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招かれざる客、解き放たれたモンスター

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招かれざる客、解き放たれたモンスター
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リアクション


怒りのミノタウロス

 斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)はすこぶる機嫌がよかった。
 壊したがりの彼女にとっては、機晶ロボを無制限に破壊できたのは実に爽快だったし、欲求を満たすことも叶った。
「……せっかく、大きな牛さんや他のお人形さん達を壊せるチャンスなのに…保名の戦闘好きには呆れを通り越して頭が痛いの」
 ただ一つの不満としては、彼女のパートナーたる天神山 保名(てんじんやま・やすな)が「強敵と勝負してくるのじゃ」の一言にハツネの元を立ち去ったことである。
「どうして保名は戦うことにしか興味を抱かないの? 壊せばとっても気持ちいいのに、まったくとんだお馬鹿さんなの」
 ハツネは口笛を吹きながら歩き出した。
 ラビュリントスに甲高い口笛の音が響き渡る。
「せっかくだから保名の戦闘でも見に行こう……と思ってたけど、どうやら神様はいい子いい子のハツネにプレゼントをくれたみたいなの」
 口笛の音におびき寄せられたのか、ミノタウロスが巨体を揺らしながらハツネの前に立ちふさがった。
「大きい牛さん、壊してあげるの!」
 ハツネがダガーを構えると同時にその小さな体躯が消えた。
 一瞬のうちにミノタウロスの背後に立っていたハツネ。手に握られたダガーは確かに血塗られている。
「これは刃に猛毒が塗ってあるの。牛さん、すぐに動けなくなるからね。壊れるのを楽しみに待っててほしいの」
 ハツネはまた口笛を吹き歩き始めた。

「ふん、ふん!」
 一行はミノタウロスを追い込んでいた。
 ミノタウロスはそれまでのダメージの蓄積があってか、動きが明らかに鈍化していた。ここを勝機と見たのだ。
「ふん、ふん!」
 防御力を強化した国頭 武尊(くにがみ・たける)がミノタウロスの繰り出す打撃をすべて見切りよけきっている。
 狙いは簡単だ。
 ミノタウロスのスタミナ切れを狙っているのだ。さすがにミノタウロスも生物である。スタミナが無尽蔵にあるわけではない。
「よし、狙い通りにミノタウロスが疲れてきたようです」
 武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)は戦線から一歩距離をとったところから武尊の活躍を応援している。
「よし、今だ!」
 武尊はヒザに手をつき胸から息をしはじめたミノタウロスに対してヒプノシスを使用した。
 しかし、見た目には大して変化は見られなかった。
 ミノタウロスはそれまでにヒプノシスを数回受けている。
 体力が落ちているとはいえ、効果はそれほどでもなかったようだ。
「くそ、効いてない……」
 ヒプノシスがふいになったことに動揺し棒立ちになっていた武尊にミノタウロスは突進しようとしていた。
 武尊が気付いたときにはすでに遅く、タイミングは完全にどうしようにも逃げられそうにない。
「危ない! ヒルデガド、リミッター解除!」
「承知しました」
 幸祐の命令でヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)がミノタウロスに飛び込む。
 不意を取られミノタウロスはバランスを崩し壁へ倒れこむ。
「よくやりました、ヒルデガド!」
「助かったぜ!」
 武尊は戦線から退いた。
「攻撃を続けます」
 ヒルデガドは高く飛び上がる。
 天井に手をつき腕の力を加えてミノタウロスの角を目がけてとび蹴りを繰り出す。
 しかしミノタウロスは腐ってもミノタウロス。
 すんでのところで攻撃をよけると、起き上がりざまに手を払いヒルデガドを押しのけた。
「大丈夫ですか?!」
「はい。損害は軽微です」
「ここは自分たちに任せてほしいであります!」
「おまえは……」
「自分は大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)。こちらは……」
ソフィア・クレメント(そふぃあ・くれめんと)ですわ。よろしく」
「よろしくおねがいします」
 剛太郎は背中に掛けていた小銃をひざ撃ちの姿勢で据銃した。
「銃弾は麻酔弾であります! ヒプノシスの効きがいまいちだというので用意したであります!」
「確かにヒプノシスに慣れてしまったのかもしれません」
「この麻酔銃の主成分はモルヒネであります」
「なるほど、まったくの別系統の睡眠方法なのですね」
 それならいけるけもしれません、と幸祐は小さな声で一人ごちた。
「ねえ剛太郎さん」
「なんでありますか」
「実はわたくしとても楽しいんですの。ラビュリントスなんていうデートスポットに来たんですのよ? 特別な気持ちになるじゃないですか」
「しかし自分たちの眼前にはミノタウロスがいるのであります」
「だから……んもう」
 剛太郎はスコープから照準を合わせており、ソフィアの言葉をろくに聞いてはいないようだった。
「ところで」
「なにかしら」
 つい先ほどまで小銃のセッティングに集中していたはずの剛太郎がソフィアを鷹揚に見上げる。
「ま、まさか……」
「ミノタウロスの動きを止めてほしいのであります」
「ど、どうやってですの?」
「抱きついて」
「言うと思いましたわ! なんであんな半獣のしかもぶ男にわたくしの体を押し当てねばなりませんの?!」
「……なんとなく面白いからであります」
「この人は!」
 ソフィアは地団駄を踏む。その様子を幸祐は苦笑いをしながら眺めている。
「はいはい、やりますわよ。だからさっさと撃ちなさいよ、痛! 誤射しましたわね?! 機晶姫といえど銃弾は痛いんですのよ!」
「すまないであります。わざとではない」
「わざとだったら許されませんわ!」
「やあやあ諸君、やっとるのう」
 突如、すっとぼけた声がとどろいた。
 全員がその声の主に注意を取られる。
「ミノタウロスは強かろう。強靭な肉体、凶暴な性格。まさしく化け物と言ってよい」
「あなたも協力してくれるのですか?」
「わが名は天神山 保名! ミノタウロスと渡り合うつわものどもよ! わしと勝負じゃ!」
「え?」
「天弧八卦掌!」
 保名は幸祐に突然殴りかかる。
「あ、危ないだろ!」
「素が出ていますよ」
「危ないじゃないですか!」
「なあにまだまだじゃ! ほれ!」
「ぐっ」
 出どころの見にくい左ストレートを腕をクロスし受ける幸祐。続いてのノーモーションからの右フックは完全に幸祐の意識外にあったが、ヒルデガドの咄嗟のカバーリングによりダメージを受けることなくスウェーで保名のリーチ外へと退避することができた。
 幸祐がエスケープしたのにも関わらず拳を絶え間なく振り出していた保名は高らかに笑った。
「2対1とは、わしの闘争心を掻きたててくれるのう」
「待ってください。あなたと戦う理由はありませんよ」
「強き者と拳を交える。これ以上の享楽はないじゃろう」
「しかし、おまえと争っている暇などない!」
 幸祐の一喝に保名は耳を垂れ下げしょげ返ってしまった。
「たしかにのう。おぬしらはミノ某を捕らえねばならぬようじゃしのう」
 幸祐が後ろを振り返ると剛太郎が健気にミノタウロスに銃弾を打ち込み続けていた。
「痛い! 剛太郎さん! またわたくしを撃ちましたわね!」
「だからわざとではないのであります! ミノタウロスが動き回るので不慮の事故であります!」
 ソフィアも相変わらず誤射されているようだ。
「仕方ない。しかし久々の天弧八卦掌を繰り出せたのじゃ。それでよしとしよう。おぬしら、体力に限界を感じたらこの穴を通ってくるのじゃ」
 保名は床の他より少し白っぽくなっている50cm四方の部分を強く踏みつけた。
 するとバネ仕掛けにより板が跳ね上がり、ぽっかりと地下へ続く通路が開いた。
「どうやら脅かし役の機晶ロボの通用路となっていたもののようじゃ。今や機晶ロボは全滅状態じゃ。心置きなく逃げ道として使うことができるぞ」
「なるほど……。見取り図には表記がなかった新たな通路か」
「では、検討を祈っとる」
 保名は右手をひらひらと揺らすと足元の通用路へと姿を消した。

「なんて楽しいの?! 機晶ロボは壊し放題! 入場料はタダ! 最っ高にエキサイティングなデートだわ!」
「デートじゃありませんよ。私たちはミノタウロス討伐に来たのですよ?」
「そうね。クライマックスのミノタウロスをとっちめないとデートの締めくくりにならないわ」
「そういうことじゃ……ううん、結果としていいのかしら」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は入り口からここまで純粋にラビュリントスを満喫していた。
 狂った機晶ロボは少々脅かし役の自覚には欠けていたが、施設の広大さやトラップの数々はなかなか歯ごたえがあった。
「ところで、ミノタウロスの捕獲はどうすればいいのよ」
「分からないわ。そもそも私たちは他の生徒と密に連絡を取り合っていたわけじゃないし……。まずはミノタウロスの状態を知りたいわね」
「私が教えてあげる!」
「あなたは?」
「私は蘇 妲己(そ・だっき)。よろしくね!」
 お互いの腕を絡ませながら会話をしていたセレンフィリティとセレアナの間を割るように妲己は2人の肩に手を置き、顔を見やる。
「へえ。それじゃあ教えてもらおうかしら、妲己」
「セレンフィリティ、顔が少し怖いわよ」
「了解。今ミノタウロスは幸祐たちと交戦中。スタミナをかなり削ったこと。ヒプノシスと麻酔弾のおかげで動きも大分鈍くなってるんだって」
「なるほど、もう少しというわけね」
「それなら簡単じゃない。罠に嵌めてしまえばいいのよ」
「罠?」
 セレンフィリティの提案はこうだ。
 初期設置されていた落とし穴にミノタウロスを誘導。来しなに見つけた爆弾内臓の鉄球(ヴェルデ謹製)で周りの壁を崩落させる。そしてミノタウロスの動きを完全に停止させてから捕縛し任務完了、といった具合だ。
「話は聞かせてもらいました!」
「俺に任せな!」
「私たちの話は盗み聞きされる運命でもあるのかしら」
 セレンフィリティががっくりと肩を落としているのを気に留めず登場したのはセフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)オルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)の両名だ。
「しかしその作戦はどうやって落とし穴まで誘導するんですか?」
「それはまだ考えていないんだけれど……」
「それならあたしに一任して頂きたいのですけども」
「いい案があるのか?」
 パートナーであるところのオルフィナまでセフィーの提案に首をかしげた。
「ずばり色仕掛けですよ色仕掛け!」
「おいおい、牛相手にそんなん効くのかよ」
「言っても半分人間みたいなものじゃないですか。そうだ、そこの巨乳のお姉さん」
「もしかして私のこと?」
 妲己は自分を人差し指で指す。
「そうです。あなたも罠までの囮になってくれませんか?」
「分かったよ。私もやってみるね」
「じゃあ私たちはそれまでに罠を作っておけばいいのね。セレアナ、2人を援護してあげて」
「分かったわ。よろしく、セフィー、妲己」
「よろしくおねがいします」
「よろしくね」
「じゃあ俺はおまえのトラップが完成するまでの時間稼ぎをするぜ」
「あら、頼もしいわね」
 セレンフィリティはセレアナをちらりと盗み見たが、セレアナはセフィー、妲己と意気投合しつつあった。
 その様子を眺めたセレンフィリティは、膨れ面を作った。

「ほうほう、これは面白そうなことをしていますね」
「あら、あなたは?」
「私はネクロマンサーのエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)です」
「私は今トラップを仕掛けているの」
「トラップ? それはミノタウロスを捕らえるためのトラップですか?」
「そうよ」
 エッツェルは作業中のセレンフィリティに声をかけた。
 巨大な棘つき鉄球を転がしているセレンフィリティが気になったからだ。
 鉄球の移動を手伝うとして、エッツェルはセレンフィリティから作戦の全容を聞き及んだ。
「なるほど。しかしそれでは肝心のミノタウロスを捕らえる確証はないのでは……」
「まあね」
「それなら私によい案があります。お任せください」
 次の瞬間、重量の重い物体が壁にぶち当たる音がした。
「いよいよおでましのようね」
 追いすがるミノタウロスをひらりひらりとかわし、2人がかりで蝶のようにミノタウロスを魅了するセフィーと妲己の姿があった。
「おーにさーんこーちらー」
「そっちの水はまーずいぞー」
「待ってください。あたしの水は決してまずくはありません。美味です」
「あなたの水って?」
「それはその……なんでしょうね、いわゆるアレのことかもしれません」
「アレ?」
「厳しい鍛錬に耐えたソルジャーの中には汗腺から甘い砂糖水が出ることがあるとかないとか……」
「初耳なんだけど」
「まぁ……そんな事実はありませんけどね。少し意地を張りたくなったんです」
「そっか。でも分かるよ、その気持ち」
「セフィー、妲己、何をやっているのよ!」
 急に雑談を始めた2人に対し、セレアナは防御強化の術をかける。
 ミノタウロスの伸ばした腕がセフィーに掠めたが、幸いダメージは一切負わなかったようだ。
「おう、セレンフィリティ、調子はどうだ」
「もう少しだわ」
「よっしゃ。じゃあ俺が相手をしてやるぜ牛野郎!」
 オルフィナがミノタウロスの前に仁王立ちする。
「ぐ、グオオオオオ!」
「な、なんです? ミノタウロスの目の色が変わりました!」
 セフィーの声に気付いたオルフィナは、はたと抜きかけたバスターソードを鞘に戻した。
(さては俺に欲情しているな?)
 オルフィナは武装を解除し丸腰で走り出した。
「俺を捕まえてみろよ、牛野郎!」
「ウオオオオ」
 ミノタウロスは上半身をかがめながら必死にオルフィナに手を伸ばしながら追いかけていく。
「おらおら、牛だから胸がいいのか? それとも尻か?」
 オルフィナはただでさえ布の面積の小さな服の端をめくり、さらに扇情的にミノタウロスを挑発する。
「できたわ! 早くこちらへ!」
 そのとき、セレンフィリティの声が響いた。
「合点承知!」
 オルフィナは一直線に落とし穴の方へ向かっていく。もちろんミノタウロスも彼女に追随している。
 オルフィナは落とし穴を一気に飛び越えた。
 しかしミノタウロスがそれほどアクロバティックな動作は不可能だ。
 少しでも飛び跳ねれば天井に頭をぶつけてしまう。
 案の定足元のトラップに気付かなかったミノタウロスは落とし穴へ落下した。
「今だわ!」
 鉄球が火炎をあげて爆発する。
 威力に耐えられなかった壁面が柱ごと折れ、大小の破片がミノタウロスのいる落とし穴へと積もっていく。
「今です!」
 するとエッツェルはリビングアーマーを2体召喚した。
 腰まで埋まったミノタウロスは口角から白い泡を吹きだした。
 リビングアーマーは上半身を取り押さえるべく、悪あがきの鉄拳を浴びながら、しかし痛覚も急所もないアンデッド特有のタフさを以ってすれば、ミノタウロスの挙動を制止させることはそれほど難しくはなかった。
「あとはこの鎖で縛り付ければ、完了です」
 エッツェルが鎖を巻きつけた時点で、観念したのかミノタウロスは動作を停止した。
 口から大量の泡を吹きこぼしながら。