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Trick and Treat!

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17.はろうぃん・いん・ざ・あとりえ。そのじゅういち*やさしいあのこにできること。


 樹月 刀真(きづき・とうま)は、クロエと初めて会った日のことを思い出していた。
 喫茶店に入って、チョコレートケーキを食べたクロエ。甘い物が好きだと言って、無邪気に笑っていた。
 刀真は考える。
 ここは、ツァンダ。
 クロエの居る工房は、ヴァイシャリー。
 距離もあるし、生ものを作って持っていくのは避けた方が良いだろう。
 では、何を作って持っていくか。
 答えはすぐに出た。クッキーだ。チョコが好きだとも言っていたから、チョコチップ入りのクッキーなんて、どうだろう?
 クロエの家族であるリンスとは初対面だし、食べ物の好みはわからないから無難にバタークッキーも作ることにして。
 二種類では飽きるかもしれない、とさらにはナッツ入りクッキーも作り。
 そして刀真が作ったクッキーは、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が綺麗なラッピング紙とリボンで小分けにして飾り付けていく。
「私も作りたかったな……クロエちゃんへの、お菓子」
 完成していくお菓子を見て、月夜はぽつりと呟いた。
 今回、これだけお菓子を作っている理由。
 それはもちろん、ハロウィンだからということでもあるが。
 先日、病院でクロエに会った時。彼女の優しさに救われた。
 そのお礼もしたかったし、ハロウィンパーティのお誘いも受けたから、みんなで楽しみに行こうと。
 そういうわけなのだが、月夜はお菓子作りに関与していない。
 なぜなら、料理が下手だから。
 そのくせやる気だけは人一倍あり、作っている過程を見てしまったら……とてもじゃないが、月夜作のそれを残すなんて選択肢は存在しなくなる。
 また、それをクロエに渡すのも気が引けるし……、ということでラッピング要因に回ってもらったのだが。
「…………」
 黙々と、綺麗に包み上げていく月夜。
 ただし、ちょっぴり寂しそう。
 それを見て、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が、どうしましょう? と刀真を見上げてきた。白花は刀真の手伝いとしてクッキーを作る役割を担っていた。下手なフォローは任せられない。
 そこで刀真は考える。
「月夜」
「何?」
「チョコレートを刻んで、溶かしてくれないかな。溶かし方は白花に聞いて、一緒に」
「?? 何か、作るの? 私も、手伝っていいの?」
 頷いて、チョコレートを渡す。白花にはレシピも。
 クッキーばかりというのもどうかと考えて、あと一つ、何かないかと考えていたところだったのだ。
 そこに月夜のその悩みとあらば。
「チョコレートを、そうです。刻んで、ボウルに入れて……それから、お湯を張ったボウルにボウルを乗せて、溶かすんです」
「チョコレートを溶かすって、こうやるのね。ココアみたいにお湯を入れて溶かすのかと思ってた」
「あ、あはは。違いますよ。チョコレートは、こうして湯煎で溶かすんです。
 溶けたら、刀真さん、このナッツでいいですか?」
 白花が、一口サイズのナッツの入った袋を手に、問いかける。
 それでいいよと頷くと、頷き返され。
「溶けたチョコに、ナッツを混ぜて……クッキングペーパーの上に、スプーンで落としていきます。チョコはすぐに固まるので、そのままにして大丈夫ですよ」
「形成、だっけ? しなくていいの?」
「ええ。そこにこだわっていると、体温でチョコがベタベタになってしまったりしますし……固まったら、ココアパウダーを振りかけましょう。それで完成です。ラッピングしたら、向かいましょうね」
 白花の言葉に頷いてから、月夜はクッキングペーパーの上のナッツ入りチョコを見て。
「……私でも、作れた」
 嬉しそうに、笑った。


 ラッピングを終え、工房に来ると。
「いらっしゃい、おねぇちゃんたち!」
 クロエが出迎えてくれた。
 魔女の仮装をしている。
「あ。クロエ、お揃いだ」
 月夜が笑う。月夜の仮装も、魔女なのだ。ちなみに白花は水色のふんわりとしたワンピースに、同じくふんわりとした白いエプロン。乳白金の髪にも、同じく水色のリボンを巻いて、『ふしぎの国のアリス』に出てくるアリスのような恰好をしている。そこに白兎の耳を着けていて、なんとも可愛らしい。
 そして刀真はというと、
「……おにぃちゃん? 変わった仮装ね」
「仮装、しないよりはと思って……変ですか?」
 鼻眼鏡。
 仮装……と言えなくはないが、ハロウィン的ではないそれ。
 クロエは無邪気に、「へん!」と言って笑った。それが馬鹿にしているものではなくて、面白くて笑っていることくらい刀真はわかっているので怒ったりはしない。
「クロエの魔女、似合っていますよ」
「ほんとう? ありがとう!」
 褒めると、クロエは笑ってその場で一回転。ふわりふわり、魔女服の裾が揺れた。
「クロエ! とりっくおあとりーと♪」
 そのクロエの行動に、我慢しきれなかったのか。
 月夜がぎゅっとクロエを抱き締めて、頬ずりしながらお菓子をねだった。
「つくよおねぇちゃん、ぎゅってされたらお菓子がわたせないわ」
「じゃあ、いたずらしちゃうっ。うりうり〜♪」
「きゃー♪」
 頬ずりして、頭をくしゃくしゃっと撫でて、抱っこしたまま立ち上がりくるくる回って。
「つくよおねぇちゃんのいたずら、たのしい!」
「クロエが楽しいなら、私も楽しい。
 ねえ、クロエ。私ね、クロエにお菓子あげたくて、頑張ってお菓子作りしたのよ」
「ほんとう!? わたしのために!?」
 クロエはその言葉にとても驚いているようだった。
「うん。料理は苦手なんだけどね。白花に教えてもらって……あと、とっても簡単だったから。作れたんだ。
 ね、もらってくれる?」
 差し出したのは、ナッツ入りのチョコレート。
 クロエはとても嬉しそうに笑って、そのチョコレートを頬張った。
「こうばしいのは、ナッツ?」
「そう、ナッツ。……ね、美味しい?」
 月夜の問いに、クロエが答えるのを月夜のみならず、刀真も白花も、待った。
 美味しいと答えてくれると、いいな。
 月夜が頑張って作ったから。それを二人は、知っているから。
「とってもおいしいわ! それに、つくよおねぇちゃんがわたしに、ってつくってくれたことが、うれしいの」
 少し恥ずかしそうにはにかんで。
 クロエは、言った。
「大成功、ですね?」
 月夜の傍により、白花が微笑む。
「うん。嬉しい〜……。白花、手伝ってくれてありがとう!」
 白花の手を取って、月夜がお礼をして。
 いえいえ、と首を振り、
「ね、クロエさん」
「なあに? びゃっかおねぇちゃん」
「私も、トリックオアトリート……って言っていいですか?」
 月夜のハグから解放されていたし。
 一度、言ってみたかったし。
「はっぴーはろうぃん!」
 クロエから、お菓子をもらえたし。
「つくよおねぇちゃんにも、よ!」
 可愛くラッピングされた、お菓子。まだ料理を覚えていないらしく、包まれていたものは市販のお菓子だったけれど。
 それでも、嬉しい。
「わたしもとりっくおあとりーと、していい?」
「いいわよ。刀真と白花が作ったクッキーもあるんだから。
 はい、クロエ。あーん」
 クロエの目線に合わせて、月夜がクロエにクッキーを食べさせる。
 頬張ったその顔が、ふにゃりと幸せそうに弛緩したのを見て、月夜も笑った。
「クロエ、私にも頂戴。あーん」
 それから、クロエに渡したクッキーをねだって。
「あーん」
 食べさせ合いっこをして。
「あ。月夜さん、口元にクッキーの欠片、ついてますよ?」
 それに気付いた白花が、ハンカチで欠片を拭いとる。
「ほら、クロエさんも」
「んぅ?」
「動かないで、じっとしていてください。……はい、取れました」
 じっとしていたことに、よくできましたと頭を撫でて。
「さて……月夜さんからお菓子のトリートがいったみたいですし。私からは、これをあげますね」
 そのまま髪に、ぱちん。
「??」
 きょとんとするクロエに、鏡を見せてやった。
「かみどめ」
 カボチャの飾りが付いた、髪留め。
 お菓子をあげるのは、月夜の役目。だから、というわけではないけれど、白花は髪飾りをプレゼントすることを選択していたのだ。
 そして、二人がそうすることを知っていた刀真は、
「この花はクロエへの贈り物です」
 花束を。
「おはな! きれい!!」
 花束を抱いて、くるくるまわる。
 片手で髪飾りも気にして。
 お菓子が美味しかったのか、月夜の手元のクッキーも気にして。
 どうすればいいのか、わからない模様。
 そんなクロエに笑いかけてから、月夜は自分の被っていた帽子を脱いだ。
「刀真が花をあげたり、白花が髪飾りをあげたりしてるし……私からも、これ、あげる」
「でもわたしも、まじょのぼうしがあるわ」
 クロエは、そう言う。
「はろうぃん、することになったときね。リンスが買ってくれたの!」
「じゃあその帽子、リンスさんにかぶせてみたら?」
「仮装ね! おもしろそう!」
 月夜からもらった帽子をかぶり、てこてこと寝室へとクロエが移動し帽子を持って戻ってくる。
 それからリンスの許へ向かうのに、刀真が同行した。
 一度、挨拶はしておきたかったから。
「リンス、リンス! ぼうし!」
「は?」
 クロエに帽子を差し出されたリンスは、困ったような顔をして。
「だから、仮装はしないって」
「たのしいのよ?」
「うーん。……まあ、帽子くらいならね? いいけど……」
 と言いかけて帽子を受け取ったところで、鼻眼鏡姿の刀真を視認したらしい。
「……えっと。……ユニークな仮装だね?」
 言葉を探しあぐねたらしく、出てきた感想はその言葉。
「この帽子、かぶる?」
「いや。そうするともっとユニークになりそうだから、やめておきます」
「だよね……」
 微妙な沈黙が降りたところで、
「この前、病院でクロエにお世話になりました」
「ふうん? そうなの、クロエ?」
「わからないわ。でも、ありがとうっていわれたの」
 泣いている月夜を、ずっと抱き締めていてくれたこと。
 そして刀真にも言葉を投げてくれたこと。
 それにとても、救われたこと。
「なので、お礼にと」
 月夜がラッピングしてくれたクッキーを、渡す。
「これ、俺が作ったんです。宜しければどうぞ。お口に合うといいのですが」
「ありがとう」
 表情が薄いので、喜んでいるのかどうかよくわからなかったけれど、
「リンス、うれしそうね!」
 とクロエが笑っていたから、きっと良かったのだろう。