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そんな、一日。~夏の日の場合~

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そんな、一日。~夏の日の場合~
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8


 忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)の様子がおかしいことにフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)
が気付いたのは、ほんの数分前だった。
 ぐったりと床に伏し、はぁはぁと苦しそうな息を吐いている。
「ポチ? ポチ、どうなさいました……?」
 心配になって声をかけても反応はない。どうすればいいかわからず、ぽちの身体をさする。心なしか体温が高いような気がして、不安に思った。
 風邪? それとも、何か得体の知れない病気? それとも、ここ最近夜更かしをしているようだったし、それが祟ったのだろうか。でも、だったら、こんなに苦しそうにするものなのか。
 その時、つけっぱなしのテレビからアナウンサーの声がした。
『疲労の蓄積や睡眠不足によって夏バテになることも――』
 もしや、ポチの助のこの症状も、夏バテ?
「大変です!」
 たかが夏バテと侮ってはいけない。迅速に対応するべきだ。フレンディスはポチの助を抱き上げ、布団に運んだ。それから冷凍庫にあった氷で氷枕を作り、頭に当ててやる。
「ええと、それから……それから?」
 この先、どうすればいいかわからない。何せ普段は病気と無縁のフレンディスとポチの助だ。これ以上の対処法なんて、知らない。
 思案に暮れていると、ふっとベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の顔が思い浮かんだ。
「……! そうです、マスターにどうすれば良いかお伺いを……!」
 ベルクはフレンディスよりも色々なことを知っている。きっと、夏バテについてだってわかるはずだ。
「ポチ、もう少し我慢していてくださいね……」
 ポチの助の頭を撫でてから、フレンディスはベルクの携帯にコールした。


 ぼんやりとした意識の中で、泣きそうなフレンディスの顔が見えた。
「……大丈夫なのです」
「! ポチ!」
 なんとか声を絞り出すと、フレンディスは驚いたようにポチの助の名を呼んだ。ポチの助は、主人の不安を吹き飛ばすように笑顔を浮かべた。
「ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
「無理はしないで下さい」
「していません。だから、ご主人様こそそんな顔をしないで下さい」
 泣きそうな顔。
 無理に作った笑顔。
 フレンディスの、そういった表情を見るのはとても辛かった。
 ポチの助の一番古い記憶は、里で子犬として駆け回っている時のものだ。隣にはフレンディスが居て、花が咲いたような笑顔を浮かべていた。
 そうして、物心ついた時から一緒に暮らしていた少女は、人前で殆ど感情を表さない子供だった。
 時折浮かべる笑顔も作られたもので、無理をして浮かべているのだとポチの助はうすうす感づいていた。だって、ポチの助と一緒にいる時とはあまりに違う、温度のない笑顔だったから。
 笑わないことと同じように、また、涙を見せることもなかった。辛いことがあったとして、フレンディスはただ耐えるだけだった。ポチの助を抱いて、何も言わず、じっと堪えるのだ。ありとあらゆる感情を、全て、その身の内に。
 犬であるポチの助には何もできない。
 声をかけて慰めようにも人の言葉は喋れず、態度で示そうにも方法は限られている。
 それでもフレンディスは何かあると、
「ポチが傍に居てくれるおかげで、私は安心して過ごせるのですよ」
 と言ってくれた。
 抱っこして、褒めて、優しく頭を撫でてくれた。
 それがとても嬉しい反面、自分にはそれしか出来ないのだと無力感を抱き続けてきた。
 けれど、今は。
「僕は超優秀なハイテク忍犬ですよ? 夏バテなんて少し寝ていれば大丈夫です」
「ほ、本当ですか?」
「僕がご主人様に嘘をついたことがありますか?」
「ないです」
「じゃあ、そういうことです」
 悲しそうな顔をするフレンディスに、声をかけて、気持ちをやわらげてやることができる。安心をあげることができる。
 大好きな人の無理な笑顔や泣き顔を、見ているだけでいたくない。
 そう強く願ったから、神様が与えてくれたのだ。
 なんて、ポチの助は冗談半分に考えた。
 でも、もし、神様がいるのなら。
 心が泣いているあの子のために、できることを精一杯頑張るから、だから、どうか。
 あの子の心からの笑顔を見せて欲しいと、強く願った。


 フレンディスからの電話を受けて、ベルクはできる限り急いで来た。
 が、到着した頃には既に――
「気持ち良さそうに寝てるじゃねえか……」
 ポチの助と、その傍らにフレンディス。ふたり並んで仲良く眠っている姿は、まるでお昼寝だ。
 ほっとする反面、なんだよ心配かけやがって、という気持ちにもなる。病人にそんなこと考えるなんて大人気ないと思うが。
 いや、それよりも。
「つーかこのワン公まだフレイと一緒に寝てやがるのか……!」
 ふつふつと苛立ちが湧き上がる。安眠を妨害してやろうかとも思ったが、あまりに幼稚すぎるのでやめた。
「……早く治せよ」
 柄にもなくそんなことを呟いて、ポチの助の鼻を押す。
 ううん、と唸るポチにふっと笑って、ベルクはしばらくふたりの寝顔を見ていた。