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第二章 平常通りの傍観者



「いやー、おっきいねー」
 岩石の巨人が集落まで七百メートルを切る瞬間を霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は見届けていた。
 森林の中でも近くの隆起によって高台となった場所に彼女は緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)を隣に置いて座っている。
「いいんですか透乃ちゃんはここに居て。あっちでは賑やかにドンパチやっていますけど」
「いーのいーの。あんなのと殴りあっても疲れるだけだし、――そもそもこんなにいいシチュエーションを無駄にする気はないしね」 は?と陽子は透乃の答えに首を傾げ、
「えと、あの? シチュエーション?」
「いやさ、おっきいのは別にあのゴーレムだけじゃない訳で――」
 霧雨は口元を緩め緋柱の顔を見つめた挙句、
「――ちょ、何故にやつきながら迫って来るんですか透乃ちゃん?! というか何処見ているんですか!」
「え、胸だけど?」
「見れば解りますけどその意味で聞いてないです――!」
 人一人分程はあった彼女らの距離が段々と狭まっていく。正確に言うと透乃がじりじりと詰めている。
「ねえ、ここ殆んど人目もないし、すっごい開放的で気持ち良さそうで風当たりも良さそうで気温も丁度好さそうでいい感じだよね?」
「……全体的に抽象的ですが大体あっているので納得しましょう。けど、それがどうしたんです?」
「いやね? ――あの石像が壊れる度に服を脱がして行こうかなーって考えていたり」
 話している内に彼女らの距離がほぼ零となった。その上で緋柱は脂汗を流しながらも笑みを浮かべ、
「い、一応聞きますけれど、誰の?」
「そんなの、陽子ちゃんに決まってるじゃないか――!」
 回答して直ぐさま緋柱は霧雨からの抱きつきを受け、押し倒されていった。


 森に生える大樹が上。人が寝転がれるほどの太さを持つ枝にレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)は腰をおろしていた。彼女らの前には小型のマットが敷かれ、二人分のティーセットとサンドウィッチ入りのバスケットが用意されている。「わー、見てよミア。あそこで女のひと達が抱き合ってるけど、あんな高い所で何やってるんだろうねー」
「み、見ては駄目じゃ! お主にはまだ早すぎる」
 と、ミアが慌ててレキの視界を両手で塞ぐ。
「刺激が強い物を見てはいかんのじゃ」
「え、でもあんな遮蔽物ない場所じゃ飛んできた破片とか――」
 レキが言った丁度その時、何処からか飛んできた大きめの岩石が高台の中央辺り、女性が二人寝ていた場所に着弾した。
 あ、と声をあげたミアが気を抜いたすきに視界のホールドを解いたレキは、
「うわー、やっぱり予想通りになったねー。ホント今日は賑やかで面白い!」
「こちらに被害が及ばなければ、の話じゃがな。ほれ、こっちにも来たぞ」
 りょーかい、と軽く呟いたレキは腰元から銃を取り出して空を仰ぐ。
 すると彼女達に上空から迫る石くれが一つを認めると、
「これで八発目だね」
 即座に引き金を引いた。銃口から放たれた弾丸は寸分狂わず飛来物へ向かい、
「命中!」
 石塊を粉微塵にした。それを視認した上で右手をレキは銃からティーカップに持ち替え、
「いやー、美味し。やっぱり夏場は冷たいミルクティーだよね」
「まるでクレー射撃というか、アトラクションもどきじゃな最早」
 ミアはそう言いながらも自分のカップを傾け、味わうように目を瞑る。
 まんざらでもないような表情を浮かべるミアであったがふとレキが疑問を口にした。
「でもさ、あのゴーレムも変だよね。町を狙うつもりならもっと近場で造り上げればいいのにわざわざ遠くで完成させるなんて」
 イルミンスールに近いことから、戦闘系の学生が居ることも考えられた筈なのに奇襲をしなかった。それはつまり、
「注目してくれって言っているようなものだよね。間抜けなのか何か考えがあるのか……」
「全くじゃのう。何をどうしたいのかは解らないし解りたくもないがまあ、わらわたちはお茶を楽しむとしよう。無くなったからおかわりをくれー」
「はいはい。じゃあちょっと入れなおそうか」
 お茶を楽しむ少女らの遥か側方をゴーレムは通過していく。
 それが目指す地まで、残り六百メートル。