曲、いってみよう……と言いかけたその時。
突如モクモクと灰色の煙が立ち始める。しかもそれは決して火事のたぐいではなく、しかも狙い済ましたかのように流れてくる煙。つまりこれが意味するところは、
「やはり……誰も彼も立ち去ることはないようだな、愚かしいことだ」
煙の先に、黒衣の男が立っていた。
「きやがったな、黒衣の男っ! 俺の完璧な女装に、まんまとはまった自分のバカさを呪うんだな!」
それを見るなり捕まえようと走り出すウィルネスト。
「なんでござるかな、この煙。これでは歌人たちが満足に歌えないでござるよ……」
そして、相変わらず勘違いし通しの薫はひとり別の歌の聞こえるほうへと行くのだった。
追ってくるウィルネストに対し、黒衣の男は対峙することなく逃げに徹していた。
「くそっ、待ちやがれっ! 待てっつってんだろーっ!」
驚くべき身のこなしで森を駆ける男に対し、ウィルネストの方は服に枝や草がひっかかり思うように追撃できず、ついには撒かれてしまうのだった。
だが。今度は別方向から走ってくる人物がいた。それは久途 侘助(くず・わびすけ)。
彼は、黒衣の男を捕まえるべく女王の加護による第六感であちこち歩き回り、ついに男と遭遇していた。
「見つけたぜ! さぁなんでこんなことするのか聞かせてもらおうか――」
が、男は聞く耳持たずそのままの勢いで森の奥へと走っていく。
「って、おい! なんで逃げるんだよ! 理由聞かねぇとスッキリしねぇぞ!」
侘助は慌てて後を追うが、その前に灰色の狼が行く手を遮り始める。
「だあっ、モンスターがうぜぇ! 俺は黒衣の男を追ってんだっての!」
走る勢いのまま蹴り飛ばし、蹴り飛ばし、ひたすらに猛追を続ける侘助。
(くっそ……なんだってコイツらはあの男を庇ってんだ?)
そう思いつつも、とにかく捕まえて吐かせればいいかと思い直し足を速める。だがやはり森の中に精通している男は、大樹の周りを縦横無尽に逃げ続ける。それはもう、完全な体力勝負状態になりはじめ互いに互いの体力を削っていく。
だがそうこうしているうちに侘助はあるポイントに辿り着いたことに気づき、
「火藍!」
叫んだ。直後木の上から飛び降りてきたのは、パートナーの香住 火藍(かすみ・からん)。
彼は侘助と男を挟み撃ちにすべく、待ち構えていたのである。
「さあ、もう逃がしませんよ」
「へっ! 追いかけっこはここまでだな」
それでもまだ逃げようとする素振りを見せる男に、
「これ以上お前が逃げるなら、俺は大声で歌うだけだが?」
侘助はそんな言葉をぶつける。それに対し、ようやくぴくりと動きをとめて侘助を睨みつけてくる黒衣の男。
「ほらどうした。いいんだな? 俺の美声に酔いしれな! あ〜」
「あんたの選曲は微妙なんでやめてください。どうせ民謡でしょう」
「…………」
図星だったらしく、歌いだしで早くも詰まらされていた。
「じゃ、じゃあこういうのはどうだ! わたしは〜猫と恋に落ちる鮫〜♪」
「勝手に創作も無しですよ。だいたいなんですか、猫と恋に落ちる鮫〜♪ とか訳わかりませんから」
「そうか? いいと思うんだが」
「そんな事より、黒衣の男さん。この樹に歌を聴かせたくない事情でもあるんですか?」
「ふん……あったらなんだというんだ。貴様らには、関係ない」
「だから! 関係ないかどうか、聞かなきゃわからないって言ってんだろ! もしかしたら協力できることもあるかもしれねぇのに、勝手に見限って邪魔だけしてんな!」
声を荒げる侘助にもやはり男は答えず、ポケットから野球のボールほどの大きさの草の塊を取り出すや、それにライターで火をつけて地面に叩きつけた。
すると一瞬の内に男の周りに灰色の煙が舞い上がっていく。その煙は男の逃げるためと、歌い手ののどを刺激させる両側面からの意味合いを持つものであった。
「ゲホっ……またこんな姑息なマネしやがって……!」
「ゴホ、ゴホ。なんですか、この煙っ」
そしてふたりが咳き込み、自分を見失っている隙に男は逃走した。向かう先は、当然別の歌が聞こえてくる方向。
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