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リアクション
時の始まり
空京にある地球式の教会で、今日も結婚式が行われようとしていた。
(気合入れてきたが、さすがに……緊張するぜ)
新郎の大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、かつてない程に緊張していた。
笑顔を浮かべようとしてもひきつってしまうほどに。
「こんなに人生で緊張するのもそう多くはないよな」
タキシードを纏った自分の姿を見て、康之は大きく深呼吸をする。
「うん、いつぞやパラミタの危機をどうにかした時の方がよっぽど緊張したもんだ!」
にかっと笑顔を浮かべて、康之は親戚の控え室へと向かう。
彼は孤児で、幼少期は孤児院で過ごしてきたため、血のつながった親族はいない。
だけれど、代わりに孤児院の家族が来てくれていた。
院長先生に、孤児院を去って独立したかつての家族。
「今日は遠い所来てくれて、ありがと……うございます」
礼を言いながら、康之はそれだけで泣きそうになってしまう。
「おめでとう、康之。……泣いてもいいんだよ」
「いや、泣きません。泣かんぞ!」
唾を飲んで涙をこらえる康之を、院長先生たちは優しい目で祝福してくれた。
それから、康之は花嫁――神楽崎 アレナ(かぐらざき・あれな)の親族の控え室に向った。
アレナは少し前に、パートナーの神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)の父親の籍に入っていた。
日本の戸籍上では優子と姉妹になったのだが、結婚式での父母役は全て優子が務めるそうだ。
新婦側の控え室には、優子と神楽崎家の親戚数名と、神楽崎家の現当主である神楽崎 厳滋(かぐらざき・げんじ)がいた。厳めしい顔つきの60代の男性で、優子の祖父だそうだ。
「康之さん」
先に控え室に来ていたアレナが振り向いて笑みを見せた。
ベールクローズは既に終えており、ベールで顔はよく見えないけれど、純白のドレスを纏ったアレナは、とても綺麗で可愛くて。
「アレナ、すっ……………………………げぇ可愛い。最高に似合ってる」
近づいて康之がそう言うと、アレナは恥ずかしげな笑みを見せた。
それから康之は自己紹介をして、アレナと共に頭を下げ感謝の気持ちを述べた。
時間が訪れて、参列者が席に着いた。
それから新郎の康之も入場して、聖壇前に立った。
(し、心臓が……破裂しそうだ! 予想以上にドキドキするんだな。ちょいと前に結婚した某の気持ちがよ〜くわかった!)
康之のパートナーの匿名 某(とくな・なにがし)は、数年前に同じような式場で結婚式を挙げていた。
ドキドキ、緊張して待っていると、花嫁のアレナが、父親役の優子と腕を組んで入場してきた。
2人が康之の左側へと到着をする。
(優子さんの大切なパートナーであり、娘のような存在でもあるアレナを、絶対に幸せにする)
そんな気持ちを込めて、康之は真剣な目で優子の目をみつめた。
優子は真剣な目で彼の視線を受け止める。
それから康之と優子は共にお辞儀をして、優子が康之にアレナを引き渡した。
康之はアレナの手を受け取った。
横に並んで前を見た時――康之の脳裏に、数々の思い出が蘇ってきた。
離宮の事件で、アレナと初めて出会った時。
アレナと涙で別れた時。
人質交換でアレナが重傷を負った時。
離宮にアレナと一緒に封印される時。
皆の協力で、封印から帰って来た時。
アレナの帰還を祝うパーティーに出席した時。
ヴァイシャリーを俯瞰しながら、初めて誕生日プレゼントを渡した時。
ズィギルによって、アレナに危機が迫った時。
ハーフフェアリーの村で、アレナの誕生日を祝った時。
アレナと、恋人になった時。
優子に交際を認めてもらった時。
そして――将来を誓い合う仲になった時。
どれもこれも、2人の大切な思い出。
苦しい事が沢山あった、彼女は何度絶望しそうになっただろうか。
(こうした出来事の積み重ねがあって今に至ったんだよな……)
この手を今、掴んでいられることに、康之は感謝をする。
讃美歌が歌われ、聖書の朗読が終わる。
「あなたは、健康なときも、そうでないときも、この人を愛し、この人を敬い、この人を慰め、この人を助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
牧師の厳かな声が響いた。
「誓います」
康之はアレナとの絆を思い浮かべ、確かめながら、生涯かけて幸せにすることを決意し、誓う。
アレナも牧師の問いかけにはっきりとした声で「誓います」と答えた。
康之はアレナの手をとって、彼女の左手の薬指に指輪をはめて。
アレナは康之の手をとって、彼の左手の薬指に、指輪をはめた。
そして、康之がアレナのベールを上げる。
そこには、感動と緊張で赤くなったアレナの可愛らしい顔があった。
(幸せにするよ、アレナ……)
心を込めて、康之はそっとアレナにキスをした。
康之とアレナは、参列者の見守る中、腕を組んでバージンロードをゆっくり歩いて、外へと向かった。
「おめでとう」
心地良い香りと共に、花びらと白い羽が舞った。
参列者によるフラワーシャワーだった。
「ありがとう!」
花びらを浴びながら、2人は青空の下へと出て。
2人は顔を合わせて、同時にそれぞれ懐中時計を取り出した。
それは数年前、康之がアレナに渡した、将来夫婦になった時に動かそうと誓った時計。
「……いっせーの!」
「せーのっ」
そして今、ここから。
康之とアレナ、『2人』の時間が始まる。