シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

オクトパス・アイランド

リアクション公開中!

オクトパス・アイランド
オクトパス・アイランド オクトパス・アイランド オクトパス・アイランド

リアクション


<part5 妖精の泉>


「海賊が隠したお宝! これは明らかに、主人公のあたしが手に入れてさらに最強になるイベントよね! 待ってなさい、お宝ちゃん!」
 山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)は元気良くさえずりながら森を歩いた。
 彼女に無理やり手を引っ張られている獅子神 玲(ししがみ・あきら)は迷惑顔でつぶやく。
「お腹空きました……。私はお宝よりも……あのタコを倒して食べたかったです……」
「なに言ってるのよ! あんなの雑魚に任せておけばいいんだわ! 主人公はやっぱり宝捜しよ! だいたいあたしは魔銃士だから妖精の宝刀をゲットしても無意味……べっ、別に宝刀を玲にプレゼントしようとか思ってるんじゃないんだからね!」
「はあ……、お気持ちはありがたいんですが、ミルクさん」
「ミナギよ! いつまでパートナーの名前間違えてんのよ!」
「フライング海老フライさんでしたっけ?」
「ミナギって今言ったでしょ! どっから出てきたのよ海老フライ!」
 どっちも単に玲が食べたいだけだった。彼女はなかなかミナギの名前を覚えられないのである。
 ミナギはさっきから後ろにいる戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)を睨んで魔銃カルネイジを向ける。
「あんたはなんでついて来てんのよ。あたしたちのお宝奪う気なら撃つわよ」
「私はついていっているつもりはありませんが。こっちに財宝の気配がするだけです。あなたたちもそうなのでは?」
「むぐぐ……」
 ミナギは銃を引っ込めた。ミナギも小次郎も、トレジャーセンスを使って宝の位置を探っているのである。
「それに、大勢で行った方がお互いの行動を参考にできていいでしょう。どうしたら妖精が身の潔白を認めてくれるかは分からないのですから」
「ふ、ふんっ、つまり、あんたはあたしがお宝ゲットするための引き立て役ってことね! だったら一緒に来るのを許すわ!」
 ミナギは肩を怒らせてずんずんと大股で歩いた。玲がすまなそうに腰を折る。
「すみません、ミナギがご迷惑おかけします。この子は可哀想な子なんです……」
「はい、可哀想な人なんじゃんないかとは薄々感じていました。大丈夫ですよ」
 小次郎は優しく微笑んだ。
「可哀想ってなによ! あたしは世界一、可哀想から遠い人間よ!」
 ミナギは振り返って怒鳴った。
 三人は森を奥深くまで進んだ。前方から爽やかな涼気が流れてきたかと思うと、見事な泉が現れる。
 まず驚くのは、その透明度。随分な深さがあるというのに、底の方までくっきりと見通せる。成分に鉱物が含まれているのか、水底はコバルトブルーに染まっていた。
 大きな岩があり、水はその内部から湧き出ているようだ。
 そして、岩の周りには妖精の童女が飛び回っている。その容姿は美しく、淡い緑の薄羽からは輝く鱗粉が舞っていた。
『誰か来たの』『よく来たの』『財宝を求めてきたの?』『身の潔白を証明するの』
 妖精たちは口々に言う。
 ミナギは勇んで妖精に近づいた。腰に手を当て、大威張りで胸を張る。
「あたしは主人公よ! 主人公はどんなゲームでも潔白って決まってるわ! これがあたしの潔白の証明よ!」
『主人公?』『はてなはてな』『なんの主人公なの』
「世界の主人公に決まってるじゃない!」
 きりっとした顔で宣言。
 妖精たちは揃ってため息をつく。
『可哀想な人なの』『あなたは主人公なんかじゃないのに』『脇役なのに』『画面の端っこに映るか映るくらい』『名前も決まってない』『女子生徒Bなのに』
「あたしが女子生徒B!?」
『あ、間違えた』『生徒Zなの』
「性別も決まってないー!?」
 しかも随分な遅番だった。ミナギはショックを受けて凍りついてしまう。
 小次郎が妖精の前に進み出る。
「次は私が挑戦します」
『頑張るの』『って、なにしてるの!?』
 小次郎が服を脱ぎ捨て始めたので、妖精たちは仰天した。
 玲は両手で目を覆う。ミナギは廃人のようになっていて気付かない。
 小次郎はすべてを捨てて全裸になった。
「なにって、身の潔白を証明させたいのでしょう? さあ、気が済むまで私の身を調べなさい」
『そんなことしなくていいの!』『せめて前を隠すの!』
 真っ赤になって叫ぶ妖精たち。
「そちらが望んだことでしょう? 今さらなにを言っているのですか。さあ! さあ!」
 小次郎はぐいぐいと迫っていく。
『失格なの!』『次! 次!』『そこのお姉さんはどうやって潔白を証明してくれるの!?』
「えっ、私ですか。じゃあ、これで……」
 玲は「フィーネ」だったモノの畏怖効果を見せつけた。まずは全力を見せ、それから武器を捨てて潔白を証明する作戦である。
 が、そこまでいかないうちに妖精たちは震え上がってしまった。
『怖いの!』『怖いのやなの!』『全員失格ーっ!』
 岩の横についていた取っ手を、妖精の一人がひねった。泉の底に穴が生じ、トイレを流すような音がして水が吸い込まれていく。
「あれー」「きゃああああ! なによこれ!」「わあああ!?」
 水と一緒に流されていく玲とミナギと小次郎。
 真っ暗な中で息もできずにしばらく経つと、浜辺の近くの川に飛び出した。どうやら、長い水路が作ってあったらしかった。

 久世 沙幸(くぜ・さゆき)が泉に到着したのは、ちょうど玲たちが排水されているときだった。
 ミナギの伸ばした手が穴の下に消えていくのだけが見える。
 沙幸がびっくりして駆け寄ると、既に人はいなかった。空っぽになった泉にどこからか水が流れ込んできて、あっという間に水位が上がる。
「い、今のなに!? 誰か吸い込まれたような!?」
『なんってなんなの?』『なにも変なことは起きてないの』『ここには最初から誰もいなかったの』
 妖精たちはきょとんとした顔で言った。
 沙幸は腑に落ちなかったが、気にしていてもしょうがない。妖精たちの表情は無邪気で、隠し事をしているようには見えなかった。
「そう……。あの、身体についた海水を流すために水浴びさせてもらってもいいですか?」
『もちろんなの』
「これ預かってもらってていい?」
『はいはいなの』『そゆの怖いから預かっときたいの』
 沙幸が装備のアサシンソードを差し出すと、妖精たちは三人がかりでアサシンソードを重そうに運んでいった。沙幸は服代わりにしていた帆布を体から解いて、岩の上に放り投げた。
 妖精がにこにこしながら飛んで近づいてくる。
『お姉さん、シャワーは使うの?』
「シャワーがあるの!?」
『当たり前なの』
 他の妖精がシャワーのノズルを引っ張ってくる。そのホースの先は岩の後ろに繋がっているようだった。
 妖精たちは次々とお風呂道具を持ってくる。
『あと、ボディソープもあるの』『シャンプーも』『ちゃんと髪がキシキシならないように、リンスとは別なの』『上がるときはドライヤーもあるの』
「ドライヤーまで!? ここはいったいなに!? 泉だよね!?」
『泉にドライヤーは普通なの』『ここはただの泉なの』『あんまり詮索したらお姉さんも流しちゃうの』
「流す……? 島流し……?」
 沙幸はゴクリと唾を飲んだ。
『変なお姉さん』『流すって言ったら背中に決まってるの』『お姉さんの背中を流すのーっ』
 妖精たちはきゃーっと黄色い声を上げ、小っちゃなスポンジを抱えて沙幸の背中を擦り始める。
 そのとき、浜辺の方角から男女の声が入り混じって聞こえてきた。
 沙幸はとっさに岩の後ろに身を隠し、岩の上に置いていた帆布を下ろす。岩の背面にはなにかやたらとスイッチがついていたが、詮索しないことにした。

「みにゃさん、いずみはこっちれすよ〜」
 林田 コタロー(はやしだ・こたろう)は捜索で泉の位置を捜し、仲間を案内していった。浜辺に落ちていた物で林田 樹(はやしだ・いつき)に作ってもらった服を着ている。
「海賊のお宝ー♪ どんな宝刀なのかな。格好いい刀だといいな」
 秀真 かなみ(ほつま・かなみ)は期待に目を輝かせた。
 泉には妖精たちが待ち構えていた。寄り集まって岩を守るように浮き、コタロー一行に声をかける。
『今度は団体さんなの』『あなたたちもご入浴なの?』
 新谷 衛(しんたに・まもる)が目を血走らせて彼女たちに突進する。
「うおーっ、ちっちぇえけど美少女がうようよいやがるぜ! 十匹くらい持って帰ってやらあ!」
『ぴゃーっ!?』『犯罪者が来たの!』『エマージェーンシーなの!』
 パニックになって逃げ惑う妖精の群れ。
「怖がらせてどうする!」
 林田 樹がライフルを振り回し、グリップで衛の後頭部をぶん殴った。衛はべしゃりと泉に倒れる。林田 樹は衛の襟首を掴んで引きずり上げ、きまり悪そうに笑った。
「すまんな、妖精くんたち。うちの奴が怖がらせて。もう悪さはさせないから許してくれ」
『お姉さんも十分怖いのー!』
 妖精たちはすくみ上がった。
『なにしに来たの!?』『お風呂じゃないの!?』『だったら身の潔白を証明するの!』
 んなの簡単だぜ、とエドワード・ティーチ(えどわーど・てぃーち)が叫んだ。着ている物を一瞬にして、もはや華麗と言ってもいい動きで脱ぎ、宙に放り捨てる。
「俺様は、今の姿で現世に戻ってから一度もヤッちゃぁいねぇ、つまり(放送禁止)だから潔白だぁ!」
 同時に衛も着ている物を脱ぎ捨てる。
「オレ様は、魔鎧になってから一回もヤっちゃぁいねぇ! つまり(放送禁止)って事でケッパクなんだぁ!」
『おんなじこと言ったのー!』
 妖精たちは蜘蛛の子を散らすように飛んで岩の陰に隠れた。羽だけが岩の端っこから出て、びくびくと震えている。
「なんで、あなたたちは身の潔白を証明するために脱ぐのですか……」
 水神 樹(みなかみ・いつき)が呆れた口調でつぶやいた。彼女は浜辺で拾った帆布と、森で見つけた葉っぱで即席の水着を作って身に着けている。
「隠れてちゃ俺様の潔白を確かめられねーじゃねーか! 見ろよ! 目ん玉かっぴろげて見ろ!」
 エドワードが岩の後ろに回り込もうとすると、妖精たちは目を固くつぶって叫ぶ。
『そゆことは潔白と全然関係ないの!』
「なんだ、服を脱いでも駄目なのか! 困ったな、もう他に脱ぐものはねーぞ。……皮でも脱ぐか!」
『脱いだら死ぬの!』
「ふはははは! 驚け! 俺様には脱いでも死なない皮が――」
「いいかげんにしろー!」
 水神 樹の拳がエドワードの腹に激突した。それは、ため息の出るほど美しいアッパー。エドワードの体は宙に舞い上がり、げぶう、とうめきながら泉の外まで吹っ飛ばされる。
 緒方 章(おがた・あきら)が大岩に歩み寄った。
 厳かに瞑目し、深く息を吸う。そして、着ている物をおもむろに脱ぎ始めた。
『お、お兄さんも脱ぐの?』『なんなの? 今日はなんなの?』『露出狂の団体さんが島に来ちゃったの?』
 妖精たちは抱き合って怯える。
 章は大真面目に切り出す。
「僕の身は潔白だ。僕は、樹ちゃんのことを愛している。つまり、他の人には目が行かないという意味で、僕はこの上なく潔白なんだ! さあ、どこからでも見てくれっ!」
「だからどうして脱ぐ!」
「げぼあっ!?」
 林田 樹が章の頬に拳を叩き込んだ。
「私を、あ、愛しているのと、脱ぐのとのあいだに脈絡がないだろうが!」
「脈絡はあるさ! 愛しているから、脱ぐ! 脱がなければ愛せないじゃないかあっ! ぐはっ!?」
 飛びついてくる章を林田 樹が殴り飛ばす。
「だいたいだな! 色事やら睦言やらは人前でやらぬのが礼儀だ! お前には良識ってものがないのか!」
 林田 樹の顔は羞恥で真っ赤になっていた。
 まったく、こんなのが私の婚約者だとは……と、呆れ半分、照れ半分で小さくつぶやく。
「僕が婚約者なのが嬉しくてたまらないって!?」
「中途半端に地獄耳だな! 後半は言っとらん!」
「皆さん、落ち着いてください!」
 水神 樹の声が響き渡った。一同はびくりとして、騒ぐのをやめる。
「妖精さんたちがドン引きしてしまってるじゃないですか! 脱ぐなんて方向性が間違ってるんですよ! どうやったら身の潔白を証明できるか、ちゃんと頭を使って考えてください!」
 エドワード、章、衛は腕組みして考え込む。
「俺様が脱いでも駄目だったってことは……」
 とエドワード。
「愛が足らないということだから……」
 と章。
「つまり……」
 と衛。
「全員脱がなきゃってことじゃ!?」
 三人は声を揃え、水神 樹と林田 樹の方に突進した。
「馬鹿が頭を使ってもろくなことにならないなぁおい!」
 林田 樹は手近の章からライフルの銃身で叩き飛ばす。
 鉄拳制裁で突っ込まれても突っ込まれても、何度も起き上がって迫っていく三人。それはまるで、村人に襲いかかるゾンビの群れのようだった。
 水辺では、かなみの頭にコタローが乗っかって一緒に仲間たちの狂乱を見守っている。
「にゃんか、たいへんにゃことになってるれすねー」
 かなみが頭上のコタローに言う。
「あーいう人たちには近づいちゃ駄目なんだよ。近づかれたらボコれってお姉ちゃんが言ってたの」
「そうにゃのれすか」
「お菓子あげるって言われてもボコれって」
「もったいにゃいれすね」
「手に負えなくなったらお医者さん呼べって」
「びょうきなのれすか」
「多分、病気なんだね」
 二人が喋っていると、ボロ雑巾のようにボコボコにされたエドワードと章と衛が不気味な笑みを浮かべ、這い寄ってきた。衛がかなみに手を伸ばす。
「へへへ、まずはお前らから脱がせてや――」
「えい!」
 かなみは衛の頭にワルプルギスの書の角を落として永眠させた。

 そんな混乱の中、到着したばかりのザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が泉に入っていった。
 破れた帆布で腰を覆い、手には大事なカタールを持っている。
 妖精たちはげんなりした顔でザカコを迎えた。
『またお客なの』『また脱ぐの?』『ここらが我慢の限界なの』『転職したいの』
「脱ぐ? 自分は水浴びに来たわけではないので、脱ぎはしませんが……」
 ザカコは怪訝そうに眉をひそめた。妖精たちの前にひざまずき、カタールを頭の上に掲げて差し出す。
「あなたたちが守っている宝刀の価値には及びませんが、このカタールは自分の魂とも言える物です。これをお渡しし、危害を加えるつもりがないと示すことで潔癖の証明はできないでしょうか」
 妖精たちは沈黙した。
 無理だったらしいと思い、ザカコはすぐに引き下がる。
「申し訳ありません。とても釣り合いませんね。自分は失礼します」
 彼が泉を立ち去ろうとすると、急に妖精たちがどっと涙を流した。
『やっとまともな人が来たのー!』
「え?」
『もういいの!』『もうあなたでいいの!』『こんなお仕事、こりごりなの!』
 妖精の一人が岩の後ろのスイッチを押した。
 岩が輝き始めて真っ二つに割れ、下から宝箱がせり上がってくる。妖精たちは協力して宝箱を開け、中身をザカコの方に持ってきた。柄に緻密な龍の細工が彫られた刀だ。
『これが海賊ジーロンの宝刀なの』『ジーロンはお風呂好きだったから、自分の宝を隠した場所にお風呂を作ったの』『あたしたちは代々、後継者が現れるまで宝刀を守る仕事をしてたの』『でも、セクハラ客ばっかり来る職場はもうヤなの』『持ってけドロボー』
「ありがとうございます」
 ザカコは宝刀をうやうやしく手に取った。
 妖精がザカコを取り囲む。
『で、失業したから新しい職場を紹介して欲しいの』『どこかないの?』『できればお店がいっぱいある都会がいいの』
「ええっと、自分が住んでいるイルミンスール辺りなら、妖精と契約したがる人もたくさんいると思いますが」
『じゃあ、連れてって欲しいの』『お兄さんなら信用できるの』『お願いなの!』
「分かりました。及ばずながら案内役を務めさせていただきます」
『わーいなの!』
 ザカコはきゃいきゃいはしゃぐ妖精と共に泉から去っていった。