シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

リアクション公開中!

イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~ イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~ イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

リアクション

 
「町長さん、よく来てくれただ!」
「君たちのおかげで、街の住民は飢えることなく暮らせている。慰問、というにはおこがましいが、感謝しているよ」
 バスを降りた一行へ、コルトを始めイナテミスファームで働く住民たちが出迎える。彼らの多くは既に、ニーズヘッグとも何度か作業を行っていることもあって、竜形態のニーズヘッグを怖がる素振りはない。
 だが、子供たちはほとんどが、興味はありつつもおっかなびっくりといった様子で、
「おい、おまえが行けよ」
「い、いやだよ〜。ねえ一緒に行こうよ〜」
 そんな声が聞こえてくる。
「ねぇねぇ、だいちおにぃちゃん。あれ、さわっていい?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「やったぁ! いっしょにいこうよファーシーおねぇちゃん!」
「え、あ、クロエちゃん!?」
 言うが早いか、クロエがダッシュでニーズヘッグの下へ駆けていく。
「おっ、随分と威勢のいいガキじゃねーか。いいぜ、そういうのは嫌いじゃねぇ」
「わたし、クロエ! あなたは?」
「オレか? オレはニーズヘッグってんだ。ま、周りのヤツらがそう呼ぶだけで、名前っつうんじゃねぇけどな。
 テメェの好きに呼んでくれて構わねぇぜ」
「じゃあ、ニーズヘッグおねぇちゃんね!」
 ニーズヘッグをそう呼んで、クロエがニーズヘッグに触れる。
「かたいわ!」
 明らかに人のとは違う感触に、クロエが驚いた様子で、でもすぐに慣れてぺたぺた、とあちこちに手を伸ばす。
 一人が行くと、子供たちはそれに続くもので、縮こまっていた子供たちも一人、また一人とニーズヘッグに手を触れる。
「うわ、ほんとだ! すっごくかたい!」
「あ、でもここは、ちょっと柔らかくてあったかいよ!」
 あっという間にニーズヘッグは、子供たちに囲まれる。
「んと、じゃ、じゃあ、わたしも……」
 そして、千雨に付き添われて、ファーシーもニーズヘッグの傍までやって来て、その身体に手を触れる。鱗で覆われた皮膚からは、確かな硬さと、そしてほんの少し、生物としての暖かさが感じられた。
「ニーズヘッグ、無理を言ってしまってすみませんでした」
 おずおずとニーズヘッグに触るグランの、表情がだんだんと柔らかいものになっていくのを見つつ、真言がぺこりと頭を下げる。
「ま、断る理由もねぇしな。でも、そろそろ行った方がいいんじゃね? コイツらにここを見せるために来たんだろ?」
 ニーズヘッグの言う通り、今日の目的は子供たちの農場見学である。
「そうですね。……さあ、農場はこちらですよ。皆さん二列に並んでください」
 真言が子供たちに呼びかけると、名残り惜しい様子ながら子供たちが言う通りに並ぶ。
「よっ、と。んじゃオレも付いてくか……ん?」
 そのままでは流石に移動に不便なので、人の姿になったニーズヘッグの視線に、誰かの手が伸びてくる。
「…………」
 それは、プリムの手だった。期待を込めたような目が、ニーズヘッグに向けられる。
「……なんだ、おい。……まさかとは思うが、オレもアイツらみてぇにしろってことか?」
 ニーズヘッグが指すのは、二人並んで手を繋ぎ合う子供たち。
「そうだと思うな、蛇の王様ー。いいじゃん、繋いじゃいなよー」
「もう……すみませんニーズヘッグ、よければ付き合ってもらえますか?」
「……おねがい」
「へぇへぇ、それが望みってんならな。よく分かんねぇぜ……」
 渋々(というよりは、何がいいのかよく分かってない)といった様子で、ニーズヘッグがプリムと手を繋ぎ、そして一行は大地の案内の下、イナテミスファームの施設を順に見学していく――。
 
「今はちょうど、ハクサイってのが収穫時だべ。
 おらたちも最初は食ったことなかったけど、煮たりすっとうめぇぞ?」
 日本では冬の野菜の代名詞、白菜が、ここでもパラミタハクサイとして栽培されていた。名前にあるとおり白みを帯びた葉っぱが、縦長状に折り重なり収穫の時を待っているようであった。
「……うん、これはもう収穫できるべ。
 んだ、おらたちがついててやっから、これを使って収穫してみるとええ」
 コルトや他の住民たちに道具を手渡され、二人一組の子供たちは初めて使う道具と、食卓では見たことがあっても生の姿を見たことがないであろうハクサイに恐る恐るながら、道具でハクサイの根本を切り、近くの籠に入れていく。
「……ここを刈ればいいのね?」
「んだ、力いれんと刈れんからな。嬢ちゃんはそこ持っててな」
「わかったわ!」
 クロエがハクサイのてっぺん付近を、動かないように抑え、ファーシーが道具をハクサイの根本にあてがう。
「痛くないかしら?」
「そりゃ、切られる時は痛てぇだろうなあ。でも、収穫に感謝する心でいれば、ハクサイも分かってくれんだ」
 人間は結局のところ、生物の命を頂いている。それはどんなにいい言い方をしても、その事実に変わりはない。
 だからといって食べないわけにはいかないし、そうであるなら、ありがとうございます、と感謝の気持ちを持つことは大切だろう。
「…………えい!」
 心に謝罪と感謝の気持ちを抱いて、ファーシーが道具を振るい、ハクサイの根本を断ち切る。
「とれたわ!」
 自分の頭くらいはありそうな大きなハクサイを抱えるクロエを、カメラを構えたシーラが写真に収める――。
 
 ハクサイの収穫体験を終えた一行が次に向かったのは、家畜舎。
 ここではパラミタニュウギュウ、パラミタニワトリといった家畜が飼育され、日々ミルクや卵を生産していた。
「すごいにおいだわ!」
 家畜の匂いが漂うと、子供たちの間からうめき声のようなものが聞こえてくる。
「初めてのモンには辛いかもしれんが、これだけ多くの生き物が生きとるっちゅうことでもあんだ。
 この中は、生きとる、っちゅう力が溢れてんだよ」
「生きている、という力……」
 コルトに言われ、ファーシーが思い切って息を吸ってみる。なんとも形容しがたい、強烈な匂いが鼻を突くが、同時に不思議と元気が湧いてくるような、そんな気持ちにもなっていた。
「じゃあ、みんなには乳しぼりでもしてもらんべ。まずはおらたちがやってみせっから、優しくしてやってくれな?」
 一行はそのまま、パラミタニュウギュウの畜舎へと向かう。あちこちからモー、モーと無数のニュウギュウの鳴き声が聞こえてくると、子供たちの中には真似をしてみる者もいた。
「どうしてこの子たちは、モー、と鳴くのでしょう?」
 グランの疑問に、ティティナもやはり疑問顔をする。
「……そういえば、考えたことなかったですね。ここは一番の物知りであるマーリンに聞いてみましょう」
「へ? 俺? いやいや俺にだって分からないこと……あ、いや、そうだな……」
 話を振られたマーリンが、期待を込めた眼差しを向ける二人にタジタジとした様子で、必死に答えを模索する。
「……そう鳴きたい気分なんじゃねぇか?」
「マーリン……その答えにはガッカリです」
「かー! 分かった分かった、今度調べとくからそん時、な?」
 そんなやり取りが交わされる向こうでは、コルトの実演を見たファーシーが、ニュウギュウの乳しぼりに挑戦しようとしていた。
「ここを、ちゃんと下に向けて持ってな。うっかりこっちに向けっと、顔がミルクまみれになんぞ」
「えっ? う、うん……」
 おっかなびっくりといった様子で、ファーシーがニュウギュウの乳首を掴むと、掴んだ先からミルクが搾り出される。
「あっ……こんなに、あったかいんだ」
 普段は冷たい状態で出荷されることの多いミルク、であるが故にニュウギュウから出てくる時も冷たいと思う者がいるかもしれないが、搾り出されるミルクはニュウギュウの体温を持っている。
「んだ。こういうことを知れるのも、いい経験だと思うんだべ」
「うん、そうですね……」
 ニュウギュウに感謝しながら乳しぼりを続けるファーシーを、シーラが写真に収める――。
 
 農場と家畜舎でそれぞれ、普段はなかなかできない体験をした子供たち。
 時間はいつの間にか昼を過ぎ、子供たちのお腹はすっかりぺこぺこだ。
「おなかがすいたわ」
「ええ、そうね。
 今日はいっぱい、いろんな経験が出来たわ」
 クロエとファーシーも、身体に程よい疲れと充実感、そして多大な空腹感を覚えながら、これからパーティーが検討されている予定の『チェラ・プレソン』へと足を運ぶ。
 
「今日で、無事に堆肥舎も完成となりました。
 これも、多くの危機を乗り越え、共に協力してくださったコルトさんを始め多くの方の協力があってこそです。
 ……コルトさん、ぜひ一言挨拶と、乾杯の音頭をお願いします」
 
 レストラン内、並べられた机に向かい合って座る子供たちや生徒たちの視線を受けて、コルトが慣れていないであろう、ぎこちない仕草で声を上げる。
「いやあ、おらが何か話すこともねぇべ。ただおらたちは、いいもんが作りたくて頑張ってんだ。
 ま、今日来てくれた子供たちに、なんか伝わったもんがあるなら、おらたちはそれで十分嬉しいんだ」
 美味しくて健康な作物を作るために努力する姿勢を見た子供たちは、一体何を思っただろう。
「これからもいいもんが作れることを願って……乾杯!」
 コルトの音頭に合わせて、皆がグラスに(もちろん昼間なのでノンアルコールな飲み物)口をつけ、作業をしたこともあってか大半の子供たちが一気に飲み干す。
「お代わりたくさんあるから、どんどん食べてってね〜」
「……今日の料理は自信作、って言ってた」
 プラとアシェットが給仕をする中、このレストランの料理長を務めるフランソワ・ヴァテルの料理が振る舞われていく。
「「「「いただきます」」」」
 未憂、リン、プリム、それにニーズヘッグ(は、巻き込まれて首をかしげていた)が、両手を合わせ、作物や食材、料理を作ってくれた人への感謝、『命』をいただくことへの感謝の気持ちを込めて、その言葉を口にする。
「……うん、おいしい……」
「あぁ、ウメェな。ここの食いもん食わされたときも、ウマかったのだけはよく覚えてるぜ」
「そうだよ蛇の王様、あの時ちゃんと「ごちそうさま」言ったー!?」
「…………まとめてこの後に言う、じゃダメか?」
「いいえ」「ダメー」「……(ふるふる)」
 三者三様の反応に、ニーズヘッグがチッ、と舌打ちする。