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【絵本図書館ミルム】ハッピーハロウィン

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【絵本図書館ミルム】ハッピーハロウィン
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 トリートよりもトリック?
 
 
 
 ハロウィンを知らないという月崎 羽純(つきざき・はすみ)の手を引いて、遠野 歌菜(とおの・かな)はラテルの街を回っていた。ハロウィンの楽しさは自分が羽純に教えるのだと張り切って。
「ガンガン回ろうね♪」
 ミニスカートの魔女に仮装した歌菜はもう片方の手でジャコランタンを持って、練り歩く。
「仮装して外を回るだなんて、変わった祭りだな」
 ハロウィンでは仮装するものだと歌菜に言われた為、羽純は黒いマントに付け牙をして吸血鬼に扮している。周りにいる者が皆仮装している様は、羽純にとって見慣れないおもしろさがあったし、魔女の格好をしてはりきっている歌菜の様子も見ているだけで楽しくなってくる。
「あの家でお菓子を配ってるみたいだよ、羽純くん。いい? 貰うときはこう言うんだよ」
 皆も見ててね、と一緒に回っている子供たちに言うと、歌菜は元気よく家の扉を開けた。
「トリック・オア・トリート!」
「トリック・オア・トリート!」
 歌菜の手本通りに、子供たちも唱和する。
「……お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ、か」
 歌菜に教えてもらっていたそのかけ声の意味に、羽純は悪戯を思いついたように小さく笑った。
「ハッピーハロウィン。はい、お菓子はここよ」
 子供たちと共に、用意していたお菓子をもらい、歌菜は楽しくてたまらない様子で羽純のところに戻ってくる。その歌菜に向けて、羽純は言った。
「Trick or Treat?」
「もう羽純くんったら。何も私に言わなくてもいいんだよ。はい、ハッピーハロウィン!」
 歌菜は笑いながら、貰ったばかりのお菓子を差し出した。
 けれど、羽純は受け取らずに歌菜の耳元に口を近づける。
「……俺は悪戯する方がいい」
「え?」
 思わず振り仰いだ歌菜の頬に羽純は軽く口づけた。
 驚きと恥ずかしさで真っ赤になる歌菜に、羽純は声を立てて笑う。
「羽純くんってば……!」
「悪戯が過ぎたな、悪かった。ホラ、あっちも楽しそうだぞ」
 拗ねる歌菜に素直に謝ると、羽純は今度は自分から歌菜の手を引き、ハロウィンの街を進むのだった。
 
 
 
 触ると溶けてしまいそうに柔らかい上質の布地で作られた、薄いブルーのロングドレス。背中には細い金属のフレームに薄い布が張られた青い妖精の羽。ロングの金髪は、頬の辺りからふわふわと可憐なカールを形作って流れ落ちている。
 そんな『妖精の女王』は、苦虫を噛み潰したような顔つきでミルムの庭にいた。
「ブルーズ、その格好……僕は似合ってると思うな」
「…………」
 テーブルを挟んで差し向かう黒崎 天音(くろさき・あまね)の言葉に、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)嘘だろう、と突っ込みを入れたくなった。ドラゴニュートの自分に、こんなふわふわした衣装が似合う訳はない。現に、鏡で見た仮装した自分の姿はブルーズをげっそりさせるに十分だったのだから。
 天音がしている仮装は去年と同じく『ハロウィンの魔女』。黒のロングドレスにレースの黒手袋をはめ、頭から瀟洒な黒いヴェールをかぶっている為に、見えるのは口元だけ。
 けれどその形作るカーブから天音が面白がっていることを察するのは、ブルーズには難しくない。
 そしてもう1人。お茶の席についてカップに手を伸ばすのは、吸血鬼の仮装をしたアンゴルだった。
 ミルムで催しがあると知りふらりとやってきた所を天音に捕まって、気づいたらこんな格好に着替えさせられていたアンゴルは、付け牙の所為で茶が飲みにくいとぶつぶつとこぼしている。
「おや?」
 そんな不可思議な眺めの茶会が行われている庭からミルムを見た天音は、見覚えのある子供が通って行くのを見かけて声をかけた。
「トリック・オア・トリート」
「え?」
 振り返った子供は相変わらず仕立ての良い服を着ているが仮装はしていない。自分に呼びかけた相手が誰だか分からず、しきりに瞬きを繰り返す子供に、天音はくすっと笑った。
「お菓子はないのかな。どうやら悪戯の方がお好みのようだね」
 その声で天音のことを思い出したのだろう。ああ、と子供は声をあげた。
「大人の文字教室の人?」
「さあ。今日の僕は魔女だからね。そうだな、悪戯を選んだ君は魔女の魔法で妖精に変えてしまおう」
 ミルム内に用意されている着替え場所へと連れて行くと、天音はその子をブルーズのミニチュア版のような、小さな羽をつけた妖精の姿に仕立てた。
「ハロウィンのお祭りをやるって聞いてはいたけど……お菓子をもらって回るなんて子供のすることだよね」
 仮装した自分の姿を興味深げに眺めはしたけれど、素直に外を回る気にはなれないらしい。
「だったら妖精の女王の茶会というのはどうかな」
「女王……」
 ブルーズに目を移した子供は、ぷっと吹き出した。
 
 
 
「いつも衣装を用意してくれてありがとう。この衣装、ふかふかでかわいいし、あったかいね〜」
 ふかふかウサギの仮装をしたミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が、シーラ・カンス(しーら・かんす)に礼を言う。
「シーラさんのは虎だって言ってたから、ラムちゃんみたいなのかと思ってた」
 虎の着ぐるみ姿のシーラを見て言うと、
「もう当てられてしまいましたわ〜」
 虎の着ぐるみを脱ぎだしたシーラにミレイユは慌てる。
「わわ、シーラさん!」
「はい〜?」
 着ぐるみを脱ぎ終わったシーラは、ミレイユに笑顔を向けた。身体を覆っているのは、虎模様のビキニだけ。
「中にそんなの着てたんだ……」
 びっくりした、とミレイユは胸に手を当てた。
 いきなりの脱衣シーンに飲まれていたロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)だったけれど、自分もシーラに礼を言おうとしていたところだったと思いだす。シーラがロレッタに用意してくれたのは、もこもこ子羊の仮装でとても可愛い。
「衣装……ありがとうだぞ」
 人見知りするのでちょっとぎこちない上目遣い。けれどきちんと礼を言うロレッタの可愛さにイヂワル心を刺激されてしまった志位 大地(しい・だいち)は、こっそりとシーラだけを手招きした。
「どうかしましたかぁ?」
 ウサギを食べてしまいそうな虎の仮装をしたシーラの耳に、子羊を食べてしまいそうな狼の仮装をした大地はこんな提案をする。
 ――ロレッタさんをいぢ愛でませんか?
 こんな風に、と大地が説明するのに胸がきゅんとうずいたシーラも、もちろんそれに同意した。
 
「はい、これ。かぼちゃのタルトだよ」
「シェイドが作ってくれたのだぞ」
 そんな相談がなされているとはつゆ知らず、ミレイユとロレッタはハロウィンのお菓子をシーラと大地それぞれにプレゼントした。
「トリックする間もなくトリートを貰ってしまいましたね」
 ハロウィンらしくラッピングされたお菓子を大地たちは受け取った。
 大地ともシーラとも初対面で緊張するが、そんな様子を悟られたくないロレッタは胸を張って大地へと手を出す。
「トリック・オア・トリートなんだぞ」
 そう言えばお菓子がもらえるのだとミレイユから教えられていたのだけど。
 大地はあっさりと答えた。
「トリックで」
 予想外の答えにどう反応して良いのか分からず、ロレッタは困惑する。
「トリックはしないから、お菓子が欲しいんだぞ」
 ずれた軌道を修正しようとするけれど、大地はそらっとぼけてこんなことを言う。
「おや? 『いたずらされたくなければお菓子を出せ』と脅してきたのはロレッタさんでしょう?」
「脅してなんかいないのだぞ」
「でも、トリック・オア・トリートってそういう意味ですよね」
「うー……」
「さあ、どんないたずらをしてくれるんでしょう。楽しみです」
「うー、うー!」
 唇を噛んでうなるロレッタの様子を、シーラはこっそりと、けれどしっかりとデジタルビデオカメラに収めた。
(ああ、大地さんってば〜)
 ロレッタを楽しそうにからかう大地の様子に、ミレイユは苦笑する。助け船を出そうかとも思ったけれど、それより早く大地が背中に隠し持っていたお菓子の詰め合わせを、はい、と出した。
「冗談ですよ。お菓子をあげますから、いたずらは勘弁して下さいね。ハッピーハロウィン!」
「ん……」
 受け取ったお菓子籠の陰で、ロレッタはゴシゴシ目をこすって涙を隠した。
「いいにおいがするぞ」
「シーラさんと俺で作ったんですよ。食べてみて下さい」
 料理が壊滅的な恋人をフォローする為に磨き上げた大地の調理の腕、そして芸術の域に達していそうなシーラの調理テクニックをあわせて作ったお菓子だ。味の方も推して知るべし。
「わぁ〜、お菓子おいしい♪ ね、ロレッタ?」
「ん、おいしい」
 お菓子大好きなロレッタの頬もゆるむ。
 シャッターチャンスとばかりにその表情をカメラに収めているシーラを横目に、大地はロレッタの頭をなでた。
「気に入りました? こっちも食べてみてください。これは自信作なんですよね」
「とってもおいしいぞ」
 まだ少し涙の名残のある目で笑うロレッタが可愛くて。
「気に入りました? おみやげ用もありますけれど、持っていきますか?」
「もらってもいいのか? きっとシェイドも喜ぶのだぞ」
 さっきとうって変わって甘やかされ、にこにこになっているロレッタの様子に、ミレイユもほっと胸をなで下ろした。
 
 
 
 ハロウィンの街に悲鳴が響く。
「トリック・アンド・トリート! でよかったんですっけ?」
 ハロウィンの醍醐味は、いたずらしてお菓子を強請り取ることなのだと、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)はラテルの人々を驚かせて回っていた。
 大人がいたずらして回るというのもどうかと思うので、ちぎのたくらみで幼児化した上に女装している。いたずらがばれても、このいつもの『ハルカちゃん』バージョンでにっこり謝れば、きっと許してもらえる……はず。
「突撃〜♪」
 相手が驚かないと、悪戯はおもしろくないからと、連れてきたレイスをゆっくり這い出させたり、スケルトンを相手にまとわりつかせたり。やるなら徹底的に、とばかりにいたずらしまくる。
 もちろんそうされた街の人はびっくり仰天。
 悲鳴をあげたり腰を抜かしたり泣き出したり。大混乱に陥るところに、にっこりと
「お菓子下さい♪」
 と遙遠は手を出した。
「ど、ど、ど……」
 どうぞとも言えず、震えながら街の人はお菓子を籠ごと遙遠へと押しつけた。
 すっかり怯えた子供が火のついたように泣いている。
(多少やりすぎましたかね)
 ハロウィンが何かも知らない人々に、レイスやスケルトンは刺激が強すぎたかと反省した遙遠は、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。やりすぎちゃいました……」
 こういうイベントなんだから皆さんご愛嬌で、と思っていたのだけれど、家の人にとってはかなり恐怖の体験だったらしい。
「早く帰ってくれ」
 遙遠を外に追いやると、家の父親は軒先に吊ってあった目印のジャコランタンを取って家に入った。
「何で菓子配りなんて引き受けたんだ?」
「ごめんなさい……楽しいイベントだからって聞いたものですから」
「どこが楽しいんだこんなもの」
 腹立ち紛れにジャコランタンをテーブルの上に放り出した父親に困り顔を向けると、母親はまだ泣いている子供をあやした。
 
 
 
「あれ? パパの仮装、魔女の衣装じゃないんですか?」
 ジャックオーランタンの仮装をしてきた浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)に、九条 葱(くじょう・ねぎ)は意外そうな目を向けた。てっきり魔女の仮装をしてくれると思ったのに、と残念がる葱に追い打ちをかけるように翡翠は、
「はい、今回は魔女の仮装はしませんし、お菓子を貰って歩きもしないつもりなんです」
 と付け加えた。
「うー、そんなぁ」
 いろいろな家を回ってお菓子をもらえるイベントだと聞いて、今日をずっと楽しみにしていたのにと、葱はがっくりと肩を落とした。
「お菓子を貰わないのに家を回るの?」
 聞いていたハロウィンの行事とは違うと九条 蒲公英(くじょう・たんぽぽ)が不思議そうに聞くと、翡翠は何かをたくらんでいそうな顔で笑った。
「世間一般のハロウィンでは、トリック・オア・トリート、悪戯か招待か、と聞いて悪戯しない代わりに招待されるものなんですけれど、それでは芸がないと思うんです。だから、私たちの合い言葉は『トリック・オア・トリック』。悪戯一択でいきましょう」
「トリック・オア・トリック? 翡翠、それって……」
「お菓子をくれてもくれなくても悪戯しちゃうぞー、です」
 いたずらっぽく言う翡翠に葱は驚いた。
「パパ、そんなのありですか?」
 蒲公英の方はもう少し冷静に翡翠に尋ねる。
「悪戯ってどんな?」
「『お菓子を配って回る』悪戯です」
 ハロウィンを楽しめない人たちは、お菓子をいっぱい食べて虫歯になっちゃえ、といういたずらなのだと翡翠は言った。その為に配るパンプキンパイも準備してきたと、翡翠はお菓子の入った籠を見せた。
「お菓子をもらえる立場にあるのにわざわざ配って回るだなんて、相変わらず天の邪鬼なことをするわね」
 さしずめ、せっかくのお菓子なんだから皆で食べた方が美味しいだろう、なんて思ってのことだろうと、蒲公英は翡翠の本心を推し量った。
「仕方がないから私も付き合ってあげるわ」
 蒲公英はそう言ったけれど、葱の方はまだ唸っている。
「うー、衣装は我慢しますけれど、私もお菓子食べたいですー」
 配るのも楽しそうではあるけれど、お菓子がたくさん食べられると期待してきただけに、目の前をお菓子が通り過ぎていくのを見ているだけなのは切ない。
 訴えかける目で見てくる葱に、翡翠は籠から取り出したパンプキンパイを持たせた。
「ちょっとくらいなら途中で食べてもいいですよ」
「やった、さすがパパですね!」
「お菓子はたくさん持ってきたんです。ただ、その分かさばってしまって……」
「解ってます! 途中の荷物持ち頑張りますよっ!」
 翡翠から籠を受け取ると、葱はそれを空飛ぶ箒の柄に引っかけた。
 トリック・オア・トリック。
 いたずらのお菓子をどうぞ。
 お菓子につられて、もらった皆が笑顔になってくれますように。