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ベツレヘムの星の下で

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ベツレヘムの星の下で
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僕と君との間は、あと何マイル?

 1番広いためか、多くの人が集まり盛り上がっている中央の建物の片隅では、微笑ましいこんな風景も見られた。羽入 勇(はにゅう・いさみ)ラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)は「今のところ」パートナー同士。そう心の中で強調したいラルフの淡い思いに気がつくことなく、勇は普段じゃ入れない場所と豪勢な料理に感動していた。
「あっちのスープも美味しかったし、こっちのムニエルも美味しいし……真城さんの手が空いたら、絶対写真の申請しよう!」
 にこにこと通り道にあった薔薇も素敵だったとか、来るときには寂しかったツリーも今頃は色んなオーナメントがついているのだろうかと話す様子を見ていると、幸せな気持ちになる。けれど、そう言い切れないのは彼女の鈍感具合のせいかもしれない。
「クリスマスパーティってやっぱり皆恋人と来たいものなのかな? ボク達みたいにパートナー同士で来てもこんなに楽しいのにねっ」
(私は貴女以外と来ようとは思わないのですが、ね)
 そんな一言を言ったところで勇には通じないのだろうが、それでもこの関係を壊したくなくて意味深な言葉は発さず微笑み返すことで答える。もう少し勇が意識してくれているような態度をしてくれたなら……いや、自分に勇気があったなら、変われるのだろうか。
「勇、食事が一段落したら1度外に出てみませんか?」
「ん? 別に構わないけど、それなら撮影の許可を――」
 いつもは嬉しそうにしている様子を見られるだけで幸せなのに、今日くらいは自分を見て欲しい。例え無機物な物でも勇を虜にしてしまうのが許せないのか、ラルフは勇の手を取った。
「いえ、そんな遠くへ歩こうと言うわけではないんです。……ただ、ツリーを一緒に見たくて」
「ラルフも楽しみにしてたんだね! じゃあ写真は後にしようか」
 何の疑いも持たれなかったことが安心していいやら寂しく思っていいやらわからない。けれど、やっと2人きりになれると少し緊張した面持ちで勇を連れ出した。
 とても大きなツリーは、中々上まで綺麗に飾ることは出来なくて、裾の方にたくさんのオーナメントがついている。脚立でも借りたのか、中央辺りに飾られている物もあるが、そのどれもがキラキラとイルミネーションに照らされている。
「凄いねー! あんなに寂しかったのが嘘みたいだよ。ボクの持ってきた天使の人形も、これで寂しくないよね!」
「はい。でも、沢山あるオーナメントから1つを選ぶのは難しくなかったですか?」
 みんながあれもこれもと持ち寄ったら、ツリーが大変なことになってしまうと考えたのか、持参できるオーナメントは1つだけだった。ツリーで定番と言えば、ベルやリンゴ、杖にキャンドルと色んな物があるのに、勇は迷いなく選んできたようだった。
「だってあれ、ちょっとラルフに似てない? 凄く綺麗だよね」
「……それは、私が綺麗だと褒められているのでしょうか」
 そうだとしたら少しばかり恥ずかしいが、他の物を見ている時も自分のことを考えてくれたのは嬉しい。そんなことをするのは、自分だけだと思っていたから。
「男の人に綺麗って、もしかして褒め言葉にならない?」
「さあ、どうでしょう。人によると思いますよ、私は嬉しいですが」
 クスリと笑って、勇の髪に触れる。肩より少し短めに整えられた長さだけれど、リボンで束ねたりしている彼女ならきっと使って貰えるだろうと、そっと髪飾りをつけた。
「え、ラルフ……?」
「勇も、綺麗ですよ」
 微笑んで手を引かれるまま後をついて行けば、大きなツリーの後ろに隠れていた窓が反射して勇たちを映す。先ほど触れられていた辺りを見れば、リナリアの髪飾りがつけられていた。
「そんな、言ってくれたらボクだってプレゼント用意したのに!」
「言ったら、催促をしているみたいじゃないですか。今日付き合って頂いたお礼も込みですよ」
(そして私の気持ちも、ですけれど)
 髪飾りならなんだって良かったわけじゃない。もちろん勇に似合うことは大前提だが、その中でもリナリアの花言葉は『私の恋を知ってください』という物だから。とは言ってもラルフから告白をするつもりは無く、気付いて欲しいと願いながらも今はこの状態が続くのならそれも幸せだと思う。
「ボクだって、こんな素敵な場所に連れてきて貰ったのに……そうだ!」
 言うが早いか勇は素早く携帯を取り出してラルフと密着する。何が起こっているのかわからず焦ってしまうラルフを余所に、勇は高々と携帯を掲げた。
「はいっ、カメラに向かって笑顔、笑顔! 1たす1はー?」
 ――パシャッ!
 一眼レフを好む彼女にとって、珍しい携帯での撮影。画面を確認すると、満面の笑みの勇と少しぎこちない笑顔を浮かべたラルフが映っていて、苦笑しながら見せてくれた。
「ちゃんとしたカメラの方が綺麗に映るけど、持ち歩きやすいのもいいかもしれないね」
「持ち歩く……?」
「ボクからのプレゼント! これで、いつでも一緒だね」
 微笑むと手早くラルフの携帯へ画像を送信する。お返しが貰えるなどと思っていなかったラルフは、驚いた様子で勇を見ている。
「……パートナーとの写真なんて、待ち受けにするの恥ずかしいかな」
 今すぐ用意出来る自分らしいプレゼントだと思ったけれど、ラルフのくれた髪飾りと違い実用性にはかけてしまうかもしれない。けれど、嫌がることなく嬉しそうに微笑んでくれた。
「とんでもない。いつでも貴女といれることを、幸せだと思わないわけがないじゃないですか」
「うん、これからも一緒だよ!」
 屈託無く笑う顔は、自分をパートナーと信頼している証。誰よりも心を許し、側にいるからこそ近づけない距離をもどかしく思うが、これを不幸だなんて思わない。
「今はまだ貴女とこの時間を共有しているのが私だけという事で十分満足ですからね。……我ながら欲の無い事だとは思いますが」
「え、なに?」
「……勇のパートナーになれた私は幸せ者だと」
 出逢わなければ、こんな風にもどかしい距離を苦しむ気持ちを知ることは無かった。だけど、彼女と会えない自分はそれだけで不幸だったと思うから。この幸せな苦しみは、自分だけが感じていればいい。
(勇の笑顔を、曇らせるわけにはいきませんからね)
 ほんの少しだけいつもより近づいて、一緒にツリーを見上げる。この距離に誰も近づけないようにと願いながら――。
 そして、寒さをしのぐように寄り添う2人を見ながら、ミサも園内のベンチに腰掛けていた。
 目の前を通るのは仲の良さそうなカップルばかりで、正直目も当てられないような人もいたのだが、自分たちがそのようなことをするわけにもいかず、ベンチにはタンブラーや手荷物を置く隙間を空けて座っている。
(この隙間さえなければ、我だってもう少し愛沢と……!)
 肩を抱き寄せる勇気が無いのはタンブラーのせいにして、綺麗に咲く薔薇を眺めるミサの横顔をじっと眺めてみる。
「今年ももう終わりかぁ……凄く充実した一年だったなぁ。風森にもすっごいお世話になったね」
 急にはにかみながら振り返られて、巽はずっと眺めていたのがバレてしまったんじゃないかと心臓を跳ねさせる。けれども、そんな視線に気付きもしないミサは巽の慌てっぷりに小首を傾げる。
「どうしたの風森。知り合いでもいた?」
「いや、あの……愛沢が、綺麗だったから」
 友達同士のクリスマスなら私服だって良さそうなものなのに、場所を考えてかミサは白いドレスを着て来てくれた。確かに自分もタキシードだけれど、聖なる夜に純白のドレスの彼女とタキシードの自分が並んでいたらカップルに見えるだろうか。
(む、むしろなんだか結婚式のような……って、それは無い! 絶対言えない!!)
 言った方も言われた方も真っ赤になり訪れる沈黙。何か言わなくてはとミサが手元にあった紙袋に会話の糸口を掴んだ。
「あのっ! ら、来年も宜しく。これ、その、ぷ、プレゼント……」
「え、あ……ありがとう。このマフラー、もしかして愛沢の手編み?」
 不自然な流れで差し出された物だけれど、自分も会話に困っていたのでそれを突っ込むことなく大人しく受け取った。手編みだったら嬉しいなと思いつつ、自分のためにそこまで時間をかけてはくれないだろうと広げてみる。けれど、そのマフラーの何処にもタグが見あたらないどころか自分の名前を見つけてしまった。
「お、お世話になったから……! あの、もももしも迷惑だったらごめんっ」
 頑張ってみたけれど、あまり上手く編めた気がしない。最初は慎重に編んで目が詰まり過ぎてしまったり、コツがわかると緩くなって楕円形みたくなったり。1つ目を飛ばして編んでしまって途中何度も編み直した。巽に喜んでもらおうと、時間を掛けて必死に頑張ったのだ。
「迷惑だなんて、あるわけない! 愛沢から貰えるだけでも嬉しいのに、こんな手の込んだもの……」
 汚さないように大切に持ち帰りたいという気持ちもあるが、やはりここは心配そうにしているミサを安心させてやるべきだろうかと、受け取ったマフラーをぐるぐると巻いていく。
 そんな巽の様子に胸を撫で下ろすと、緊張して乾いてしまった喉を潤そうとタンブラーに手を伸ばした。
「ど、どうかな。愛沢が選んでくれた色は似合う?」
「うん。出来が残念だけど、色はバッチリ」
 まだ少し恥ずかしがっているミサに、自分もプレゼントを渡すなら今かも知れないと辺りを見回す。幸い、先ほどまで多かったカップルもある程度通り過ぎたようで近くには人の気配がない。
 しかし、これを失敗するわけにはいかないと気持ちを落ち着けるようにタンブラーに手を伸ばしたのだが。
「……あれ?」
 建物の中にはクリスマス柄の可愛らしいタンブラーがいくつか並んでいたので、お揃いの物を借りてきた。ミサの手に1つあるので、ベンチにあるのが自分の分のはずだが、どうもおかしい。
「風森?」
 喉を潤していたミサが繁々とタンブラーを眺めている巽に気がつくと、言いだし難そうに手元のタンブラーを指さされた。
「愛沢って、手前に置いてなかった……?」
 先にベンチへと座ってもらい、確かに手前の背もたれ側に置いていた。だから自分は奥に置くとき落ちないようにと気をつけたはずで。なのに今、ベンチに残る1つは背もたれ側にある。
「え? ……あ、あぁああっ!? ごめん、返す!」
 突き返すようにタンブラーを差し出されるが、それはついさっきまでミサが口を付けていた物で、別に構わないともう1つを手に取ろうとも、それも彼女が飲んでいた物で。
(つまり、どちらを選んでもアレになるということで、寧ろ愛沢は既に我とキ……キスを、間接的に……っ!)
 受け取ってしまって良いものだろうかと思いつつ、自分が一方的に好意を抱いているとは言え友人関係である以上気にしすぎるほうが変かもしれないと、冷静に受け取って1口飲んで見せた。
(あ、あれ? 風森普通に飲んでる……俺が気にしすぎたのかな)
 だとしたら何て恥ずかしい。けれど、どこか寂しい。変に意識されると自分も恥ずかしくてどうすればいいのか分からないけれど、全く何とも思われないのは少し拍子抜けというか、がっかりした気持ちになってしまう。
(友達って、男女であってもこんなものかな)
 だとしたら、どうしてこんなに寂しい気持ちになってしまうのだろう。
「――愛沢、手を出して」
 シルバーで出来たきれいな指輪を自分の小指から取り、少し躊躇って差し出された手のひらに乗せる。本当はつけてあげたいけれど、サイズも確認していないので失敗すれば格好つかないし、これを彼女が気に入ってくれるかは分からないからだ。
「指輪……?」
「い、いや、そんな深い意味はないよ! 日頃お世話になってるから、その、愛沢に似合いそうだなって思って!」
 良い物貰っちゃったし、と照れた顔を隠すようにマフラーを顔に埋める巽に、それこそ釣り合わないとミサは返そうとする。
「悪いよ、そんなマフラーとこれとじゃ……」
「あー、その、あれだ。愛沢の笑顔もいつもプレゼントされてるし、足りないくらいだよ。今月はお誕生日もあったし!」
 それから、と巽は色んな理由を探し始めるから、ミサも観念して受け取ることにした。煌びやかな宝石も何もない、シンプルな落ち着いた指輪だけれど、巽の想いが込められていそうなそれに笑みを浮かべる。
「ありがと、風森」
 綺麗に笑う彼女に見惚れて言葉を失ってしまった巽を置いて、ミサは1人立ち上がる。
「ねぇ、風森はどうして十字架を持ってきたの?」
 大きなツリーに飾ってきたオーナメントは、2人で示し合わせたかのように十字架を用意していて、その偶然に驚きもしたが同じ気持ちで選んでくれていたなら嬉しいなとも思う。
(神は常に人と共にいるという意味があるらしいから、来年も風森一緒なら……とは言えないけど)
 正面の薔薇を見たまま振り返らない彼女に重要な答えでも隠されているのかと思うのに、答えは見つかりそうにもない。
「なんとなく、かな。お祈りをするときに持っている物だし、側で見守ってくれたらいいなって」
(我の女神が……っていうのは引かれるだろうから黙っとこう)
「そっか、俺もそんな感じ」
 えへへ、と笑う彼女につられて自分も微笑んでいると、立ち上がることを促すように手を差し出された。
「そろそろ何か食べに行こう? どんなのがあるか楽しみだね」
 何気ない話をしながら建物へと向かう。立ち上がるときに繋いだ手はずっと、そのままで。