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あなたと私で天の河

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あなたと私で天の河
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●ダディクールの夜

 川辺では白い煙が、頭上の天の河に負けずもくもくと流れていた。
 じゅうじゅうはじける焼肉の音、野菜がごろごろ焼かれる音や、乾杯グラスがぶつかりあう音もする。その間を縫うようにして、鼻孔をくすぐり空腹を刺激してやまぬ良い香りもするのだ。
 夜空の下のバーベキュー、ダディクール祭という名の食事大会だ。
 外だからこそ楽しい。
 外だからこそ、美味しい。
 旧来の友人と、あるいは、新しく得た友と食べるのだから、忘れられない。
 蒼空学園より数キロ離れた川辺で開催中のこの祭、企画者は天御柱学院の山葉 聡(やまは・さとし)だ。彼は蒼空学園校長・山葉涼司の従兄弟にあたるが、なにかと深刻になりがちな涼司と比べると、ずっと享楽的な性格である。
 彼は代表として開幕宣言をするが、とても短い者だった。
「ま、楽しくやってくれよ! グリル台はたくさん設置してるから、一箇所でずっと楽しむもよし、あっちへこっちへ移動して回るもよしだ。おっと、ゴミの散乱とかの迷惑行為は御法度な。責任もって行動してくれ」
 じゃ、俺は会場内でナンパに勤しむんで、と宣言して聡が壇上を降りて、そのまま祭が始まった。

「ちょっと、そこもう焼けてるっ! ほら、早く食べなさいっ!!」
 グリルのひとつで鍋奉行、ならぬ肉奉行しているのは、腕まくりしている白波 理沙(しらなみ・りさ)だ。
「頑張ってるな。ところできみ、これから時間ある?」
 するりと聡が理沙の横に回り、誘いの言葉をかけるも、彼女はまるで聞いていないようだった。
 それどころか理沙は、いいところに来た、とばかりに聡の手から皿を奪うと、焼きたてのカルビ、ロース、ミノに南瓜、おまけにシシトウをどさどさどんどんと乗せて返したのだった。
「ほら、焼けたわよ。冷めるから早く食べなくちゃっ」
 聡の誘いを完璧護身、さらにどんどん焼くというスピード作業で、理沙は聡の下心を完全に追いやってしまった。
「ガード硬いなぁ……、ま、とりあえずダディクールだな」
 肩をすくめて聡はテーブルについた。
 さてその理沙と、協同作業で焼いて盛るのはチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)だ。
「ピノさん、チョコたん、どんどん食べて大きくなるのですわ☆」
 と言って、じゃんじゃん肉を焼く。あるいはこれを皿に盛る。
 肉を焼く。皿に盛る。
 肉を焼く。皿に盛る。
 肉を焼く。皿に盛る。
 焼く。盛る。
 焼。盛。
 まるで腕が八本あるかのように、眼にも止まらぬ高速作業をするのだ。マシーンのようなその巧みさよ。
 こんなに喰えるかっ、とツッコミを入れたいところだが、チェルシーが相手にする者もなかなか頑張っていた。
「はーい、あたちも食べましゅー」
 ぱたぱたぱたと羽ばたいて、チョコ・クリス(ちょこ・くりす)はテーブルについた。
 チョコはヒヨコ、正しくはヒヨコ型のゆる族。ピンク色で眼は黒真珠のように黒くて、元気一杯だ。
「皆、美味しそうに食べてましゅね♪」
 ぴよぴよぴよりとさえずりながら、チョコは皿をクチバシでつついていた。
「わーい、バーべキュー♪ バーベキュー♪」
 チョコと並んで、皇帝ペンギン姿のゆる族ピノ・クリス(ぴの・くりす)もおいしくご相伴している。
「ピノ、たくさん食べちゃおうっとー。理沙ちゃん、チェルシーちゃん、どんどん焼いてくれていいいよー」
 楽しく食べるチョコとピノ、二人の姿は多くの者を和ませるだろう。
 その一方、
「はい、そちらもお皿出してっ!」
 理沙は誰かの皿を取り、そこにどっさり肉と野菜を乗せた。
「ち、ちょっと、こんなに……!?」
 驚きと戸惑いの声を上げかけるも、
「そうだった。えーと……ダディクール』」
 と、ちゃんと返す彼女は、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)なのである。
「あっ、もしかしてあなた、新人の雅羅?」
「そうだけど、あなたは?」
「肉奉行! と即答したいところだけど、同じく蒼空学園の白波理沙よ」
 よろしく、と、理沙は肉掴み用のトングを差し出した。
「こちらこそよろしく……って、トングでどうやって握手しろってのよ?」
「違う違う。お皿お皿」
 理沙は、皿を出せと言っているのである。話しながら食べて多少は減ってきた雅羅の皿に、
「はい追加っ!」
 と、新たに焼けた肉をどっちゃりと乗せた。
「ダ、ダディクール……太らないかな……?」
 災難体質の我が身を呪いたい雅羅である。
 それはともかく、かくして理沙と雅羅は、肉を通じて知り合った。
 これが心の交流に発展するのは、もう少し先のことかもしれない。

「ダディクールと、申し上げなければならないようですね……さすがです」
 ラナ・リゼット(らな・りぜっと)は箸を動かす手を止め、目を丸くしていた。
 さもあろう、姫宮 和希(ひめみや・かずき)が運んで来た巨獣の肉は、山が動いたかのような迫力だった。大きさも大きさながら、自分の体重の何倍もありそうなこの生肉を、担いで運んで来た和希の胆力も凄まじい。
「やっぱ祭りン時は御馳走がないと盛り上がらないしな!」
 どーんと肉を置くと和希は豪快に笑った。
 実にダディクール、本当に重かろう。
 肉が置かれたその瞬間に、周辺のテーブルがずんと揺れたくらいだ。
 しかし、こんな重労働を果たしてきたにもかかわらず、彼女に呼吸の乱れはまるでなかった。
 マンモスに似た巨獣の肉らしい。和希は大荒野を駆け巡ってこれを狩り、見事仕留めて来たのだ。
「料理は不得意なんで、すまねぇが切り分けは誰か頼む!」
 和希が呼びかけると、
「任せてください」
 サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)が立ち上がり、腰の剣に手をかけた。
 これぞ聖剣エクスカリバー、彼は柄を両手で握り、颯爽と剣を振るった。
 ざくっ、ざくっ、といった具合に、肉はみるみる切り分けられていく。
「見事なものね。運んで来た人も、切る人も」
 雅羅は軽く拍手するが、そのとき、
「危ない!」
 雨宮 渚(あまみや・なぎさ)は声を上げていた。ベディヴィアが一刀両断した肉の塊が、跳ねて雅羅のほうへ飛んだのだ。塊と言っても人間の子どもくらいの大きさがある、激突すれば怪我は避けられまい。
 されど間一髪、
「そうはいきません」
 ベディヴィア自身、巧みな剣さばきでこの肉片を突き刺してまな板に戻し、
「……すまない。無事か?」
 咄嗟に飛び出した氷室 カイ(ひむろ・かい)が、身をもって雅羅をかばおうと覆い被さったのだった。
「……あ、うん、大丈夫だから」
 またも災難体質発動か、と思われただけに、雅羅の安堵はひとかたならぬものがある。
 カイと並んでテーブルにつくと、雅羅は積極的に話しかけた。
「蒼空学園の生徒よね? 私は……」
「雅羅・サンダース三世だったな。名前と顔は知っていたが話したことはなかったと思う。俺も蒼空学園だ。氷室カイ、フェルブレイドをやっている」
 二人はそのまましばし歓談する。
 ともかくも惨事を防ぐことができて、ベディヴィアは胸をなで下ろしていた。
(「しかもマスターと雅羅殿が話すきっかけができた……か。怪我の功名というやつでしょうか」)
 一方で、最初に急を告げた渚も、野菜中心で食べていたら不思議な接近遭遇を果たしていた。
「どなただったかしら?」
 その謎の少女は教導団の制服を着ている。妙に反り上がったいわゆる『アホ毛』な前髪が特徴で、しかもこれがユラユラと揺れているのだ。
「どなた、って? M76星雲からやってきた宇宙刑事だよ! またの名を、金元 ななな(かねもと・ななな)!」
 なんだかよくわからないが、冗談で言っている雰囲気ではなかった。
 なななは、つかつかと渚に近づくと、
「宇宙意思が椎茸を食べろと言ってるよ! どうぞ!」
 と、焼けた椎茸を彼女の皿に置いてくれるのだった。
 よく焼け、笠の大きい立派な椎茸だ。
 笠が広い。たしかに美味そうではある。
「ええと……私は雨宮渚、ありがとう」
「どういたしまして。宇宙意志に従って椎茸を食べると、ガンの発生が押さえられるよ!」
 などと、どこまで信じたらいいのかよくわからないことを言って、なななはハハハと謎な笑いを残し去っていった。